第五話 トゥイリンドウェン姫にエイルフィード神……エイル様を足して、割らないような感じだろうか?
最終エピソードに突入です。
「ウル、揃ったぜ」
「ああ……。それは見れば分かる」
通信の魔具を用い、遙かな距離を超えて向き合う刻印術師とエルフの貴公子。
しかし、トールの部屋にいるのは、二人だけではない。
リンを呼んだのは、まったく似てはいないが、兄妹だからということで説明はつく。
「今さらだが、自分も同席していいのだろうか?」
「ウルが呼んだんだから、それは別に構わないだろ。むしろ、いないと困るんじゃないか?」
トールの言葉に安心した顔を見せるが、しかし、アルフィエルまで同席させた理由は不明なまま。
まったく心当たりがないと、ダークエルフのメイドは居心地悪そうにしている。
疑問を抱いているのは、トールも同じだった。
ダークエルフの国。この家よりも北に存在するというグラモール王国に関連した話かもしれないと思いはしたが、それならそれでわざわざリンを呼ぶ必要はないように思える。
「むしろ、わた、私のほうが場違いなのではないでしょうか!?」
そのリンは、一体なにを言い渡されるのか。まるで、判決を待つ被告人のように身を固くしていた。
実の兄に対する態度ではないが、ウルヒアを良く理解しているとも言える。
「そろそろ収拾つかなくなりそうだから、話があるならさっさと初めてくれ」
こくりとうなずくが、エルフの貴公子はなかなか話を始めようとしない。
「おい、ウル」
さすがに焦れたトールが、声を上げようとしたところ。同じタイミングで、ウルヒアが口を開く。
「これは、僕としても本意ではない。そのことは、先に言わせてもらうが……」
「聞きたくねえ……」
ウルヒアがわざわざ強調するということは、かなり厄介なネタに違いない。なにひとつとして得になりそうにないので、耳を塞いでしまいたかった。
「僕たちの姉、カラノルウェンから連絡があってな」
「ノル姉さま……ですか?」
まさか、ここで姉の一人が出てくるとは思わなかったのだろう。
リンはきょとんと首を傾げる。
「ああ。トールたちを招きたいそうだ」
「地の精霊殿の巫女のノル姉さまが、一体なぜ……?」
まったく知識のないアルフィエルのために、トールは疑問の形で知識を披露する。
「地の精霊殿っていうと、確か……。『根源』の力が集まる地に建立された、精霊を祀る場だったよな」
エイルフィード神を初めとするいわゆる五大神の他に、『根源』が意思を持ち実体化したモノである精霊を崇める信仰が存在する。
体系化されてはおらず民間信仰に近く、また、五大神と習合されている場合もあるが、それだけに身近で根強い。
この世界とも、地球とも異なり、それでいて寄り添うように存在する世界を『根源』と呼ぶ。
地・水・火・風・天・幻・理の領域からなり、地は自然、水は生命、火は破壊と再生、風は自由、天は光や秩序、幻は精神や闇、理は力や法則を司るとされている。
存在の根幹である魔力を通し、善悪を問わず。すべての存在は『根源』の影響を受けている。
たとえば、光の『根源』を持つ者は、弁舌や他者との交流に優れる傾向にある。
心身のバランスが崩れたことで、火の『領域』との接続がおかしくなり高熱を発する。
地の『根源』に近しい者は、生命力にあふれているといった具合だ。
また、自らの魔力と引き替えに、『根源』から力を引き出す精霊魔術の力の源でもある。
「そうだ。地の精霊殿は聖樹とも密接にリンクしていて、地脈の流れを整える大切な役割を持っている」
「ですから、エルフの王家から巫女を出すのが習わしになっているんですよ! 精霊様をお慰めするのが主な役割だそうです」
役に立てるのが嬉しいのか。それとも、姉を慕っているのか。リンが嬉しそうに解説してくれる。
「なるほど。そこまでは分かったが……」
肝心なところが説明されていない。
「なぜ、カラノルウェン姫はご主人を呼び出すのだ?」
「トールだけではない」
「アルフィ、ウルは俺たちをって言ってたよ」
「まさか……」
わざわざ指名して集められた、この三人が地の精霊神殿へ招かれた。そういうことのようだった。
「カヤノは違うんだよな?」
「ああ。要請には含まれていない」
そうなると、聖樹に関連した呼び出しというわけでもないようだ。
「期間は、長くても一週間程度になるだろう。それ以上になりそうだったら、僕がなんとかする」
「……分かったよ。準備しておくから、適当に迎えを寄越してくれ」
「いいのか?」
「ノルさん相手だと、断ったほうが面倒だ」
だから、ウルヒアが済まなそうに言ってきたのだ。
断ることができない、半分強制的な依頼だから。
「すまないな。三日後の朝にルフを飛ばそう」
「三日後な。了解」
ウルヒアが微かに頭を下げ、通信は終わった。
しかし、三人とも切り株のテーブルに集まったまま動こうとしない。
「まったく、なにをさせられるんだろうな……」
「ご主人を呼ぶのだから、刻印術師としての腕を買われてのことではないか?」
「それなら、俺だけでいいはずだけど」
トールの指摘に、リンも勢い込んで賛成する。
「ですよね。ルーンで精霊様をお慰めするだけなら、私たちは要らないですものね。いえ、一週間ともなればトールさんの身の回りのお世話が必要になりますからアルフィエルさんは不可欠です。要らないのは、私!? 私そのものが不要品!?」
「地の精霊殿へ行くのは構わないのだが、トゥイリンドウェン姫の姉君とは、一体どのようなお人なのだ?」
一人ネガティブスパイラルに入ったリンを遮って、アルフィエルがカラノルウェンの為人を尋ねた。
「それは……」
「難しいですね……」
「身内を評価するのは、難しいとは思うのだが……」
しかし、本人に会う前に確認しなければならないポイントでもある。
「ノル姉さまは、細かいことをあまり気にしないと言いますか……」
「豪け……いや、豪快かな?」
「ご主人、今豪傑と言いかけなかったか?」
「気のせいだ」
総合すると、かなり強引な人物らしい。
「つまり、こういうことだろうか……」
アルフィエルは、頭の中でキャラクターを組み立てていく。
「トゥイリンドウェン姫にエイルフィード神……エイル様を足して、割らないような感じだろうか?」
「そっ、そんな!? 私などにエイルフィード様を足し合わせるなど想像するだけでも畏れ多すぎます! それに、そんなことをしたら、私の存在など塵芥のように消し飛んでしまうと思うのですが!」
つまり、エイルフィード神のキャラが濃すぎてリンの要素など残らないと言いたいらしい。
「足すなら、リンじゃなくてウルのほうじゃねえかなぁ……。完全に手が着けられないけど」
「まあ、なにが待っているにしても、ご主人と一緒なら大丈夫だ」
「そうですね。トールさんなら。トールさんならきっとなんとかしてくれます!」
「期待が重たい」
ついでに、気も重たかった。
なにしろ、招かれていない二人に説明をするのはトールの役目なのだから。




