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第二話 それで、カヤノはどんな絵を描きたいんだ?

「絵を? カヤノが?」

「パー! めぇ! しー!」


 パパ、だめ。言っちゃ。

 思わず聞き返してしまったトールに、カヤノが頬を膨らませて抗議した。


 アホ毛を振り回すカヤノに、トールは不謹慎と分かっていても笑ってしまった。


「ごめんごめん。でも、リンは知ってるんだろ?」


 カヤノは、リンに言わせようとしていた。それはつまり、知っているか、知られても構わないかのどちらかだ。


「ナー!」

「駄目ですよ、トールさん。乙女心は複雑なんですから」

「乙女……。まあ、俺が悪かったよ」


 いろいろと疑問はあるが、深入りしてはならない。トールの勘が、そう告げていた。


「とりあえず、絵の描き方を教えればいいんだな」

「アー!」


 なぜ、突然、絵を描きたいと言い出したのか。

 そこに触れないのは、どうやら正解だったようだ。


「リンも一緒にやる?」

「え? ええ、わた、私もですかっ!? それはつまり、将来的にトールさんのアシスタントになるということですか? この私が!?」

「やる気があるなら教えるけど……」

「ごめんなさい、トールさん。少し想像してみたんですが、神様にご覧に入れる原稿に手を入れるのは無理です。大変申し訳ありませんが、トールさんのますますのご活躍をお祈りいたします」

「ガチで断られた……」


 本気で誘ったわけではないが、それでショックだった。土下座抜きで、普通にお祈りされているところが、さらに。


「というか、もう神様向けの原稿なんて描かないぞ」

「またまた、トールさん。絶対に描くことになるんですから準備しておいたほうがいいですよ!」

「よし! カヤノの絵だな」


 これは現実逃避ではない。

 ただ、現実に戻ってきただけである。愛娘のお願いを聞くこと以上に大切なことなどない。ないのだ。


「とりあえず、俺の部屋に行こう」

「分かりました! トールさんの部屋というよりは、もう、みんなの寝室ですけど!」

「ラー!」

「解せない」


 トールは、いまだに美少女たちと愛娘と事実上の最高神と寝起きをともにしていた。もちろん、ベッドは別。例外は、カヤノと一緒にハンモックで寝たときだけ。


 ウルヒアには頼りにくいので、今度、エイルフィード神を連れて王都へ買い物へ行かねばならない。


 決意を新たにしつつ部屋に戻ったトールは、切り株のテーブルにスケッチブックを広げた。


「これは俺のストックだけど、カヤノにあげよう」

「ラー!」


 まっさらなスケッチブック。

 カヤノには大きなサイズだったが、ぱらぱらとめくって喜びの声を上げた。


「うんうん。なんか、こういうのいいな」

「ですよね。なんだか嬉しくなっちゃいますよね」


 リンと一緒にほっこりしているが、まだ始まってもいない。


「それで、カヤノはどんな絵を描きたいんだ?」

「ん~~?」


 カヤノはこてんと体ごと首を横に傾げ、アホ毛を反対方向に振って元に戻す。


「いろろ!」

「いろいろか。なら、モデルよりも、なにで描くかだな。クレヨンがあれば良かったんだけど……今度ウルに作ってもらうか」


 基本的には顔料と蝋を混ぜて固めた物だ。鉛筆も作ったウルヒアなら、用意できるだろう。カヤノの情操教育にも役立つし、断られる心配もない。


 しかし、今はある物でやるしかない。


「ラー?」

「まずは、鉛筆で描いてみるか」


 カヤノを抱き上げて、膝に乗せる。

 そして、トールは自分のスケッチブックと、あまり先のとがっていない、先が丸くなった鉛筆を用意した。


「それじゃ、リン。モデルを頼む」

「は? え? また私ですか?」

「はい、動かないで」


 一方的に言って、さらさらとスケッチを描き始めた。

 ほとんど手元を見ずに描いて行く様子に、カヤノは目を丸くしてトールの顔とスケッチブックを交互に見ている。


「俺はカヤノのことを見てやらないといけない。そしてどうやら、アルフィやエイルさんには秘密にしたいみたいだ」

「ラー!」

「わ、分かりました! では、ポーズを取りますので少しお待ちを」

「動いちゃ駄目だって」


 絶対に土下座したいリンと土下座させないトールのせめぎ合いは、横顔を描くということで一応の妥協を見た。

 前回は後ろ姿だったので、進歩していると言えるだろう。一応。


「まあ、カヤノがどんな絵を描きたいのか分からないけど……」


 横顔になったので描き直しているが、筆の速さは相変わらずだ。

 ただの黒い線が集まって形を為し、瞬く間にリンの顔がスケッチブック上に再現される。


「特徴……リンの場合だと、このかわいい耳とか、ちっちゃな唇とか、つぶらな瞳とか。その辺を多少強調して描くと、似てる絵になると思うぞ」

「あの……トールさん……あまりそのですね……私、褒められたりするとですね? 死ぬっ、心臓がその、なんと言いますか。ああ、いえっ。褒められているというのも所詮私の主観でしかないわけで、自意識過剰? 私、自意識過剰ですね!? ごめんなさい、死、死ねば助かりますか!?」

「だから死んじゃダメだって」


 そうは言っても、精神的な許容量には限度がある。

 トールは可能な限り急いで、スケッチブックにエルフの末姫を完成させた。


「パー! すごー!」

「線画だからなー。自分が一番いいという線を無意識に選んで見てるから、文字通り補正がかかってるんだよな」


 そう謙遜するが、同意する者は誰もいない。


「ま、いきなりこうはいかないだろうけどな」


 いくらカヤノが聖樹の苗木でも、芸術分野に突出した才能があるとは思えない。

 というより、いきなり迫られたら困ってしまう。


「じゃあ、カヤノも描いてみよう」

「ラー!」


 返事は大きく。

 しかし、トールから鉛筆を受け取る手は慎重に。


 そして、自分のスケッチブックへは力強く。


 ――が。


「パー……」

「大丈夫、大丈夫。折れる鉛筆のほうが悪い」


 いきなり、鉛筆の芯が折れた。


 カヤノの力に耐えられないなんて、なんて悪い鉛筆だ。


 トールは憤慨しつつ、鉛筆を削り直す。それだけでは終わらず、Gペンを取り出しルーンを描いて鉛筆を強化する。ただし、書き味は変わらないように調整して。


 この程度の精密操作はお手の物。というよりは、ほとんど無意識でやっている。


「これで、大丈夫だ。もう一回やってみよう」

「らー……」


 だが、意気消沈したのか。それとも、カヤノなりに冷静になったのか。なかなか手が動かない。


 視線は、切り株のテーブルに開かれたトールのスケッチブック。正確には、そこに描かれた美しいエルフの末姫に向けられていた。


「カヤノ」

「らー?」


 あえてスケッチブックは閉じず。

 トールは膝の上のカヤノを自分のほうへ向けてから、優しく声をかける。


「見えるもの、見ているものは人によって違うんだ。だから、それを形にする絵には正しいものなんてないんだよ」

「ラー?」

「つまり、好きに描いていいってことさ」

「そうですよ、カヤノちゃん! 私のことなど気にせず、好きなように描いてください!」

「……ラー!」


 カヤノは鉛筆をグーで握り、スケッチブックに向き直る。


 今度は、芯が折れることはなかった。

風邪で書けなくてストックが消えました。

おかしいな。一週間分ぐらい、あったはずなのに……。

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