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85  死者36人目おめでとうパーティ

イカれたパートはここで終わりです。

 





 姶良の死を確認すると、もう1つのレバーを下げて排水口を開く。

 漂っていた4つの死体が、渦に巻きこまれながら水の中でシェイクされていく。

 偶然、姶良の死体の目が恨めしそうにこちらを見ると、僕はにっこりと微笑んだ。


「さ、掃除しないとね。百合は先に戻っておいてよ」

「ううん、私も一緒に楽しんだんだから。岬と一緒に後片付けさせて」

「あんまり楽しいもんじゃないよ? 臭いし汚いし」

「そういうのも一緒にやるのが、恋人同士だって思うからっ」


 百合ははだけた服を直しながら言った。

 あられもない格好と、相反する純粋な笑み。

 そのギャップを前に、節操なく湧き上がろうとする熱を振り払い、僕は彼女の手を取った。

 そして手を繋いだまま、死体掃除の道具を取りに行くため備品室へと向かう。

 戻ってくる頃には、処刑室の排水は終わっているはず。


「ねえ岬、さっきのやり方とか見てて思ったんだけどさ。もしかして、王都の時のこと思い出してたりする?」

「少し意識はしてるつもり、でも同じようにはならないかな」

「なんで?」

「立場が違うからさ。王都では、あくまで僕は弱者の立場で、見つからないようコソコソやってた。でも今は違う、協力してくれる仲間が沢山居るし、仮に見つかったとしても咎められることはない」

