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76  ヘブンズゲート

 





 帝国の医者が部屋にやってきたのは、僕が目を覚ましてから程なくしてのことだった。

 全く僕から離れようとしない4人を見かねて、ラビーが呼びに行ってくれたのだ。


 白衣を纏った短髪の女性は、気だるそうにあくびをしながら僕の診察をする。

 彼女が上着を捲くると、お姉ちゃんの目が血走ったり、百合が頬を赤く染めながら目を反らしたりするのが、やけに恥ずかしかった。

 あとエルレアみたいに真顔で直視するのも勘弁して欲しい。


「さすがアニマ使い、相変わらず治癒が早い。放っておいても明日には歩けるようになるでしょう」


 あれだけ酷い傷だったのに。

 そういや、僕が狙撃した時の水木も、意外なぐらい早く復活してたっけ。


「ただし、本調子に戻るまでにはまだまだ時間がかかります。無理はしないように」


 それは傷を負った僕が一番わかっている。

 今だって体の気だるさは抜けていないし、少しでも腹に力が入ると強烈な痛みが走る。

 動こうという気すら起きない。


 診察はあっさりと終わり、医者は再びあくびをしながら部屋を出ていった。

 大雑把な人だけど、城に居るってことはそれなりに腕の立つ医者なんだろう。

 指示通り、ひとまず今日一日だけは部屋でゆっくりしておくべきか。


 再び部屋の人間が身内だけになると、ラビーを除く4人がべったりとくっついてくる。

 こんなに甘える人たちだったっけ、と戸惑いつつも、自分がどれだけ心配をかけてきたのか痛感する。

 エクロジーで昏睡していた時間も加えると、全部で10日。

 それだけの間、彼女たちは生死もわからない僕の帰りを待ち続けていたのだから。

 大事な人を失う痛みは知っている。

 だからこそ、僕は甘える彼女たちの温もりを、抗わずに受け入れる。

 傷口はちょっと痛むけど、耐えられないほどじゃない。


「そう言えば、岬が居ないうちに起きたことを伝えておかないとね」


 僕に抱きついていた百合が言った。

 確かに、どういう経緯で木暮たち6人が帝都にやって来たのかも知らないし、プラナスのことだって気になる。


「まずどこから話せば良いのかな」

「ミサキにとって重要なのは、やはり亡命してきたキグラシさんたちのことではないでしょうか」

「まあ、そうなるね。あと明らかにオリハルコンに汚染されてた鞍瀬たちのことも気になると言えば気になるかな」


 王都から逃げてきたんだろうし、どういう経緯かは大体想像が付くけど。


「木暮くんたちが亡命するきっかけは、たぶん鞍瀬さんたちの汚染がきっかけだと思う。どういう経緯で汚染したのかは知らないけど、危機感を抱いて王都から逃げることを画策した」

