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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第三部 成長編

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第十一話 あえて……寝る!!

「う~ん。ここも、なんか違う……」

「物は良かったけどね、物は」


 手ぶらで宝飾店を出たトールが、暗い顔でため息をついた。店の評判に配慮してあからさまにはしていないが、落胆しているのは明らかだった。


 見るからに立派な店構え。このアマルセル=ダエアにおける最高級の店でも、トールを。より正確には、カヤノを満足させるには至らなかったようだ。


「あとは……書店ぐらいか……」


 市場から離れたトールとエイルフィード神は、商業区。その中でも、より王宮に近い高級店ばかりの一角を訪れていた。


 リンと一緒に回ったことがあるので、多少の土地勘はある。相手もしっかり憶えていて、門前払いされるようなことはなかった。

 それどころか、下にも置かぬもてなしを受けたと言っていいだろう。


 いずれも、それぞれの分野で一国を代表するような店だ。品揃えも豊富で、商品に関するアドバイスも的確。


 しかし、昼食もとらずに探し回ったが、結局、宝飾店も服飾店も画廊も高級調度を扱う店もトールを満足させることはできなかった。


 そうこうしているうちに、タイムリミットも迫ってきている。


「今のカヤノちゃんは、まだ野生児みたいなものだからね」

「このまま育ったら、世界樹の宝箱に一般的な宝物が入らないことになってしまう」


 何千年。いや、何万年かもしれないが、未来の冒険者に申し訳が立たない。


「……よし。飯でも食おう」

「トールくん、時間は大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない」


 大丈夫ではないが、今のこの状況のほうが大丈夫じゃない。


 トールは腹をくくった。


「けど、俺の尊敬する漫画家は、こう言っている」

「へえ? なんて?」

「あえて……寝る!!」


 締め切りまで時間がない。

 一刻も早く作業を進めなくては、間に合わない。


 そんな状況で、あえて寝る。


 一見愚かな選択だが、しかし、どうせこのままではダメなのだ。それならば、一旦リセットして体調を整えたほうが良い。


 後ろ向きに前向きな思いきり。


「絵柄とかネタは、全然方向性違うけどな。魂の師みたいなものだ」


 なお、刻印術の師のことは考えないものとする。


「要するに、急がば回れかな? 確かに、お腹が減ってると焦って変な考えしか出てこないしね」

「うん。ここまでなにも出てこなかったんだし、もう焦っても仕方ない」


 そう言うトールの目は、完全に据わっていた。

 諦めたのとは、少し違う。こうなったら、徹底的にやってやろうという瞳だ。


「そういうことなら、ちょっと戻ったところに良さげなカフェがあったから、行ってみようか」


 エイルフィード神にエスコートされること10分。

 落ち着いた雰囲気のカフェに到着した。オープンテラスもあり、時間が外れているからか、比較的空いている。


 トールは、赤ワインとオープンサンド。エイルフィード神は、パンケーキなどデザート系のメニューを端から端まで注文した。二人とも、値段も見ずに選んでいる。


「払えるけど……残さないように」

「問題ないよ。神サマの別腹は108まであるからね」

「微妙に本当っぽくて、ツッコミずれえなっ」

「ウソウソ。別々腹もいれると216かな?」

「減らせ」

「えー? 多少お腹を壊しても、食べ続けられるように進化したのに?」

「食うな」


 そんな枕はほどほどに、二人の意識は最大の難問へと移っていく。


「それにしても、うちのカヤノは良い娘なのはいいんだけど、こうなると難しいよな……あんまりわがままとか、おねだりとかされたことないし」


 これはトールの目が曇っているだけで、実際、食べ物関係にはかなり貪欲だ。また、本来は土にもうるさいのだが、豊穣の鍬が効果的すぎて表に出ていないだけである。

 遊び相手も、グリフォンやユニコーンたちにリンもいるので、不満がないだけ。


 それから、最初はお風呂を嫌がったことも、すっかり忘れていた。


「……まあ、日記のことを知られて拗ねるなんて、可愛いところあるよね」


 さすがのエイルフィード神もこれには茶々を入れられず、自ら方向転換を試みた。

 ある意味で、神話級の偉業が達成された瞬間である。


「俺も軽率だったけど……」

「不可抗力と言えば、そうだろうけどねぇ。日記は、センシティブだから」

「日記な……。そもそも、そこなんだよな……」

「お待たせいたしました」


 ここで注文の品が運ばれてきて、会話が一時止まった。

 トールは、なにか引っかかりを感じたが、その違和感が具体化しない。仕方なく、グラスワインを口にした。

 さわやかな酸味と、わずかな渋みが口腔から喉を通り過ぎていく。


「神サマにも、あとで一口ちょーだい」

「ワインぐらい頼めばいいのに」

「他人のをもらうから美味しいんだよっ」

「悪質な」


 性質が悪いのは事実だが、一面の真実には違いない。

 それをやられたほうが、どう思うかは別だが。


 つまり、日記の存在を暴露された上に、不可抗力とはいえ追体験してしまったカヤノと同じである。


「怒って当然だよな……」


 オープンサンドは、卵とトマト。それから、サーモンの二種類があった。

 どうやら、シェア前提だったらしく、かなり大きめ。下手をすると、本ぐらいのサイズがある。


「え? そのワイン、そんなに美味しかった?」

「いや、違うけど……」


 ワインなら、同じ物をもう一度手に入れればいい。難しいかもしれないが、物は物で、ある程度償うことはできる。


 では、日記はどうか。


「お詫びに、俺の日記を見せる……日記がなかった」


 ネットから切り離されてしまったトールに、そんな習慣はない。

 楽しい日々を残しておきたいとか、ピュアな心も捨て去って久しい。


 恐らく、日記など夏休みの宿題で描かされた絵日記ぐらいだろう。


 誰かと交換日記などをしたなどというピュアな思い出もない。


「……そうか。交換日記か」

「え? なんの話?」


 パンケーキを細かく切り分けていたエイルフィード神が、こてんと首をひねる。

 こうしていると、可愛いという感情がわき起こらなくもない。


「カヤノと交換日記すればいいんだ!」

「交換日記? でも、カヤノちゃんはカヤノちゃんで絵日記つけてるのに?」

「……う。じゃあ、お互いの観察日記を交換ということで」

「ふむふむ。見せる前提の日記というわけだ。それなら、カヤノちゃんも許しやすいね」


 神サマのお墨付きも、もらった。


「……これで、なんとかなりそうかぁ」


 安心したトールは、オープンサンドを真ん中で折って口に運ぼうとし……はたと気付いた。


 カヤノへのお詫びの品は決まった。


 リンとアルフィエルへのお土産は、最悪ニワトリを買っていくことでいいとする。


 では、今回、こうしてフォローしてくれたエイルフィード神には、なにをプレゼントすればいいのだろうか……?

というわけで、カヤノへのプレゼントが決まりましたが、

速攻で見抜かれてエスパーかと思いました。脱帽です。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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