「じゃあ、長穂くんを偽装自殺にする必要もなかったってことだよね」

「あれはただの嫌がらせだから。立場が強いとああいうことも出来るんだって、見せつけたかったのもあるし、試したかったっていうのもある」


 一方でスリルは無くなったような気もするけれど、それは爽快感で相殺できるか。

 残るは六平と木暮。

 掃除が終わる頃には日も暮れているだろう、外が暗くなれば騙すのも楽になる。

 大して役に立たかなったけど、もう使うこともないだろうし、そろそろあいつの処分でもしようかな。




 ◇◇◇




 空がすっかり暗幕に覆われた曇天の夜、夕食の前に僕は彼女を呼び出した。

 六平は、数度の鞍瀬との逢瀬の果てに、鞍瀬の存在さえちらつかせればどんな命令でも聞く人形と化していた。

 実は、長穂の死体を回収し、箱に詰めたのも六平だったりする。

 嘔吐したり泣き出したり大変だったけど、それでも鞍瀬の姿で笑いかけると、それだけで彼女は働いた。


 そんな六平を、僕は帝都にある工場に呼び出していた。

 今日はここで鞍瀬と合わせてあげると言うと、彼女は疑いもせずに喜んでついてくる。

 そして僕は、彼女に布で目隠しをすると、ある場所に誘導し、座らせた。


「くーちゃん、くーちゃん、くーちゃんっ、早く会いたいよぉっ!」


 鞍瀬と言うだけで命令を聞いてくれるのはありがたいんだけど、この五月蝿いのはどうにかならないものか。

 ま、それも今日で終わりだし、我慢するか。


「ここで待っててね」

「わかった。だから早くくーちゃんに会わせて。ね、くーちゃんを早く!」


 僕は冷めた目で彼女を見下すと、先に工場内部に待たせていたエルレアの元に向かった。

 エルレアが死にかけたのはこいつのせいで、僕が痛い思いをしたのもこいつのせいで。

 なら、共同作業しかない。


配置(・・)は終わったよ、エルレア」


 椅子の上に座らせていたエルレアの体を一旦持ち上げると、僕が椅子に腰掛け、膝の上に彼女を載せる。

 僕の体を背もたれにした彼女は、甘えるように髪を僕の頬に軽く擦り付けた。


「それでは、目の前にある赤いボタンを押せば良いのですね」

「そうそう、そしたらコンベアが動き出すから。あとは六平が巻き込まれるのを一緒に観察しよう」


 ここは、かつてアニムスの製造工場として使われていた場所だった。

 現在、帝国は来る戦いに備えて新型アニムス”フラルゴ”の生産を急ピッチで進めているけれど、あいにくここは稼働していない。

 先日の戦いで建物が損傷し、多くの機械も故障してしまったために、工場として使うことは難しくなってしまったからだ。


「ミサキは優しいのですね。本当はムツヒラだって1人で殺したいはずなのに、私を連れてきてくれるのですから」

「当然のことだよ。六平はエルレアの事を傷つけた。あの瞬間から、この復讐は僕だけものじゃなくなったんだ」

「2人の所有物、ですか。なんだかドキドキしますね」

「ケーキ入刀みたいな気分だよ」

「なぜそこでケーキなのですか?」


 ああ、こっちの世界には無い文化なのか。

 ちょっとしたカルチャーギャップに、今さら驚きを感じる。


「僕たちの世界ではね、結婚式で1つのナイフを2人で持ってケーキを切る、っていう永遠の愛を誓う儀式があるんだ。初めての共同作業って良く言われるけど」

「結婚式……私と、ミサキが……」

「本当に結婚するなら、もっときれいな式場を用意したいけどね」

「してくれるのですか?」

「もちろん。一生離す気は無いよ」


 言いながら、エルレアの額に唇で触れる。

 我ながら気障たらしい言い回しになってしまったかな、と少し羞恥があるけれど、エルレアのぽーっとした表情を見るに、効果はてきめんだったみたいだ。


「ふふ……それでは、今は、初めての共同作業だけでも先取りしてしまいましょう」

「そうだね、永遠の愛を誓って」


 僕はエルレアの二の腕までしかない腕を掴み、体ごとボタンに近づけていく。

 そして2人で力を込めて、コンベアのスイッチを入れた。

 カチッ。ガゴンッ……ウウゥゥゥゥゥウ……。

 夜の工場に、低く唸るような音が轟く。

 僕はエルレアを抱えて急いで六平の元へ戻る。

 彼女を載せたまま、コンベアはすでに動き始めていた。


「な、なにっ、何が起きてるの!? 白詰くんっ!」


 馬鹿正直に命令された通り、目隠しを外そうともしない六平は、徐々にプレス機へと近づいていく。

 重い音と共に回転する巨大な2つのローラーは、本来なら硬いミスリルを薄く引き伸ばすためのもので、人間の体程度なら、容易く潰してしまうだろう。


「六平さん、目隠しを外して」


 僕は、六平の体がすでに逃げても間に合わない場所まで来た所で、そう指示を飛ばした。

 顔に巻かれた布を外した彼女は、鞍瀬の姿を見た瞬間に目を輝かせ、手を伸ばして――

 ゴリッ。

 右足が、ローラーに巻き込まれた。


「ひぐぅっ!」


 六平が悲痛な声を上げても、ローラーは止まらない。

 ゴリゴリッ、バキィッ、ブチュ――バリバリバリッ!

