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79  種をまく人

 





 六平を解放した翌日、僕は百合と共にベッドで寝転がり、ゆったりとした時間を過ごしていた。


『まずは傷を治すのがあなたの仕事です、表舞台に出るのはその後にしてください』


 四将になったという責任感に駆られて外に出ようとしていた僕は、ビオラのそんな言葉で止められてしまった。

 結果的に、暇を持て余していた百合と2人きりになれたからよかったのかもしれない。


「みさきぃ……んふふぅー……」


 猫のように体をすり寄せてくる百合。

 ちょっとしたいたずら心で首筋を撫でてみると、「やんっ」と可愛らしい声を上げて悶える。

 むしろ喜ばせてしまったみたいだ。

 百合は潤んだ瞳で僕の目をじっと見つめると、そのままゆっくりと顔を近づける。

 むこうからされる気分でも無かったので、僕はそんな彼女の体を抱き寄せて組み敷いた。

 ちょっと傷跡が痛いけど、高まるテンションでどうとでも誤魔化せる。

 さて、百合はどうやらされる方でもする方でもどちらでも良かったらしく、僕の体の下で無防備な姿を晒している。

 桃色の首筋、ほんのり汗ばんだ鎖骨に、微かに見える谷間。

 全てが扇情的に僕を誘っている。

 ただ――まだまだ外は明るい時間だし、お互いに怪我人だしで、さすがにそれ以上の行為に及ぶわけもいかず。

 かと言って何もしないつもりも無かったので、頬や耳、首、そして唇に、軽いキスを繰り返す。

 唇が百合の肌に触れるたびに、彼女はくすぐったそうに、けれど嬉しそうに、鼻がかった声をあげながら、体をもぞりとシーツにこすり付けた。

 一通りその戯れが終わると、最後に深めに唇同士を重ね、お互いに至近距離で見つめ合う。


「岬」

「んー?」

「好き」


 にへ、と笑いながら百合が言った。


「僕は大好き」

「えー、じゃあ私はもっと大好き」


 そう言って百合は両手をがばっと広げると、僕の体を抱き寄せる。

 そして今度は彼女の方から、僕の顔の至る場所にキスの雨を降らせた。


 こういうの、まさしく”いちゃいちゃしてる”って言うんだろうなあ、なんて思いつつ。

 お互いがほんの少し飽きるまでの数時間、そんなやり取りが続いた。


 先程よりも気持ちが落ち着いた僕らは、指を絡ませながら、2人並んで部屋の天上を見ていた。

 それでも百合の手は、いつもより少し熱い。

 僕も同じだろう、きっと百合に触れている限り永遠にこの火照りは冷めない。

 それはきっと幸福の証明だ。

 同時に、隣にいる彼女を紛れもなく愛しているのだと実感できる。

 けれど、自分の置かれている状況の異常さを強く感じる瞬間でもあった。

 だってつい昨日までは、クラスメイトをどうやって殺そうかってことで頭がいっぱいだったんだから。


「ねえ、岬ー」

「なあに?」

「ラビーくん、大丈夫なのかな」


 そう言われて、僕はすぐに返事をできなかった。

 大丈夫とは言えない、だって危険だとわかった上で頼んだんだから。


「あ……ごめんね、別に責めてるわけじゃなくって、純粋に無事だったらいいなと思って」

「いいよ、僕も無茶なことを頼んだとは思ってるから」


 それでも、重要な仕事だ。

 ただしラビーに関係のあることではないから、巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちはどうしても残るけれど。


「えっと、じゃあ、別の話題にしよっか」


 先ほどまでのいい雰囲気が消えそうになり、百合は慌てて話題を変えた。


「どうして、六平のこと解放したの?」


 それは客観的に状況を見ている第三者からしてみれば当然の疑問だった。

 六平を解放したのは昨晩のこと。

 もちろん、他の5人はそのことを話した時、かなり困惑していたし、咲崎に至っては僕に対して怒りを露わにしていた。

 加えて、僕が四将となり、亡命してきた6人の実質的な上司となったことまで伝えたもんだから、彼らはすっかり混乱しきっていたようだ。

 まともな思考をさせない。

 それが、相手を騙す上で一番重要なテクニックだと僕は思う。


「ああいうのは、置いとくだけで状況をかき回してくれるからさ。それに、扱いやすいってのもある」

「鞍瀬さんのこと?」

「そう、変装しておけば大体の言うことは聞いてくれるからね」


 そんな僕の答えを聞いて、百合はちょっとムッとした表情を見せた。

 あれ、百合って六平さんとそんな仲良かったんだっけ?