「で、それをプラナスが手助けしたわけだ」

「うん、そういうこと」

「じゃああの3人は、木暮たちを追って帝都に攻め込んできたの?」

「それは違うみたいですよ」


 僕の問いにエルレアが答える。

 王都と接点のないお姉ちゃんとフランは、完全に聞き手に徹していた。


「帝都に来る前にとある任務を終え、さらにオリネス王国の王都オリティアを滅ぼしてきたそうですから」

「オリネス王国って、ラビーの故郷じゃ……」


 そう言って彼に視線を向けると、ラビーは神妙な顔でうつむいた。


「ボクの両親が居るのはオリティアから離れた場所ですから、おそらく無事だとは思います」


 それでも、故郷の都が滅びたという事実がショックなのは間違いない。

 僕も、東京がいきなり消滅しました、なんて言われたらさすがにびっくりするだろうし。


「それに、オリティアが滅びたのは確かに驚きましたが、その前に彼らが遂行した任務もなかなか衝撃的でしたからね」

「そうだ、その任務って何だったの?」

「名付けるなら、国民総アニマ化計画! ってとこかなー」

「フランサスちゃんの言う通り、オリハルコンを各町に配って、全員をアニマ使いにするつもりみたい」


 全ての王国の人間がアニマ使いと化せば、その数は数千じゃ済まない。

 ただ粉を配って回るだけなんだ。

 しかも、口に入れるだけでアニマ使いになれるのなら、人々は迷いなくオリハルコンを摂取するだろう。

 たちの悪い夢だと思いたいけど、実現できるのなら、それは夢ではなくただの地獄だ。


「そんなの、実現する前に潰さないとッ――あ、ぐ……!」


 声を荒げた瞬間、激しい痛みが走った。

 一気に全身から汗が吹き出る。

 そのまま僕は、お腹を抑えたまま動けなくなった。


「岬ちゃん、無理しちゃだめだよぉ! まだ傷は治ってないんだから!」

「でも、帝国にいるアニマの中で、単機で空を飛べるのは僕だけで……」

「だとしても、ね? まだ時間はあるんだから、傷の治療に専念しようよ」

「お姉さんの言う通りですよ、ミサキ。その傷ではまともに戦うことも出来ませんから」


 そうこうしている間にも、王国のアニマ使いは増え続けてるっていうのに。

 でも確かに、こんな状態の僕が王国に攻め入っても、大量のアニマ相手に勝てる保証は無い。

 それに、オリハルコンを装着した機体もどんどん増えていくだろう。

 今回は3機相手だったから余裕だったけど、それが10機、20機と増えていけば、いくら今のウルティオとは言え――


「それにさ、岬の目的は帝国を守ることじゃないよね? 目的を忘れて命を棒に振ったらだめだよ」

「あ……」


 そっか、僕にはまだ殺さなければならない奴らが居る。

 木暮に、長穂に、梅野に、咲崎に、姶良、六平。

 そして……水木。

 まだ7人も殺さなくちゃならないんだ。

 王国を潰すのはもちろんだけど、優先順位では彼らを殺す方が上。

 百合の言う通りだ、まずは傷を癒やしながら、ゆっくりと6人を殺そう。

 王国に対抗する手段を考えるのは、それからでもきっと遅くはない。

 時間が経てば経つほど王国の戦力が増強されていくのは確かだけど、帝国だって黙ってみているだけじゃないんだ。

 時の流れが、戦況を良くしてくれることだってあるかもしれない。


「ありがと、みんな。そうだね少し冷静になるよ」

「そうそう、1人で先走っちゃだめなんだからね。お姉ちゃんたちをもっと頼りにしてくれないと」


 そういいながら、お姉ちゃんが僕の頭を撫でた。

 子供の頃を思い出す懐かしい感覚に、思わず目を細める。

 思わず身を委ねたくなるけれど、まだまだ聞かなければならないことが残っている。


「ところで、亡命してきた人たちって今はどうしてるの?」

「帝都の復興でみんな大忙しだから、ほぼ放置されてるよっ。あと、あのムツヒラとか言うムカツク女は牢屋に入ってる。そのうち処刑されるんじゃないかなー」

「六平が? 何かやったの?」

「そっか、岬は見てないんだね。彼女のスキルで、一度倒したはずの鞍瀬たちが復活したの」

「へえ、つまり――百合やエルレアの怪我って、六平のせいなんだ」


 自分でも驚くぐらい、自然と言葉に憎悪がこもる。

 仕方ない、だってエルレアなんてほぼ死にかけてたんだから。

 傷つけただけでも死ぬべきなのに、殺しかけただなんて、一度死んだだけじゃ足りない、償えない。


「ん……あぁ、ミサキったらそんな顔して……」

「あれー? なんでエルレアの顔、赤くなってるの?」

「今みたいに岬のSっぽい顔、エルレア大好きだもんねぇ」

「えす?」

「子供は知らなくていいと思いますよ」

「えー、ラビーは知ってるの?」

「まあ、一応は」

「なにそれ、ずるーい!」


 何やら盛り上がっているようだけど、会話の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

 どうやって六平を殺すか、それだけで脳内が満ちていたから。


 確か六平って鞍瀬と仲が良かったよね。

 スキルで回復させたってことは、汚染されてようが他人が死のうが彼女を優先させるほど、深い関係だったわけだ。

 その鞍瀬を失った今、彼女は牢屋の中でどうしているだろう。

 弱った心、それを埋める方法を僕は知っている。

 問題は彼女をどうやって牢屋から連れ出すか、だけど。

 フランかキシニア、お姉ちゃんあたりに頼めばいけるか?