 食欲旺盛な蛇のように、彼女の体を飲み込んでいく。

 機械なだけに躊躇いも無い、血を辺りに撒き散らしながら骨まで粉砕していくそのスピードは、常に一定だった。


「あっ、あぎゃああああああぁっぁぁぁああああっ!」


 涎、涙、鼻水を垂れ流しながら、コンベアにしがみつき逃げようとする六平。

 しかしがっつりと巻き込まれてしまった足が、痛みで力の入らない今の彼女の力で引き抜けるはずもなく。

 逃げられないことに気づいた彼女は、僕――つまりは鞍瀬に助けを求めた。


「くー、ちゃああああぁっ、ひっ、いいいぃぃぃぃっ!」


 縋るように手を伸ばす彼女を前に、僕はスキルを解除する。

 ――一瞬だけ、六平の叫びが途切れた。

 気づいたんだろう、真実に。

 いや、本当は知っていたんだろう、最初から。

 それでも鞍瀬が生きているということにしないと、六平は耐えられなかった。

 そして鞍瀬の死を確信した今――六平にもはや、生きる気力は残されていない。

 必死に逃げようとしていた腕から力が抜ける。


「あ、ぐ、げええっ……ぐぎ、ぎいぃっ……!」


 叫び声は次第に小さくなっていき、腰までローラーに巻き込まれたあたりで、完全に聞こえなくなった。

 それでも機械は止まらず、一定のスピードで彼女の体を飲み込んでいく。

 周囲に、人体を破壊した時に漂う特有の、血液と糞便が混じったような不快な臭いが広がった。


「やはり、目障りな人間が死ぬと心が澄んでいきますね」


 最後に脳をぶちまけながら頭蓋骨が砕かれた六平を見て、エルレアが最初につぶやいた感想がそれだった。


「ごめんね、今日まで生き残らせちゃって」

「それは構いませんよ、ミサキの意志ですから。私が彼女を不快だと思っていたのは、結果的にミサキが傷つくことになったからです。私はあなたの所有物、あなたの怒りは、私の怒りでもありますから」

「それを言ったら、僕が六平を強く恨むことになったのはエルレアが傷ついたからだよ。もうとっくにエルレアは僕の一部なんだから。エルレアが辛かったら、僕だって辛いんだ」

