第二話 ご主人にとって、自分は一体なんなのだろうか?
「これは、随分と持たされたものだな」
「田舎の親戚じゃないんだから、ちょっとは加減しろって話だよな」
家の前に置きっぱなしになっていた馬車をのぞき込み、ウルヒアに文句を言うトール。
しかし、その直後に後悔する。
親戚などいないアルフィエルには、理解できるはずもない比喩だった。無神経すぎる。
早速やらかしてしまったことに、心の中で頭を抱えた。
これでは、アルフィエルの異変を確認するどころではない。いや、一度口にした言葉を消すことなどできないのだ。
謝るしかないと、トールは決断した……ところ。
「おかしなことを言うな、ご主人」
アルフィエルは気分を害した様子もなく、むしろ、不思議そうにしていた。
「ウルヒア王子……トゥイリンドウェン姫の兄君であれば、ご主人にとって親戚だろう?」
「師の師は我が師も同然みたいなことを言い出したぞ」
あんな親戚は嫌だなと、トールは素直に思った。
「そもそも、リンが親戚じゃないんだが」
「なにを言うのだ。時間の問題だろう」
「そういう認識なの!?」
トールとしても、今さら抵抗を貫けるとは思っていない。リンが心変わりしなければ、将来的にはそうなってしまうのだろうと漠然とした覚悟もある。
だからこそ、他者から事実かのように告げられると反発したくもなった。
「でも、アルフィの言う時間の問題だから。まだ先って……」
「そうだな。3年以内というところだろうか」
「ほんとに時間の問題だった! というか、前に100年単位で考えるみたいなこと言ってなかった!?」
「ご主人」
トールと目を合わせず、馬車内の荷物を品定めしつつアルフィエルは言う。
「獲物を前に舌なめずりは、三流のやることだ」
「リンの親戚でないのと同じく、獲物になった憶えもないんだが……」
「そこは認識の相違だな。多少強引でも、一気呵成に首を取ったほうが良い場合もある。そういうことだ」
抵抗は無意味だ。
宇宙人の言葉がトールの脳裏をよぎった。まさか、自身の認識が不足していたとは思いもしない。
「それで、余所からかっさらわれたら堪ったものではないからな」
「いや、誰がかっさらっていくって言うんだよ、わざわざ俺を」
「そこからか……。そこからなのか……」
「もう少し、俺の人権に配慮しよ?」
遠くを見るアルフィエルに、トールはちょっと泣きそうだった。
これならば、ウルヒアは他人ではないと認めておいたほうが傷は浅かった。本題の前に、無駄にダメージを受けてしまったのは誰の責任なのか。
「……全部、ウルが悪い」
責任は責任者に取らせることにして、トールは馬車に乗った。そもそも、漠然とした覚悟という時点で現実が見えていないということには気付いてもいない。
「アルフィ」
「む。大丈夫だ」
差し出された手を取らず、アルフィエルも馬車に乗り込んだ。
トールよりも、よほど自然な動作。まざまざと身体能力の差を見せつけられ、トールは行き場を失った手をぷらぷらとさせる。
「ところで、ご主人。あの樽の中身はなんだ?」
「ああ、あれなら中身は空だよ」
「空? ということは、樽自体に意味があるのか?」
理解の早いアルフィエルに感心しつつ、トールは師匠の力作について解説する。
「こいつには、《蒸留》とか《熟成》のルーンが刻まれてるんだ」
「酒造りでも始めるのか?」
「いやいや、アルフィの創薬に役立つんじゃないかと思ってさ。使えるようなら、俺がちゃんと刻印してもいいし」
「なるほど……。感謝する。あとで早速試してみよう」
少しだけ上機嫌になって、アルフィエルが頭を下げた。
ちょっとだけでも元気になってくれればそれでいい……とはいえ、釘を刺すべきところは
「ただし、ほれ薬には適用禁止な」
「も、もちろんだ」
アルフィエルは即答した。
けれど、決して目を合わせようとしなかった。
まあ、ここはダークエルフのメイドを信じるしかない。深入りしても、それはそれでいい結果になるとは思えなかった。
「こっちの箱に収められているのは……布か。ほう、エルヴンツイードだな」
エルフの技術で折られた羊毛は、通常の物より繊細で暖かだ。当然、値は張るがウルヒアやトールにとっては誤差。
「そんなものまで入ってたのか」
自身のファッションには興味のないトールは、弾んだ様子で布の手触りを確認するアルフィエルを後ろから眺める。
あまりこういう状況になったことはないので、新鮮だがどこかしっくりこない。
「これで、ご主人の冬用の服を作ろう。以前王都に行ったとき買った毛糸で、編み物も進めているから、あれに合わせて……」
「あれ、作ってたの?」
「もちろんだ。家は適温に保たれて必要ないが、外に出る分には有用だからな」
自分の世界へ入っていき、頭の中でデザインを形にしていくアルフィエル。
かと思ったら、トールを置き去りに、次々と開封していった。
エルヴンホワイトと呼ばれ、高額で取引される白磁の皿とティーセット。
ドワーフとの交易で手に入れたと思しき、ガラス製品。
カヤノが絵に目覚めたと言ったからだろうか。油彩の画材まで一通り揃っていた。
「これだけで一財産だぞ」
「それは別に良いけど、馬車で運ぶようなもんじゃねえな」
割れ物が多いラインナップだ。
「かといって、グリフォンやワイヴァーンに運ばせるわけにもいくまい」
「それもそうか」
土産物を品定めしながら言うアルフィエルに、トールは首肯する……が。
さきほどから、どうにも気持ち悪さが拭えなかった。
その源は、言うまでもなくアルフィエル。
受け答えは、普通。なんら、おかしいところはない。
だけど、違和感しかなかった。
「ああ、そうか……」
気付けば、声に出ていた。
違和感の正体。
それは、アルフィエルの意識が完全にこちらへ向いていないこと。なにか考え事をしているかのようで、どこか上の空なのだ。
こんなことは、今まで一度もなかった。
「これは、玻璃鉄のようだな。強度があるから、カヤノやトゥイリンドウェン姫が落としても割れる心配はないぞ」
今までは、まったくの逆。どれだけ、全身全霊を傾けてこっちに接していたのか。
そんな感慨が、トールの胸にわき上がってくる。
「アルフィ」
「ん? どうかしたか?」
玻璃鉄のグラスやジョッキの数をカウントしながら、アルフィエルは答えた。
振り向こうともせずに。
「俺、なんかしたかな? って、いや、まあ、いろいろしているとは思うんだが……」
口にしてから、あまりにも自覚のない言葉だったと反省する。さっきから、どうにも迂闊だ。これでは、アルフィエルのことなどなにも言えない。
「ご主人……」
「悪かった。忘れてくれ……というわけにはいかないだろうけど、もう少し自分で考える」
「いや、悪いのは自分のほうだ」
手にしていたグラスを箱へと戻し、アルフィエルは立ち上がる。
そして、この日初めて、トールの目をまっすぐに見た。
「ご主人にとって、自分は一体なんなのだろうか?」
風が、さあっと馬車の中に入ってくる。
さわやかな風が、アルフィエルの白い髪を踊らせた。
次回で(ある程度)決着します。