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77  僕らはたぶん友達だった

 





 岬がプラナスと会話をしている頃、百合たちは見舞いのため、クリプトの病室を訪れていた。

 つい先程まで、フランサスと命、エルレアは瓦礫の撤去作業を手伝い、百合は足の怪我もあるので他の細々とした仕事を片付けていた。

 ちょうどその休憩時間になったので、みなで一緒に病室に向かうことになったのだ。


 帝都での戦いで右腕を失ったクリプトは、治療でなんとか一命は取り留めたものの、幻肢痛を含む後遺症と戦い続けている。

 そんな彼を献身的に看護しているのが――キシニアだった。

 クリプトが自分を庇ったことで腕を失ったことに罪悪感を覚えているらしく、それはもうクリプト自身が気味悪く感じるほどしおらしく看護しているんだとか。


 そして今日ももちろん、キシニアは病室に居た。


「こんにちは、傷の具合はどうですかクリプトさん」


 百合が問いかけると、クリプトより先にキシニアが答える。


「変わんないねェ、いくらアニマ使いだからって切断された腕が生えてくるわけでもないし」

「なぜお前が答えるのだ。調子は良くなっているぞ、確実にな」

「だったらあたし無しで生活してみろっての」

「だから出来ると言っているだろうが!」


 挨拶代わりの喧嘩に、百合とエルレア、命は苦笑いを浮かべ、フランサスは大きくため息をつく。

 どうやら2人は、”自分たちは以前と変わらず険悪な仲なままだ”と思い込んでいるようだが、第三者であるフランサスに言わせれば、その距離はぐっと近づいていた。

 クリプトは命を賭してキシニアを守ったのだから、そうおかしな話では無いのだが――”あの”キシニアが、なのだ。

 そりゃあフランサスだってため息の1つや2つも出てしまうというもの。


「ま、まあ、2人が元気みたいで良かったよ、ね?」

「キシニアの痴話喧嘩なんて見たくなかったなー」

「ち、痴話!? フランッ、お前なんてこと言ってるんだよ!?」

「子供の戯言だろう、そう声を荒らげるな」

「あんたは落ち着きすぎなんだよォ! つーかフランの姿を初めて見た時ももっと慌てるべきだろ!?」


 そう言いながらキシニアはクリプトの胸ぐらを掴むが、クリプトの方は慣れたもので平然としている。

 彼がフランサスの存在を認識出来るようになったのは、つい2日ほど前の出来事である。

 キシニアの様子を見て、もう彼と敵対することはないと悟ったのだろう。

 フランサスは独断で彼の頭を叩き、それであっさりと善悪の彼岸(インヴィジブル)は効果を失ってしまった。

 以降、2人は微妙に意気投合しながら、キシニアを追い詰めている。


「そう言えば、クリプトってその腕じゃ四将復帰は無理だよねー。空いた枠ってどうなるんだろっ?」

「繰り上がりだろう、軍から誰かが上がってくるのではないか?」

「面白く無いねェ。そこは”片腕でも俺が続ける”って言って欲しかったかな、ライバルとしてはね」

「身の程は弁えているつもりだ。諦めたつもりも無いが、この体に慣れるにはしばしの鍛錬が必要になるだろう」

「すごいですね、片手が無くなったというのにそれでも諦めないなんて……」


 そんなエルレアの言葉を聞いて、その場に居る全員が彼女の方を見た。


「あ、あれ……私、そんなに変なこと言いましたか?」

「エルレアさ、まず自分の体をよく見てみなよ」

「……あっ。そういえばそうでしたね」


 百合の突っ込みに、思わず顔を赤らめるエルレア。

 ”いくらなんでもブラックジョークが過ぎる”、とクリプトはため息をつく。


「キッシシシ、ミサキが連れてきた子はやっぱ変な連中揃いだねェ。案外、そういう人間のが四将には向いてたりしてね」

「まさか、いくらなんでも亡命してきたばかりの私たちが四将に選ばれるわけが……」

「……でも私、召喚されて割とすぐに四将になった気がするなぁ」


 もっとも、命の場合は偶然、以前の四将を殺してしまった結果なのだが――しかし。

 彼女の言葉を聞いて、この場に居る誰もが同時に思った。

 現皇帝なら、思いつきで予想外の人物を四将にしかねないぞ、と。




 ◆◆◆




 プラナスとの会話を終えた僕は、部屋で暇を持て余していた。

 病室っていうのは、得てして暇なものだ。

 日本に居た頃はスマホをいじってやり過ごしてたけど、この世界にはそんなものは無い。

 いっそもう一眠りするか、と思っていた所に――ラビーがやって来た。

 それも珍しく、1人で。


「そんな不思議そうな顔しないでくださいよ、ボクはアニマ使いじゃないので、みなさんとは別の場所で使われてるんです」


 部屋に入るなり、心を読まれたかのようにラビーが言った。


「知ってる人なんて誰も居ないのに、大変だね」

「商人修行のお陰で人見知りはありませんから、割と平気ですよ。それより、重い物ばっかり持たされて腰がどうにかなりそうですけど」


 そう言って腰を触りながら、彼はベッドの横にある椅子に座った。


「こうやってミサキさんと2人で話すってのも、割と珍しいですよね」

「だいたい百合かエルレアが隣にいるからね」

「そして最近はフランサスさんも増えて、さらにミコトさんも追加ですか。ここまで行くと羨ましいという感想も出てきませんね。……いや、ただの負け惜しみかもしれませんが」


