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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第三部 対決編

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第八話 やけにエイル様の絵が多いようだが?

「体が軽い……」


 アルフィエルからマッサージを受けた翌日。そう、あくまでもあれはマッサージだった。その証拠に、かつてなく快調。


 まったく、完全にマッサージだ。


 切り株のテーブルで作業しながら、トールはマッサージのポジティブな側面だけを考える。


 もう何時間も作業をしているが疲労を感じないし、目も腰も快調そのもの。途中で、背筋を伸ばしたり肩を回したりする必要もない。


 肉体面だけでなく、精神的にもいつになく前向きだ。

 面倒な背景を描くのも苦にならない。記憶力も上がっているのか、資料を見なくてもすらすら描けてしまう。


 マッサージは疲労を取るためのものという先入観があったが、それだけではないことを身を以て思い知った。

 怖いぐらいの調子の良さ。ほんの数時間でネームは切れてしまい、下書きも過去最高速で終わり、すでにペン入れへと進んでいる。


 しかも、まっすぐ線を引くのに定規も要らない。さすがにウルヒアに作ってもらったスクリーントーン無しでは無理だが、それを削る手はいつもよりもずっと早い。


 まるで、魔法のようだ。


 実際、魔法のような薬(ほれ薬)を使用していたことは都合良く忘れ、トールは素直に感心していた。


「これなら、定期的にやってもらっても……」


 独り言を言いかけて、トールは慌てて口を押さえた。森の自室には誰もいない。他の誰かに聞かれる危険はない。


 だが、その油断こそ命取り。


 二度三度と施術を受けたら、アルフィエルに溺れてしまう。その確信がトールにはあった。


 けれど……。


 なぜ、溺れてはいけないのだろう? どうして? そうしてはならない理由があるのだろうか?


 いけない。

 意思を強く持たなければ。


「マッサージになんか、絶対に負けたりなんかしない……って、こうやってネタにしている時点で負けだろ」


 そのマッサージの効果か。

 頭で別のことを考えながらも、手は下書きの線を丁寧に。自分で引いている線とは思えないほど、綺麗に描けていた。


 そのまま無意識にペン入れを続け、1ページあっさり終わったところで、トールはようやく気付いた。


「え? 俺、マジ画力上がってない? やべえ……これやべえ……マジこれやべえ……」


 まるでプロの玉稿のような仕上がり。雑誌に掲載されていても、不思議ではない。いや、その中でも一際目を引く1ページだ。


 画力がマンガの面白さを保証をするわけではないが、そうでないよりはいいはず。実際、面白いからと勧めても、絵が嫌いと断られた経験は一度や二度ではない。


「誰が線入れたんだ。俺か、俺かよ、俺だよ……」


 前にマッサージを受けたときは、ここまでではなかった。普通に気持ちが良かっただけだった。それなのに、この効果は一体……。


「また、アルフィのマッサージを受けたら……?」


 それは当然の。誰が損をするわけでもない、当たり前の発想。


「いや、駄目だ駄目だ」


 いけない。その先に待っているのは、依存症だ。悪魔(メフィストフェレス)の誘惑を振り払うように、トールはぴしゃりと自分の頬を叩く。


「今回は仕方がないけど、身の丈に合わないことを望むんじゃあない」


 自分自身に言い聞かせるようにして、それでもこの奇跡が続いている間にと、ペン入れを進めて行く。


「ご主人、順調か?」

「ん? ああ」


 息抜きにと、レモネードを持ってトールの元にアルフィエルが訪れたのは、そんなタイミングだった。

 トールは、そちらを見ずに、軽くうなずいた。


 後は無言でそのまま線を引き続る。あまりにも調子が良すぎて、途中で原稿を確認するような雑念にも囚われたりしない。もちろん、裏返してデッサンが崩れていたり確認するようなことも。


 合間でレモネードを飲んだような気もするが、気のせいだと言われたら素直にうなずいていただろう。


 それくらい集中して、最後まで終わらせてしまった。 


「ご主人、描き終わったのか?」

「ああ。お陰様で……」


 終わったというか、終わらせたというか、終わってしまったというか。

 なんとも複雑な気分でトールは、ずっと一緒にいたらしいアルフィエルへ曖昧にうなずいた。


「見ても構わないか?」

「ああ。台詞は入ってないけど」

「おお……。今まで見せてもらった物より、一際引き込まれるな。自分はマンガのことはよく分からないが、これは広く受け入れられるのではないか?」


 目をきらきらさせて絶賛するアルフィエルに、トールは複雑な笑顔を見せる。

 褒められるのは嬉しいが、自分の手柄ではない。でも、やっぱり嬉しいものは嬉しい。

 そんな表情だった。


「しかし、これはトゥイリンドウェン姫にカヤノに……自分たちか?」

「ああ。前から描いていたのとは別の原稿だよ」


 結果として、それは正解だった。途中でクオリティがガラリと変わることになるのだ。マッサージに手を出して、最初から描き直しせざるを得ないところだった。


「それは構わないのだが、やけにエイル様の絵が多いようだが?」

「そこは仕様なんで」

「むう……」


 不満だが口にするわけにはいかず、アルフィエルは頬を膨らます。

 あまりに可愛くて、トールは思わず吹き出してしまった。とても、マッサージでこちらを翻弄したダークエルフのメイドと同一人物とは思えない。


「ご主人の好きなように描くべきだとは思うが、その……マンガのことだけではなくだな……」

「師匠の件?」

「うむ。この家が失われるようなことがないのは分かっている。分かっているんだぞ?」


 それでも、一度芽生えた不安は、なかなか消えないということなのだろう。


「心配ないよ」


 安請け合いと受け取られないよう気をつけて。

 それでも、軽いトーンは払拭できずトールは手を横に振る。


「これも、師匠の勝負の一環で描いたようなもんだから」

「は? これを?」


 切り株のテーブルに散らばる原稿を眺め、トールの顔を凝視し。アルフィエルはひとつの答えにたどり着く。


「まさか、マンガの原稿にルーンを仕込んで?」

「それこそまさかだよ」


 無理無理と、氷が溶けて薄くなったレモネードの残りを飲み干した。


「マンガで月に行ったことにはできないしね」

「では、どうするのだ」

「月に行くのと、来てもらうの。どっちが楽だろうね?」

「……ご主人、大丈夫か? もう一度、マッサージするか?」

「いや、もう充分だから!」

「なるほど。これが前振りというやつだな?」

「ちっ、がーうっ!」


 ある意味で、アルフィエルのマッサージは、間違いなくレアニルとの勝負に貢献をしていた。

 ダークエルフのメイド自身がそれを知るには、当日まで待たねばならなかった。

ドーピング検査には引っかからないので、セーフ。

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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