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91  狼煙を上げろ

 





 プラナスは、牢の中で壁を背もたれにして膝を抱えていた。

 どんな魔法を使おうと壁はもちろん格子も破壊できず、彼女1人の力では脱出は不可能。

 だが、そんな状況下にあっても、彼女の余裕は崩れない。

 なぜなら、全ては計画通りだからである。




 ◇◇◇




 ラビーとプラナスは、フォディーナに突入する直前に合流した。

 さすがのプラナスも、彼が魔物を引き連れて現れたのには驚いたが、これで無事に資料は彼女の手に渡ったわけだ。

 その後、ラビーは『ミサキさんたちの力になる方法を探してきます』と言って姿を消したが、どこへ行ってしまったのだろうか。

 追いかけるわけにもいかず、彼は行方知れずになったままだ。


 その後、予定より早くフォディーナに到着し、十分に作戦を練って突入したのだが――驚くべきことに、町はゴーストタウンと化していた。

 全ての住民が、帝国との戦いに参加するために国境へ向かっていたのである。

 ひょっとすると、道中でプラナスたちを襲撃したアニマ使いには、フォディーナ出身の人間も混じっていたのかもしれない。

 町の静けさは不気味なほどだったが、これ幸いと水木は好き勝手に飲み食いを行い、腹ごしらえをした後でオリハルコンの採掘所へと向かう。

 エリュシオンが眠っているのは、そのさらに奥だ。


 採掘所にはオリハルコンの巨大な結晶が、無数に散らばっていた。

 想像以上の量に頭痛を覚えながらも、プラナスたちは洞窟のような薄暗い空間を先に進んでいく。

 すると、突然壁が近代的な物に変わった。

 聖典に記されていた通りだ。

 さらに進むと巨大なゲートが現れる、その先に古代兵器エリュシオンが眠っている。


 プラナスは封印解除のため、少し離れた場所にあるコンソールへと移動した。

 すでに解除術式は完成している。

 それをぶつけるだけであっさりと封印は解け――扉が開いた。

 一足先に、扉の向こうへと進む水木とソレイユ。


 エリュシオンとはつまり、巨大な戦艦である。

 全長1kmは下らないその巨体が空を舞うのだから、それだけでも冗談のような光景だろう。

 王都程度なら、すっぽりと影で覆ってしまうに違いない。


 プラナスが艦橋に到達するころには、すでに水木とソレイユはエリュシオンの起動を完了していた。

 さらには、管理者――つまり艦長と副艦長の設定も。

 遅れてきたプラナスを見て、にやりと悪役らしく笑う水木。

 そしてエリュシオンの人工知能に命じる。

『その女を捕らえて牢にでもぶち込んでおけ』と。

 するとエリュシオンの地面から、金属のボディをむき出しにした機械兵が2体現れ、アニマ使いでも振りほどけ無いほど強い力でプラナスの体を拘束した。

 高らかに笑う水木と、申し訳なさそうに顔を伏せるソレイユ。

 プラナスも一応、演技で悔しそうな声は出してみたが、むしろ彼女も笑いたいぐらいだった。

 あまりに思い通りに、事が進むものだから。




 ◇◇◇




「そろそろ頃合いでしょうか」


 プラナスが立ち上がると、ちょうど外から足音が近づいてくる。

 姿を現したのは――暗い表情のソレイユだった。

 彼女は善人である。

 今は水木に付き従っているが、それでも今まで協力してきたプラナスを拘束するのは、心が痛むのだろう。