 だとしても、今さら彼女たちを殺すことに不満を抱いたりはしないと思うんだけど、だったらなんで不機嫌になっちゃったんだろ。


「なんか、あの時の私みたい」

「あの時って……」

「王都に居た時の、岬に弄ばれてた私」


 ああ、そういうことか。

 良いように絆されて、好き勝手に使われるって点では似てるのかもしれないけど。

 でも――百合と六平には決定的に違う点がある。


「……六平さんも、抱くの?」

「無い無い、百合と違って気持ちが揺れることもありえないから。とにかく殺したい、エルレアが傷つくきっかけを作った六平は絶対に許すもんか」


 ありったけの殺意を込めて呟いた。

 本当は、六平と話しているだけでも、自分を押さえ込むのに必死だったりする。

 今すぐ首を締めて殺せたら、ナイフで滅多刺しに出来たら、そんなことばかり考えているんだ。


「良かった。私の時と同じようにするって言い出したら、さすがにダメージ大きかったよ」

「僕だって興味のない相手を抱けるほど雑食じゃないって」

「じゃあ、私の時も実は最初から興味あった……とか?」

「今になって思えば、百合はずっと可愛かったしね」

「そっか、最初からずっとだったかー、えっへへー」


 得意げに胸を張る百合はとても可愛い。

 ちなみに胸を張らなくてもとても可愛い。

 あまりに可愛らしいので、思わずさらに深く指を絡めた。

 けれどそれだけじゃ飽き足りず、お互いに見つめ合って顔を近づけようとすると――


「岬ちゃん、お姉ちゃんお仕事急いで終わらせてきたよーっ!」


 バタン、と勢い良くドアが飽き、お姉ちゃんが部屋に入ってくる。

 じっとお姉ちゃんの方を見る僕と百合。

 2人を交互に見るお姉ちゃん。

 気まずい沈黙。

 見かねた百合が、どうにか空気を変えようと提案した。


「あ、よければお姉さんも一緒に寝ますか?」


 そう言って布団を開く百合に、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして言った。


「貞操観念がどうかしてるよぉーっ!」


 お姉ちゃんが叫ぶ。

 その声は廊下に響き、あとでビオラに苦言を呈されるほどの音量だった。

 でも結局、何だかんだでお姉ちゃんも一緒にベッドに寝転がることになり――その日は3人で、ゆったりと過ごしたのだった。




 ◆◆◆




 城内に用意された木暮の部屋には、誰かが言い出したわけでもないのに、いつの間にか六平を除く5人が揃っていた。


 亡命した彼らは、今までは一時的に男女でそれぞれ2つの部屋で寝泊まりしていた。

 だが、正式に岬の部下となったことで、岬の計らいでそれぞれ個室が与えられることとなったのだ。

 しかし見知らぬ土地での孤独ほど心細い事はない。

 寂しさに耐えきれなくなった彼らは、気づけばリーダーである木暮の部屋に足を運んでいたというわけだ。


「さすがに5人も入るには狭いな」

「贅沢言わないの、大地」

「強引に上がり込んだ梨里が言える台詞じゃないだろう」


 横柄な物言いをする咲崎に、木暮は呆れ気味に笑った。

 1人でいれば、こうして笑うことすら無い。

 水が流れなければ淀むように、心も移り変わらなければ落ち込んでしまうもの。

 どうでもいい会話すら、異郷の地においては重要な行為だった。

 しかし、会話はすぐに途切れ、部屋には重苦しい空気が満ちる。

 そうなってしまう原因は、言うまでもなく――牢から解き放たれた、六平のせいだった。


「なんで、六平さんは許されたんだろうね」


 姶良が俯きながら言った。

 六平は、彼らにとっても紛れもなく裏切り者だ。

