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第十二話 偶然の縁を必然の運命とし、疾く我が願いを聞き届けたまえ

「まあ、いいけどね」


 トールが用意した、月へ赴くなんらかの手段。それを攻撃するつもりだった。あるいは、手紙そのものを、どうにかするつもりだったのかもしれない。


 レアニルの妨害を看破したはずのトールは、意外なことに、肩をすくめるだけで済ませてしまった。


「なにをやるのか分からないけど効かないと思うし、さすがの師匠も攻撃する気にはなれないんじゃないかな」

「なんじゃと? このワシが、あっさり諦めると思ったら大間違いじゃぞ!」

「自覚してるのにやれちゃうところが、混じりっけなしの師匠って感じだよなぁ」


 あきれつつ懐かしむように、トールは髪をかき上げた。

 しかし、情けを掛けられたにもかかわらず、レアニルに反省も感謝の色もない。


「もしや、ワシにやる気がないと思うておるのか? ワシは、やるときはやるぞ!」

「トールさん、私も殺る気ならあります!」

「弟子ぃっ! じゃから、トゥイリンドウェン姫をどうにかせいと言うとるじゃろがい!」

「完全に自業自得じゃん」


 とはいえ、ここで無効試合にされても困る。


「とりあえず、リンはそこで待機」

「はい! トールさんの指示を待ちます!」

「攻撃前提みたいになってるな……」


 とりあえずリンはなだめられたと信じることにして、トールはレアニルへと向き直る。


「それより、師匠。その牛車で飛んできたみたいだけど、相当速いみたいだね」

「はんっ。褒めるのが遅いぞ、この弟子めっ」


 妨害策が露見したことで、大人しくする必要もなくなったせいか。レアニルが胸を反らして自慢をする。


「ワシが編み出した《輝夜》のルーン。そして、それを刻むため特殊素材によって作り出したこの車体。ワイヴァーンも寄せ付けぬ飛行性能よ」

「《輝夜》のルーン……かぐや……なるほどね……」


 車輪はあるが、用は為さず。雲によって浮かんでいる。

 教科書で見た、かぐや姫を連れて帰るための空飛ぶ車に雰囲気は似ていた。


 これをルーンひとつで実現。いや、もっと他にも機能はあるはず。


 はっきり言ってルーンとして成立するのが不思議なぐらいだが、きっと、これくらいの逸脱をエイルフィード神――ルーンの生みの親は求めていたのだろう。


「確かに、ウルから通信を受けてから師匠が到着した時間を考えると……それでも第一宇宙速度は突破は無理か?」

「あ? 第一宇宙速度? なんだか知らんが、まだこの《輝夜》は実力の片鱗すら見せておらぬぞ」

「武器も使ってないしな」

「そう……ではないわっ。武器などないのじゃ。あーりーまーせーんー!」


 レアニルの下手なごまかしを聞き流し、あの牛車がトールは実際に大気圏を突破できそうか考えようとして……やめた。


 完全に、地球と同じわけではないのだ。もしかすると、上空でも空気が薄くなったりしないのかもしれないし、宇宙空間なんて存在しないのかもしれない。


 地球帰りとはいえ平安時代だったレアニルにはそんな知識はないし、トールも調べようとはしなかった。


 そういった下調べの必要がない手段を、トールは選んだのだ。


「アルフィ、悪いけどリンを頼む」

「それは構わないが……」


 リンを背後から抱きしめながら、アルフィエルはトールに心配そうな顔を向ける。

 エルフの末姫を制止するのは問題ないのだが……。


「チャンスとなったら、ついトゥイリンドウェン姫を掴む手が緩んでしまいそうだ」

「アルフィエルさん……ッッ。それなら、事故ですみますよね! まさか、そんな手があったとは!」

「そこは、頑張ろう?」


 ちなみに、一応中立ということで口出しを控えているエイルフィード神は、声を出さずに笑っていた。


「こんな面白いイベントになるなら、定期的にやろっか?」

「勘弁して……。っと、カヤノおいで」

「ラー!」


 エイルフィード神と一緒にいたカヤノが、アホ毛を揺らしながらとことこ近付いてくる。かわいい。

 思わず頬が緩みそうになるのを抑えつつ、トールは一応確認を取る。


「カヤノも、手を貸してくれ」

「アー! がーばる!」

「じゃあ、師匠。俺から披露させてもらうよ」

「まあ、良かろう。ワシが先に出発しては、あまりにもあまりじゃしなぁ」

「はいはい、感謝しますよ」


 得意の絶頂にいるレアニルは、おざなりなトールの言葉にも気を良くして笑っていた。


「カヤノも一緒に、さんはい。《召喚》のルーン起動」

「アー! きどー」


 アルフィエルと一緒に砂で描いた、地面の魔法陣。

 今度は親子の協同作業で起動し、強烈な光が放れた。


「招請する招請する招請する」

「るー」

「大地と豊穣の女神、生きとし生けるものに加護を与える慈悲深き御方、聖樹と霊樹を地上へ遣わせし者」

「らー? バー」


 神殿の定式とは異なるものの、それは世界で最も広く信仰されている大地と豊穣の女神マルファを讃える聖句だった。


「弟子めっ。甘くみおったなっ」


 本当の意味で勝利を確信したレアニルが、得意げに言い放つ。


「女神を呼び出そうなどと、なんたる不遜」


 リンとアルフィエルの表情が、さっと蒼冷める。まさか。本当にまさかだ。

 エイルフィード神だけが、変わらない。だが、リンとアルフィエルにとっては、逆に不安を煽る。


「本来、神はそんなにほいほい現れるようなものではないわっ。ワシが、エイルフィード神に願いを聞き届けてもらうのにも、どれだけ……」

「だろうね。でも、供物があれば別だろう?」


 アルフィエルのアシストで、かつてないクオリティに仕上がった原稿。

 それをケースごと魔法陣の中心に据える。お供えであり、絵を組み合わせたルーン強化の発展形でもあった。


「偶然の縁を必然の運命とし、疾く我が願いを聞き届けたまえ」

「たーえー」


 カヤノの舌っ足らずな可愛らしい声。

 まるで、それに呼応したかのように、光が魔法陣を巡り、幾重にも重なり、光が天へと伸びていく。


「バカな……」


 レアニルの声など、誰も聞いていない。いや、それはレアニル本人も同じだったろう。

 エイルフィード神ですら魔法陣から伸びる光に注目し、大きく瞬いて消え、魔法陣の中心に小さな人影が現れた。


客人(まろうど)よ、大義でした。心からの感謝を」

「いえ、お呼び立てして申し訳ありませんでした」


 カヤノよりは上。リンよりはだいぶ下の童女に、トールはぺこりと頭を下げた。

二人目、入りましたー。

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