「プラナス……ごめん」

「ソレイユさんが思っているほど、私は落ち込んでいませんよ。水木がこうするのはわかりきっていたことですから」

「え、そうなの?」


 戸惑うソレイユに、プラナスは歩み寄ると、魔法で見えなくした上で懐に隠していた資料を手渡す。

 そこには――ソレイユの両親の死、その真実が記されていた。


「これは?」

「まあ読んでみてくださいよ」


 言われるがままに資料に目を通すソレイユ。

 最初は何が書かれているのかもわからない様子だったが、数行読み進めた所で、それがモンスの商人ギルドで書かれたものだと気づいたらしい。

 表情がこわばり、瞬きすら忘れて文章にのめり込む。


「商人ギルドとの話し合いで軋轢を解消しようとするロドン・ヘリアンサスとレモン・ヘリアンサス。その2名に反感を抱いていた住民が殺害――」


 残酷な真実は、少しずつソレイユの胸に染み込んでいく。


「私の両親を殺したのは、商人ギルドじゃなくて、あいつらはそれを利用していただけで――」


 両親の仇だと思っていた存在は、全く無関係の人間で。


「フォードキンに、ラクサも、それどころか町のみんながそれに参加してて――」


 恩人だと思っていた存在こそが、本当の仇で。


「じゃあ、私は……今までの時間、一体何を――」


 価値観の全てを壊されたソレイユは、がくんと座り込んだ。

 心が折れたのだ。

 そんな彼女を、プラナスは憐れむ。

 彼女に限っては、何から何まで、あらゆる面において被害者だ。

 ”王国民だから”という理由はあるのかもしれないが、岬もひどいことをするものだ――とプラナスですら引いてしまうほどに。

 いや、だが結果的に、王都でプラナスたちと合流し、エリュシオンに乗ることで彼女は汚染から免れ、こうしてまともに生き残っている。

 それもまた、岬のおかげと言えないでもない。


「さてソレイユさん、あなたの復讐の大義名分はこれで無くなったはずです。なにせ、シロツメさんが殺したのは全てあなたの仇だったのですから」

「それは……そう、だけど……」


 壊れた心につけ込むのは容易い。

 プラナスは悪魔のように彼女に囁く。


「そこで、1つお願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」


 牢に閉じ込めた時点で”もはやあいつには何もできない”と高をくくった水木は、プラナスの陰謀に気づくわけもなく。

 ステルスモード――どんな仕組みかはプラナスですら理解できないが、姿を消した状態で出航したエリュシオンの内部では、さらに目に見えない企みが始まろうとしていた。




 ◆◆◆




 時は過ぎ、百合の死から数日後。

 彼女を弔う時間すらなく、国境地帯へのアニマの集結に合わせて、僕を含む帝都に居た全軍は北上することとなった。

 その移動中、みんなは僕のことをしきりに心配し、話しかけてくれる。

 少しでも悲しみを紛らわせられるように、と。


「お姉さんっ、元気してるかなぁ?」

「元気ではないけど、意識は研ぎ澄まされてる気がするよ」

「怒りパワーってやつだ。じゃ、わたしと一緒だね!」

「フランも?」

「そうだよ、わたしだってユリが死んで悲しいし、オリハルコンなんてこの世から消えちゃえって思ってる。わかりにくいかもしんないけど――今、楽しいとかじゃなくってさ、心の底からあいつら全員殺してやりたいって思ってるんだっ」