 相変わらずラビーは割と欲望に素直だ、割と真面目そうな顔をしているくせに。

 年相応と言えば年相応なんだけども。


「ラビーにも居たじゃん」

「誰のことですか?」

「モンスで一緒に居た2人」


 まさかその2人が出てくるとは思っていなかったのか、ラビーは「あー……」と言いながら苦虫を噛み潰すような表情をした。


「薬を使ったあの2人ですか。ボクの場合、むしろあれで女性にトラウマを抱いたと言いますか」

「何があったの?」

「さすがに、口から涎を垂れ流して、白目で迫ってくる女性に興奮はできませんって」


 そりゃあ確かに恐ろしい。

 でも、自分でやったことなんだし、それがトラウマってどうなんだか。

 2人ともモンスで暴れた時に巻き込まれて、死んでうやむやになったから良かったものの。


「キシニアさんの部下……シーラさんでしたっけ。あの人も薬を使われて、治療を受けてるみたいですね」

「この世界って、割とそういう危ない薬が蔓延してるの?」

「王国は規制が厳しいんですが、賄賂でどうとでもなるってイメージですかね。帝国は規制がゆるくて、合法的に使ってる人が多い気がします」

「要するに、シーラって人に薬を使ったからって、捕まえられないかもしれないわけだ」

「薬の種類によりますが、可能性はありますね。ただし、間違いなくキシニアさんに殺されるでしょうけど」


 実際、かなりの人数を殺したみたいなこと言ってたしね。

 普段見せる姿は割と気前のいいお姉さんって感じなんだけど、以前に王都で交戦した時は恐ろしくてたまらなかった。

 キシニアは、基本的には恐怖の象徴なのだろう。

 だからこそ、帝国の人間にとっては頼もしい存在でもある。


 さて、あまり薬の話ばかりをしているのも不健全だ。

 そろそろ話題を変えよう、ずっと彼に聞きたかったことを。


「ところでラビーさ、故郷のことは本当に大丈夫なの?」

「んー……やっぱ聞かれましたか。意外と平気じゃなさそうなんですよね、それが」


 微妙な答えだ。

 まるで平気であって欲しかったかのような言い回し。

 実家を飛び出して、単身でレグナトリクス王国へ渡ったぐらいなんだ、両親との仲はあまり良くなかったんだろう。

 それでも、いざその両親に命の危機が迫ったことを知ると、自然と彼らの身を案じてしまった。

 僕だったら絶対にありえないことだから、ちょっとだけ羨ましかったりして。


「幼い頃から家を継ぐことを決められていて、両親もそれを疑わなくて、ずっと息苦しい思いをしてきました」

「ちなみに家は何をしてるの?」

「ごく普通の農家です。故郷の町クロッシェル自体ものどかな場所で、とてもとても……出て行きたいぐらい退屈な場所だったんですよ」


 10代の男子にとっては特に、刺激のない農村は狭すぎたってことか。

 それで、ラビーはオリネス王国を飛び出して、レグナトリクス王国へと渡った。


「今になって思えば、両親はとても優しかった。僕が町を出て行くって言った時以外は、ほとんど喧嘩だってしたことありませんでしたし」

「あれ、ってことは思ってたより仲良かったんだ」

「そうみたいですね。王国が攻撃されたって聞いて、本気で心配して――自分でも初めて気づきました」


 失うかもしれない、そう思った時に初めて気づく大切さ。

 うちの両親に関しては、万が一にもありえないだろうから安心だ。

