第十一話 あえて……寝る!!
「う~ん。ここも、なんか違う……」
「物は良かったけどね、物は」
手ぶらで宝飾店を出たトールが、暗い顔でため息をついた。店の評判に配慮してあからさまにはしていないが、落胆しているのは明らかだった。
見るからに立派な店構え。このアマルセル=ダエアにおける最高級の店でも、トールを。より正確には、カヤノを満足させるには至らなかったようだ。
「あとは……書店ぐらいか……」
市場から離れたトールとエイルフィード神は、商業区。その中でも、より王宮に近い高級店ばかりの一角を訪れていた。
リンと一緒に回ったことがあるので、多少の土地勘はある。相手もしっかり憶えていて、門前払いされるようなことはなかった。
それどころか、下にも置かぬもてなしを受けたと言っていいだろう。
いずれも、それぞれの分野で一国を代表するような店だ。品揃えも豊富で、商品に関するアドバイスも的確。
しかし、昼食もとらずに探し回ったが、結局、宝飾店も服飾店も画廊も高級調度を扱う店もトールを満足させることはできなかった。
そうこうしているうちに、タイムリミットも迫ってきている。
「今のカヤノちゃんは、まだ野生児みたいなものだからね」
「このまま育ったら、世界樹の宝箱に一般的な宝物が入らないことになってしまう」
何千年。いや、何万年かもしれないが、未来の冒険者に申し訳が立たない。
「……よし。飯でも食おう」
「トールくん、時間は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない」
大丈夫ではないが、今のこの状況のほうが大丈夫じゃない。
トールは腹をくくった。
「けど、俺の尊敬する漫画家は、こう言っている」
「へえ? なんて?」
「あえて……寝る!!」
締め切りまで時間がない。
一刻も早く作業を進めなくては、間に合わない。
そんな状況で、あえて寝る。
一見愚かな選択だが、しかし、どうせこのままではダメなのだ。それならば、一旦リセットして体調を整えたほうが良い。
後ろ向きに前向きな思いきり。
「絵柄とかネタは、全然方向性違うけどな。魂の師みたいなものだ」
なお、刻印術の師のことは考えないものとする。
「要するに、急がば回れかな? 確かに、お腹が減ってると焦って変な考えしか出てこないしね」
「うん。ここまでなにも出てこなかったんだし、もう焦っても仕方ない」
そう言うトールの目は、完全に据わっていた。
諦めたのとは、少し違う。こうなったら、徹底的にやってやろうという瞳だ。
「そういうことなら、ちょっと戻ったところに良さげなカフェがあったから、行ってみようか」
エイルフィード神にエスコートされること10分。
落ち着いた雰囲気のカフェに到着した。オープンテラスもあり、時間が外れているからか、比較的空いている。
トールは、赤ワインとオープンサンド。エイルフィード神は、パンケーキなどデザート系のメニューを端から端まで注文した。二人とも、値段も見ずに選んでいる。
「払えるけど……残さないように」
「問題ないよ。神サマの別腹は108まであるからね」
「微妙に本当っぽくて、ツッコミずれえなっ」
「ウソウソ。別々腹もいれると216かな?」
「減らせ」
「えー? 多少お腹を壊しても、食べ続けられるように進化したのに?」
「食うな」
そんな枕はほどほどに、二人の意識は最大の難問へと移っていく。
「それにしても、うちのカヤノは良い娘なのはいいんだけど、こうなると難しいよな……あんまりわがままとか、おねだりとかされたことないし」
これはトールの目が曇っているだけで、実際、食べ物関係にはかなり貪欲だ。また、本来は土にもうるさいのだが、豊穣の鍬が効果的すぎて表に出ていないだけである。
遊び相手も、グリフォンやユニコーンたちにリンもいるので、不満がないだけ。
それから、最初はお風呂を嫌がったことも、すっかり忘れていた。
「……まあ、日記のことを知られて拗ねるなんて、可愛いところあるよね」
さすがのエイルフィード神もこれには茶々を入れられず、自ら方向転換を試みた。
ある意味で、神話級の偉業が達成された瞬間である。
「俺も軽率だったけど……」
「不可抗力と言えば、そうだろうけどねぇ。日記は、センシティブだから」
「日記な……。そもそも、そこなんだよな……」
「お待たせいたしました」
ここで注文の品が運ばれてきて、会話が一時止まった。
トールは、なにか引っかかりを感じたが、その違和感が具体化しない。仕方なく、グラスワインを口にした。
さわやかな酸味と、わずかな渋みが口腔から喉を通り過ぎていく。
「神サマにも、あとで一口ちょーだい」
「ワインぐらい頼めばいいのに」
「他人のをもらうから美味しいんだよっ」
「悪質な」
性質が悪いのは事実だが、一面の真実には違いない。
それをやられたほうが、どう思うかは別だが。
つまり、日記の存在を暴露された上に、不可抗力とはいえ追体験してしまったカヤノと同じである。
「怒って当然だよな……」
オープンサンドは、卵とトマト。それから、サーモンの二種類があった。
どうやら、シェア前提だったらしく、かなり大きめ。下手をすると、本ぐらいのサイズがある。
「え? そのワイン、そんなに美味しかった?」
「いや、違うけど……」
ワインなら、同じ物をもう一度手に入れればいい。難しいかもしれないが、物は物で、ある程度償うことはできる。
では、日記はどうか。
「お詫びに、俺の日記を見せる……日記がなかった」
ネットから切り離されてしまったトールに、そんな習慣はない。
楽しい日々を残しておきたいとか、ピュアな心も捨て去って久しい。
恐らく、日記など夏休みの宿題で描かされた絵日記ぐらいだろう。
誰かと交換日記などをしたなどというピュアな思い出もない。
「……そうか。交換日記か」
「え? なんの話?」
パンケーキを細かく切り分けていたエイルフィード神が、こてんと首をひねる。
こうしていると、可愛いという感情がわき起こらなくもない。
「カヤノと交換日記すればいいんだ!」
「交換日記? でも、カヤノちゃんはカヤノちゃんで絵日記つけてるのに?」
「……う。じゃあ、お互いの観察日記を交換ということで」
「ふむふむ。見せる前提の日記というわけだ。それなら、カヤノちゃんも許しやすいね」
神サマのお墨付きも、もらった。
「……これで、なんとかなりそうかぁ」
安心したトールは、オープンサンドを真ん中で折って口に運ぼうとし……はたと気付いた。
カヤノへのお詫びの品は決まった。
リンとアルフィエルへのお土産は、最悪ニワトリを買っていくことでいいとする。
では、今回、こうしてフォローしてくれたエイルフィード神には、なにをプレゼントすればいいのだろうか……?
というわけで、カヤノへのプレゼントが決まりましたが、
速攻で見抜かれてエスパーかと思いました。脱帽です。