 フランがそこまで百合のことを気に入ってくれてるとは思ってなかった。

 戦いが終わった後――大人数での旅になると、人間関係も難しくなってくるかも、とか妄想したことがあったけど。

 案外、問題なんて全然起きないのかもね。


「……岬ちゃん」

「お姉ちゃんが僕より落ち込んでてどうするの」

「だって、無理してるように見えるから」

「無理はしてないよ」

「してる。例えわかりきった未来だったとしても、辛いものは辛いもん」

「ん……じゃあ、無理してるってことにしとくよ」

「うん。基地についたら、少しだけ時間があると思うから、お姉ちゃんが甘やかしてあげるね」


 そりゃ魅力的だ。

 またその安らぎを味わうためにも、絶対に生き残らなきゃって決心するぐらいには。


「ミサキ」


 次はテネリタス――エルレアが近づいてくる。

 彼女は百合と仲が良かったから、下手したら僕よりも落ち込んでるのかもしれない。


「私……少しだけ、ユリのことを羨ましいって思いました」

「僕に殺されたから?」

「はい、それってきっと、あなたに所有される人間にとって、最上の最期だと思うんです。私も、どうせ死ぬならミサキの手で殺されたい」

「はは、殺す方の身にもなってよ」

「……ごめんなさい」

「いいよ、謝らないで。無茶を強いたのは僕の方なんだから……あの話、しない方が良かったかな」


 帝都を経つ前、僕は彼女に隠してきたことを全て明かした。

 それを聞いて、エルレアはとても驚いていたけれど――


「聞かなかったら、今でもふさぎ込んだままだったと思います」

「そっか、ならよかった」

「……うまく、いきますよね。ちゃんと勝てますよね、私たち」

「負けないよ。復讐を終えるまで、僕は絶対に」

「でしたら、私はどこまでもついていきます」


 力強い言葉に、少し救われる。

 正直、僕だって怖いさ。

 圧倒的な戦力差、迫る死の恐怖、それに抗える人間なんて居ない。

 それでも、必ず勝利を掴めると信じて――




 ◆◆◆




 さらに時間は経過する。


 四将、皇帝、複製脳を搭載した新型アニムス”フラルゴ”、帝国各地より集められた傭兵たちを含む全ての部隊が前線基地へと到着。

 東にはエルレアとフラン。

 西にはキシニアとクリプト。

 そして中央には、岬と命、そしてリアトリス。

 全軍の配置が完了し、あとは敵の出方を待つだけとなった。


 王国より帝国に向かって南下する無数のアニマは、すでに肉眼で確認できる距離にまで近づいている。


 数の差は圧倒的、突っ込めば一瞬にして蜂の巣にされてしまうだろう。

 まずはギリギリまで敵を引きつけ、長距離砲による迎撃を行う。

 そのために、フラルゴには両肩に高出力、大口径のソーサリーガンが装備してある。


 だが、敵を最初に迎え撃つのはフラルゴの仕事ではない。

 開戦の狼煙をあげるのは――皇帝の仕事である。


「これが我とお前にとって最期の戦いとなるだろう」


 すでにスペルヴィアを発現させていたリアトリスは、配置された兵の先頭に立ち、アニマの群れを見据える。

 ビオラはスペルヴィアの後ろ姿を見て、涙を浮かべていた。

 別れは済ませてきたが、十分とは言えない。

 いや、いくら時間があっても、別れを惜しまずにいられるわけがない。

 愛しき人を、自分に生きる価値を与えてくれた人を、失ってしまうのだから。


「皇帝として、そして世界一の女(ビオラ)の伴侶として、恥ずかしくない散り様を見せつけねばな!」


 オオォォォォ――ン。

 リアトリスの言葉に呼応するように、スペルヴィアの背中の光輪がうなりをあげ、動き始める。

 光輪は浮き上がると、機体の前方へと移動する。

 そして輪の内側に、幾何学的な魔法陣が描かれ始めた。


「これは狼煙だ」


 拳を握るスペルヴィア。

 すると魔力が拳に集中し、腕全体が光輪に負けないほどの眩い光を放つ。


「戦いの――否、帝国の勝利と、未来永劫続く栄光の始まりを告げる、狼煙なのだ!」


 光輪に宿った魔力と、拳に宿った魔力。

 その2つを足し合わせるのではなく、掛け合わせる。

 これこそがスペルヴィア最強の武装――


「神の域へと達した我の力を受けてみよ、憐れな王国の民ども! ヤハウェ、いけええええええぇぇぇぇぇいッ!」


 ――神域到達:ヤハウェである。


 パキンッ!


 拳と魔法陣がぶつかりあうと、何かが――いや、()が割れた音が鳴り響く。

 崩壊時に生まれたエネルギーは外、つまりは接近する王国のアニマの群れへ向かって放たれる。


 グオオオォォォォ――ゴオオオオオォォオオオオオオォオッ!


 単体への威力は、羽化したヘイロスのガラティーンや、ウルティオのメルクリウスには劣るかもしれない。

 だが、スペルヴィアの真価は対多数の戦いにおいて発揮される。

 通常のアニマを吹き飛ばすには十分過ぎる威力の光が、あまりに広い範囲に向かって、扇状に放出される。

 光に包まれたアニマは一瞬にしてHPを吹き飛ばされ、障壁を失った彼らの肉体は刹那で消滅していく。


 ォォオオオオォォ――


 余韻すら、猛獣の咆哮じみている。

 光輪より放たれた光が消えると、そこに一切の生命も、木々も、山も残っていない。

 一面は、綺麗に更地と化していた。

 犠牲になったアニマの数は数百――いや、数千か。


「ぐっ……」


 ただアニマを呼び出すだけでも意識を失おうとするのに、こんな派手に武装を使えば、リアトリスの体にガタが来るのは当然のことだ。

 だが、彼女は倒れない。

 気力だけで体を支え、堂々とそこに立ち続ける。

 皇帝としての役目を果たすために。


 これが通常の戦争であったのなら、一撃で勝利が決定づけられるほど、相手の戦意を徹底的に削ぐことが出来たのだろう。

 だが、オリハルコンによってハイになった彼らは、それでも止まらない。

 お互いに全てを滅ぼし尽くすまで、戦いは終わらないのだ。

 あまりに多くの命が散る瞬間を目にして、それでも王国の民たちは、自らの命など無価値だと自ら証明するように、我先にと帝国へ向かって突撃してくる。

 全てが消し飛んだはずの一帯は、気づけば再びアニマで埋め尽くされていた。


 ならば効果は無かったのか?

