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第十六話 すぐに許してくれなくてもいいから、少しずつまた仲良くなろう

すみません。予約投稿ミスってました。

「交換?」

「日記ですか?」


 申し込んだのはトール。申し込まれたのはカヤノ。

 それなのに、真っ先に反応したのはリンとアルフィエルだった。


「らー?」


 そして、肝心のカヤノは意味がよく分からないとアホ毛と一緒に小首を傾げる。ある程度怒りは解けたようだが、真意が伝わらないと意味がない。


「交換日記っていうのは、順番に日記を書いて共有したり、言いたいことを伝えたりする日記のことだよ」

「にっき、もー、かーてる!」


 日記、もう書いてる。

 そう。そこはエイルフィード神との間で話に出た。同時に、対応策も。


「そう。カヤノは自分の絵日記も描いてるから、お互いのことを日記に描いて見せ合うのはどうかな?」

「かーの、ぱーのことかう?」

「そう。それで、俺はカヤノのことを描くよ。もちろん、自分のこともね」


 トールはしゃがんで、カヤノと目線を合わせる。


「ウルに作ってもらったんだ」


 ちょっと苦しい姿勢だが、そんなことはおくびにも出さず箱から日記帳を取り出した。中身と違って、ハードカバーだがシンプルな日記帳。

 カヤノが使うことを想定してか、かなり軽い。いい紙を使っているようだ。


 トールのリクエスト通り、それが三冊。


「これで、見せ合いっこしよう」

「らー……」


 カヤノはその日記帳に手を伸ばし……寸前で引っ込める。

 そんなカヤノに、トールはもう一度頭を下げた。


「カヤノの秘密を勝手に言ってごめんな。すぐに許してくれなくてもいいから、少しずつまた仲良くなろう」

「パー!」


 うるうると、大きな瞳に涙が溜まっていった。


「かーのも、ごめんなしゃい」


 カヤノの手は日記帳を通り過ぎ、そのまま体ごとトールへもたれかかった。額をぐりぐりとトールの胸に当て、足をじたばたさせる。


「カヤノちゃん、トールさんと仲直りできて良かったですね」

「うむ。自分も安心したぞ」


 今まで我慢していたリンとアルフィエルも、駆け寄ってきた。

 この二人にも、きちんとお礼をしなくては。


「悪いな。二人にも心配をかけ……」


 そう思って顔を上げたトールの言葉は、しかし、途中で止まってしまった。

 それも無理はない。


「トールさん」

「ご主人」


 なぜか、リンとアルフィエルまで期待に目を輝かせていたのだから。


「ふふふっ。ご主人も粋なことをしてくれる」

「日記帳が三冊あるということは、そういうことなんですよね」

「いや、これは……」


 予備だから……などと言ったら、リンがその場で土下座してしまう。いや、土下座で済めば、まだいいほうだ。なんとか、上手にごまかさなければ。


「リンとアルフィエルには、別にお土産があるから……」

「え?」

「え?」

「常識で考えて、俺だけ三回書くのは、さすがに厳しくない?」

「ご主人に不可能があるとは思えないな」

「トールさんなら、なんだってできます!」

「ラー!」

「期待ちょっと重すぎない?」


 気付けば、カヤノまで加わっていた。

 逃げ場はない。


 ない。


「そういうことなら、形式は相談するとして……はっ、そうだ。それよりも、あっちはどうなってる?」


 だから、トールは作り出した。

 エイルフィード神とヴァランティーヌ神という逃げ場を。


 それもまた修羅の門だったが、それでも正論ではあった。


「エイル姉さま、逃げましたね?」

「いやぁ、神サマちょっと心当たりないかなー」


 今までにらみ合っていたらしい二柱。

 それに業を煮やしたとまではいかないだろうが、英雄神が口火を切った。


「星辰の位置からして、今日一日だけであれば私が地上へ降りられることはご存じだったはず」

「そうかな? そうかも?」

「そして、仮に降臨したとしても、その星辰に縛られ私がこの場から離れられないこともお分かりでしたね?」

「そういうことかよ……」


 エイルフィード神によるプレゼントを渡してカヤノと仲直りという提案は、トールにとって渡りに船だった。

 だが、冷静に考えれば、他にも仲直りの方法はあったはず。


 それなのに、真っ先に王都で買い物と言い出したのは、この家から離れる必要があったから。


 そういうことだったのだ。


 最初から言っていたではないか。


「まあまあ、神サマのためにやってる部分もあるから」


 ――と。


「だって、神サマお説教されるんでしょ?」

「逃げなければ、もっと軽く済ますはずでした」

「まあまあ、その気になれば完全に逃げられたのに、帰ってきたんですから。そこは汲んであげても……」

「やった! トールくん、好き!」

「俺は、そうでもないです」

「聞き捨てなりませんね。エイル姉さまの一体どこが不満だというのです?」

「うわっ。矛先が、こっちに!?」


 正直に言ったのがいけなかったのだろうか。

 ヴァランティーヌ神からはにらまれ、エイルフィード神は背中に隠れ、リンとアルフィエルからは「五大神と普通に会話してるトールさん/ご主人、すごい」と無言で賞賛されていた。