 彩花に関しては、死ぬ前からずっと大切に思ってたしね。


「実は僕、この戦いが終わったら、故郷に戻ろうと思ってるんです」


 先程よりも大きな声で、ラビーは宣言した。

 彼にとって、それはカミングアウトのようなものだったんだろう。


「家を継ぐ、ってこと?」

「それは両親とちゃんと話し合って決めます。師匠に弟子入りして、ミサキさんと出会って、ボクは今まで知らなかった世界を沢山見ることが出来ました。おかげで、他の国に比べてオリネスに足りないもの、オリネスが優れているもの、そういうのも少しずつですが見えてきたんです」


 この世界において、様々な国を渡り歩く人間というのはほとんど居ない。

 その点、3つの国を見てきたラビーの知識は、オリネス王国――ひいてはクロッシェル自体に、いい影響を与えるかもしれない。


「クロッシェルでも、ボクにしか出来ないことがある。あの退屈な町でも、今のボクになら”刺激”を生み出すことが出来る。そんな気がします」

「そうだね……今のラビーになら、新しい風を吹かせることができると思うよ」


 それが良い風か悪い風かは別として、彼が旅で見てきた景色は、のどかな田舎町では絶対に見られない物だろうから。

 けど、こうやって戦いが終わったあとの話なんてされると、頼みにくいな。


「ただし、次の戦いで生き残れたらの話ですけどね。今のボクはミサキさんの仲間ですから、ボクに出来ることを探しながら、少しでも役に立ってみせますよ。だから何か頼みごとがあるなら、気兼ねなく言ってください。それが僕の望みでもあります」


 もしかして……読まれてる?

 だとしたら、これ以上隠したって無駄か。

 アニマでは目立ちすぎるから無理、アニムスも同様の理由で不可能。

 つまり、それ以外の移動手段を持ち、王国に土地勘のある人間に頼むしか無い。

 何より、これは僕とプラナスのごく個人的な都合だ。

 だから――そう、プラナスの居る場所まで資料を運ぶには、もうラビー以外に頼める相手が居ないんだ。


「ラビー、お願いがある」

「はいっ」

「ソレイユの両親殺害に関する資料を、プラナスに渡して欲しい」


 それを聞いた彼は、怖気づくどころか……にこりと笑って、快く返事をした。


「もちろんお受けしますよ。それがボクにしか出来ない仕事というのなら、喜んで」


 今の王国に近づくのは、非常に危険な行為だ。

 アニマ使いだって増えているし、帝国からやって来た人間だと気づかれたら、命は無いと思った方がいい。

 それでも、ラビーは嫌な顔一つしなかった。

 そんな尽くしてもらえるほど、彼に恩を売ったつもりは無いんだけどな。

 最初の出会いなんて最悪だったし、あそこからよく、ここまでの関係を構築できたものだと自分を褒めてやりたい。


「ただし、ひとつだけ条件があります」

「どんな条件?」


 1つぐらいならいかなる条件でも飲もう。

 これはむしろ、1つじゃ足りないぐらいの大仕事なのだから。


「教えて欲しいんです。ずっと気になっていたんですが……」


 じわじわとラビーの顔が近づいてくる。

 挙動不審に周囲に誰かが居ないかを確認し、真剣な目つきて迫る彼を見て、思わず僕の緊張も高まる。

 そしてついに、ラビーは告げた。


「その、エルレアさんと”する”時って、どういう風にしてるんですか?」


 ……ん?