 処刑されても文句は言わない、それが総意だったのだが。


「白詰が何考えてるのかとか私にはわかんないよ」


 咲崎がそう吐き捨てる。


「だ、誰か、白詰くんに聞いた人はいないのかな?」

「俺が聞いたよ、梅野。けど、答えは人手が足りないの一辺倒だ。今の帝国に選り好みをしている余裕は無いとさ」


 木暮の話を聞いて、咲崎はさらに露骨に表情を歪ませた。


「じゃあ私たちで勝手に六平を始末しちゃえばいいんじゃないの?」

「それは駄目だよ、咲崎さん」

「長穂、あんた白詰なんかの命令を聞くつもりなわけ!? そもそも、私はあいつの部下になるって時点で反対なんだけど!」

「でも梨里ちゃん、反対するって言っても今の白詰くんには逆らえないよ……」


 咲崎以外の面々は、姶良の言葉に頷いた。

 四将。

 それは帝国において、皇帝に次ぐ権力者である証。

 こうして亡命者である木暮たちに個室が与えられたのも、岬が権力を得たからこそだ。

 縁もゆかりもない地だというのに、岬のおかげで生活も保障されている。

 至れり尽くせりだ、感謝こそすれど、文句を言う筋合いは無い。

 ……六平の件さえ無ければ。


「だいたい、なんであいつがそんな権力持ってるわけ? 私たちよりあとで帝都に来たくせに、おかしいじゃない!?」

「あれだけ強かったから、じゃないかな」

「それは……確かに、長穂の言う通りめちゃくちゃ強かったわ。でもそれだけで偉くなれるの?」

「梨里、そこを突き詰めても仕方ない。白詰が力を持っていることは事実なんだ、今は従おう」

「大地、あんたまで……わかったわ、しばらくは我慢する」


 木暮の言葉に、咲崎はしぶしぶながら従う。

 結局、六平のことについては結論が出ないまま、夜は更けていった。




 ◆◆◆




 木暮の部屋の外で、僕は彼らの会議を盗み聞きしていた。

 話の内容自体は差し障りのない物だったけれど、元から僕の目的はそれじゃない。

 彼らの人間関係を確認するために、ここに居る。


 王国からの亡命、帝都での戦いを経て、5人の間の絆は強固なものとなった。

 これから先も、木暮たちは協力しあいながらしぶとく生きていくだろう……と思いきや、どうも彼らの思惑はそれぞれずれているようで。

 牢から解放した六平から、僕は5人の微妙な人間関係を聞いていた。

 要はそれを確認しようとしたってわけだ。


 ――まずはリーダーである木暮。

 彼は元々クラスではそう目立たないタイプの人間だったけど、周囲の人間が死んでいく中で、自然と消去法で頼られる人間になっていった。

 残った数少ない人間をまとめるうちに咲崎と惹かれ合い、最近では恋人に近い関係になりつつあるらしい。

 しかし一方で、姶良にも気があるような素振りを見せているようで、利用するならその浮気心か。

 とっくに死んだ折鶴や磯干ともつるんでおり、僕に直接的な暴力を振るったことも何度かある。


 次にサブリーダー的な立ち位置である咲崎。

 彼女も木暮同様に、クラスではグループの仕切り役ではなく、メンバーAという立場の人間だった。

 少人数にならなければ、今のように威張った態度を取ることも出来なかっただろう。

 元から梅野や長穂のようなタイプはあまり好きでは無かったようだ、最近はそれが特に露骨に態度ににじみ出ている。

 不快な性格ではあるけれど、意外にも一途で、今のところ木暮一筋を貫いているようだ。

 ただしストレス耐性が低く、学校に居た頃から何かとすぐに体調を崩していた。

 元々咲崎が属していたグループが僕に対して陰湿な行為を繰り返していたこともあって、彼女には何度か水浸しにされた経験アリ。


 次が姶良。

