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73  絶望を喰らう - ZERO the last volume

 






 直上まで接近したグラディアートは、百合たちに向けて急降下する。

 エルレアは、とっさに動けないイリテュムを突き飛ばした。

 フォンッ!

 モラルタとベガルタが、さっきまで2人が居た場所を斬りさく。

 次に狙われるのは、もちろん足が折れて身動きの取れないイリテュムの方だ。

 それを阻止するためにも、エルレアはどうにかして嶺崎の意識を自分の方に向ける必要があった。

 テネリタスの両手から伸びた触手は細かく解け、グラディアートに巻き付いていく。

 振りほどけばすぐに離れるほどの力しか篭っていなかったが、煩わしく絡む触手に苛立ちを覚えた嶺崎は、テネリタスの方を振り向いた。


「よしっ」


 上手く行ったのが嬉しくて、思わず声が出る。

 あとは、どれぐらいの時間生き残れるか、その間に百合が逃げられるか、その勝負だ。


「気色の悪い攻撃をッ!」


 グラディアートは触手を断ち切ろうと、左手のベガルタで薙ぎ払う。

 だが、触手は急速に腕に戻っていったため当たらない。

 続いて距離を詰めて、モラルタで左腕の触手を断とうとする。

 しかしそれもすぐさま体内へと収納され、剣が命中することは無かった。


「その触手で出来た手足、全部作り物なのか!」

「だから何だと?」

「気持ち悪ぃな、ダルマかよッ!」


 そう言われること自体は平気なのだが、嶺崎の言い方がエルレアは気に食わなかった。


「デリカシーなさすぎだってばっ!」


 アーケディアの背後からの攻撃は、剣によって難なく受け止められ、それどころか弾き飛ばされてしまう。

 パワーはスペイスより明らかにグラディアートの方が上だ。

 そんな相手に近接戦闘を挑むのは愚かでしかないが、遠距離武装は当たらないのだから仕方がない。

 何より、近づいていなければ百合が狙われてしまうだろうから。


「スキル発動(ブート)独り歩きする虚(アフェクテーション)っ!」


 もちろん、百合も戦闘を見ているだけじゃない。

 分身を作り出し援護しようとしたが――スキルが発動しない。


「うそ、MPが残ってない!?」


 スペイスとの戦闘で死力を尽くしたイリテュムは、すでにガス欠の状態。

 身動きも取れないとなると、もはや戦闘を見ていることしか出来ない。


「ごめん、エルレア、フランサス……」


 肝心なところで役に立てない自分を呪いながら、百合は2人の無事を祈った。


「もらったああぁぁぁっ!」


 だが、この追い詰められた状況でグラディアートに勝てるはずもなく。

 モラルタの斬撃が、テネリタスの腹部を裂いた。


「っ、が……っ!」

「エルレアぁっ!」


 エルレアが悲痛な声を漏らす。

 それを見た百合が、必死で彼女の名前を呼んだ。


「ちっ、浅かったか」


 嶺崎が舌打ちをする。

 確かに傷は致命傷となるほどではないが、エルレアは熱にも似た強烈な痛みを感じていた。

 テネリタスの腹には横一文字の傷跡が残されており、生身に戻れば血まみれになっている自分自身が容易に想像できる。

 まだHPに若干の余裕があるアーケディアは、めげずに何度もグラディアートに殴りかかっていたが、その度に吹き飛ばされていた。

 キシニアやクリプトに比べて、彼女は戦いの経験が浅い。技もあるわけではない。

 百合やエルレアも同様に、強力なアニマを持ってはいたが、戦いの玄人ではない。

 こいつら相手なら俺は勝てる――嶺崎はそう確信していた。


「は、はは……そうだよ、そうだよな、オリハルコンは素晴らしい、この力があれば負けない、負けるわけがないんだ! さっきはたまたま、運が悪かっただけなんだよ!」


 自己弁護しながら、グラディアートは腹部を押さえながら痛みに耐えるテネリタスに近づく。


「はははは、俺が証明する、この剣で! 強さを、オリハルコンの素晴らしさを!」


 逃げなければ。

 エルレアはそう考えながらも、思い通りに動かない体に苦戦する。

 このままでは、逃げられない。

 もう、私は――

 確実に仕留めようと、背部ブースターで浮き上がり、重力を利用して剣に威力を上乗せするグラディアート。


「あっははははは! 今度こそ死ねよ、ダルマ女あぁぁぁぁっ!」


 空中より急降下したグラディアートが、モラルタでテネリタスを斬りつける。

 すでに満身創痍だったテネリタスは回避することもできず――

 ザシュッ!