 する、って……その、あれ、だよね。

 僕の脳にある国語辞典の中には、それ以外に相応しい言葉が登録されていない。


「宿とかで隣の部屋に居ると、どうしても声が聞こえてくるんですよ。まあユリさんは分かるとして、エルレアさんって手足が無いわけじゃないですか。それ、どうしてるのかなって」

「……ふ」

「ふ?」

「ふ、ふふふふっ、はは、あっははははははははっ!」


 僕はこらえきれずに、大笑いしてしまった。

 するとラビーは、顔を真っ赤にして抗議する。


「な、なんですかぁっ、何も笑わないでもいいじゃないですか! ずっと気になってたんですから!」

「いや、だって……ふ、くふ……うっひひひひっ! 無理、ごめん無理っ、絶対に笑うからこんなの! ははははははっ!」

「ああもうっ、こんなんだったら聞かなければよかった!」


 耳まで赤くなったラビーは、顔を手で覆いながら部屋の隅っこに移動してしまった。

 そりゃ僕だって、まさか聞いてくるとは思ってもいなかったよ。

 まあでも、ラビーは健全な男子だし、気になっても仕方ないか。

 僕自身も、今の方法を確立するまでは色々と文字通り手探りだったわけだしね。

 とは言えエルレアの尊厳もある、全てをオープンに教えられるわけもなく。


「じゃあさ、適度にぼかしながら教えてあげるけど」

「教えてくれるんですかっ!?」


 機敏な動きでこちらを向くラビー。

 そのあまりの素早さに、思わずまた吹き出してしまう。


「だって、教えないと王国に行ってくれないんでしょ?」


 それから僕たちはこんなバカげた話を沢山した。

 男友達とこんなに騒ぐなんて、いつ以来だろう。

 ……と言うか、やったことあったっけ?

 普通の学生は、こういう話をして楽しんでたりするのかな――まさか異世界に来て体験出来るとは、思ってもなかったよ。


 しばらくして、ようやく騒ぎが落ち着くと、ラビーはすっと立ち上がり言った。

 「明日の準備をしないと」と。

 今の王国の状況では、計算通りにプラナスと合流できるかどうかは怪しい。

 できれば少しでも時間が欲しいラビーは、明日に帝都を発つことに決めたのだ。

 急な話になったけれど、こっそりお姉ちゃんに協力を願い、帝国に動いてもらって、その日のうちに必要な物資をかき集める。

 無論、プラナスとの会話に使っていたオラクルストーンも彼に渡した。

 あれが無ければ、彼女の位置を把握することも難しいだろうから。




 ◇◇◇




 夜には、ささやかな送別会が行われた。

 怪我の影響で好き勝手に飲み食い出来ない僕が居たので、パーティーと呼ぶにはあまりに小ぢんまりとしていたけれど、ラビーの目には涙が浮かんでいた。

 二度と会えないわけじゃない、そう励まそうとした百合の手が止まる。


 誰が、明日自分が生きていることを証明できるだろう。

 誰だってそうだ。

 死ぬかもしれない、二度と会えないかもしれない。

 そう思ってしまったからこそ、百合は手を止めてしまったんだろう。

 ラビーもそれを察したのか、百合を励ますように笑いかけた。

 逆に励まされてしまった彼女は、どうにか笑顔を浮かべながらも、複雑な表情をしていた。


 送別会が終わる頃には、エルレアやフランサスも涙目になりながら、ラビーとの別れを嘆く。

 釣られてお姉ちゃんも泣くものだからもう収拾が付かなくて、僕の視界も、なぜか滲んでしまっていた。




 ◇◇◇




 翌朝、僕らは揃って、馬車で帝都を出て行くラビーを見送る。

 みんな必死に手を振って、エルレアも全身全霊で彼を送り出して。

 そしてラビーは、最後に僕に向けて親指を立てた。

 僕も同じく、親指を立てて返事をする。

 すると彼は歯を見せながら笑い、そのままの表情で正面を向き、顔が見えなくなる。

 遠ざかる馬車。

 その姿が見えなくなるまで、僕らはじっと見つめ続け。

 ――それが彼との、今生の別れとなった。






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