 いや、出来れば自分の力で釈放出来るようになりたいな。

 どうにかして帝国での権力を手に入れられないものか。


「岬ちゃんのこんな悪い顔、私はじめて見たかも……」

「最近はずっとこんなですよ、お姉さん」

「私の知らないうちに色々あったんだね」


 六平の殺害方法について思考を巡らせていると、ふいに思考にもやがかかる。

 これは……眠気、だろうか。

 今まで3日も眠っておいて、さらに僕の体は睡眠を求めてるのか。

 起きたのが深夜だったのもまずかったんだろうか。


「ふぁ……」


 ついに、我慢していたあくびが出てしまう。


「岬ちゃん、眠くなっちゃった?」

「体がまだ本調子ではないのでしょう。病み上がりのミサキを疲れさせてはいけませんし、私たちも自分の部屋に戻りましょうか」

「そうだね、私たちもしっかり寝て、岬分を補充するのは明るくなってからにしよっか」


 そう言って、みんなは部屋から出ていく準備を始める。

 少しさびしいような気もするけれど、確かに残ってたらいつまでも眠れないような気がする。

 女々しく”行かないで”って言うわけにもいかないし、大人しく寝てしまおう。


「おやすみ、岬」


 百合がそう言うと、続けてエルレア、お姉ちゃん、フラン、ラビーもそれぞれ僕に挨拶をして、部屋を出て行く。


「ん……おやすみ」


 僕は彼らの背中にそう告げると、目を閉じる。

 すると自分でも驚くほどすぐに、意識は遠のいていった。




 ◇◇◇




 次に目を覚ますと、部屋には誰も居なかった。

 カーテンの外から、うっすらと明るい光が差し込んでいる。

 朝か、昼か。

 壁にかけられた時計に目を向けると、すでに昼を過ぎていた。

 不思議と空腹感は無い、寝てる間も何も食べてないと思うんだけど。

 これもアニマ使いになったおかげだったりするんだろうか、それとも腕につながれた点滴のおかげか。

 まあ……間違いなく後者だろうな。

 ふとベッドの横に目を向けると、椅子の上に見慣れた袋が置いてある。

 僕が荷物入れに使い、ヘイロスとの戦闘前にエクロジーに放置しておいた袋だった。

 どうやら思惑通り百合が回収し、それを寝ている間に持ってきてくれたらしい。

 さすが気が利く、嫁に欲しい。

 なんて馬鹿げた事を考えつつ、痛みに顔を歪めながら体を起こすと、袋に手を伸ばす。

 そのまま中に手を突っ込み、手探りで目当ての物を見つけると、それだけを取り出して袋は椅子の上に投げた。


「プラナス、聞こえる?」


 いつも都合よくすぐに反応があったけど、今日はどうだろう。

 随分と間が空いてしまって、あっちの状況も変わってるだろうし。


『聞こえていますよ、お久しぶりですシロツメさん。無事で何よりです』

「プラナスこそ、無事でよかった」

『……ええ、そうですね』


 返事に、妙な間があった。

 それに声も、特別はっきりした変化があるわけじゃないけど、いつもより感情の起伏が無いような気がする。


「何かあったの?」

『どうしてそう思うのですか』

「何となく、声を聞いててそんな気がしたから」


 僕がそう言うと、プラナスは『はぁ』と大げさにため息をついた。

 僕の勘が当たってたってことなんだろう。

 そして彼女は、さらに低く冷たい声で言った。


『アイヴィが死んだんです』


 最初は言葉の意味を理解できず。

 音が脳に届いてから、数秒間咀嚼してようやく認識する。

 死んだ。あのアイヴィが。

 プラナスが誰よりも愛してきた、アイヴィ・フェデラが。


『変に慰めたりしないでくださいね、無駄ですから。まあ、クスノキさんを失ったシロツメさんならわかってくれるでしょうが』

「社交辞令すら浮かばなかったよ」

『それは幸いです』

「でも、それにしては落ち着いてるような気がする」

『かもしれないですね。今、私は人生で一番、頭が冴えているんです。だから落ち着いていられる。アイヴィのことを考えるのに割いていたリソースを、他に回せているからでしょうか』


