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刻印術師とダブルエルフの山奥引きこもりライフ  作者: 藤崎
第三部 対決編

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第七話 疲労など鎧袖一触だ

「ところでご主人」

「話変わるのかよ。本当に、話変わるんだろうな?」

「愛する人に触れられると、嬉しく楽しく気持ち良く――つまり、幸せになる。これは間違いないだろう?」

「ちゃんと話が変わった……。まあ、一般論としては、そうじゃないか?」


 緊張したり、自分の体の欠点が気になったりとそれだけではないだろう。それでも、気持ちが通じ合っているのであれば、基本的にはポジティブな行為になるはず。


 トールの返答に、アルフィエルは満足気にうなずく。


「そこで、このローションだ」


 ようやく、創薬師が被験者に効果を説明し始めた。ペットボトルの中身はローションなのだが。


「どこでだよ」

「マッサージにだ」


 冷静に。

 極めて落ち着いた様子で語るアルフィエルは、まるで科学者のよう。


「非常に薄めて成分も変わってはいるが、このローションを塗った相手に愛情を感じ、多幸感を得られる。そこにマッサージによる血行促進などの効果を合わせれば、疲労など鎧袖一触だ。むしろ、より調子が良くなるまである」

「危ない薬の説明にしか聞こえないんだが」

「ふふふ。そんなことはないぞ」


 にじり寄ってくるアルフィエルに反論を試みるが、笑って受け流された。


「安全性は問題ない。エイル様のお墨付きだ」

「なんてもんに、お墨付き与えてんの!? 神様、落ち着いて!?」

「大丈夫、大丈夫。成分に問題はないってことだから。実際に使われるのは、今この瞬間が初めてだよ」

「大丈夫な要素、どっかにあった!?」


 ぜえはあと息を吐くトール。

 明らかに、疲労感を憶えていた。いや、徒労か。


「それはともかく、トールくんのちょっといいとこ見てみたいなー」

「カヤノの前で止めろ」

「らー?」


 幼いカヤノとしては、トールのリアクションが面白くて見ていただけ。それを見せるなとはどういうことなのだろうと、首を傾げた。


 アホ毛も、一緒に揺れる。


「そうだよねぇ。カヤノっちぐらい若いと、マッサージの意味も気持ち良さも分かんないよねぇ。でも、トールくんにはいいことだから」

「アー! パー! がんばっ」


 エイルフィード神とカヤノは、ハンモックからエールを送った。SSS席だ。


「外野! 分かってるなら、カヤノを連れてどっか行くとか配慮しよう?」

「え~? ヤダ」

「交渉の余地がねえ」


 交換条件も出せない以上、交渉にならないのは残念ながら当然。トールだって、例えばウルヒアが犠牲者だったら手を叩いて笑っていたはずだ。

 もちろん、施術するのはアルフィエル以外に限るが……。


「説明も終わったことだし、そろそろ始めよう」


 ペットボトルを傍らに置いたダークエルフのメイドが主人の手を引き、ベッドの中央に敷いたシートへうつ伏せに寝かせた。


 強引ではないが、抵抗の余地など挟ませない断固とした行動。


 ひんやりとしたシートに接し、トールは再び身を震わす。シートの横に置かれた、たらいが目に入ったのとは関係がない……はずだ。


「トールさん、リラックスですよ!」

「ラー!」

「そこの二人は、意味理解してるのか? いや、やっぱいい」


 していたら困るし、説明を求められたらもっと困る。


 マッサージを受けることを了承した手前、本気で逃げることもできず。アルフィエルに悪意がないことも分かっているため、従うしかないトール。


「大丈夫。リラックスしたら、いいアイディアも思い浮かぶ」

「もう、構想はちゃんとできてるんだって」

「――ご主人、始めるぞ」


 問答無用。

 人肌に温められたぬるりとした液体が背中に垂れ落ちる。


「ひゃうっ」


 驚いて変な声が出てしまった。あわてて手で口を押さえるが、一度出た言葉は消えない。


「大丈夫です。トールさん、可愛い声でしたから!」

「アー! パー! せえふ!」


 完全にアウトだ。議論の余地なく。

 トールは羞恥で頬を赤く染め、うつむいてしまう。


 その姿が、どう見えるか考えることもせずに。


「いいぞ、ご主人。そのまま力を抜いて……」

「あ、ああ……」


 弛緩した上半身に、アルフィエルがローションを塗り広げていく。丁寧に、優しく。それでいて、粘つくような手つきで。


「んっ……。あっ……これは……」


 最初は違和感しかなかったが、馴染んでいくにつれじんわりと暖かさが体の芯へ伝わってくる。ぬるま湯に伝わっている様な快さに、指先から伝わるアルフィエルの真心が加わり自然と声が出る。


「トールさん、気持ちよさそうです」

「次は、指を一本一本ほぐしていくぞ」

「そんなところまで――」


 やらなくてもとは、言えなかった。


 ローションでぐちょぐちょになったアルフィエルの繊細な指が絡まり、未体験の感覚がトールの脳まで届く。

 ただ指が絡まり合っているだけなのに、まぶたが落ちる。動く度に聞こえてくるきゅぽきゅぽっという音が耳朶を打った。


「あっ……。ああ……。あああ……」


 特に疲れているという自覚はなかった。

 しかし、全身が溶けていくような感触に、それが誤りだったことを思い知らされた。


 じんわりと暖かく、気持ちいい。


 一度認めてしまったら、もう、歯止めは利かない。


「はあ……。ふぅ……」

「マッサージは熱したチーズを扱うように、優しく丁寧に。これが、母から教わったマッサージの基本にして極意だ」

「んっ、ああ……」


 アルフィエルがなにか言っているが、トールの意識は朦朧としている。


 指、手首、腕、肩。

 さすられ、揉まれ、ほぐされ。気持ちいいとか、痛いとか感じる前に、声しか出なくなっていく。ついさっきまで、あれだけ声が出るのを恥ずかしがっていたというのに。


「あ、アルフィ……」

「ああ。自分は、ここにいるぞ……」


 優しい声が聞こえるだけで背筋が震え、ローションのように粘つき思考を覆い尽くす。

 いつの間にか、抵抗する気は失せていた。骨抜きとはまさにこのこと。自分の力だけでは、起き上がることもできないだろう。


 為すがまま、すべてをアルフィエルへと委ねる。

 まるで、ダークエルフのメイドに包まれているよう。


 そして、それがとてつもない幸せだった。


「ご主人はいつも頑張っているから、念入りにほぐさなくてはな」

「アルフィ、やさしくして……」

「もちろんだ」


 アルフィエルが、慈母のように微笑む。

 なぜか、トールにはその笑顔がはっきりと見えた。


 とても哲学的な体験だった。


 トールは、後にそう語った……という記録は残っていない。


 だが、誰かの記憶には残っているかもしれなかった。

トールくんの喘ぎ声とか誰得なのか(我に返った)

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タブレット&トラベラー ~魔力課金で行ったり来たり~
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