第六話 新しい世界樹になってからも、この楽しい夢を見てくれると思うんだ
気付くと、周囲は畑ではなくなっていた。
白い、どこまでも続く空間でエイルフィード神と二人きり。ほとんど神としての威厳を感じたことはなかったが、こうしていると“らしさ”があった。
「客人くんは、こういうの好きなんだよね?」
今、音を立てて崩壊したが。
「好きというか、お約束というか……」
画材屋を出たらいきなり王都に飛ばされてたトールとしては、こんなワンクッションが欲しかったというか、今さらというか。
「相手がエイルさんだから、正直微妙」
「ふふふ。順調に、神サマを喜ばすツボを心得てきてるようだね?」
「ツボから飛び込んできている気がするんだが、気のせいだろうか?」
なにを言っても相手が喜ぶ場合、どうすればいいのか。
「さすが、マッサージを受けるほうの天才」
「ヤメテ」
と、ひとしきり挨拶を終えたところで夢の話になる。
ただし、本題とは
「リンとアルフィも、同じ夢を見てたんですかね?」
「いやいや。とりあえず、今回はトールくんだけかな。今回のは暴発みたいなもので、カヤノちゃんが意図したものじゃないというか、気付いてないからね」
「……それじゃ、なぜ?」
波長があったからだろうか……と考えるが、それならリンとカヤノの間には謎のシンパシーがあるし、一番懐いているのはアルフィエルだろう。
「それはもちろん、一番好かれてるからだよ」
「俺が?」
トールは、思わず自分で自分を指さしてしまった。
嬉しさもあるが、戸惑いのほうが大きい。
無論、トールからカヤノへの愛は無条件で深いのだが、カヤノから一番とまでは思っていなかったのだ。
「夢の中で、トールくん最初からカヤノちゃんに好かれていたじゃん?」
「まあ、そうですけど……」
そこも、よく分からなかった。
リンはあの動きで、アルフィエルは思いやりのある対応で。それぞれ好かれるポイントはあった。
しかし、畑に埋まるところまで追体験しても、理解が及ばない。
「だって、カヤノちゃんを真っ先に受け入れたのはトールくんだよ?」
「受け入れた……。王様に言われて、預かることにしただけだけど……」
大したことはしていないというトールに、エイルフィード神は「分かってないなー」と人差し指を横に振る。
「カヤノちゃんは、まさに生まれたて。しかし、親である聖樹とは一緒にいられない。というか、親というよりは分身かな?」
「ソメイヨシノ的な……」
接ぎ木で増えたわけではないだろうが、かなり近しい存在らしい。
「そして、先に会ったエルフの国王たちは客人として接しても、遠慮と敬意が先に立つ。トールくんみたいに、普通の子供扱いなんてのは難しいよね」
「俺が、物事の重要性を理解してないだけなのでは……?」
「それでも、いや、だからこそかな? 預かってくれるというトールくんたちへの期待は大きかったし、実際に受け入れてくれて嬉しかったのさ」
それが、カヤノにとっては重要だった。
「いまいち理解はできないですけど、納得はします」
「うん。知っててくれれば、それでいいと思うな」
「で、そもそも、あの夢はどういうことになるんです?」
あのスケッチブックは、カヤノの日記帳だった。それなら、あの態度も当然。
確かに、日記といっても、ほとんど同じ時間を過ごしているのだから隠す意味はないかもしれない。
しかし、それを夢として追体験することになった理由は謎のままだ。
「ンフッフ、聞いてばかりじゃ面白くないよね? トールくんも、少しは考えてみよ?」
「考えてって……」
スケッチブックもクレヨンも、ウルヒアに依頼して作ってもらった物。トールが手を加えているようなことはない。
つまり、そっちが原因と言うことはありえない。
「……カヤノというか聖樹の苗木に、元々そういう力があったとか?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「なぜガンダルフ」
灰色の答えに、パイプ草の煙を吸ってしまったような表情をするトール。
しかし、その答えがヒントであることに気付き……。
「待った。ええと……そういうこと?」
エイルフィード神はなにも言わない。ただ、笑っている。
それが答えだった。
けれど、トールは確かめずにはいられない。
「俺が育てたから、カヤノに芸術方面の能力が開花した?」
「簡単に言えば、そうなるねー」
子は親を見て育つ。
マンガを通してひとつの世界を作っているトールを真似し、カヤノにも人の精神を絵の中へ招き入れる能力が発現した。
まだ弱く限定的だが、そういうことのようだった。
「マジかー。マジかー……」
「まあ、あんまり気にしなくていいよ。いずれ、リンちゃんから剣を学んだり、アルフィちゃんからもいろいろ吸収するだろうからね」
白い空間で頭を抱えるトールを、笑いながらエイルフィード神が慰めた。
「それよりもさ」
「なんですか」
「神サマとしては、カヤノちゃんが絵日記を描こうと思った。そのこと自体がすごいと思うんだよね」
絵日記という存在を知りようもないのだから、カヤノが自身で思いついたことになる。
それは確かにすごいが、エイルフィード神が言いたいのは、そういうことではなかった。
「もう、カヤノちゃんの宝物だよ。神サマの言いたいこと、分かるよね?」
「スケッチブックそのものじゃなくて、俺たちと過ごした日々そのものが大切だとか、そういう?」
最初から、カヤノが描きたいのはいろいろなものだと言っていた。
それは、楽しかった日々をトールのマンガのように残したかったから。
「うんうん。きっとね、新しい世界樹になってからも、この楽しい夢を見てくれると思うんだ」
「それは……」
世界樹になる。
それがどういうことなのか、ただの人間でしかないトールには想像しかできない。そして、きっとその想像は及ばない。
確かなのは、そのときにはもう、トールもリンもアルフィエルも誰も一緒にいられない。そのことだけ。
「だから、ありがとうね」
「……なんですか、いきなり」
「カヤノちゃんに、楽しい思い出とそれを確認する手段を与えてくれてかな」
「さっきから言ってますけど、俺はなにもしてないですよ。うちの娘は優秀なんで」
にまにまとするだけで、エイルフィード神はなにも言わない。
口にしたのは、別のこと。
「それにしてもさ、想像すると面白いよね」
「なにがですか」
想像してごらんと、エイルフィード神が猫のように弾んで言う。
「世界樹となったカヤノちゃん。その頂上には世界樹の宝物が隠されていた。歴戦の冒険者がついにそこへたどり着き、宝箱かなんかの奥で発見するわけだよ。たくさんのスケッチブックをね!」
「控えめに言って、最高ですね」
「だよね」
いえーいと、ハイタッチ。
そのためには、特別なことをする必要はないだろう。いつも通りでいいのだ。
それはそれとして、ひとつ疑問というか、問題があった。
「ところで、俺はカヤノのスケッチブックの秘密に気付いたことでいいのか、知らない振りを続けるべきなのか。どっちがいいと思います?」
「それは、保護者が自分で考えるところじゃない?」
「この神サマ、かゆいところに手が届かねー」
下手な選択肢を選んだら、恥ずかしがって絵日記そのものを止めてしまうかもしれない。
将来のことを考えれば、難問どころではなかった。
今回、ちょっといい話を目指してみたんですがどうでしょう?
切ない気持ちになったら、作者の勝ちです。
というわけで、カヤノのお話はこれにて一段落。
次からは、神サマがメインの話になる……はず。