 ただでさえ賢いプラナスが冴えてしまったら、もう魔法の分野において敵は居ないと言い切れるほどのパフォーマンスを発揮するだろう。

 でも、アイヴィが居ない世界でそんな能力を手に入れた所で――


『ですが、とても……虚しい』


 ――そうなるに決まっている。


「プラナス……」

『ああそうだ、ソレイユさんとも合流しましたよ。”扱いやすい”とアカバネさんが言っていましたが、まさにその通りですね。今はミズキに言いように絆されていますよ』


 プラナスが露骨に話題をそらす。

 そりゃそうだろう、誰だって思い出したくないことはある。

 なぜ死んでしまったのかとか聞きたいことはまだあったけど、さすがに僕もこれ以上は聞けない。


「それは良かった、彼女はとても素直な人間だから」

『ですが、シロツメさんのことです。ただ味方の数を増やすためだけではなく、まだ他にも何か使い方(・・・)があるのですよね?』


 彼女は確信を持って言った。

 さすが頭が冴えていると言うだけはある、鋭いな。


『ソレイユさんがシロツメさんを強く憎んでいる所を見るに、それを一瞬で反転させる材料でもあるのではないですか?』

「そこまで言い当てられると僕が話すことが無くなるって」

『という事は、当たっているわけですね』


 それから僕はプラナスに、ソレイユの両親の死について語った。

 ソレイユの両親はモンスの商人ギルドに殺されてしまい、その後、彼女はフォードキンとラクサという、2人の労働者ギルド幹部に育てられたこと。

 ソレイユは商人ギルドに復讐するためにずっと戦っていたということ。

 だが、実は本当の仇はフォードキンとラクサであり、労働者ギルドの人間はそれを知った上で、ソレイユを騙し続けていたということ。


「ってわけで、これをソレイユに教えれば、彼女の価値観は根本から逆転するはずなんだ」

『なるほど、確かに彼女の生き方を根底から否定することができそうですね。ですが、それを証明する手立てをシロツメさんは持っているんですか? 言葉だけでは納得しないでしょう』

「まあ、書類があるにはあるんだけど……」

『帝都にあるわけですか、私に手渡すのは難しそうですね』


 問題はそこだ。

 もっと時間があれば色々と方法を考える余裕もあったんだろうけど、まさか10日間も昏睡状態になるとは思ってなかったからなあ。

 ウルティオで飛んでいけばあっという間だろうけど、生きて帰れる可能性は低い。

 姿を消せるフランに頼む? いや、四将である彼女が僕にそこまで無条件で従う理由がない。

 となると、もっと地道な手段で運ぶしか無い。

 目立たず、地道に運ぶ方法といえば、やっぱり馬車かな。

 帝国の荷馬車が王都まで物を運んでくれるわけもなく、消去法で残った手段は……ラビー、かな。

 彼にそんな危険な仕事を頼むのか?

 アニマ使いですら無い……いや、アニマ使いじゃないからこそ、頼める仕事なのかもしれないけど。


『この沈黙。方法に心当たりが無い、というわけではなさそうですね』

「……一応はね」

『もし誰かに運搬を頼むのなら、その方にオラクルストーンを渡すようお願いしてもいいでしょうか? これから、私たちも北へ移動することになりそうなので、連絡を取れないと合流できそうにありません』

「北へ?」

『ええ、ミズキが欲しがっている古代兵器エリュシオンを復活させに』


 聞き覚えのない固有名詞に、僕はすぐさま聞き返す。


「古代……って、何それ」

『フォディーナの地下深くに封印されている兵器ですよ』


 その地名には聞き覚えがあった。


「あれ。フォディーナって確か、オリハルコンが採掘されてる場所だよね?」

『その通りです。そもそもなぜオリハルコンなんて物を作る必要があったのか――と言ったらわかりませんか?』

「えっと……エリュシオンとやらにかけられた封印が強固すぎたから、こじ開けるために、魔力を増幅させるオリハルコンを作った?」

『正解です。つまりはオリハルコンよりも遥かに強い力を手に入れられるということですね。ミズキが欲しがらないわけがありません』


 そしてエリュシオンとやらを手に入れた水木は、僕への復讐を果たす、か。

 あっちから向かってきてくれるならそれに越したことはないけど、古代兵器がどれだけ強いかが問題だな。

 あとアニマを何体食えば対処できるんだか。


『ちなみに、エリュシオンをアニマでどうこうしようとか考えない方がいいですよ。無限円環エンジンが生成するエネルギーを利用した主砲を使えば、世界を滅ぼすことも容易いでしょうから』

「いや待ってよ、プラナスはそんな物を復活させてどうするつもりなの? まさか、本気で水木に与えるつもりじゃ――」

『ええ本気でそうするつもりですよ、アイヴィの居ないこの世界がどうなろうと私には関係ない』


 冷めた口調で宣するプラナスに、僕は凍りつく。

 言わんとすることは理解出来る。

 そりゃあ、アイヴィが死んでしまったら、世界なんて滅んでしまえと思ってしまうほど無気力になってもおかしくはない。

 だとしても、それを本当に実行に移すなんて。

 しかもよりにもよって、水木の手を借りて。


『……なんてね。冗談ですよ、冗談』


 先ほどと変わらない口調で言うプラナスを、僕はすぐさま信用することはできなかった。


「本当に、思ってない?」

『む……まさか、本気で私が世界を滅ぼすと思っていたんですか? 馬鹿にしないでください。私がやるならエリュシオンなんて派手な物は使わずに、誰にも気づかれないようスマートなやり方を選びますよ』


