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第十五話 なにより、作っている人間の腕がいい

「それでは、ご主人の勝利を讃えて祝勝会を執り行いたいと思う」


 名実ともにトールの持ち物となった、山奥の隠れ家。

 その居間に住人が勢揃いしていた。


 レアニルを連行ならぬ曳航したリンも、昨日の夜のうちに戻ってきている。


 そして、カヤノも含めた各人の前には、今回の祝勝会のスペシャルメニュー。アルフィエルが研究を重ねていた、ハンバーガーとコーラのセットが並べられていた。


「では、ご主人から一言」

「えー。ありがとうございます。皆さん、楽しくやってください」


 変に長いこと言ってもツッコミを受けるだけだし、「待て」をさせられているリンとカヤノが可哀想だ。

 そのため、トールは挨拶を2秒で済ませた。


「無礼講だねっ」

「それ、一番偉い人が言うと最悪なやつだからな!」


 まあ、短くてもツッコミは受けるのだが。


 脊髄反射でエイルフィード神に反応しつつ、トールはアルフィエルの努力の結晶であるコーラに手を伸ばす。


「ご主人、できれば先にハンバーガーから頼む」

「そうなの?」

「ああ。組み合わせを意識したのでな」


 そう言われては、否やはない。


 コーラのグラスに伸ばした手をしまい、皿に盛られたハンバーガーと付け合わせのポテトへ視線を移動させた。


 一個で千円を超えるような、専門店で出されるハンバーガーとまではいかない。だが、学生が多いチェーン店のものよりは遥かに上質。


 そんな絶妙な外見。


 パティは、王都から運ばれた牛肉を熟成し、ミンチにしたもの。つなぎはなく、ギリギリの厚みで成形され焼き上げられてる。


「じゃあ、こっちから。いただきます」


 それをむんずと手づかみし、口へと運んだ。


「あ、うめぇ……」


 一口食べてすぐに分かるわけがない。

 そんな風に馬鹿にしていた芸能人の食レポと同じことをしていたが、トールは気にも止めない。正確には、それどころではない。


 間に挟まっている、ピクルス、タマネギ、トマトもカヤノ農場の収穫物だ。脇役ながら、しっかりと存在感を発揮し、美味さに貢献している。


 その具材を受け止めるパンズも、不足ということはない。当然だろう。カヤノ農場で採れた小麦から生地を作って、外の窯で焼いたものなのだから。


「なにより、作っている人間の腕がいい」

「ふふ。止めてくれ、ご主人。さすがの自分も照れる」

「神サマも、神サマも試食で貢献したんだけど?」

「それは知らなかった。だから、マンガには、その辺は描いてないな……」

「命拾いしたね、神サマが」


 セーフと、口笛を吹くエイルフィード神を横目に、トールはコーラのグラスに手を伸ばす。今度は、アルフィエルも止めない。


 そのまま、きゅっと一口。


 暴力的な甘みと冷たく弾ける炭酸が、ハンバーガーで支配されていた口の中でさわやかに踊る。触れ合う氷の音でさえ、味のひとつ。


 快楽中枢を鷲づかみにされたかのような。得も言われぬ感情がトールを支配した。


「ああ……。コーラだ。コーラだよ、これ」


 トールの感慨と郷愁のつまった言葉に、アルフィエルは泣き笑いにも似た表情で胸を撫で下ろした。


「すげえ……。いや、これマジですげぇよ」

「本当に……。本当に良かった。貴重なサンプルを無駄にせずに済んだ」


 それは、心からの安堵だった。


「やりましたね、アルフィエルさん!」


 リンも、我が事のように喜んでいる。カヤノは口の周りをケチャップで汚していた。


「あまりこういうことは言いたくないのだが、最後の最後でいろいろと苦労してな……」

「そりゃそうだろうなぁ」


 地球でもレシピは門外不出。会社によって微妙に味が変わって来るものなのに、ほぼ違和感のレベルで再現できているのだ。苦労などという言葉で簡単に済ませられるものではないはず。


