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9  処刑前夜

 





 榮倉(えいくら)が連行された翌日。

 訓練所にあるミーティング室に集められた僕たちは、アイヴィから帝国の使者を殺害した彼女の現状を聞くことができた。


「榮倉は現在、城の地下にある牢に投獄されている。事件の調査が難航していてな、罪が確定するまで処分は保留の状態だ」


 それを聞いて、赤羽はほっと胸をなでおろした。

 すぐにでも処刑されると考えていた彼女にとって、処分保留という言葉は救いになったに違いない。

(おそらく偶然では無いのだろうけど)隣に居た僕も、安堵した表情を見せて赤羽と共鳴する。

 だが、アイヴィは険しい表情を崩さなかった。


「しかし、榮倉と共に襲撃に参加したと言われている4人は、やはり死んだと考えるのが妥当だろうな。榮倉が見たという謎のアニマにやられたんだろう」


 その言葉に対するリアクションはあまりない。

 それは昨日の時点で、誰もが確信していることだったからだ。


「それと、先程は処分保留という言葉でぬか喜びさせてしまったが――」


 そう前置きして、アイヴィははっきりと言い切った。


「レグナトリクス王国において殺人は基本的に死罪だ、よほど正当な理由がない限りはほとんどの場合で処刑される」


 死罪。処刑。

 それらの言葉を聞いて、一旦は持ち直した赤羽の顔が再び蒼白になった。

 あまりに気分が悪そうなので僕が背中をさすると、赤羽は小さな声で「ありがと」と告げる。

 そんな僕と赤羽のやり取りを、彩花が不思議そうに見ていた。


「処分が保留になっているのは、お前たちが異世界から来た人間だからだろう。異世界の人間にこの国の法を適用するのか、そこで識者たちが揉めているそうだ。だが――殺した人数が人数だからな、しかも相手は重要な使者と来たもんだ、これでは処刑は免れまい」


 加えて、帝国との和平交渉も白紙な上に、関係もさらに悪化するだろうから、騎士団長としては頭が痛いに違いない。


「手紙にそそのかされたって聞いたけど、そっちの犯人は見つかってるの?」


 水木がアイヴィになれなれしく尋ねた。

 異世界に来てもこいつは本当に変わらないな。


「見つかっていない。だが、煽動者が居たとして、そもそもなぜ帝国の使者が来るという和平派だけが知っている機密情報を知っていたのか、それが問題だ」

「そいつが悪いのに、うちの生徒は処刑されるわけ?」

「仙一郎には悪いが、殺した人数が多すぎるんだ。いくらスパイのせいとはいえ、罪は逃れられないだろう」


 赤羽の背中をさすりながら、仙一郎って誰だっけと少し考える。

 そういえば、水木先生の下の名前がそんなだったっけ。


「君たちにとってはショッキングな出来事になるだろう。スパイに入り込まれたのだとすれば、私の責任もある。すまなかった、もっと私がしっかりしていれば避けられた事態だ」