「パー、がんばっ!」


 応援してくれるのは、愛娘だけだ。


「今回に関しては上手に使われた気もしますけど、結果として助かったのは確かなので感謝しているというだけなので」


 まったく色っぽいことはないのだと、トールは主張した。


「なるほど……。これが愛……」

「伝わってない!?」

「分かりました。二人の気持ちに免じて、今回は大目に見ましょう」

「なにが分かったの!? 現に、俺の話分かってないよね!?」


 説教するという建前で、単に姉に会いに来たけど引っ込みが付かなくなったので適当な理由でお茶を濁そうとしているだけなのではないか。


 トールは訝しんだ。


 というよりも、是非そうであって欲しい。


「それでも、エイル姉さま」

「なに? ランちゃん?」

「休暇中ゆえ大事にしたくはありませんが、さすがに目に余ります。もっと、生活を改めてください」

「わざわざ地上へ降りてきたのに、注意が普通に甘すぎる。というか、ランちゃんなのか……」


 だが、エイルフィード神はトールの斜め上を行っていた。


「ふふふ。残念ながら、神サマに命令できるのは、今やトールくんただ一人なのさ」

「今、それ言う!?」


 ぴきりと、空間にひびが入った。

 比喩ではなく、現実に。


 ヴァランティーヌ神は反射的に剣を引き抜こうとし、アルフィエルは驚きに目を丸くし、リンの瞳からは光が消えた。カヤノだけは、アホ毛と一緒に小首を傾げている。癒しだ。


 カフェで食事をしていただけなのに、とんだ厄ネタになってしまった。


「よもや……二人は相思相愛だと……。そう言うのですか?」

「そうだよ」

「違います」


 単に、話の流れで言うことを聞く券なんて物を交換する形になっただけ。

 それなのに、二柱の神は、その説明すら許してくれない。


「でも、神サマは三番目か四番目ぐらいかな?」

「それでも、相思相愛っていうの!? 俺、クズっぽくなってない!?」


 だが、ヴァランティーヌ神は聞いていない。

 精神を落ち着けるためにか。深呼吸を繰り返し、震える手を押さえながら剣を手放す。風が、美しい金髪をなびかせた。


「分かり……ました」

「いや、絶対分かってないでしょ?」

客人(まろうど)よ、エイル姉さまのことを頼みます」

「やっぱり分かってなかった!」


 トールの中で、五大神の過半数がポンコツ認定された瞬間だった。

 残る二柱は、なんとしてもまともでいて欲しい。せめて、マルファ神程度には。


「まあ、面倒を見る件に関してだけは、了解です」

「ふふふ。内堀の埋め立て完了だね」


 背後でエイルフィード神がなにか言っているが、無視。


「そろそろ時間のようです」


 気付けば、日が落ちかけている。

 星の神だが、いや、それゆえに、星の光が支配する時間には天上へ戻らねばならないということなのだろう。


客人(まろうど)よ、最後にひとつだけ」


 完全武装をした女騎士が、背筋を伸ばしてじっとトールを見つめる。

 その真剣な態度に、トールの表情も自然と引き締まった。


「次回作、期待していますので」

「いや、ちょっと待って!」


 回し読みに関しては、すでに諦めている。

 百歩譲って、描くのも仕方がないとする。


「まさか、原稿取りに地上へ降りてくるつもり!?」


 しかし、それはさすがにヤバすぎる。

 なのに、答えはない。


 ヴァランティーヌ神は、英雄神らしからぬ純真無垢な笑顔を浮かべ。


 そして、光となって消えた。


「俺の家、特異点過ぎる……」

「トールくん、頑張ろう?」


 その無責任なエールに答える元気も、罵倒する気力も、今のトールには存在しなかった。


「それで、ご主人?」

「トールさん?」


 ヴァランティーヌ神にはともかく、リンとアルフィエルには、エイルフィード神となにがあったのか説明しなければならないというのに。

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