「もったいないお言葉です。たまに不安になります、ミサキの愛は大きすぎて、私の小さな体では受け止めきれないのではないかと」


 どの口が言うんだか。

 所有物とか言っちゃうエルレアの方が、ずっと大きくて重いと思うけどねえ。

 ま、僕はどれだけ大きくたって受け止めるし、どれだけ重くたって背負うつもりではあるけど。


「ところでミサキ、ひょっとして……あれも掃除しなければならないのでしょうか」


 飛び散る血を見て、エルレアは言った。

 機械を使って殺せば、酷い有様になることは想像がついてた。

 だから――


「じきに取り壊される予定だから、掃除しなくてもいいってさ」

「だからここを選んだのですか?」

「それも、あると言えばある」


 水でぐちゃぐちゃになった死体を処理するのは大変だったからね。

 掃除の手間が省けるってのは、それだけで楽だ。


「さあ、六平も片付いたことだし早く戻ろうか」

「そうですね、みなさんがパーティの準備をして待っています」

「まさか全員付き合ってくれるとは思ってもなかったけどね」

「そうでしょうか、私は最初から来ると思っていましたよ。これも一種の、”ケーキ入刀”のようなものなのですから」




 ◇◇◇




 エルレアを連れて城に戻ると、まっすぐに木暮の部屋に向かう。

 そこには、すでに百合、お姉ちゃん、フランが待機しており、そして地面には、縛り付けられたように手足を大の字に広げた木暮が、仰向けに寝転がっていた。

 その顔は、歯を食いしばって、何故か悔しげだ。


「おっそーい! 主役が来ないと始まらないじゃん、うっかり殺しちゃうとこだったよ?」


 フランが口を尖らせながら言った。


「そんなに遅かったかな、あの六平を殺すんだからこれぐらいはかかるよ」

「六平まで……」


 彼女の死を知った木暮は、目を閉じてさらに悔しさをにじませる。

 この感じ、もしかして――


「誰か、木暮に姶良とかが死んだこと伝えたの?」

「お姉さんが来ないからわたしが言っちゃったよー」


 ああ、フランが言ったのか。

 彼女なら仕方ない、遅くなった僕が悪いわけだし。


「ごめんね、フランサスちゃんがどうしてもって言うから、姶良さんと咲崎さんのことも詳しく話しちゃって」

「そんな申し訳なさそうに言わなくても良いよ、百合。どうせ教えるつもりだったしさ。で、縄も使ってないのに木暮が動けなくなってるのは、もしかして――」


 こんな真似を出来るのは、今いる面子じゃ1人しかいない。


「私だよ、岬ちゃん。”床に寝そべって大の字になったまま動くな”って命令したの」


 そう、お姉ちゃんだ。

 今からやることは、お姉ちゃんにももう話してある。

 その上で協力してくれるってことは、僕のために、と完全に割り切ったってことだろう。


「俺も殺すつもりなのか、白詰」


 泣きたいほど怯えているはずなのに、それでも気丈に木暮は僕を睨みつけた。


「当然。で、どうやって殺すかずっと考えてたんだけど、フランが一緒にやりたいって言ってたこと思い出してさ」

「うんうん、楽しみにしてたんだからっ」

「ならせっかくだし、と思ってさ」

「何がせっかくなんだよ!」

「見てわからない?」


 この部屋に居るのは、床に寝そべった木暮と、彼を見下す5人の人間。

 木暮が殺されるのだとしたら、加害者は誰になるのか――見れば明らかだ、僕()しか居ない。


「まさか、全員で……?」

「正解。全員で協力して、ちょっとずつ殺そうって話になったんだ」


 共通の目標を持って行動することで、チームの結束は固くなる。

 それと同じこと。

 一緒に人を殺せば、それだけ僕らの絆も深くなる。

 復讐も果たせる、仲良くもなれる、一石二鳥だ。


「お、おい赤羽っ! おかしいだろ、こんなのどうかしてる! 何でお前まで協力するんだよ!?」

「あれ、私って木暮くんに呼び捨てで呼ばれるような仲だったっけ」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

「そうだね、どうでもいっか。どうせ木暮くんは死ぬんだし。なんで岬に協力するかって? そんな決まってる、私は岬を愛しているから。それだけだよ」

「赤羽……」


 百合の目を見て、これ以上の会話は無理だと気づいたのか。

 木暮は目を閉じ、歯を食いしばる。

 怒りか、絶望か、戸惑いか。

 思わず叫びたくなるほどの感情の爆発を、それで落ち着ける。

 そして大きく呼吸してから目を開くと、次はお姉ちゃんの方を見た。


「命さん、ですよね。俺たちの先輩で、白詰のお姉さんの」

「そうだけど、なあに?」

「家族なら、姉なら、こんな真似止めるべきだ! いつか必ず後悔する、こんなことを弟にさせちゃいけない!」


 木暮がぺちゃくちゃ喋って何をやろうとしているのか、全然理解出来なかったけど――要するに、回りくどい命乞いをしているらしい。

 誰か一人でも説得できれば、自分が助かるんじゃないかと。

 まず、誰かが彼の説得で心を動かされたとしても、その誰かが部屋から追い出されるだけだし。

 それに――万が一にも、木暮なんかの言葉で心が動くことなんて、無いと思うんだけどな。

 特に、お姉ちゃんはさ。


「木暮くん」


 優しい声で語りかけるお姉ちゃんに、木暮は成功の可能性を見たのか、表情が少し明るくなる。

 だが、次の一言で、再び絶望に染まった。


「岬ちゃんをいじめてたくせに、何を言っているの?」


 冷めた目で言い放つお姉ちゃんを見て、木暮は一気に青ざめる。


「岬ちゃんをいじめる人間に生きる価値なんてない。むしろ死ぬべきだよ。家族なら止めるべき? 違うよ、私は家族だから参加するの。お姉ちゃんだから、一緒にあなたを殺すのよ」