「謝らないでください、アイヴィさん。僕たちの仲間が人を殺してしまったのは事実なのですから。この世界の法に則って裁きを受けるのは当然のことです」


 全員の声を代弁するように桂が言った。

 アイヴィのせいじゃない、それだけははっきりしている。

 というか、誰のせいかって言われれば、間違いなく僕のせいだしね。


 ミーティングはアイヴィの謝罪で幕を閉じ、本日の訓練も中止だと僕たちは伝えられた。

 その場で解散を告げられた僕たちは、各々のタイミングで部屋から出ていく。

 彩花は普段から仲良くしている(ということになっている)女子たちと。

 水木先生はアイヴィと。

 赤羽は広瀬や桂と一緒に出ると思いきや、僕の隣についてきていた。


「何よ」


 じっと彼女の顔を見ていると、睨まれてしまった。

 まあ、懐いてくれてるんならそれでいい。


 部屋から出た僕は、廊下で立っているプラナスを見つけた。

 プラナスの前を通りがかったアイヴィは、彼女と一言二言会話すると、早々と別れを告げて水木先生と一緒にどこかへ消えていく。

 そんなアイヴィの後ろ姿を、プラナスは恨めしそうな表情で見ていた。


「赤羽さんごめん、用事が出来た」

「え、ちょ、待ちなさいよ、私も白詰に用事あるんだけど!」


 服を引っ張り、僕を引き止める赤羽。


「用事って何?」

「あんたと話したいことがあるの」

「じゃあ、僕の部屋の前で待ってて。すぐに行くから」

「む……白詰のくせに私を待たせるとか良いご身分ね。わかったわよ、先に行っておくから」


 ふてくされながらも、赤羽は僕の部屋へと向かう。

 というか、素直すぎて逆に気持ち悪い。

 彼女が廊下の向こうに姿を消したのを確認すると、僕はアイヴィが消えていった方向を見つめ続けるプラナスに近づいた。


「こんにちは、プラナスさん」

「あなたは……ミサキ・シロツメさん、でしたっけ」


 名前を呼ぶと、覇気の無い声で返事が戻ってくる。

 意外だな、ほぼ初対面なのに名前知られてるのか。

 アイヴィから色々聞かされてるんだろうな。


「何か、私に用ですか?」

「水木先生とアイヴィさんのことでお話したいことがありまして」

「っ……その2人と、私に何か関係が?」


 それで誤魔化してるつもりなのかな。

 表情の変化がわかりやすすぎる、きっと不器用な人なんだろう。

 アイヴィの後ろ姿を見てる時の微妙な表情は、やっぱり嫉妬だったのか。

 水木先生にアイヴィを奪われるような予感がして、気が気じゃないんだろう。


「あの人、手が早いことで有名みたいだから、対処するなら手遅れにならないうちに急いだ方が良いですよ」

「なにを言っているのかさっぱりわかりません」

「僕の幼馴染も、それであいつに犯されましたから」

「なっ……」


 あえてショッキングな言葉を使って、プラナスの虚勢を砕く。

 この際、自分で言っておいて自分がダメージを受けているのは、見て見ぬふりをしよう。

 それにしても、本当に嘘をつくのが苦手な人だ。

 そんな露骨な反応を見せてたら、”私はアイヴィが好きです”って言ってるようなものじゃないか。


 僕とプラナスは似ているような気がする。

 纏う雰囲気っていうか、無条件にいじめられる人間の特徴、弱み、そういう部分が似ている。

 けれど、彼女は僕とは違う、立派に魔法師として成功している。

 きっとそれは、ある時は手を引き、ある時は背中を押してくれた”誰か”が居たからだ。

 それこそがアイヴィ。

 たぶん、アイヴィはプラナスにとってのヒーローだったんだ。

 友人ではなく、それ以上の憧れの対象。

 けれどデリカシーの無いアイヴィは、きっとそれに気づいちゃいない。

 水木先生に口説かれて変に色気を出して、無意識のうちにプラナスを傷つけ続けている。

 そんな状況を、同じく水木先生の被害者である僕が見過ごせるわけがなかった。


「忠告はしましたよ」

「どうして、私にそんなことを?」

「あいつに……水木先生に良い思いをさせたくない、ただそれだけです」


 そう言って、僕はその場を去る。

 これで、プラナスがアイヴィを取り戻すために動いてくれるかはわからない。

 できれば、アイヴィと水木先生が後戻り出来ない関係になる前に割り込んでくれると良いんだけど。

 別に彼女たちに幸せになって欲しいとまでは言わない。

 僕はとにかく、水木先生に可能な限り不幸であってほしいだけだ。

 どうせ殺すつもりではあるけれど、それまでの間ぐらいは、いい思いなんて一度もしないで居て欲しい。

