第四話 笑顔? 私は笑っているのか?
「よしっ! それでは、整理を続けるか」
「……あれぇ?」
別に恋人になったというわけではない。
ある程度の結論を出したからといって、ウルヒアからのお土産がなくなるわけでもない。
道理は分かる。
しかし、概ねプロポーズをした身からすると、アルフィエルの態度は肩すかし以外のなにものでもなかった。
かといって、トールからなにか……というわけにはいかない。少しだけもやっとした気持ちを抱えたまま、アルフィエルの隣にしゃがんで土産物を確認する。
「とりあえず、台所に運ぶ物と、地下に入れる物で分別しようか……って、なんでそんなむっちゃ笑顔?」
ふと横を向いたトールの視界いっぱいに、桜が咲き誇ったような笑顔を浮かべるアルフィエルがいた。
暖かく、幸せそうで、思わず見入ってしまう。
「笑顔? 私は笑っているのか?」
「組織に育てられた暗殺者が、感情に目覚めたみたいに言われても」
無意識だったらしい。
「なるほど。それはいい例えだな」
「え? マジで?」
「そうだぞ。自分に、こんな感情があったなど初めて知ったのだからな」
「お、おう……」
「ふふふふふ。ご主人のお陰で、自分の心は澄み渡る空のように晴れやかだぞ」
「まあ……。それならそれでいいか」
アルフィエルはアルフィエルなりに、悩んでいたのだろう。
それを思えば、納得するしかなかった。喜んでくれているのであれば、それでいいのだ。
それはきっと、花嫁の笑顔と同じものだから。
「……はっ。今は片付けだ。あんまり遅いと不審がられるしな」
「そうだな」
二人は、いそいそと。
それでも、アルフィエルは表情を緩めたまま作業を続ける。
10分ほどで大まかな分類は完了し、布類から運び込むことにした。樽も玻璃鉄も、かなりの重量だった。
「重たい物は、あとでリンにも手伝ってもらおう」
「そうだな。トゥイリンドウェン姫は、あれでかなり力持ちだからな」
とてもそうは見えないし思えないが、リンの身体能力はたいしたものだ。
もちろん、ルーンを持ち出せば話は変わってくるが、そこまでするような場面でもない。
お土産の一部を持って、トールとアルフィエルは家へと戻ってきた。
表面上は、なにも変わらない。
けれど、確実になにかが変わった。
「おめでとう」
「お、おめでとうございます!」
「おめーと!」
「…………」
そんな二人を、家に残っていた三人が祝福する……だけではない。
居間の壁は色とりどりの紙で作られた輪っかで飾られ、壁には『おめでとう アルフィ×トール』と大書された張り紙が貼られ、カヤノは自走式モップのハチマキに乗って部屋を縦横無尽に移動していた。
あんな紙が家にあったか、トールは知らない。それはつまり、エイルフィード神がどうにかしたに違いなかった。
「神の力の無駄遣い……」
「トールくん、雑草という草がないのと同じように、この世界に無駄なものなんてひとつもないんだよ?」
一方アルフィエルはというと、感激して目元に手をやっていた。
「ありがとう、みんな。自分は、なんて幸せ者なんだ」
「アルフィは乗らなくていいから」
トールは、そう抵抗するのが精一杯。
誕生日会かよとか、なんで知ってるんだよとか、カヤノ危ないだろとか、アルフィ指で拭ってるけど別に涙出てないだろとか、そういう真っ当なツッコミは形にならない。
「えー? でも、やっと収まるところに収まったんでしょう?」
「俺がヘタレみたいに言うの止めてもらえます?」
間違いなく主犯であろうエイルフィード神を、トールは鋭い瞳でにらみつけた。
不遜? 不敬? そんなのは関係ない。この天空神を無罪放免など、できるはずがなかった。
「というか、これも全部妹さんたちに筒抜けになるって分かってやってるんでしょうね?」
「フフフ。もちろん、覚悟の上だよ」
エイルフィード神は、『おめでとう アルフィ×トール』と大書された張り紙をバックに、大きく手を広げた。
なんとなくラスボスの風格があるが、背景ですべてが台無しだ。
「イタズラしていいのは、怒られる覚悟のあるやつだけだよ」
「そんな覚悟いらねえ」
清々しいまでに故意犯だった。
どうにかしたいが、それができればとっくにやっている。
「それに、トールくんがマンガにするってことでもあるからね。死なば諸共だよ」
「……くっ」
もちろん、普通に文章で書いても構わないのだろうが、相手に望まれていない上にダメージはそれほど変わらない。
理不尽だった。
「でも、トールさんもアルフィエルさんも仲直りできて本当に良かったです!」
「ラー!」
「あ、ああ。そこは心配掛けて悪かったな」
仲直り。
そう。仲直り。
それ以上の具体的な話は、少なくともリンとカヤノには伝わっていないようだ。
ならば、致命傷でもまだ見込みがある……という希望は、直後打ち砕かれた。
「でも、夫婦の仲直りの割にちょっと時間が早かったんじゃない? お陰で、くす玉まで手が回らなかったんだけど」
「仲直りって……」
「もちろん、あれだよ、あれ。もう、神サマに言わせたいの? なら、言っちゃうけど――」
「言わせねえよ!」
物理的に口を塞ぐというわけにはいかないので、トールは大声で打ち消した。原始的すぎる手段に、トールは思わず崩れ落ちた。
「くっ、ルーンが通じれば……」
「神サマ相手に、試してみる?」
再び、『おめでとう アルフィ×トール』と大書された張り紙をバックに、大きく手を広げた。
もしかしたら、気に入ったのかもしれない。
「落ち着くんだ、ご主人」
「アルフィも文句を言うべきところだぞ」
「文句? 正直、自分も、それを考えなかったかと言えば嘘になるのだが――」
「考えてたの!?」
あんな晴れやかな表情の裏で、そんな欲望が渦巻いていたとは。
逆にすごいなと、トールは思わず感心してしまった。
「まあ、それは最低でもトゥイリンドウェン姫と一緒でないとな」
「え? 私とですか?」
「はい! この話終わり!」
カヤノの前では、教育に悪すぎる。リンなど、意味が分からなくてきょとんとしていた。
「教育に悪いのは、今さらなのにねぇ」
「元凶ぉぉぉっっ!」
それはきっと魂からの叫びだった。
アルフィの寄せが早くて、アルフィメインの話はこれで終わり。
次回からはリンがメインになる予定……ですが、普通にアルフィも出てくることでしょう。