 黒髪、薄めの化粧、おっとりとして優しい性格と、男子に好まれる要素を詰め込んだような女子だ。

 どうにも狙い過ぎな節があるけれど、どうやら長穂は彼女に気があり、梅野は”ひょっとすると行けるかも”と幻想を抱いている。

 しかし彼女の本命は木暮で、あわよくば咲崎から奪おうとしている強かな女でもある。

 殴られ蹴られ、地面に倒れた僕を、見下しながら笑ったあの時の表情は今でも忘れられない。


 長穂は、細く白く大人しい男子という印象しかない。

 しかし、木暮や梅野に比べれば誠実さはあるか。

 気移りするわけでもなく、性欲のままに動いているわけでもなく、まっとうに(・・・・・)姶良に好意を抱いているらしい。

 入学した頃に何度か話した事があるけれど、その後に何を言っても無視されるようになった。


 対する梅野は、他人との対話が苦手な、あまり清潔感の無い太った男子だ。

 木暮、長穂と同様に姶良に気があるようだけど、その方向性が若干異なる。

 それは”姶良なら自分でも行けるのではないか”と言う根拠のない自信から来るものだ。

 まだ王都に沢山クラスメイトが残っていた頃、そこそこ強力なアニマを持っていた梅野は、数人の女子からちやほやされていた。

 その時の影響だろう。

 また、どうやら梅野は僕に媚を売って気に入ってもらおうとしているらしく、すでに昨日、僕の部屋を訪れてゴマをすっている。

 クラスの時も同様に、勝ち組――具体的には広瀬にゴマをするために、彼に殴られたことがある。


 さて、この中で最初に狙うとすれば――やっぱり梅野かな。

 おそらくあいつは、僕の太鼓持ちをして取り入っておきながら、僕をコントロールするつもりでいるんだろう。

 姶良と同様に、”白詰ならちょろいはずだ”と言う根拠のない自信に従って。

 なら、それを逆手に取らせてもらおうじゃないか。




 ◇◇◇




 翌朝、傷の痛みも随分と引いてきた僕は、戦いのあと、初めて帝都に顔を出した。

 瓦礫の撤去は一段落しているらしく、今は、まだ使えそうな建物の清掃と、避難した住民たちを収容するための仮設住宅の設置が主な仕事のようだ。

 僕もウルティオを発現し、その仕事を手伝おうとすると――どこからともなく姿を現したリアトリスに静止されてしまった。


「お前の仕事は別にある、こちらに来るがよい」


 そう言ってみんなと引き離された僕は、帝都の地下にある避難所に連れて行かれる。

 一応部下ってことになっている木暮たちには、最低限の指示を出しておいた。


 ここに居るのは、帰る家を失ってしまった人ばかりだ。

 空気は淀み、人々の表情は疲れ切っている。

 しかし、そこに皇帝が姿を現すと、彼らの表情は一気に光を取り戻し、歓声があがる。

 どうやら、この見た目の割にはかなり人気があるらしい。

 今日は避難民たちを励ますために、彼女直々に足を運んだんだろう。

 ……だったら僕は何なんだ、って話なんだけど。

 もちろん、彼らの視線は僕にも向けられることとなる。

 僕の顔も名前も知らない住民たちは、目を細めながら何やらひそひそと囁きあっている。


「民よ聞けぃっ!」


 リアトリスが手を前に突き出しながらそう叫ぶと、避難所は一気に静まり返った。

 異様な光景だ。

 さきほどまで全体がざわついていたこの空間から、一瞬にして一切の声が消えたのだ。

 泣きながら親にあやされていた乳飲み子さえも、こちらに視線を向けて黙り込んでいる。


「先の戦いにおいて、四将クリプト・ザフォニカが右腕を失った。帝国のために身を挺して戦った彼には心からの賞賛を与えたい。しかしだ、片腕を失い戦うことも困難な男を四将として置いておくことは出来ぬ」