 どうやら僕の心配は杞憂だったようだけど、もっと恐ろしい何かを聞いた気がする。

 とりあえず、それは記憶の隅に追いやることにして。


「だったら、どうしてプラナスはエリュシオンの封印を解こうだなんて思ったの?」

『それは……』


 先程まで饒舌に話してたプラナスが、言葉を濁す。

 世界は滅ぼさないにしても、どっちにしたっていいづらい理由なのか。


『私、今からとても馬鹿げた話をします。ですが、どうか最後まで、笑わずに聞いてくださいね』


 この期に及んで、笑うようなことがあるものか。

 だって、古代兵器が出てこようと何だろうと、最終的にこれは”人を殺して復讐を遂げる”ための会話なのだから。




 ◇◇◇




 ――と、思っていた僕だけれど。

 プラナスの口から語られる全てを聞いて、溢れ出す感情を止めることはできなかった。


「は、はは……はははは……あはははははははっ!」


 傷口が痛むのに、笑うのを抑えられない。

 確かにそれは、滑稽だ、荒唐無稽だ、語り部がプラナスでなければ”馬鹿げている”と一蹴していただろう。

 けれど、彼女が語るのなら――それは、説得力のある、手を伸ばせば届くお伽噺である。


『笑わないで欲しいと言ったはずですが』


 作戦の全てを話し終えたプラナスは、不満げに言った。

 頬を膨らます彼女の顔が目に浮かぶようだ。


「くっ、ふふ……プラナスだって、僕が笑うってわかってたから、そう言ったんじゃないの?」

『だとしても、シロツメさんなら笑わないと思ったんですよ。ですが、乗ってもらえるんですよね?』

「うん、うんっ、もちろん。もちろん乗るよ! 乗らない理由がない!」


 僕は即答する。

 誰だってこう言うだろう。

 例えそれが、成功率にゼロがいくつも並んだ、天文学的な奇跡だったとしても。


『そう言ってくれると思っていました。でしたら、”詰め”はあなたに任せます』

「任された。必ず、とびきり痛い”一撃”を食らわしてみせるよ」

『ええ、期待していますよ』


 僕はもちろんのこと、プラナスの気分が昂っているのが声からわかる。

 そしてその高いテンションのまま、彼女は提案する。


『そうだ、作戦名でも付けてみます?』

「付けても、使う場所がないんじゃない?」

『ふふ、それもそうですね。私としたことが、たった2人しか知らない作戦に名前を付けてどうしようと思ったのでしょうね』


 まさかあのプラナスが、作戦名なんて付けたがるとはね。

 気持ちはわからないでもないけど。

 むしろプラナスが言わなかったら、僕の方が提案しそうなぐらいだったし。


『さて、準備も始めなければなりませんし、そろそろ作戦会議は終わりにしましょうか』

「だねえ、笑いすぎて傷が痛んできたよ」

『それは自業自得です』


 笑ってしまったことだけは許すつもりが無いらしく、やけにきつい口調で言われてしまう。

 けれどそんな口調もすぐに柔らかくなり、笑い混じりの朗らかな声で、別れの言葉を告げる。


『それではシロツメさん、どうか良い終末を』

「プラナスこそ、成功することを祈ってるよ」


 会話は明るい雰囲気のまま終わり、以降、石からプラナスの声が聞こえてくることは無かった。

 それが、僕らがオラクルストーンで交わした、最後の言葉だった。


 僕は火照った体を冷ますため、両手を広げて体をベッドに投げ出す。

 そして、大きく深呼吸を繰り返した。

 それでもうるさく脈打つ心臓は落ち着かず、つまりは体中に流れる血液も熱く滾ったままだ。

 僕は別のアプローチで、熱を冷ますことを思いつく。

 高ぶる想いを言葉として吐き出してしまえば良いんだ。


「待っててよ、水木」


 手のひらを天井に向けて伸ばし、笑顔を浮かべたまま宣言する。


「最低で最高の復讐を、お前に見せてやるからさ――!」


 末に待つ決着は、必ず奴を絶望のどん底に突き落とす。

 そして見下すんだ。

 遙か天上から、谷底で血まみれになって藻掻く、哀れな水木を。

 夢物語なんかじゃない、必ず実現する。

 その確信が、プラナスとの会話を経て、僕の胸には宿っていた。






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