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75  再会と再開

 





 目を覚ますと、薄暗くぼやけた天井が見えた。

 何度かまばたきを繰り返すと、霞んだ視界が次第にクリアになっていく。

 次は体を起こそうとするものの、思うように動いてくれない。

 少し気合を入れて腹筋に力を込めると、ずきっと疼くような痛みを感じた。


「っぐ……」


 思わず苦悶の声が出る。

 そっか、エルレアから傷を移植して……そのまま、治らなかったんだっけ。

 しかし”痛い”だけで済むとは、一体あれから何日経ってしまったのだろう。

 まったく、つい最近まで一週間も寝ていたくせに、また数日意識を失っていたんだろうか。

 それにしたって、たかが数日でここまで体が鈍るものだろうか。

 この重さ、まるで金縛りのようだけど――と、視線を足元の方に向けると。

 女の子たちが、寄ってたかって僕の足を枕にして眠っていた。

 ちなみに、ラビーは部屋の隅の椅子に座ったまま寝ているらしい。

 百合は右足、お姉ちゃんは左足、フランはなぜか足と足の間に頭を置き、そしてエルレアに至っては僕の足の上に横たわっている。

 まあ、たぶん誰かがそういう風に彼女の体を置いたんだろうけど、それにしたって――


「およそ怪我人に対する扱いとは思えんのう、肉林の主よ」


 そうそう、それを言いたかったんだけど。

 聞こえてきたのは、知らない誰かの声。

 声の主――部屋の入口の方へと視線を向けると、そこには小さな少女が居た。

 フランとあまり変わらない身長に、しかし彼女よりも大きな態度。

 お姉ちゃんを思わせる腰まで伸びた黒い髪に、赤い瞳。

 表情ににじみ出る自信と、裏腹にか細い体。

 ここが帝都にある城の中だとして、好き勝手に出歩ける人間――その心当たりが、一つだけあった。


「リアトリス・スピカータ?」


 それは、インヘリア帝国の皇帝の名だった。

 彼女は僕の言葉を聞いてにやりと笑う。


「初対面で皇帝たる我を呼び捨てとは、平民であればその場で打ち首だぞ、ミサキよ」

「……あ、そっか。偉い人、なんですよね」

「くっくく、偉い人か。そうだな、我は偉いぞ。帝国、いや世界で一番偉いのが我だ、世界を統一し統治するに相応しい人間はこの世界に我一人しかおらぬ」


 淀み無く、冗談のニュアンスも含まずにはっきりと言い放つ。

 フランやお姉ちゃんから何度か名前は聞いていて、その話しぶりから相当な困ったちゃんであることは想像していたけれど。

 なるほど確かに、これは一筋縄ではいかなそうだ。


「だが、我は我の偉大さに溺れ、権力により他人に圧をかけるだけの愚かな人間ではない。器が大きいのだ、素直に礼も言えるぞ」

「はあ」


 未だに何のために僕の前に姿を現したのかわからないリアトリス、もとい皇帝。

 まさか、顔を見に来ただけ、とか?