 そう願っている。



◇◇◇




 プラナスとの話を終え部屋の前まで戻ると、赤羽が壁にもたれて待っていた。

 つま先で床を蹴る仕草に不機嫌さがにじみ出ている。


「待たせてごめん」

「遅い。ったく、早く部屋に入れてよ」

「え、入るの?」

「当たり前じゃない、廊下で立ったまま話すつもり?」

「僕の部屋よりは廊下の方が立派だと思うけどな」


 そんな話をしながら部屋の扉を開くと、案の定、赤羽は顔をしかめた。

 掃除と整理整頓で最初に比べれば見た目はマシになったものの、しょせん倉庫は倉庫。

 宿舎の他の部屋と比べると貧相に見えてしまうのは仕方ない。


「よくこんな部屋で暮らせるよね、尊敬するわ」

「あはは、慣れたらそんなに悪くはないよ。あ、椅子は無いからタルにでも腰掛けておいて」

「タルって……」


 赤羽の頬が引きつった。

 この部屋は、他人を迎えることを想定していない。

 木箱がテーブル代わりだし、椅子として使うのにちょうどいい高さの容器はタルぐらいしか無いのだ。


「この部屋を見てたら、私の悩みなんてちっぽけな物なんだなって思えてくるわ」

「人が死んでるんだから、比べ物にはならないよ」

「白詰は死んでもいいぐらい悲惨な目にあってるじゃない」

「……まあ、ね」

「その反応、やっぱり自殺とかも考えたことあるんだ。ってそりゃそっか、あんなの……」


 本当は考えたことなんて無い。

 自殺するほどじゃなかったってわけではなく、自殺を考える余裕も無かったってだけだけど。

 けど、確かに死ねれば今より楽だったんだろうな。

 復讐の手段を得た今となっては、死ぬなんて考えたくもないけどさ。


「なんか、今の話だけで勇気湧いてきちゃった」

「なんで?」

「本当は悩み相談するつもりだったんだけど、もっとひどい目にあってる奴の話なんて聞くんじゃなかったな」

「悩みって……何かあったの?」


 あえて聞いておく。

 知ってるけどね。


「些細なことよ。ただ、今回の手紙の犯人が私なんじゃないかって、別のグループのやつらが疑ってるってだけ」

「え……それ、些細なことなんかじゃないって! ちゃんと否定しないと!」

「あは、そんなに必死になってくれるんだ。いーよ、どうせ大して仲良くない奴らだから」

「けど!」

「気にしない気にしない、どうせすぐにみんな忘れるって」


 あっさりと言い切る赤羽だったけど、わざわざ僕に言うくらいなんだ、本当は辛いに決まっている。

 要は味方が欲しかったんだろう、だから僕の部屋にやってきた。

 そして僕は彼女の望みどおり味方になり、その不安を和らげた。

 こうやって少しずつ少しずつ、彼女の信頼を得て行かなければならない。




◇◇◇




 榮倉の処分に結論が出されたのは、それからさらに一週間後のことだった。

 結局、彼女にくだされる罰はアイヴィの言っていた通り極刑。

 王都カプトには前時代的なギロチンを使った処刑場があり、そこで観衆の目の前で殺されるらしい。

 晒し者になるという話を聞いて、僕は心の底から満足していた。

 逃しておいてよかった。

 捕食できなかった分を補って余りあるほどの、素晴らしい見世物じゃないか、ってね。


 処刑執行は3日後。

 決定から執行までの期間の短さに驚くと共に、僕は感心した。

 早ければ早いほうがいい。

 変に長引いて、犯人探しとかされたら厄介だから。


 処刑が決定したという話を聞いて、この一週間で僕と一緒に過ごしたことで元気を取り戻していた赤羽は、再びふさぎ込んでしまった。

 友人を失った幼馴染が落ち込んでいるというのに、頼みの綱である広瀬は訓練に打ち込むばかりで彼女を慰めもしない。

 自然と、赤羽の頼る相手は僕だけになっていた。

 昨日も一昨日も僕の部屋にやってきて、特に何をするでもなく会話を交わす。

 ただそれだけで、彼女の心は救われているようだった。

 人はそれを依存と呼ぶ。

 ”あの”白詰に依存してるなんて知ったら、以前の赤羽はどう思うだろう。


 執行の日が近づくにつれて、赤羽は落ち込み、安らぎを求めて僕を頼る。

 僕は一切嫌な顔をせず彼女に尽くし、献身的に慰め続けるのだった。






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ようやく本編に入りそうってところか
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