 リアトリスの話している内容を聞いて、僕がここに連れてこられた意図を理解する。

 要は、新たな四将のお披露目ってことか。


「そこで我は、この者、ミサキ・シロツメを新たに四将として迎えることに決めた!」


 人々がざわめきながら、その視線は一斉に僕の方に向く。

 数千の眼が自分に向けられるっていうのは、かなりの圧迫感で。

 視線は力を持つのだ、と言う事を僕は身をもって知ったのだった。

 喧騒の中にちらほらと「まさか」、「もしかして」と言う単語が聞こえてくるのは、僕がシロツメと言う姓を持つからだろうか。


「彼女はアニマ”ウルティオ”の使い手であり、帝都での戦いにおいて全ての敵アニマを破壊した、まさに救世主である!」


 大げさな……って言ったらまた誰かに怒られるんだろうな。

 先日の戦いで活躍したアニマ使い、と聞いて住民たちは一旦静まり返る。

 そして1人が「おぉ」と声をあげると、そこから波紋のように歓声が広がり――やがて、避難所全体が僕に向ける喝采に包まれた。

 思わず声に気圧されそうになっていると、リアトリスがにやりと笑う。


「気の利いたことは言わんで良い。置物は置物らしく、その我よりでかい胸を張って堂々としておれ」


 そう言って、軽く背中を叩いた。

 力強い言葉に、自然と勇気が湧いてくる。

 納得した、確かにこの人は皇帝だ。

 言葉の一つ一つに力があって、まるで言霊のように心を動かしてくる。

 きっと、そういうのをカリスマって呼ぶんだろうな。


「来る王国との最終決戦に向けて、我らは大きな力を手に入れた。例え奴らがいかなる手段を使おうとも、我々帝国は必ず勝利する! 勝利して、王国の全てを我らの手中に収めるのだ!」