 にしてはやけに前置きが長いし、関係のない話ばかりしているような気がする。

 僕が彼女の真意を測りかねていると、リアトリスはおもむろに真剣な顔で言った。


「ミサキ、お前が居なければ帝国は終わっていただろう。ありがとう、心の底から感謝している」


 そして、深々と頭を下げる。

 僕はその光景を、ぽかんとして見ていた。

 すると礼を終え頭をあげたリアトリスが、不満げな表情で言う。


「我の礼にリアクションすら無いとは、どこまでも無礼なやつだ。平民であればその場でギロチンだぞ」


 どれだけ平民を殺したいんだこの人は。

 けど、僕の反応が無かった事が失礼なのも事実で。

 僕はどうにか頭をひねって、なんとか言葉を返した。


「えと、僕は僕の目的を達するためにやっただけなので、帝国を救っただなんて大げさなことをしたとは思っていません」

「ほう、つまりそこで寝ておる女どもを守るためだと?」

「それももちろんありますし、何より――あの3人を殺したかったんです、僕自身の手で」


 言いながら、思わず僕は笑顔を浮かべてしまった。

 戦力差を鑑みるに、帝国と彼ら3人が戦って、3人の方が無傷でいられるはずが無いわけで。

 おそらく、何らかの理由で彼らに傷を与えられなかったか、あるいは彼らの傷が治ってしまう”出来事”が起きたのだろうけど。

 おかげで、僕は自分の手で復讐を遂げることが出来た。

 つい笑ってしまうのも仕方のないことだ。


「くっくくく、くはははははっ! そうか、そうだろうな、やはりアニマ使いはそうでなくては!」


 僕の返事を聞いたリアトリスは、突如大きな声で笑った。

 もちろんそんな声を出したら、眠っている彼女たちも目をさましてしまうわけで。

 一番最初に百合が「ん……」と小さく声を出して動く。


「おっと、我としたことが。あまりに愉快で抑えられんかったわ」

「そんなに面白かったですか?」

「ああ、やはりミコトの弟だな。さて、感動の再会の場に我が居たのでは輝き過ぎて水を差す。今日の所は帰らせてもらうこととしよう」


 彼女は踵を返し、部屋を出ていく。

 結局、礼を言うためだけにここに来たのか。

 一筋縄ではいかないけれど、なかなか律儀な人らしい。


「おっと、1つ言い忘れておったが」


 そのまま部屋を出ていくかと思いきや、リアトリスは扉の寸前で足を止める。

 そして首を回し、横目だけをこちらに向けると――


「勘違いされると困るのであえて言っておくが、我はお前やミコトより年上だからな? 見た目だけで判断せぬことだ」


 からかうように言って、軽く手を上げてそのまま去っていった。

 僕はしばし、彼女が去った後も、閉まった扉をぼーっと見ていた。

 ……色々とすごい人だったな。

 濃密な時間に少し休憩が欲しい所だったけど、そろそろ目を覚ます彼女たちがそれを許してくれそうにない。


「ん……岬……?」


 百合は僕のふくらはぎ辺りに埋めていた顔を上げ、目を擦りながらこちらを見た。

 まだ寝ぼけているのか、表情に締まりがない。


「おはよう。って、外は暗いしみんなは寝てるし、今は深夜なのかな。じゃあ、こんばんは?」

「うん、こんばんは」


 今日はやけに寝覚めが悪いみたいだ。

 ま、あんな体勢で寝てたんじゃ疲れも取れないだろうし、仕方ないか。


「あれ、岬……? 岬が……夢? いや、これ夢じゃ……ない」


 次第にぼんやりとしていた目に光が宿り、百合の意識が覚醒していく。


「岬が、起きてる。岬が起きてるっ、起きてるっ!? ねえ、岬が起きてるよっ! みんな、寝てる場合じゃないって!」


 ようやく目が覚めたらしい百合が、エルレア、お姉ちゃん、フラン、そしてラビーと順番に体を揺らして起こしていく。

 全員がゆっくりと寝ぼけた状態で目を覚ましたのを確認すると、最後は僕の前に立ち、胸に頭を押し付けるようにして抱きしめた。

 柔らかい、けどちょっと苦しい。


「よかったぁ……岬、もう目を覚まさないんじゃないかって……!」

「あれで死んだら間抜けじゃ済まないよ」

「でも、3日も目を覚まさなかったじゃない! もう、あんまり無茶して心配させないでよぅ……っ」


 涙声で喋りながら、百合は僕の頭を強く強く抱きしめる。

 愛されてるんだなって強く実感できて、僕の頬は自然と緩んでいた。

 そうこうしている間にも他の面々が目を覚まし、僕が起きていることに気づき騒ぎ始める。


「岬ちゃあんっ、良かったよぉ! 私のせいで死んじゃうんじゃないかって、何回泣いたかわかんないぐらいだったんだからぁぁぁっ!」


 そう言いながら、また涙を流して僕の胸に抱きつくお姉ちゃん。


「わだじ……わだぢぃ、このままミサキが目をさまざながっだらぁ、ぜっだいしんじゃうっでぇ、だからぁ、だからあっ……うわあああぁぁぁんっ!」


 なかなか見られないほど感情を露わにして、顔をぐしゃぐしゃにしながら僕のお腹に顔を埋めるエルレア。

 すっごい痛いけど、まあ、今ぐらいは我慢しておこう。

 心配をかけたのは事実だしね、特に彼女には。

 その頭に手を伸ばし撫でてやると、エルレアは自らの頭を手のひらにこすり付けた。

 でも、ああしなければエルレアが死んでたかもしれないんだし、後悔はしていない。

 こうやって触れ合えるのも、お互いに生きてるからこそ、なんだしね。


「ボクはミサキさんは必ず目を覚ますって信じてましたよ、これぐらいで死ぬようなタマじゃありませんからね」


 ラビーは少し離れた場所から、なぜか自慢げに話している。

 そしてフランは、なぜか釈然としない表情で、立ったまま僕を見ていた。


「どうしたの、フラン?」

「お姉さんが死ななくて、私嬉しいんだな、と思って」

「それが、そんなに不思議なことなの?」

「うん、不思議。とても不思議だけど――今は深く考えないで、みんなと一緒に、お姉さんが目を覚ましたことを素直に喜ぼうかなっ」


 そう言って、フランは他の3人を真似するように、僕の足にしがみついた。

 その後、彼女たちが満足するまで僕は抱きしめられ――解放されるころには、へとへとになってしまっていた。

 みんな怪我人相手に容赦無いなあ、こういうの愛が重いって言うのかな。


 けど、気だるさと痛みを感じながらも、僕はそれ以上の幸福感に満たされていて。

 少しずつ、心の傷が癒えているのを実感していた。


 やっぱり、復讐相手が残り7人になったことが大きいんだろうか。

 人数が減る度に、心が軽くなっていく。

 この世界にもう彼らが存在しないんだと思うだけで、救われたような気持ちになる。


 失った物は取り戻せないけれど、奪われた物は奪い返すことが出来る。

 新たに手に入れることだって出来る。

 僕にとっての復讐って、そういうものだ。

 過程であり、結果ではない。

 その先にある未来をより良いものにするための手段。


 意識を失う前、帝都で見たあの姿は確か――木暮(きぐらし)長穂(ながほ)梅野(うめの)咲崎(さきざき)姶良(あいら)六平(むつひら)のアニマだったはず。

 彼らはいるんだ、ここに。

 僕が居ることも知らずに、まんまと(・・・・)亡命してきた。

 この機を逃す手は無い。

 殺さなければ。

 例外なく、弄びながら、後悔と憎悪の中で苦しみ藻掻く彼らを。

 可能な限り無様で、見苦しい死に様を。


 そのためにはまず――さて、まず誰を駒として利用しようか。






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