「気付けば簡単だったのだが、水が良すぎたのだ」

「水が? 《創水》のルーンのやつが?」

「うむ。普段の料理や飲み物に使っているときには気付かなかったのだが。いや、ハンバーガーと組み合わせるまで、だな」


 つまり、ハンバーガーをあえてジャンクな味付けにしたため、単品として美味しすぎたコーラと齟齬が発生してしまったということのようだ。

 代わりに、井戸から汲んだ水を使った解決となったらしい。


「うむ。すべてはバランスということを思い知った。酒を仕込むのであれば水は美味ければ美味いほどいいのだろうが」

「ははあ、苦労掛けたみたいで。本当に、ありがとうな」

「なに、ご主人の偉業に比べたら、大したことではない」

「それこそ、全然だよ。本当なら、師匠と同じ正攻法で打ち負かしたほうが良かったんだけどさ」


 最後は、ウルヒアに助けられてしまったとトールが自嘲する。


「それが分かっていながら、素直に月へ行く方法を採用しなかったのだ?」

「そりゃ無理ってもんだよ」


 かりっと揚がったフライドポテトを飲み込んでから、トールは軽く首を振った。


「このポテトも美味えな。塩と油ってすげえ」

「無理? トールさんに不可能なんてあるんですか?」

「ラー!」

「リンと娘の期待が過大すぎる」


 魔法陣を描いているときにも軽く説明したような気もするが、そのときいなかったアルフィエル以外のためにも説明しておくべきだろうか。

 コーラで口の中をさっぱりさせたトールが、ゆっくりと説明を始める。


「俺が正攻法を採用するには、下調べが多くなりすぎるんだよ」


 まさか、アストルフォのようにグリフォンで月へ行くというわけにもいかない。

 21世紀の地球からの客人(まろうど)には、宇宙に関しての知識が逆に備わりすぎていた。


「重力を振り切る方法、宇宙空間への対処、燃料の問題……なんかが必要なのか、世界の根本から調べる必要があるからね」

「ナルホドー。ソウダッタンデスネ」

「リン、無理をしすぎてグリーンスライムみたいな喋りになってるぞ」

「パー! すごー」


 その点、カヤノも理解はできていないようだが、パパすごいで処理していた。分からない物を分からない物として理解し、受け入れる度量がある。


 さすがは未来の世界樹だと、トールは手放しで感心した。決して親バカではない。決して。


 そんなカヤノの口の周りを拭いてやりながら、トールは結論を述べる。


「とにかく、俺には搦め手しかなかったんだよ。特に、先に着いたほうが勝ちというルールじゃね」


 ある意味苦し紛れだったのだと、トールは言う。

 リンもアルフィエルも、素直には受け取らなかったが。


「そういう意味では、師匠が千年前に転生? で、いいのか? まあ、平安時代に行ったのは悪いことじゃなかったんだよな」


 そうでなければ、トールと同じ常識に縛られて、《輝夜》のルーンなど生み出せなかったに違いない。

 霊樹や聖樹の素材でなければまともに働かないという問題はあるにしろ、偉大な発明であることは間違いなかった。


「やるね、トールくん。そうやって敗者を褒めることで、相対的に自分のことも持ち上げるという寸法だ。よっ、策士」

「違うよ!? この神サマ、なにゲスっぽいこと言ってるの? というか、ゲスそのものじゃん!」


 そんなこと、考えもしていなかった。

 というよりも、トールに自分を大きく見せようという繁殖期の孔雀のような思考はまったくない。


「うむうむ。ご主人が偉大なのは分かってたことだが、度量も大きいとはな」

「トールさん、さすがです。誰も傷つかない完璧な話の持って行き方!」

「いや、これが本当だったらちっちゃいよ!? でも、リンはこういう方法を憶えたほうがいいかもしれないね!」

「ええ? そんなっ!? わた、わた、私が誰かより上に行けと? トールさんが、そんな無理難題を? 勝つだけでも心苦しいのに、その上マウントを取れなんて。む、むむむ、無理です。許してください!」


 さっきまで、ハンバーガーとコーラに舌鼓を打っていた。

 それが幻だったかのように、リンは華麗に椅子の下に降りて土下座した。刹那と評すべき、一種の神業。


「いやー。神サマにも、あれはできないねー」


 否。神を越える人の技。


「あー。なんか、リンの土下座も久しぶりだな」


 常識的に考えれば。いや、常識を持ち出すまでもなく、今からでも止めさせるべき。

 それなのに、しみじみと浸ってしまった。


 いつの間にか、リンの土下座は平和のシンボルになってしまったようだ。


「そうだよなぁ。リンがシリアスだと土下座が出ないし、出ないってことは脅威と直面してそれどころじゃないってことだしな」

「つまり、出会い頭に土下座された神サマは、完全に平和的存在ってことだね。QED! QED!」

「まあ、それでいいや……」


 あれは振り切れすぎて逆に土下座するしかないだけだったと思うが、あえて指摘はしない。


 とりあえず、トールに日常が戻ってきたのは間違いなかった。

これにて対決編終了です。

次はカヤノメインの話になる予定ですが、別作品の更新をしたいので、2/11(月)の更新はお休み。

2/13(水)から再開させていただきます。


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・異世界と地球の両方が舞台の新作です。合わせてお読みいただけると嬉しいです。

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