 彼女の煽りに合わせて僕が軽く右手をあげてみると、一瞬にして場のボルテージは最高潮にまで上昇した。

 少し面白くなってきたけど、同時に自分はとてつもないことをやったんだ、と嫌でも実感させられる。

 帝都の人間は、みな僕の味方だ。

 ああ、これだけ誰もが僕に憧憬の目を向けてくれるのなら――見せつけてやれば、木暮たちも反抗できなくなるに違いない。

 おかげで潰しやすくなる。

 それが嬉しくて、つい口角が上がると、自分たちに笑いかけられたと勘違いしたのか、避難所の住民たちはさらに大騒ぎするのだった。




 ◇◇◇




 興奮冷めやらぬ避難所から町へと戻ると、一気に肩の荷が降りたような気がした。

 まだ僕の心臓もドクドク言っている。

 悪くない体験だったけど、何度も味わいたいかと言われれば微妙だな。

 まずは平常心を取り戻さないと。


「上出来だったぞ、ミサキ。今後も頼んだからな」


 そう言って、リアトリスは僕に握りこぶしを見せつける。

 僕がそれに拳を合わせると、彼女は満足げに笑って城へと戻っていった。

 ……顔色が少し悪かった気がするけど、大丈夫なのかな。


「白詰くーん!」


 野郎の野太い声が聞こえてくる。

 どうやら早速、梅野が僕に媚を売りに来たらしい。

 うんざりしながら小さくため息をつくと、愛想笑いを顔に貼り付けて振り向いた。


「どうしたの、梅野くん」

「た、頼まれてた仕事が終わったから、次は何をしたらいいのかなって」

「へえ、もう終わったんだ。早いなあ、さすがだよ梅野くん」

「いやあ、白詰くんの指示が良かったからだよ」


 おべっかまみれの、吐き気がするような気色の悪い会話だ。


「で、でも姶良さんが……」

「何かあったの?」

「た、体調を崩して、部屋で休んでるんだ。も、もしよかったら、ボクが見に行っ――」


 その下心丸出しの下婢た顔、ああ本当ならこの場で顔をえぐって殺してやりたいぐらいだ。

 けど、我慢する。

 こんな所で台無しにするわけにはいかないから。


「いいよ梅野くん、僕が行ってくるから」

「え、でも……」

「いきなり男子が来たら、姶良さんも緊張するでしょ?」

「そ、そっか……そうだね、白詰くんの言うとおりだ」

「梅野くんはみんなに僕の指示を伝えて欲しいんだ、お願いしてもいいかな?」

「う、うん、もちろんさっ!」


 間接的とは言え、梅野を4人に指示する立場に置くことで、彼の自尊心を高める。

 さらには六平に、梅野に接近するよう命令してある。

 もちろん彼女は嫌がったが、鞍瀬に会えるかもしれないとエサをぶら下げてやると、すぐさま従ってくれた。

 異性から積極的に迫られた梅野はさらに増長し、調子に乗るだろう。

 ”自分でも姶良なら行けるかもしれない”、そんな想いはさらに膨らむに違いない。

 そして、奢る梅野を見て、おそらく咲崎は勝手にストレスを溜めてくれる。

 一石二鳥。

 そのまま咲崎が体調を崩してくれれば、もうこっちのもんだ。

 でもまだ足りない。

 咲崎に潰れてもらうためには、もう1つ――やっぱり木暮との関係をぶっ壊してやらないとね。




 ◇◇◇




 さて、梅野に指示を出した僕は、城の食堂に立ち寄りとある物を受け取ってから、体調を崩したという姶良の部屋に向かった。

 まさか咲崎より彼女が先に倒れるとは予想外だったけど、隔離されたと思えば都合がいい。

 扉をノックすると、「誰ですか?」と弱々しい声が聞こえてきた。


「白詰です、入ってもいいかな?」


 そう返事すると、数秒の逡巡の後――「どうぞ」と姶良は僕を招き入れた。

 梅野の前でそうしたように、愛想笑いの仮面を被り部屋に踏み込む。

 客人を迎える姶良は、体調が悪いせいだけではなく、明らかに僕を訝しむ表情をしていた。

 不信感を抱くのは当然だ、でもそれは些細な問題である。


「体調を崩したって聞いたから御見舞に来たんだけど、調子はどう?」

「体が重くて……あと、頭も痛いです」

「慣れない環境で疲れが溜まってるんだろうね、ゆっくり休むしか無いよ」

「はい……」


 僕は食堂で貰ってきた緑の果実を取り出し、彼女に見せた。


「それは?」

「ミリーって言ってさ、このあたりで取れる果実なんだ。体力が付くし消化に良いからって病人がよく食べるらしくてさ。もちろん、味も甘くて水々しくて美味しいよ」

「あ、ありがとう……」


 同じく食堂から持ち出したナイフで皮を剥き、果肉を切り分け、皿の上に並べる。

 しまった、フォークもってくるの忘れてた。

 仕方ないので、それを僕らは一個ずつ手で掴んで、口に運んだ。

 舌に乗せると、一気にまろやかな甘みが広がる。

 酸味は無く、食感も柔らかく、少しねっとりとしていて――バナナに近いと言えば、近いのかな。


「ん……おいしい」


 姶良は、僕に対して初めて笑顔を見せた。

 少しは警戒も解けただろうか。

 さらに何切れか食べた後、僕は本題に入る。


「僕も四将になって忙しくなったから、これからは中々こうして直接姶良の様子を見るのは難しいと思うんだよね」

「私は大丈夫だよ、すぐに治るから」

「でも心労が原因なら、根本的に治さないとまたぶり返すかもしれない」

「それは、そうかもしれないけど……」

「ところで姶良さんってさ、木暮くんの事が好きなの?」

「へ?」


 急な話題の方向転換に、唖然とする姶良。


「いや、何となくそうなのかな、と思って」

「え、えっと、なんで……急にそんなことを?」

「好きな人と一緒に居たら、もっと早く体調も戻るんじゃないかと思ったんだ」

「それって……」

「僕なら、木暮に姶良のお世話を頼むことだって出来る」


 姶良はごくりと唾を飲み込んだ。

 反応は上々、”できるものならやりたい”と本人も思っているに違いない。

 そして彼女は、周囲の男子たちに思われているほど、気弱で遠慮がちな女子ではない。

 強かで狡猾な一面も持ち合わせている。


「……本当に、出来るの?」


 ほら来た。

 僕は愛想笑いではなく、本気の笑顔を浮かべながら話す。


「木暮だって姶良に気があるみたいだしね、僕が頼めばきっと快諾してくれるよ」

「じゃあ、お願いしようかな」


 僕は遠慮がちに(おそらく演技だろうけど)言う姶良に、首肯する。

 そして、ほどなくして「じゃあ木暮に伝えてくるよ」と言って会話を切り上げると、食堂から拝借した皿を持って部屋を出た。


 そう言えば、部屋にナイフ忘れてきちゃったな。

 あーあ、どうしようかなぁ。

 ほんと……はは、どうしよっか。






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― 新着の感想 ―
[一言] フォークを忘れてきたくらいだからナイフを忘れていってもおかしくないね
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