第六話 というか、愉快なオチはどこへ……
今回、場面転換多め。分かりにくかったらごめんなさい。
「ん~。三日後から一週間ね。分かったよ、ちゃあんと留守番してるから」
「……え?」
トールの部屋に呼ばれて説明を受けたエイルフィード神から返ってきたのは、予想だにしない答えだった。
「偽物……? それとも、性格が裏返るようなキノコを食べた?」
「違うよ。全然違うよ」
思いっきり失礼な反応をされているにもかかわらず、エイルフィード神は気にした様子もない。
それも、ある意味でらしい反応なのだが、穏やかすぎるとトールは疑惑に囚われる。
「でも、普段のエイルさんなら、怒っていなくてももう少し大きなリアクションをするはずじゃ? なにか裏があるんでしょ?」
今なら情状酌量の余地はあるぞと、即興で《燈火》のルーンを虚空に描いて取調室のライトのようにエイルフィード神を照らす。
「ふふっふ。残念ながら、今の神サマは無実なのさ」
しかし、ルーンをもたらした天空神には通じず、指の一振りであっさりかき消されてしまった。
「今初めて、エイルさんのこと神様なんだなって思ったかもしれない……」
「なるほど。普段から、人間っぽくできてるってことだね」
「違う。そうじゃない」
トールの否定の声は届いていたが採用されず、理由を説明し始める。
「他の場所ならともかく、精霊殿に神サマが行くのはちょっと問題があるからね」
「……そういうものなの?」
「そそそ。管轄違いっていうか……。トールくんに分かりやすく言うと、資本関係はあるけど基本的に別会社の社長が来たみたいな?」
「それは確かに、めんどくさそうだ……」
まず、現場の平社員には関係がよく分からないし、そうなるとどう接していいのかもっと分からない。
「最悪、上が来ちゃうかもしれない……?」
「そうなると、現場は大迷惑だよねぇ」
バイト経験ぐらいしかないトールだが、大変なことになるのは想像できる。精霊相手だと、ごまかすのも難しいのだろうことも。
エイルフィード神が遠慮してくれるのなら、それに乗るのが間違いなさそうだ……が。
「その配慮、俺にも欲しいんだけど?」
「なに言ってるの。神サマとトールくんの仲じゃない」
反論しようとしたところで、エイルフィード神は勝手に話を進めていく。
「というわけで、カヤノちゃんは神サマとお留守番ね」
「ナー! かーのも、いっしょいく!」
イヤ! カヤノも一緒に行く。
当然と言えば当然の主張をする聖樹の苗木に対し、天空神は「ちっちっち」と人差し指を横に振った。
「そのための、交換日記でしょ? いない間のことを描いて、帰ってから見せ合いっこしよう。きっと、それも楽しいよ」
「うう……」
「まともだ……」
きちんと筋道が通った対応をするエイルフィード神に、トールは感動……したりしなかった。日頃の行いが、行いだ。
いつオチが来ても、いいように身構える。
それなのに。
「アー! おるしゅばんすー」
お留守番すると、カヤノは納得した。
「う、うん。ごめんな。でも、偉いぞ」
意外な展開に戸惑いつつも、カヤノを抱き寄せて頭を撫でてやる。
聖樹の苗木は気持ちよさそうに目を細め、もっともっとと、体ごとトールにすりつけてきた。
こうしていると、エイルフィード神のことなど、どうでも良くなってくる。
仲の良い親子に、エイルフィード神も満足そうだ。
「そうだ。行く前に、グリーンスライムのところに挨拶に行っておくといいと思うな」
「ああ。それは確かに……」
「もしかしたら、お土産とか餞別とかくれるかも」
「それは要らないんだけど……っと、そうか」
オチは、グリーンスライムのところで待っている。
そういうことなのかと、トールは無理矢理自身を納得させた。
「ダークエルフイガイハ ヒサビサダナ」
グリーンスライムの沼に近付いた瞬間、まるで分かっていたように人型の端末がぬっと出現した。
「ああ。アルフィがたまに差し入れに来てるんだっけ」
「うむ。そのときは代価を受け取ってはいないがな」
「マイカイマイカイデハ ギャクニメイワクトキヅイテナ」
「それ、もっと早く気付いて欲しかった……」
「トールさん、しっかりして下さい! 傷は浅いですよ!」
トールは思わず膝から崩れ落ちそうになったが、リンが横から受け止める。
その助けもあり、まだ本題にも入っていないことに気付き、なんとか立て直した。
「この三人が、しばらく家を空けるんで一応、挨拶に来た」
「ドコヘ イクノダ?」
「精霊殿だよ、土の。まあ、言っても分かるかどうか――」
「アソコカ」
意外にも、グリーンスライムは知っていた。
さらに意外なことに、端末はなにか考え込むように静止してしまった。
「なにが起こっているのだ?」
「今まで、一度もなかったですよね?」
「そんなヤバイ場所なの……か……?」
エルフの王族が派遣されるような聖地だ。
まさか、危険はないと思いたいが……。
「ナルホド ダイタイノトコロハ ワカッタ」
「いや、こっちには全然伝わってないんだけど?」
「ソレヲカタルコトハデキナイガ センベツヲオクロウ」
一方的に言って、沼からなにかの塊が降ってきた。
少し離れた場所に落下したのは、金塊のようで。サイズはサッカーボールよりも、少し小さいぐらい。
「こいつは……」
「オリハルコンダ」
「この塊が?」
固体となった光、魔を封じるもの、刻の止まった金属。
異名は様々だが、意味しているのは伝説。否、神話の金属。ミスラルは蛇口などでよく目にしているが、オリハルコンは初めてだ。
「ヒツヨウニナルハズダ モッテイクガイイ」
「オリハルコンが必要な状況って、なんだよ……」
向かう先は、地の精霊殿だ。
曲がりなりにも鉱物であるオリハルコンと無関係ではないだろうが……わけが分からなかった。
「というか、愉快なオチはどこへ……」
いつになくシリアスなグリーンスライムに、トールは戸惑うしかない。
「ケッコンイワイナラ モウスコシカンガエサセテホシイモノダ」
「やっぱ知ってるのかよ!? というか、無理にオチ作らなくていいよ!?」
広範囲の震動を感知するグリーンスライムの知覚力。
やはり、隠し事はできなかった。
「ギャクニ ナゼ シラレテイナイト オモッタノダ」
「だよなー」
「え? え? 結婚って、どういう……?」
「トゥイリンドウェン姫にも関係のあることだぞ」
「はうあうぁっ!? い、いいいいい、いつの間に、私とトールさんが結婚することに!? ……ふう。起きているときにも、夢って見られるんですね……」
「一瞬でテンション上げ下げできるの、ほんとすごいな」
といったあれこれはありつつも、時は過ぎ去り三日後。
事前の打ち合わせ通り、かごをぶら下げたルフが飛来した。
「パー! マー! リン! いってらーしゃい!」
「気をつけてね」
「うむ。もう、ご主人一人の体ではないからな」
「もちろんです! トールさんとアルフィさんには、指一本触れさせません!」
「リンも含めて気をつけてね、だからな?」
かごに乗りながら、一応、注意する。聞かないかもしれないが、諦めず指摘する姿勢が重要なのだ。
残念ながら、アルフィエルは手遅れだ。
一人納得したトールは、かごの中から愛娘の目をじっと見つめる。
「カヤノ、エイルさんのこと頼んだぞ」
「ラー!」
「あるぇ? ちょっとそれ逆じゃない?」
と、いつも通りの心温まるやり取りの後。
「それでは、行ってきます!」
トールたちは、地の精霊殿へと旅立っていった。