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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第三部 成長編

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第一話 カヤノちゃん、トールさんにお願いがあるんですよね?

再開です。

「その後、様子はどうだ?」

「平和だよ。というか、なんでそんなに気にするんだよ」


 居間のテーブルに乗せられた通信の魔具。

 その向こうにいるウルヒアへ、トールは軽い調子で聞き返す。


「まさか、師匠が脱走したとか。そんなわけじゃないだろ?」

「もしそうなら、僕はこんなに安穏としていない。それに詳しくは言えないが、逃がすことはないな」


 レアニルの騒動から早くも一週間が経った。

 状況確認のために通信の魔具で連絡をしてきたウルヒアは、すっかり落ち着きを取り戻したトールの返答を聞いて冷ややかな微笑を浮かべた。


 死を連想するように冷たく、それでいて魅力的な表情だった。


「……俺からだってことは秘密にして、今度甘い物でも差し入れしといてくれ」


 弟子にできるのはこれだけだ。

 これ以上やると、逆に突っかかってくるので。


「師匠は関係ないとなると、リンか? そんなに心配しなくても大丈夫だぞ」


 リンを心配するのはある意味当然だとは思うが、平和なのがそんなに意外だろうか。いくらリンでも、四六時中土下座しているわけではない。ちゃんとトールが止めている。


「いや、そっちの話でもない。それに、リンはトールの管轄だからな」

「この前から、リンを俺に任せようという圧が強くない?」

「気のせいだ」

「それでごまかせると思うなよ」

「気のせいだ」


 こうなると、なにを言っても無駄。トールは、追及を諦めた。

 その気配を察したウルヒアが、おもむろに本題を切り出す。


「それで、トール」

「なんだよ?」

「聖樹の苗木だが、成長は順調か?」

「そういえば、聖樹の苗木を育てるって話なんだったっけ……」


 久しぶりに元の依頼を聞いて、トールは軽いアハ体験を味わった。同時に、最初のリアクションの意味も理解する。


 言うまでもなく聖樹の苗木――カヤノのことを聞いたつもりだったのに、見当違いな答えを返されて、ウルヒアは驚いたのだ。


 しかし、トールにも言い分はある。


 カヤノはカヤノだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。いや、それ以下でないが、それ以上であるというべきかもしれない。


 とにかく、カヤノはカヤノだ。


 アマルセル=ダエアの国そのものとでも言うべき聖樹。その苗木を預かっているという意識は、もはやない。もし今から返せと言われたら、全力で抵抗するだろう。


「思い出してくれて、重畳だ。それで、どうなんだ?」

「どうって……」


 雑な問いに、トールは少し考えてから答える。


「かわいいぞ」

「……かわいいのか」

「ああ。とてつもなく」

「とてつもなくか」


 ウルヒアは真顔で、同じ言葉を繰り返した。

 まさか、こんな子煩悩になっているなど予想も想像もできるはずもない。


 あれは、本当にトールなのか。


 思わず疑惑の視線で見つめてしまうが、ウルヒアは軽く頭を振って冷静さを取り戻した。


 とりあえずは、害にはならない。

 それに、まだ言葉も通じる。


「……まあ、順調に育っているのであれば、僕としてはそれで構わないのだが」

「そっちは、最近は控えめだなぁ」


 当初はリンがびっくりするほどの成長を見せたカヤノだったが、身体的な成長はとても緩やかになっていた。

 理由はいろいろ考えられるが、エイルフィード神もなにも言わないので自然に任せている。


 実際、あっという間に育ってリンを追い抜きでもしたら、祝福する気持ちよりも哀しむ気持ちのほうが大きいだろう。いろいろな意味で。


「そこは自然に任せるしかないか……」

「その分、感受性は育ってると思うけど」

「……情緒面で成長しているのなら構わないだろう」


 ウルヒアは、思わず「こいつ大丈夫か?」という視線を向けてしまったが、言葉はなんとか取りつくろうことに成功した。


「長い目で見ればいい。人間ではなく、エルフの目でな」

「ああ。そうだな」


 トールにも同じぐらいの時間は残されている。それは、幸せなことだと言っていいはずだ。


「必要なものがあれば言え。可能な限り善処する」

「分かってるよ。それより、費用は俺の貯金から引けよ」

「――ではな」


 言質を取らせることはせず、ウルヒアは通信を切った。


「まったく……。なんで、兄妹揃って俺に金を出させないんだ」

「あ、トールさん! ウルヒア兄さまとのお話は終わったんですね!」

「ちょうど今な」


 そのお金を出したがるリンが、カヤノを伴って外から帰ってきた。


 しかし、カヤノの様子が少しおかしい。


「どうしたんだ?」


 恥ずかしがるようにもじもじと指を絡ませ、トールとリンの顔を交互に見る。頭のアホ毛も、盛大に揺れていた。


「カヤノちゃん、トールさんにお願いがあるんですよね?」

「うー。リン!」

「ダメですよ。自分でお願いしないと」


 代わりに言わせようとしたカヤノを、リンがそっと諭した。エルフの末姫のそんな姿に、トールは新鮮な喜びを憶える。


「なかなかお姉さんしているじゃないか」

「妹経験、豊富ですから!」

「そういう見方もあるか」


 確かに、リンにはいろんな姉がいるのでサンプルは充分と言えた。


「で、俺にお願いってなんだ?」


 アルフィエルやエイルフィード神であれば、ある程度推測できる。その想像を遥かに超えていくだろうことも。

 リンの場合は、逆に分からない。


 それがカヤノとなると……正直なところ、分かるようで分からない。


 だが、どうするかは決まっている。


「カヤノのお願いなら、なんでも聞くぞ?」


 トールは、もじもじとするカヤノを抱き上げた。

 カヤノは、なおも恥ずかしそうにしながら、トールの耳に口を寄せる。


「かーの……えーかーたい……」


 カヤノ、絵を描きたい。


 そして、まるで内緒話をするみたいに告げた。

カヤノがメインのお話です。

成長編としましたが、変わるかもしれません。

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・異世界と地球の両方が舞台の新作です。合わせてお読みいただけると嬉しいです。

タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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