 確かに、あんな表情を向けられたら僕だって怖いかも。

 少なくとも、生まれてからこの方、あの目が僕に向けられたことは無いんだけどさ。

 当然のことだ。

 だって、あれは僕が傷つけられた時にだけ見せる表情なんだから。


 百合、お姉ちゃんと続けざまに説得に失敗した木暮は、続いてフランに訴えかけた。

 あーあ、相手ぐらい選べばいいのに。


「なあ君、まだ幼いのに……かわいそうに。白詰に無理やり参加させられてるんだ――」


 フランは無言でパニッシャーを持ち上げる。

 ゴリッ。

 そして木暮の二の腕を掴むと、躊躇なく骨ごと圧し潰した。


「あっ、ぐああああぁぁぁっ!」

「キグラシ、だったっけ。見てるだけでも不愉快なのに叫び声も汚いんだね、つまんない。さっさと死んじゃえ」


 会話が成立していただけ、先の2人は優しかった。

 フランなら、そりゃそうするだろう。

 むしろ殺すのを我慢しただけでも褒めてやりたいぐらいだ、というか褒めてやろう。


「んー? どしたの、なんで急に頭なんて撫でるんだよぅっ」

「ムカついて殺しちゃうんじゃないかと思ってたから、えらいえらい」

「んー、もうくすぐったいんだけどぉー」


 そう言って頭を撫でる手から逃げる素振りを見せながらも、フランは嬉しそうだ。

 こういう所は年相応なんだよなあ。

 そんな僕たちのやり取りを見て、さすがに木暮も諦めたのか、ついに黙り込んでしまった。

 すると、僕の腕に抱かれていたエルレアが嘆く。


「なぜ、私には何も言わなかったのでしょうか……」

「もう無駄だと思ったんじゃないかな」


 六平の件があったからか、今のエルレアは若干の興奮状態にある。

 見た目だけで言えば、今、一番やばそうなのは間違いなく彼女だ。


 木暮の悪あがきも終わった所で、ついにパーティは始まる。

 一次会――いや、零次会とでも呼ぶべきだろうか。

 本来の意味でのパーティはこの後に予定されているから、木暮の死はいわば前座のようなもの。

 しかし、復讐ほぼ完了おめでとうパーティなので、彼が死ななければ始まらないのも確か。

 なので僕は、ナイフを百合に手渡した。


「まずは私からでいいの?」

「縁も深いからね」

「なら岬からが一番いいと思うけど、でも最後がいいんだよね。じゃ、遠慮なく行っちゃうね」

「あ、あ……赤羽、ちょ、まっ――」


 痛みに苦しむ木暮が辛うじて出した静止の声に、百合は耳も傾けない。

 両手で握ったナイフを、一直線に彼の中指に突き立てた。

 ドスッ!

