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第四話 神は、不可能な試練を与えたりはしないのだよ

「くふっ。くははははっ」


 トールがウルヒアのストレスに思いを馳せていると、何拍か遅れてレアニルが狂った様に笑い出した。

 エイルフィード神が課題を言い渡した時点でリンも剣を引いているので、まるで悪役がタカ笑いをしているようだ。


「月へ行く。考えてみれば、なよ竹のかぐやと呼ばれたワシにこれ以上ない題材じゃろ。弟子よ、エイルフィード神の加護は我にあるぞ」

「じゃあ、師匠。題材はこれでいいな?」

「当たり前じゃろ。というか、本当に気に入らなかったら拒否するつもりじゃったんか弟子ぃぃぃっっ」


 小さな体で飛び上がり、髪を振り乱してトールを非難する。しかし、学習したのか、詰め寄ったりはしなかった。


「まったく、ワシが勝つ前に弟子に天罰でも下されたら大変じゃ。ちゃんと謝るんじゃぞ。ワシは、王都に戻って準備を」

「あっ――」

「はっ? 待たんぞ? 兵は拙速を尊ぶのじゃ」


 ドヤ顔で孫子を引用したレアニルが、居間を出て行こうとする。

 しかし、その足は扉を開けた瞬間に止まった。


「おう? 家を出たのに家があるぞ……って、なんじゃガスが!?」


 ウルヒアが増築した、玄関の機能を持つ建物。元々は存在しなかったそこに驚くレアニルの目の前で、白い《スリープ》のガスが充満していく。


「そりゃ、家から出ていく相手にも、トラップは有効だよな……」

「こら、弟子。誰がここまでやっていいと言うたんじゃ!」

「やったのは、ウルだけどな」


 いそいそと、扉を閉めるレアニル。


「さすが王子じゃな、備えは万全に越したことはない」


 一瞬の遅滞もなく、長いものに巻かれたレアニル。

 まったく変わらないところが、逆に安心しなくもなかった。


「とりあえず、ガスが晴れてからだけど……。師匠、王都にはどうやって帰るつもりだよ。足がないんだったら、ユニコーン乗れ……ないか」

「うむ。乗れぬ、乗れぬなぁ」


 結論だけ言うと、乗れた。


 ガスが晴れてから防犯装置を設定し直し、レアニルをユニコーンに乗せて王都へと送り出す。次に会うのは、勝負の時だろう。


「あとで、ウルに通信の魔具で言っておくか」


 居間に戻ってきたトールが、エルフの貴公子のことを思い出しながら言った。

 エイルフィード神と月のことを伏せて、師匠が帰ってきたことと勝負のことだけを伝えておけばいいだろう。


 また、しかめ面されそうだが。


「それでも、エイルさんの存在を知らないお陰で、ウルの精神はギリギリのところで保ってるようなもんだしなぁ。むしろ、俺は恩人と言えるのでは?」

「それにしても、さすがはエイル様だな」


 一騒動終え、台所から紅茶を淹れて戻ってきたアルフィエルが、居間でだらりとする面々にカップを配る。リンとカヤノは、ミルクティーだ。


「え? アルフィエルさんどういう……あ、そういうことですね」


 剣を鞘に収めたリンも、なにかに気付いたようにぽんっと手を鳴らした。


「らー?」


 さすがに察することはできなかったカヤノに、リンがお姉さんらしく教えてあげる。


「達成できない課題を与えて、うやむやに現状維持するようにしたんですよね? それだけでなく、音を上げたら仲直りをするように言うつもりだったのでは!?」


 やった! 正解ですよね! と顔を輝かすリン。

 アルフィエルも、その解釈に満足そうにうなずいた。


「え? カヤノちゃん? 頭を下げろ? それ、私の得意技ですよ!」

「りん、えらー!」


 喜んで身を屈めるリンの頭を、偉い偉いと撫でるカヤノ。どちらが姉で、どちらが妹か分からない。


「強いて言えば、どちらも姉で、どちらも妹なのか……?」

「それよりご主人。トゥイリンドウェン姫が言っていたことが正解だろう?」

「いや、月には行けるだろ」

「行けるよねい?」


 トールとエイルフィード神にあっさりと否定され、アルフィエル以上にリンが顔色を変えた。


「えええっっ。エイルフィード様はともかく、トールさんまで?」

「え? 神サマはともかくって、どういうことかな?」

「いいですか、トールさん。月ってあのお月様ですよ!?」

「スルーされてる……。やったねっ」

「喜ぶのかよ……って、月のことなら分かってるよ。地球にも月はあったし。ついでに、俺が生まれる何十年も前に月まで人を送り込んでるし」

「……トールさんの故郷のお月様は、歩いて行ける距離にあったんですか?」

「むしろ、その距離で数十年前までたどり着けなかったのってどういうことなんだよ」


 そもそも、潮汐力とかで地球がヤバそうだなと、トールは思った。


「確か、38万キロだったかな? ここと王都の距離の千倍以上離れてるよ」

「トールさん、なにを言っているんですか。お月様との距離なんて、どうやって計るっていうんですか。そんなに長い巻き尺なんて存在しませんよ?」

「それは、偉い人が計算したんだよ、角度とか」


 詳しいことはトールも知らないが、きっとそうに違いない。古代ギリシャとか、ローマとかその辺ならどうにかしてくれるはずだ。


「トールさんが言うのなら、そうなのでしょうが……」

「なるほど、そういうことか」


 自分自身を無理矢理納得させようとするリンと対照的に、アルフィエルの両目に、再び理解の光が点った。


「水面に浮かんだ月の上に、手紙を浮かべる。こうすれば、月まで手紙を届けたことになるのではないか?」

「なるほど! それは思いつきませんでした。絶対、それが正解ですよ!」

「アー!」

「いや。この程度、ご主人なら最初から気付いていたはずだ」


 さすがアルフィエルと、リンとカヤノが褒め称える。アルフィエルも、謙遜しつつ誇らしげだ。

 それに水を差すのはちょっと良心が痛んだが、肝心な部分が抜けていた。


「それ、ルーン関係なくない?」

「なぞなぞになっちゃうよねぇ」

「そもそも、それじゃ手紙読めないだろ」

「ということは、まさか本当に月まで……?」


 トールもエイルフィード神も本気だ。

 その事実に、リンもアルフィエルも二の句が継げない。


「たぶん、必要がないからやんなかっただけで行けなくはないんじゃないか?」

「ふふっ。初歩的なことだよ、アルフィちゃん」


 要塞も陥落させられそうなハチミツ入り紅茶を飲みながら、エイルフィード神が言った。


「神は、不可能な試練を与えたりはしないのだよ」


 自信と威光に満ちた表情で断言した。

 カレーを飲み物呼ばわりしていた神が。


「試練はともかく、先に手紙を届けたほうが勝ち。それでいいんだよな?」

「神サマが言った通りだよ」

「となると、スピード勝負でもあるわけか……」


 そこでルーンの技術的な優劣をつけるつもりなのだろうかと、アルフィエルは解釈する。

 それは不正解ではないが、神意を完全に理解しているとは言えなかった。

師匠は非モテ……ではなく、現代風に言うとキャリアウーマン。いいね?

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