第十四話 勝ったからにはやるべきことがある
「はっ。なにをやっとるんじゃワシ! 呆けとる場合じゃないぞい」
勝ったのに落ち込んだトールがカヤノの愛に包まれていたところ、どういうわけか先にレアニルが立ち直った。
「そうだな、師匠。大人しく出頭しとけよ」
「せんわいボケェ」
真っ向から、ウルヒアに逆らおうとしている。
相変わらず、謎のバイタリティだ。
「金を貸した人間より、借りた人間のほうが偉いんじゃ! なにしろ、返してもらえず困るのは、貸したほうじゃからな! 《輝夜》を完成させたワシの懐は、まったく痛くないわ!」
「竹取の翁が金持ちになった理由が、分かってしまった……」
分かりたくはなかったし誤解だと信じたいが、絶対にこの師匠はなにかやらかしている。これは、推測ではなく確信だ。
もしかして、結婚の条件として提示した宝物も、借金の形に取り上げようとしただけなのかもしれない。
「というわけで、弟子。ワシは月へ逃げるぞ」
「それ、月のリュリム神も迷惑なんじゃないかな?」
「はぁ? そんなわけないじゃろ」
相変わらず、謎の自信に満ちていた。
そんな風に生きられたら人生楽しそうだなと、トールは思う。
「というか、借金取りに追われて月へ逃亡とか、どんなかぐや姫だよ……」
普通に、損害賠償案件ではないだろうか。
ただ、トールとしては強く止めるつもりはなかった。月に迷惑を掛けるかもしれないが、王都にいられるよりはましだろう。
「トールさんが贈ってくれた剣と、この馬車もどき。どちらが上か、試してみてもいいですか?」
「にょわっ!?」
しかし、認められないエルフの末姫がここにいた。抜き身の剣を、レアニルに突きつける格好で。
ウルヒアも、それを見越してワイヴァーンと召喚状だけを送ったのだろう。
「ちょっ、剣、ささっ、ささるぅっっ」
「それに、ウルヒア兄さまに迷惑をかけるのは良くないことですよ?」
つまり、リンならどうにかしてくれるだろうという信頼の証だ。
「じょ、冗談ですかいのー」
語尾がおかしいことになっているが、レアニルは逃亡を諦めた。諦めざるを得なかった。
今リンを相手にするぐらいなら、地獄のような奴隷労働(一日八時間勤務、休憩一時間)の最中に脱出を計ったほうがましだ。
「というわけで、トールさん。この人はワイヴァーンに乗せて、私がクラテールで王都まで曳航してきます」
「連行じゃなくて、曳航なんだ……」
もはや物扱いである。
「あの牛車……《輝夜》は、俺が預かっておこう。いや、グリーンスライムに保管してもらうか?」
と、口にして気付く。
「もしかして、表に出せないけど壊すには貴重なアイテムをこうやって預かり続けてきたんじゃねえだろうな……」
いくら数百年も活動しているとはいえ、単に戦場や廃墟となった都市を綺麗にするというだけでは説明できないアイテムを抱えすぎではないだろうか。
そう考えると、トールの思いつきも、あり得ないとは言い切れなかった。
「案外、一つの指輪とか、支配の王錫も持ってたりしてな」
「なんの話か知らんが、弟子! 《輝夜》は丁重に扱うんじゃぞ? 乙女の柔肌のように優しく、ワシの心を扱うように細心の注意を払ってな」
「とりあえず、下手に動かすのも怖いからユニコーンに引いてもらって納屋に入れとくか」
「ご主人、納屋は収穫物でいっぱいだぞ」
「……そうか。でも、地下には入らないよなぁ。とりあえず、外に置いとくか。雨が降ったら、なんか考えよう」
「ラー! かーの! のーたい!」
「カヤノ、乗りたいのか? 子供って、こういうの好きだしなぁ。となると、ちゃんと解析しなきゃだな……。最低でも武器は外しておかなきゃ」
「弟子ぃぃぃぃぃぃ。話を聞けてくださらんかい、ワレェェェェェェッッッッ」
「はいはい。では、ちょっと行ってきます」
「気をつけてな、トゥイリンドウェン姫」
アルフィエルの見送りの言葉にうなずいて、リンはレアニルを連行して空へと飛び立った。
残されたトールたちは、とりあえず《輝夜》を押して、邪魔にならない場所へ移動させることにする。
「お、軽い。素材がいいのか、なんだかんだと師匠の腕がいいのか」
車輪は浮いているが、雲の上に乗った牛車は、意外と簡単に動かすことができそうだった。
「厩舎の中に間借りするかな。牛車だし」
「でもさー、トールくん。よく、マーちゃんを呼ぼうなんて思ったよね」
「リュリム神だと、月に手紙を持って帰ってくれなかったら俺の負けになるからな」
「ご主人。エイル様は、そういうことを言いたいのではないと思うぞ」
神を呼ぶというその行為と発想自体がとんでもないのだと、アルフィエルは言う。
それに対し、トールは《輝夜》を押す手を止め視線で実例を射抜く。
「そこに、ひょいひょいやってきた神様がいるじゃん」
「おおっと。また流れ弾が神サマに?」
「ラー! じごーじとー」
「うん。自業自得なんだよな。実は、黙ってたけど、ちょっと前から《演奏》のルーンが働かなくなっててさ」
「そうなのか。最近は忙しい上に寝室を変えてしまったので聞いていなかったが……」
残念そうにアルフィエルが言った。
元はトールの部屋。今はアルフィエルの部屋に設置された机に刻まれている《演奏》のルーン。起動させると自動的に音楽が流れるという、この世界では大変貴重なルーンだ。
けれど、それがどうつながっていくのか。
「実はあれ、起動すると天界に存在する音楽の野に接続して、そこで奏でられる音楽が再生される仕組みなんだよね」
「は?」
「天使とか、そういうのが演奏してるんだと思うんだけどさ」
「……心臓が止まるかと思ったぞ」
そんなとてつもないものを環境音楽にしていたと知ったアルフィエルの顔が、盛大に引きつった。
「それで、エイルさんが天界からの探知を妨害してるんじゃないかと思ってね」
言い方は悪いが、地上でのエイルフィード神の行いを餌にマルファ神を釣ったのだ。
「しかし、招くことができても短時間だろうから、事前にマンガをしたためたのだな。天界で、回し読みもできるように」
「いや、そこはマジで予想外というか、気付いてなかったというか……」
その可能性も考慮すべきだったのだ。
少なくとも、覚悟はしておくべきだった。
「まあいいではないか、ご主人。完膚なきまでに勝ったのだからな」
「それは……。まあ、そうか」
複雑な心境ではあるが、アルフィエルの言葉通り。
勝者がへこんでいては、周囲も扱いに困るだけだ。
今にして思えば、刻印術に関してだけは師匠を師匠として扱ったため、レアニルも負けを認められずこじれたのかもしれない。
謙虚は間違いなく美徳だが、勝者は傲慢でいるべき場合もある。
「そして、勝ったからにはやるべきことがある」
「アルフィエルちゃん、一体なにが始まるの?」
「決まっている、祝勝会だ」
密かに研究していた成果の第二弾。
それを発表する機会が来たことに、ダークエルフのメイドは不敵に微笑んだ。
はい。これにて師匠は完全退場です。
次回はアルフィの宣言通り祝勝会です。




