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第十八話 ご主人がいなければ、自分はここまで頑張れなかった

切りどころがなかったので、いつもより長めです。

 エイルフィード神が降臨してから。

 そして、アルフィエルがカレーとコーラの再現に挑み始めてからしばらく経った日の夜。


 その間、エイルフィード神が示唆したような変事は起きず、カヤノが少しだけ大きくなった他は、いつも通りの日常が過ぎ去った。


 つまり、トールはマンガを描き、アルフィエルは家事と料理に励み、リンは土下座し、カヤノは畑に埋まる。

 王都にいるウルヒアも、聖樹の実という懸案が片付き、安穏とした日々を過ごしているに違いない。


 永遠に続くのではないかと錯覚してしまう、そんな日常だ。


「それでは、ご主人にとってのソウルフード、カレーライスの試食会を執り行いたいと思う」

「完成したんですね。おめでとうございます!」

「ラー!」


 リンが居間の椅子から立ち上がり、祝福の拍手を送る。真似して、カヤノも食べる前から、スタンディングオベーションだ。


「わーわー」


 エイルフィード神はSEの係だった。


「恥ずかしいので、ご主人は普通にして欲しい」

「あれ? そう?」


 取り残されたため、アルフィエルに握手を求めようとしたトールは、素直に椅子に戻った。


「……確かに、エイルさんが来てからノリがおかしなことになっている気がする」

「フフリ」

「計算通りと見せかけて特になんにも考えてない……ということをツッコミ入れさせようとしているときの微笑みだ」

「いやー。すっかり、神サマの理解者だねぇ」


 二重の罠を見破ったトールを賞賛する天空神。

 一方、トールはわりと本気で嫌そうな顔をしていた。より一層、喜ばせるだけなのに。


「神サマ、傷ついちゃう……」

「アルフィ、とりあえず、先に進めよう」

「ラー!」


 カヤノの賛成もあり、アルフィエルが場を仕切る。


「うむ。その前に、申し訳ないが、コーラは次の機会とさせて欲しい」

「あれー? コーラ、結構いいところまで完成してたよね? ハンバーガーも、お店を出せるレベルだったし」


 試食係だったエイルフィード神が疑問の声を上げるが、アルフィエルは静かに首を振った。


「だが、完璧ではない」

「完璧になってから出すっていうんじゃ、全然進まないぞ。これ、実体験な」


 成長してからマンガを人に見せる。

 そういうスタンスもありといえばありなのだろうが、ハムスターがひたすら車を回しているのと同じことになってしまう。


「それは分かっているが、実物のお手本が目の前にあるとな……」

「まあ、コーラはカレーに合わないし、別にいいけど」


 ナンならまだましなのだろうが、白米とはまったく合わない。致命的なほどに。日本人としては看過できないレベルだ。


「その点、カレーはエイル様の監修を得てはいるが、ご主人の思い描く味になっているかは分からない」

「俺は、遠慮せず意見を言ったほうがいいのかな?」

「是非、頼む」


 そう頭を下げると、アルフィエルはキッチンへと向かう。

 空調が完全すぎて、そっちから匂いが漂うこともない。トールはちょっとやり過ぎたかなと、反省する。今さら。


「そういえば、カヤノはカレー大丈夫なのか?」

「ラー! かれー! たべゆ!」

「アルフィちゃんは、子供用のも用意するって言ってたよ?」

「さすがアルフィエルさんですね。もっとも、私は、普通のカレーを食べますけど! 食べますけど!」

「リンも別に、辛いものは得意じゃないだろ?」

「いえ。試練だと思えば、苦になりません!」

「修行じゃないんだから」


 などと言っている間に、大きめのトレイにカレーを載せてアルフィエルが戻ってきた。


 ほかほかの湯気を上げるカレーライス。

 カレーとライスの見た目の対比は6:4。色味もカレーらしくなっており、ぱっと見、違和感はない。


 陶器ではなく木のボウルのようなものに入れられているのが、ちょっとお洒落な雰囲気だ。それでいて、大きめの野菜や肉がごろごろしているところは家庭料理の趣がある。


「いい匂いだな」


 スパイシーで食欲をそそる、独特の香り。

 カレーとしてスパイスを調合すると自然とそうなるのか。それとも、再現のために骨を折ったのか。いや、前者だとしても、調合の苦労は変わらないだろう。


「では、試してみてくれ」

「ああ。いただきます」


 木のスプーンを持って、一口。


 トールが、最初に感じたのは甘み。

 それを追うようにして、刺激的な味わいが口の中を通り抜ける。


 美味しい。


 そして、なによりも。


「驚いた……。これ、カレーだ……」

「良かった……」


 匂いの時点で心配はしていなかったが、思った以上にカレーだった。

 自信なさげだったのでどうなのかなと思っていたが、完成度はかなり高い。

 本場のインド風ではなく、日本の家庭料理としてのカレーライス。米が固めに炊きあげられているのもいい。


「エイルさん、どんだけカレーのこと詳しいの?」


 とろみがついていて、白米との相性は抜群。さすがに、これを独力で再現出来るとは思えない。


「ンフフ。神サマのことはいいから、アルフィちゃんを褒めてあげてね」

「もちろん」


 言われるまでもない。


「美味しいよ、アルフィ」

「それはなによりだ」