 研いだばかりの刃が肉と骨を切断し、木製の床に突き立てられる。


「ぃ――っ!」


 木暮は目を見開き、下唇を強く噛みながら、首に血管を浮かべながら痛みに耐えた。

 しかし百合は、彼の顔すら見ずにナイフを引き抜くと、再び刃を振り下ろした。

 まずは先ほどの一撃で半分切断された人差し指を。

 次に薬指、中指、親指。

 刺しては引き抜き、刺しては引き抜きを、まるで餅でも搗くように繰り返す。

 笑い声は聞こえなかったが、彼女は割と楽しそうだった。


「ぃっ、ふぅっ、ひ、ひふっ……!」


 木暮は額に大粒の汗を浮かべ、刺される度に鋭く短い呼吸を吐き出す。

 痛みに耐えている、と言うよりは反射的に肺の中の空気が出てしまっているようだ。

 そして百合は、度重なる刺突により木暮の手が半分ほど喪失した所で、まんぞくしたのか「ふぅ」と息を吐き、ナイフを僕に手渡した。


「次はエルレアになるのかな」

「どうしましょうか、口で咥えてみてもいいですか?」

「それで切れるの? 岬、どうする?」

「もちろんそのまま切れるとは思っていませんよ、私の口も疲れてしまいますし。ですから、上から顔に落としてみようと思うのですが」

「いいんじゃないかな、きっと木暮もさぞ怯えてくれることだろうし」


 僕から許可を取ると、エルレアは百合の「あーん」という声に従い口を開き、ナイフの柄を咥える。

 そして僕が彼女の体を木暮の頭上にまで移動させた。


「あ……あ……あぁ……」


 木暮の表情が歪む。

 真上から向けられる、一刺しで指を骨ごと切断させるほど鋭い切っ先。

 それは、切断された手の痛みを忘れてしまうほどの恐怖だったらしい。


「あああぁぁっぁあああぁっ!」


 彼の叫び声がうるさくなって来た所で、エルレアは口を開き、銀色の刃を投下した。

 プチュッ。

 鋭利な先端は目のすぐ下、頬骨がせり出している部分に当たった。


「あ、ああああぁっ、あ、ひいぃぃっ!」


 表皮を突き破ると、硬い頬骨に弾かれて、肉を裂きながら横に滑り落ちる。

 終着点は、彼の耳であった。

 ナイフはその付け根あたりに突き刺さると、さらに肉を裂き進み、木暮の耳を貫通した。


「あ、ああぁ、いた……耳、耳がっ、俺の……耳いいぃぃっ……!」


 木暮の股間のあたりが濡れている、ついに失禁してしまったようだ。

 それでも共同殺人は終わらない。

 僕が突き刺さったナイフを引き抜くと、彼のちぎれかけの耳がぶらんと揺れる。

 そしてそのまま、ナイフをお姉ちゃんに手渡した。


「次は私なの? どうしたらいいんだろう、どこに刺したら痛いのかな。岬ちゃんならわかる?」

「好きな所に刺せばいいんじゃないかな、基本的にどこだって痛いと思うよ。即死さえしなければね」

「じゃあ――えいっ!」


 可愛らしい掛け声と共に、お姉ちゃんは木暮の太ももにナイフを突き立てた。

 ブジュルッ。

 さらに刺した状態で下へと刃を滑らせ、傷口から大量の血が流れ出る。


「ぐあああああぁぁぁああっ!」


 木暮が、ひときわ大きな声で絶叫した。


「う、うぁ……ブロック肉切ってる時みたい……」


 慣れない感触に、戸惑うお姉ちゃん。

 と言うか、ブロック肉と似てるんだ。

 料理したことないから気づかなかったよ。


「あーあー、だめだよミコト。そんな刺し方したらすぐに死んじゃうっ」

「え、あ、そうなの?」

「太ももは致命傷になりがちだね、この量だと近いうちにショック死するんじゃないかな」

「ごめんね……お姉ちゃん、上手にできなくて」

「ううん、初めてにしては思い切りも良かったと思うよ。じゃ、次のフランも木暮が死ぬ前にちゃっちゃとやっちゃってよ」


 そう言いながら、一旦お姉ちゃんにエルレアを預ける。

 さすがにトドメは僕が刺したいし、かと言ってフランを飛ばすと怒られそうだしね。


「よーしっ、わたしの特技を見せてやろうじゃないっ!」


 やけにやる気にフランは、パニッシャーで木暮の頭部を挟み込むと、少しずつグリップに力を込めていく。

 ミチミチ……ミシッ……。

 徐々に木暮の頭蓋骨が変形していき、静かになった部屋に、硬い何かが砕けていく音が反響する。


「あ、あが……やめ、て、くれ……ひぐぅぅぅっ……!」

「うわ……それ、大丈夫なの?」

「特技って言ったでしょ? 中身を壊さずに、頭蓋骨だけ砕くの。そしたら、ちょっと動いただけで脳に砕けた頭蓋骨が突き刺さって、勝手に死んじゃうんだよ。すごいでしょ? きゃはははっ!」


 確かにすごい。すごいけど――あんまり使い所のない特技だ。

 パキッ……!

 さらにフランが両手に力を込めると、頭蓋骨が発する音が少しずつ変わりだす。

 変形から破壊へ。

 フランは集中しながら、中身を壊さずに外見だけを砕く絶妙なラインを探す。


「あっ、ああっ……頭っ、俺の、あ、頭……が……がっ……」


 太ももから流れ出る血液のせいか、木暮の声には少し元気が無い。

 しかし、その場に居る全員が木暮には意識を向けておらず、職人のように真剣な表情のフランばかりを見ていた。

 メキ……パチ……パキンッ!