 ――いや、皇帝のやることに限って、そんなことはありえない。


『ウオオォォォオオオオオオッ!』


 皇帝の力を見た兵たちが、一斉に雄叫びを上げた。

 帝国の、リアトリスの偉大さを目の当たりにして、ヴォルテージは最高潮に達する。

 それこそが真の目的。

 アニマを使った戦闘に於いて、戦況を覆す可能性のある最大の要素は、戦意の高さである。


「さあ行け、我ら帝国の力を、王国の愚か者どもに見せてやれッ!」




 ◇◇◇




 スペルヴィアから発された声は、実際はその周囲にしか聞こえていない。

 だが、兵たちはまるでそれを聞いたかのように、一斉に砲撃を開始した。


 小高い丘に横一列に並んだフラルゴが、両肩の大型ソーサリーガンを発射する。

 合わせて、集結した様々な形をした多種多様なアニマたちも、各々が持つ遠距離武装でアニマを迎え撃った。


 そんな中、銃弾の応酬を掻い潜りながら敵に突っ込んでいく機体が東に2機。


「行きます、私にできること全てを出し尽くしてみせます!」

「わたしだって! ミサキにばっかり良いカッコさせらんないもんね!」


 そして西に2機。


「キッシシシ、さあ皆殺しの時間だよォ! 行くよクリプト、あんたと2人で王国の連中をぶちのめすッ!」

「連携を忘れるなよ、キシニア!」

「言われなくたってェッ!」


 順にテネリタス、アーケディア、アヴァリティア、イーラの4機である。

 彼らは地面を蹴り駆け抜けるのではなく――背中の羽から魔力を噴射し滑空しながら、高速で敵軍に接近していた。


 アーケディア、アヴァリティア、イーラの3機が背部に取り付けているのは、開戦直前に完成したブースターであった。

 帝国の天才科学者、ノイラ・マルティフォラが、帝都に襲来した3機のアニマを解析し、秘密裏に開発していたものである。

 これにより3機の機動性は大幅に向上し、さらに空も飛べるようになった。

 もっとも、燃費は大幅に悪化するが、元から実体近接兵装、という燃費の良い武装を主に扱う彼らにとっては大した問題ではない。

 また、イーラに関してはアニマ用の義手も装着してある。

 元の腕の倍ほどの太さを誇るこの腕により、以前よりも高い出力で大剣(フロス)を振るうことが出来るようになっていた。


 では――なぜテネリタスも前述の3機同様に滑空できているのか。

 スキュラーは、両手両足からしか出すことが出来ない、それはただの固定観念だったのだ。

 彼女は背中からも触手を生み出すことに成功し、それを羽の形にすることで疑似ブースターを作り出した。

 さしずめ肉の翼とも呼ぶべきグロテスクな見た目ではあるが、性能はノイラが作ったブースターと遜色ない。

 テンタクルス・レイを噴射することにより機動性を向上、そしてもちろん空を飛ぶこともできるし、攻撃にも転用することができる。


 新たな力を手にした4人はほぼ無傷で、次々と王国のアニマを蹂躙していく――




 ◇◇◇




「ふぅ……さて、ミサキよ。予定通り、正面の敵は任せたぞ」


 ヤハウェを放ったことで体力を使い果たしたリアトリスは、あとを岬に託す。


「わかりました。ウルティオの力で、全てを喰らってみせます!」


 中央に配置されている兵は、最低限の人数である。

 他の戦力は、全て東西の部隊に割り振ってあった。

 なぜなら、ここには岬がいるからだ。

 ウルティオが撃ち漏らしたアニマを迎撃するだけで良いのだから、他の場所に比べ兵を減らすのは当然のこと。


 真正面から迫る万単位のアニマを、単独で撃破する。

 それだけの無茶を可能にしなければ、帝国に勝利はない。

 だが、岬は無理だとは思っていない。

 アニマは餌である。

 餌が無尽蔵にあるこの場所でなら、いくらでも戦えるはずだから。


 アニマの群れへ単機で突撃するウルティオの背中を、命は見送ることしか出来ない。

 本当は命も一緒に突っ込んで戦いたかったが、彼女には別の役割がある。

 リアトリスと共に、ここで待機せねばならない。

 身を守るためでもなく、帝国のためでもなく、ひとえに――岬のために。


「どうか、岬ちゃんの願いが叶いますように」


 命はついに戦闘を開始した岬に向かって、祈るようにつぶやいた。






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