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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第三部 成長編

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第五話 軽い気持ちでやったことが、こんな影響を与えているとは……

 パステルカラーの世界が揺れ、さらに世界の鮮明さが上がる。


 巨大な聖樹の幹を背景に、聖樹の枝にはガーデンテーブルが設えられ、そこにはエルフと人間が座っていた。

 はっきりしていなかった顔が、次第にトールとアグロノール王のものへと変わっていく。


 周囲は幼児がクレヨンで書き殴ったような淡い色なのに、その一角だけはっきりと描かれている。


「これ……」


 トールには、心当たりしかなかった。

 カヤノと初めて会った、あの時に間違いない。だとしたら、ここはカヤノの夢の中なのだろうか?


 そう疑問を抱いた瞬間、トールの体と意識が引っ張られた。


 あり得ない。


 だが、夢なのだからあり得るのかもしれない。


 さっきまで外からガーデンテーブルの自分たちを眺めていた目線は、気付けばかなり低くなっていた。


(俺の足じゃねえか)


 それどころか、自分の足が見えている。それで、ガーデンテーブルの下に移動したのだと気付く。


 続けて、愉快だとか楽しいだとか。どこからともなく、そんな感情が伝わってくる。


(……これ、カヤノの視点だ)


 この時点では、まだカヤノという名前ではなかったが。


 その瞬間、視界が飛び跳ねた。

 テーブルクロスをはね除けて、目の前の男――トールへと抱きつく。


 めちゃくちゃ驚いたトールの顔がまた愉快で楽しくて、トールのテンションが上がっていった。視点どころか、感情まで同調しているらしい。


 なにを気に入ったのか、トールへの好感度は最初から高かった。


(自分が自分を好きって……)


 戸惑いを余所に、またしても視点が動く。

 トールに抱きついたまま、くるりと後ろへ向けられると、そこには土下座するエルフがいた。


 リンだった。


 早口でなにか言いながら、土下座している。背景は不明瞭なパステルカラーなのに、そこだけは明瞭。印象度の差だろうか。


 実際、その動きが楽しくて、きゃっきゃと喜んでいる。


 やはり、この時点では話の内容をきちんと把握できていなかったらしい。なんとなく、好悪を判断できる程度。


 セーフだ。


 続けてアルフィエルが現れ、不思議そうに観察する。褐色と白い髪が珍しかったのだろうか? 詳しいところは、トールにもよく分からなかった。


 その一方で、リンはやっぱりリアクションを気に入ったようだ。王女への評価ではないが、赤ん坊同然だったこの当時のカヤノでは仕方がない。


 今の妙な仲の良さの理由が分かる気がした。


 納得したところで、ページがめくられたようにシーンが切り替わる。


 次は買い物だったはずだが、そこは終わっていた。


(名前をつけるところか……)


「カヤノという名前は、どうだろう?」


 他ならぬ、トール自身の言葉。

 今までの好悪を判断するだけではなく、ここははっきりと聞こえた。意味も、大ざっぱではあるが理解できた。


「ラー!」


 だから、大喜びでアホ毛を揺らす。


(名前をつけた時点で、ちょっと成長した……のか……?)


 外からは分からなかったが、内面はちょっとだけ成長していたらしい。冷静に考えれば、自分の名前をしっかり理解しているということは、きちんと知性がある証拠でもある。


 またしても、シーンが変わる。アニメだったら、アイキャッチが挿入されているところだ。


 次いで、そば屋で食事をしている場面になった。

 相変わらずのパステルカラーだが緑の割合が多いのは、畳が印象的だったからだろうか。


 乾杯はしたものの、トールのワイングラスから視線が動かない。

 それを受け取り、一気に中身を飲み干した。やはり、自分自身を見ながら食べるのは不思議な感覚だ。


 けれど、カヤノ自身は、いい気分だった。


 そのまま卵焼きを口にし、喜びが爆発する。

 感動が、トールの。そして、カヤノの深いところを貫いていった。


「では、自分のを半分食べさせてやろう」


 そんな美味しいものを、分けてくれたのがアルフィエル。嬉しさと感謝が、今までなにも知らなかった無垢なカヤノを染め上げていく。


「アー!」

「分かった、身をほぐしてやろう」


 催促をしても怒ることなく、手羽先も食べさせてくれた。

 トールも含めて、本能的にアルフィエルへの好感度が上がっていく。


 後にアルフィエルをママと呼ぶ芽は、この時点ですでに芽吹いていたようだ。


 初めて、食べるということを憶えたカヤノ。


 それを教えてくれたトールたちへの好きという感情が溢れる。幼い心と体では、持ちきれないほどに。


 また、ページをめくるように場面が変わった。


 ルフに倉ごと運ばれ、初めてこの隠れ家へ到着したところだ。


 ウルヒアの登場でやや沈静化したものの、新しい刺激にうずうずしている。


 そこに、住みやすそうな家……ではなく、畑が現れたらどうなるか。

 我慢などできるはずがなかった。


 実際、隠れ家はパステルカラーで書き殴られているだけだが、畑は比較にならないほど解像度が高い。


 カヤノは一目散に駆けだし――ずぼっと畑に埋まった。


「おっと」


 そこで、トールはカヤノの中から追い出された。少し高い位置から、カヤノを追いかける自分たちの姿を目にしている。


「軽い気持ちでやったことが、こんな影響を与えているとは……」


 子育ては怖い。

 そう実感するトールの横に、別の人影が現れた。


 人というか、神だが。


「やあ、トールくん。どうだった?」

「どうもこうもないですよ。ナルシストになりかけました」

「それはそれで面白い。面白くない?」

「無理、無理」


 無茶を言うなと、エイルフィード神へ首を振る。

 それを楽しそうに眺めていた天空神だったが、不意に笑顔を消した。


「あのスケッチブックはね、カヤノちゃんの日記帳だったんだよ」

「それはまあ、今なら分かりますけど」


 カヤノが描いた絵の世界に紛れ混んだ。

 それだけでなく、カヤノの感情まで追体験して。


 そこまでは、いいとしよう。


 分からないのは、なぜ、夢としてそれを体験することになったのか。その原因だった。

初めて体験した食べるという経験が鮮烈で、感動したのです。元々、食いしん坊だったということではないです(結果は一緒)。

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