 アルフィエルは、トールから贈られたイヤリングをまさぐる。無意識の照れ隠しの仕草。


「もうちょっとルーにコクが合ったほうがいいとか、ニンニクを利かせたほうが好みとかあるけど、こいつはすごい」

「ふむふむ。そういう注文は大歓迎だぞ」

「ところで、トールさん。実は、私もカレー作りに協力しているのです」

「そうだったのか」


 トールは思わず感心したが、協力は意外な方面だった。


「お肉は、クラテールに狩ってきたもらったイノシシのお肉なんですよ!」

「うんうん。やっぱり、カレーには豚肉だよな」


 元々なのか、カレーの風味で打ち消されているのか。

 処理がいいのか、肉に臭みはまったくない。それどころか、旨味が増しているように感じられた。


 カレーにはなんでも合うが、これは絶品だ。特に、脂身が多めで角切りになっているところがいい。


「煮込むのもいいけど、食べる直前に肉だけフライパンで焼いて混ぜるのも好きだな」

「そういう手段もあるのか」


 ふむふむと、感心するアルフィエル。

 そこに、カヤノからも歓声があがった。


「ラー! マー! おーし」

「カヤノも気に入ってくれた良かった」


 口元を拭いてやりながら、アルフィエルが微笑む。

 まるで、試験明けの学生のように晴れやか。


「ジャガイモもニンジンも美味しいです。エルフにも受けますよ!」

「ああ。エルフの好みはともかく、特許取ったら大もうけできるんじゃ?」

「大げさな」


 絶賛するリンに対し、アルフィエルは素っ気ない。というより、トールたちを満足させられれば、それで充分なようだ。


「レシピは確定したので、材料さえあれば創薬術でいくらでも量産できるのだぞ」

「カレー粉、薬扱いか。医食同源ってレベルじゃねえ……」


 難しいカレーの調合を一瞬でできてしまうのだから、ルーンとは比べられないチートだとトールは関心する。


「なに、できてしまえば大した手間ではなかったな」

「その材料を揃えたり、レシピを割りだすのがめちゃくちゃ大変だったと思うんだけど」


 それをとてつもない努力と情熱には、トールも頭が下がる。実物もない、うろ覚えの知識からのスタート。

 それなのに、こちらは一方的に恩恵を受けているだけなのだ。


「それは違うぞ、ご主人」


 しかし、アルフィエルは首を横に振った。

 耳に付けたイヤリングがきらきらと揺らめく。


「ご主人がいなければ、自分はここまで頑張れなかった。そういうことだ」

「ああ、うん。ありがとう」


 結局、役に立っていないのではないか。

 トールはそう思わないでもなかったが、アルフィエルの努力と思いを無下にできず、感謝の言葉をかけることしかできなかった。


 実際、ありがとうの言葉と気持ちは、本物だ。


 改めて感謝を伝えようとしたところ。


「……あれ?」


 唐突に、違和感を憶えた。


「また、地下に魔力の流れを感じますよ?」

「まさか、また神降臨とかじゃねえだろうな?」

「ふふん。どーだろうねぇ?」


 明らかに、なにかを知っているエイルフィード神。

 しかし、なにも言うつもりはないらしい。


「神サマ、おかわり取ってくるね?」


 それどころか、キッチンへと消えてしまった。


「自由すぎる……」


 神ならざる人の身では、そうもいかない。


 確認するため立ち上がるが、エイルフィード神の時とは異なり、こちらから行く必要はなかった。

 どたどたと足音がして、居間の扉が向こうから開く。


 ――同時に、リンが動いた。


「そこで止まってください」

「帰ってきた途端に、刃を突きつけられとる!?」


 動いたのは理解できたが、いつ剣を抜いたのか。そもそも、食事の場に剣を持ち込んでいたことすら気付かなかった。


 だが、結果は一目瞭然。


 不埒な侵入者は一瞬で、生殺与奪の全権をリンに握られた。


「あ、あの。トゥイリンドウェン様? ワシですよ、ワシ。レアニルですよー?」

「泥棒に知り合いはいません」


 リンの反応は、ひどく冷たかった。和気藹々とカレーを食べていた面影は、どこにもない。


 アルフィエルも遅まきながらトールの前に出て盾になる姿勢を取り、カヤノもきつい視線を向けている。


 いつも通りにこやかなのは、エイルフィード神だけだ。


「お、おうふ。久しぶりじゃな、我が弟子よ」


 リンと同じ程度の小さなエルフが、ふんぞり返って言った。リンの刃から逃れようと必死に。


「ご主人の……師匠というと……」


 一人しかいない。

 トールに、仕事とこの隠れ家を残して姿を消した刻印術の師。宮廷刻印術師だったエルフだ。


「あんた、またなんで地下から……?」


 元は、彼女の家だったのだ。

 トールとしては不法侵入に目くじらを立てるつもりはないが、なにしにきたのかという疑問は当然。


 それに対する回答は、極めてシンプル。


「無論。復讐のためよ」


 シニカルな表情と口調で、トールの刻印術の師レアニルは言い切った。

おせちに飽きたらカレーもね。

というわけで、100話到達と同時に第二部完です(まったくの偶然)。


物騒な引きを残しつつ、ラストとなる第三部も隔日更新予定です。‬

雰囲気は特に変わりませんが、引き続き、よろしくお願いします。感想とか評価をいただけると頑張れます。

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