第十四話 それはもう、私どもの未来のご主人様でございます
「その節は、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、うちの師匠こそ本当に……」
ウルヒアの執務室を出て扉を閉めたタイミングで、エルフのメイドが楚々とした所作で頭を下げた。
トールも、反射的に謝罪。お互いすでに同じことをしているが、そうせずにはいられなかった。
「ほんと、師匠はどうしてああなってしまったのか……」
「ふふふ」
「あれ? なにかおかしなことを言いました?」
城門へと移動しつつため息をつくトールに、道案内のメイドはおかしそうに笑った。
「いえ。数百年閲したレアニル様のことを、まるで出来の悪い妹のように語るものですから」
「ああ……。言われてみると、確かに」
一応師匠として敬う気持ちはあるが、年上だと思って接しているかというと自分でも疑問符がつく。あんな妹はごめんだが。
「そういうトールさまですから、トゥイリンドウェン姫もお慕いされているのでしょうね」
「慕われている……。まあ、そうかな……?」
慕うというよりは信仰に近いような気がしないでもないのだが、大枠としてはその通り。
分からないのは、『そういうトールだから』という部分。
「何事にも構えず、自然体ということですよ」
「それ、鈍いだけなのでは?」
「別方面で、そういう部分もなきにしもあらずですが」
「えー?」
上げて落とす発言にトールが不満の声を上げるが、エルフのメイドは穏やかに笑うだけ。
「やはり、それがよろしいのでしょう」
「自分ではよく分からないですけど、そう思うことにします」
「はい。素直なのは美徳かと」
リンもアルフィエルも、好きか嫌いかで言えば、もちろん前者だ。決して、嫌というわけではない。
そこに、エイルフィード神を入れたっていい。
とはいえ、常識人との会話は安心する……が、けれど、それも長くは続かない。
城門に到着すると、そこにはウルヒアと一台の馬車が待っていた。つながっているのは、ユニコーンではなく普通の馬だ。
「土産を積んである。あとで自分の馬車に積み替えろ」
「それはいいけど、帰りは誰が御者するんだ?」
「僭越ながら私めが」
ここまで案内をしたメイドが控えめに手を挙げた。
トールに案内など必要なかったのだが、こういう役割が振られていたらしい。
「あと、これが日記帳だ」
「仕事が早いな。ありがとう……って、やけに豪華だな」
その細かな彫刻が施された木製の箱は、飾り布で覆われていた。ただの日記帳が入っているとは思わないだろう。
その場で中身を取り出してやろうと考えたが、トールは思い直す。
「自分で気付いてくれて、なによりだ」
「カヤノへのプレゼントだもんな。外すなら、カヤノだよな」
「そうではなかったのだが……。まあ、結果が同じなら構わない」
若干あきれ気味のウルヒアに、トールは言う。
「分かってるって。聖樹様の苗木に、裸で物を渡せるはずないもんな」
「そういうことだ」
ウルヒアにも立場というものがある。
トールは、ありがたく受け取った。
「それじゃ、帰るわ。またな、ウル」
「ああ。面倒は起こすなよ」
「それ、向こうから寄って来るんだよ」
惑いなく責任転嫁しつつ、トールは御者台へ向かった。
「あら? こちらでよろしいのですか?」
「荷物と一緒に乗っても面白くないですからね。もちろん、邪魔でなければですけど」
「いえいえ。歓迎いたしますわ」
すでに御者台の人となっていたメイドが、場所を空けてトールを迎え入れた。
「それでは、出発いたします」
意外と慣れた様子で、並足で馬車を走らせる。
特に不安はない……というよりも、明らかにトールより上だ。
「年の功でございます」
「なにも言ってないですけど?」
「はい」
主人が言うなら白も黒と、エルフのメイドがかしこまった。
それでしばし、沈黙が流れる。
けれど、トールは代わりに横からの視線を感じた。
「……なにか?」
「いえ、差し出がましいですが、トゥイリンドウェン姫さまはお元気かなと思いまして」
「それは、もちろん。相変わらずですよ」
「そうですか。そろそろ、つわりが辛い時期かと想像していたのですが」
「ほんとに差し出がましいな!」
狭く不安定な御者台だったが、トールは立ち上がらずにいられなかった。
想像というよりは、ほとんど妄想だ。断固として認めるわけにはいかない。
「いえいえ、お元気ならそれでいいのです」
「手のひら、くるくるさせすぎでは?」
座り直しながら、不審の視線を横へ向ける。
「なにしろトール様が王都を去った直後など、それはもう……」
「ああ……。いや、翌日元気に訪ねて来ましたけど?」
そして、アルフィエルのことをトールに命を救われて恩返しがしたい系女子などと決めつけたりしていた。
今にして思うと、慧眼ではあったが……。
「捨てられた子犬のようにぷるぷるしていましたので、トールさま分の緊急投与をしなくてはならず大変でございました」
なにを投与したのだろうか。
気になるが、聞いてはいけない気がした。
「……王宮で、俺の評価ってどうなってるんですかね?」
「それはもう、私どもの未来のご主人様でございます」
「聞くんじゃなかった……」
実態は、ほとんど伏魔殿だった。
それでも馬車は順調に進み、市場の入り口が見えてきた。それに伴い、徐々にスピードを落とす。
「楽しい時間はすぐに過ぎるものですね。残念です」
「退屈はしませんでしたが……」
最初の常識人との会話という感動は消え失せたが、まあ、現状維持だと思えば悪くはない。
なにしろ、待っているのは非常識の固まりなのだから。
それは比喩でもなんでもなく、単なる事実。
そして実際、ユニコーンの馬車は非常識極まりない状態に、なっていた。
「エイルさん……これ、なに?」
「やあ、トールくん。旅の仲間が増えたよ」
と言っても、一緒にいるのはホビットやエルフやドワーフやストライダーではない。
いるのは、動物たちだ。なぜか、飼い主はいない。
牛や豚や馬だけでもなく、ニワトリやコカトリスなどの家畜がユニコーンの馬車を取り囲んでいた。
「うちに就職したいって、集まって来ちゃった」
「ブレーメンの音楽隊かな?」
他の家畜は持ち主の元へ返し、ニワトリだけ買った。
メイドさんは、頼りになった。
出でこなくても、騒ぎを起こしてたエイルさん。