 そして、ひときわ大きな音が響くと――フランはそこで、パニッシャーを彼の頭から離した。


「ふっふっふ、どーお?」


 したり顔で、僕に感想を求めるフラン。

 どうって言われても……見た目、ちょっと頭が変形しただけだから、うまく言葉が出てこない。

 これは僕が直接触って、その感触を伝えるしかなさそうだ。

 ってわけで――


「しろ、つめ……た、たすけ……かな、で……りり……」


 うつろな目で、それでも命乞いを続ける木暮の頭に足を載せ――そのまま、踏み潰した。

 ぐちゅ、と。

 頭蓋骨の砕けた頭部は僕の体重に抗うこと無く、足が感じたのは、柔らかな脳を潰した感触。

 踏み潰され、頭が圧縮されると、木暮は体をびくっと震わせ、それきり動かなくなった。

 断末魔すらなく、あまりにあっけない死。

 死に叫び声はつきものだけど、静かな死もまた、乙なものだと実感する。


「おめでと、岬。残るはあと1人――水木だけだね」


 かかとを木暮の額に押し付け、脳の感触を確かめていた僕に対し、百合が言った。

 おめでとう、か。

 途中、何人かキシニアの横入りで手を下せなかったけど、それでもほとんどの生徒を僕の手で殺すことが出来た。

 そして、残る復讐対象はただ1人、水木だけ。

 奴を殺して、僕は、僕は――


「ありがとう、百合。百合がいなかったら、ここまで来れなかったと思う」

「私、そんなに役に立ててたかな? そう言ってくれるのは嬉しいけどさ」


 謙遜しながらも、彼女は照れている。

 恥じらう百合は相変わらず可愛らしい。


「いいなあ、百合ちゃんは。私も岬ちゃんと一緒に旅したかったぁ

「命さんは小さい頃からずっと一緒に居たじゃないですか」

「それとこれとは話は別なの!」

「わがまま言わないでよお姉ちゃん。どうせこれからずっと一緒なんだから、気にしないでいいんじゃない?」

「そう簡単には行かないのがお姉ちゃん心理なんですっ」


 そのお姉ちゃん心理とやらはさっぱりわからない。

 女心と秋の空、みたいなやつなのかな。


「えっと……これからどうしよっか。私や命さんはパーティの準備があるから戻らないといけないんだけど」

「死体なら僕が片付けておくよ」


 パーティの主賓が準備に参加するってのも変な話だしね。

 百合が作ったって言ってたケーキも、後で見たほうが喜びもひとしおだろうし。


「あ、わたしもそっちに行っていい? どーせ料理の準備とか役に立てないからっ」

「もちろん、2人の方が早く終わるだろうから助かるよ」

「私はどうしたらいいのでしょうか……」

「エルレアは……まあ、百合たちの準備を見守っておくしか無いんじゃないかな」


 そんなわけで、3人は一足先に木暮の部屋を出て、食堂へと向かう。

 残った僕とフランは、それぞれ木暮の下半身と上半身を抱え、部屋から死体を運び出す。

 向かう先は、ゴミ用の焼却炉だ。

 燃やしてしまえば処理も楽だし、こんなやつ、あえて弔う必要もない。

 死体を運びながら廊下を歩いていると、フランが僕に尋ねた。


「ねえお姉さん、さっき百合が言ってたミズキってどんな人なの?」


 そういや、まだ話したこと無かったんだっけ。

 目を閉じ、想起する。

 ああ、思い出すだけで憎しみが湧き上がってくる。

 ほの暗い炎が、早くあいつを殺せと僕の意識を埋め尽くす。


「僕の先生だよ。そして幼馴染を殺して、その罪を僕になすりつけた張本人でもある」

「そんなのでも先生になれるんだね」


 あいつの場合、そんなのだから教師になれたのかもしれない。

 都合よく本性を隠し、そして自分の安全圏になると途端に暴力的に、高圧的になる。

 その二面性をうまく使い分けて生きてきた男だ。


「わたしね、最近お姉さんの笑顔が好きになってきたんだ」

「笑顔が?」


 初めて言われた。

 以前は周囲が敵だらけで、笑顔になる余裕なんてなかったからな。


「気づいてないのかな、復讐相手が減っていくたびにどんどん笑顔が増えてるってことに。だから興味があるの、ミズキってやつを殺した時にお姉さんがどんな風に笑うのか」


 確かに、クラスメイトを殺し、胸に宿る憎しみが解消されていくほどに、自分の心が軽くなっている自覚はあった。

 まさかそれが笑顔につながっているとは思いもしなかったけど。

 それでも――何となく想像できるな。

 水木を殺した時、僕はきっと、高らかに笑うだろう。

 今まで生きてきて一度も感じたことがないくらい、最高の幸福感の中で。


「楽しみにしてるね、お姉さんっ」


 僕も彼女と同じだ。

 確実に近づきつつある、水木との決着の時が訪れるのを――心の底から、楽しみにしている。






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