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第十三話 聖樹の苗木の日記か。国宝でも作るつもりか?

 エルフの住居の例に漏れず、木々に囲まれた優雅な白亜の城。

 北と南に尖塔を備えた城門が設けられ、いくつかの城郭が巨大だが優美な橋で結ばれている。


 うっすらと霧に囲まれ、それが陽光を受けて幻想的に浮かび上がるエルフの王宮。幽玄の美を象徴するかのような、エルフ文化の代表ともいえる存在は目の前にある。


 アポイントもなにもなくエルフの王宮を訪れたトールだったが、目的は早々に達成された。

 見慣れた立派な門で来意を告げると、すぐに使者を出してくれた。


 門番のエルフとは顔なじみであり、身体検査などの確認も形式的なものだ。


 待ち時間に、軽く鎧などにルーンを施していると、すぐに迎えが来てウルヒアと面会となった。


「というわけで、日記帳を作ってくれ」

「唐突だな」


 暖色がふんだんに使用された室内。

 立派な執務机で仕事をするウルヒアへ無造作に近付き、トールは挨拶も無しに目的だけ言い放った。


 刻印術の師であるレアニルと遭遇した後、メイドから報告が行っていたのだろう。驚いた様子はない。そのまま書類に目を通し、トールを見ようともしない。


 だが、これが二人の距離感。


 ちなみに、エイルフィード神は馬車へ置いてきている。万が一にも正体がばれるわけにはいかないし、それを知ってチキンレースを仕掛けてくるのは明白。


 加えて、これで早速、押しつけられた『神サマになにをしてもいい券』を消費できるという目論見もあったが――


「それはさすがに、つまらなすぎるよ」


 ――と、普通に断られた。面白くなどしたくないというのに。


「というか、リアルで会うの久しぶりだな。元気だったか?」

「たった今、元気でなくなった」


 そうは言いつつも、ウルヒアは追い返したりしない。

 むしろ、エルフの貴公子を知る者は、上機嫌だと声を揃えて言うことだろう。


 決して書類から目を離そうとしないのに。


「そうか。なら、うちの師匠に元気を分けてもらえばいい」

「そんな性質の悪いものは要らないが、元気は吸い取ってしまいたいものだ」

「ウル……。本気で言ってるな……」

「だが、そうなると刻印術の手が遅くなる。難しいものだ」


 そういえば、どこでなにをさせられているのか聞いていなかったなと、トールは師匠の小生意気な子供のような顔を思い浮かべる。

 本題に入る前に、確認しておくべきだろうか。一応。


「師匠は普段、王宮で作業してるのか?」

「安心しろ。脱走したので、地下牢に移した」


 だから、また遭遇することはない。

 ウルヒアは、そう冷たく言い放った。


「多重債務者かよ……」

「借金は僕が一元化したので多重ではないな」


 債務者であることは間違いなかった。自業自得ではあるが、救いようがない。


「あれでプライドだけは高い。逃げるのも、条件闘争のつもりだろうよ」

「分かってて地下牢にぶち込むのか……」

「僕に、加減する理由はないからな」


 まあ、それはどうでもいいだろうと言って、ウルヒアはようやく書類から視線を上げた。


「それで、どうして日記帳なんだ?」

「うちのカヤノには絵の才能があることが発覚したので、交換日記をやろうと思ってな」

「交換日記……。古い風習を知っているな」

「こっちの世界にもあったんだ」

「ほう。知的生物なら、どこにいても考えることは一緒か」

「でも、その言い種だと、廃れたんだろ?」

「ああ。最初はいいが、そのうち、毎日書くようなこともなくなるからな」

「またしても、エルフ時間かっ」


 何度、トールの前に立ちふさがるのだろうか。

 しかし、通じるのであれば話は早い。


「とりあえず、三冊ぐらい欲しい」

「それは構わないが……。聖樹の苗木の日記か。国宝でも作るつもりか?」

「大げさな」


 もちろん、ウルヒアは本気だ。

 重大性を理解していないトールのほうが、おかしいとすら言える。


 だからこそ、カヤノを任せられているのだろうが。


「そこは、100年後ぐらいに詰めるとしてだ。ついでに土産も用意するから、門のところで待っていろ」

「土産?」

「ああ。ドワーフへの輸出品だ」

「へえ……」


 エルフとドワーフは仲が悪い。

 ファンタジーの定番は、この世界でも、ある程度は通用する。


 表立って戦争や喧嘩をするわけではないが、心の底ではお互い侮蔑しあっている。

 個人的な友誼を結んでいる例は少なくないが、総体では、やはり仲が悪いと言って差し支えない。


「酒樽に《蒸留》や《熟成》のルーンを刻んだ物を、最近量産し始めてな」

「ああ……。俺が作ったやつか」


 度数の高い酒はドワーフの特産品だ。

 リンの姉の一人がそれをこよなく愛しており、そういうことならとルーンで再現できないか試作したことがあった。


 どちらもきちんと機能したのだが、酒の味となると専門の職人が果たす役割が大きいらしい。単純に再現はできず、結局、お蔵入りになったのだ。


「だが、度数が高ければそれでいいという連中も多いことに気付いてな」

「味は二の次か……。焼酎甲類かな?」


 ドワーフをアル中にするつもりだろうか……と考え、元々、似たようなものだと気付く。


「ドワーフには喜ばれるんじゃないか?」

「だろうな」


 意外にも、ウルヒアはあっさりと首肯した。


「やっぱり、エルフの王子として種族的な垣根を越えてとかいろいろ考えてるのか……」

「……そうだな」

「今の間、絶対にそれだけじゃねえな」


 建前は、そういうことになるのだろう。

 しかし、トールには分かってしまった。付き合いは長いとは言えないが、考えは察せられる。


「ドワーフは酒を飲んで……。いや、輸出?」

「ああ。外貨をたんまり稼いでくれるだろう。もちろん、一部はトールに還元するぞ」

「それは別にいいんだけど……。万一関係が悪化して輸出が止まったら、大変なことになるんじゃ? いや、ある程度、数が出回ってからなら問題ない?」

「残念ながら、レアニル師では完全再現できなくてな。ドワーフどもの使用頻度だと半年程度しか持たないだろう」

「ドワーフどもって。というか、師匠が作ってたのかよ!」


 思わぬ事実に、トールは呆然としてしまう。


 その間に、ウルヒアはすたすたと執務室を出て行ってしまった。


「まあ、平和ならなにも起きないよな、平和なら」


 そう気を取り直し、トールも部屋を出て行こうとしたところで、扉がノックされた。


「あ、っと……」


 いくら勝手知ったるエルフの王宮とはいえ、応対していいものか。

 悩んでいるうちに、そとから声が聞こえてきた。


「トール様。王子の命で、お迎えに上がりました」

「あ、さっきの……?」


 トールは扉を開ける。


 その向こう。

 決して、執務室には入らず、少し離れた場所でお辞儀をしているのは、市場までレアニルを回収に来たエルフのメイドだった。

ウルヒアに兄さま、師匠使ってえげつないことやってました。

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