 その切っ先は、肩から横腹にかけて、彼女の胴体を深く深く袈裟斬りにした。


「エルレア……エルレアアアァァァッ!」


 百合は必死で叫ぶも、彼女もまた満身創痍。

 伸ばした手も、込めた願いも、エルレアに届くことはなかった。

 倒れゆくテネリタス。


「ユ、リ……わた、しの……ぶん、まで……ミサキ、と……」


 か細い声で、岬との未来を百合に託し――彼女はぐったりと、動かなくなった。




 ◇◇◇




 アヴァリティアとイーラは、上空から降り注ぐ弾丸の雨に翻弄されていた。

 相手は、上空から遠距離攻撃を繰り返すストゥーディウム。

 対する2人は、斧と大剣という近接攻撃を主にするアニマ使いだ。

 相性は最悪だった。

 遠隔攻撃が無いわけではないが、しかしこの距離ではあっさりと避けられておしまいだ。

 打開策を探すも、すでに消耗しきった体では、どれも実現不可能な策である。


「キッシシシシッ! こりゃあ厳しいねクリプト!」

「その割には楽しそうだな、やはり狂犬かっ」

「そう見えるかい? じゃあそうなのかもねェ、どっちが先に死ぬかって勝負が楽しいんだろう、さっ!」


 2人は必死で回避しながらも、いつもの皮肉を忘れない。

 もはや体に染み付いたルーチンワークのようなものだ。

 そのやり取りも、今の関係も、死ぬまで変わらないんだろう――キシニアはそんな風に考えていた。

 そしてついに、彼女に回避不可能な攻撃が迫る。


「まさか帝都が死に場所だとは思わなかったよ」


 そう考えるのは、てっきり、戦場で誰とも知らぬ兵に殺されて、あっけなく死ぬものだと思っていたからだ。

 帝都を守るために戦い、強敵に殺されるという死に様は、キシニアにとってはどうにも出来すぎているような気がしてならなかった。

 だが、まあ、出来すぎて悪いことはなに1つとしてない。

 迫る弾丸はアヴァリティアの障壁を貫き、胴体に大きな穴をあけるだろう。

 もはや避けるのは無理だと悟ったキシニアは、死の寸前で足を止め――


「くっ、間に合えええぇぇぇぇっ!」


 必死で自分を庇おうとする、イーラの姿を見た。

 自分の死にすら驚かなかったキシニアは、その時初めて驚愕した。

 まさか、あのクリプトが、むしろ殺されてもおかしくないと思いこんでいた彼が、自分を守ろうとするなどと。

 そして彼は、あろうことか間に合ってしまった。

 アヴァリティアの体を抱きとめ、押し倒しながら、弾丸はイーラの右腕に命中する。

 すでにイーラのHPも風前の灯。

 障壁はそのダメージを防がずに、彼の右腕は炸裂音と共に吹き飛んだ。


「クリプト、お前……!」

「ぬ、ぐ……く、はは……俺は、阿呆だな……」

「なんで、なんであたしを守ったりしたんだ!?」

「理由など、知らん。自分でも……わからん。だが、右腕を失うとは……はっ、剣士としては、おしまいだな。はは……笑っていいぞ、キシニア……!」

「笑えるかよ! 笑えるわけねぇだろ、なァッ!?」


 結果として、クリプトが庇ったことにより、2人とも命は無事だった。

 しかしストゥーディウムは未だ健在である。

 吉成は。上空から重なり合う2人に向けて、ゆっくりと銃口を向けた。




 ◇◇◇




「ううぅぅ……エルレア、ユリ……っ!」


 瓦礫に叩きつけられたフランサスが、苦しげに2人の名前を呼ぶ。

 エルレアはすでに動かなくなったまま地面に突っ伏し、そしてグラディアートは次の獲物――身動きのとれないイリテュムに近づいていた。


「嶺崎くん……」

「よお赤羽、まさか俺がお前を見下すときが来るだなんてな。オリハルコンさまさまだよほんと!」

「私は、まだ死ねないの……!」

「でも死ぬんだよ、帝国に来たのが運の尽きだったな。おとなしく王国に残って、一緒にオリハルコンの素晴らしさを語る未来もあったろうに、残念だ。残念でならない!」


 そう言いながらも、嶺崎は楽しそうだ。

 圧倒的力を得て、かつて自分より上の立場だった百合を見下すことで、自尊心を満たしているのだろう。

 それは本当に幸せなのだろうか。

 彼の人格はすでにオリハルコンによって歪められ、元とは別物になってしまっているというのに。


「さて、つーわけで……死ねよ、赤羽」


 百合も、エルレアと同じく死を覚悟した。

 ……いや、それは嘘だ。

 そうやって強がっているだけだ。

 本当は嫌に決まっている、死なないで済むのならそっちの方が良いに決まっている。

 死の間際、思い浮かぶのは岬との記憶ばかり。

 長年重ねてきたはずの広瀬との想い出は一切浮かんでこずに、百合は自分がどれだけ彼女に依存しているのかを思い知らされた。

 だから、余計に死ぬのが嫌になる。

 会いたい。

 また会いたい。


「岬……」

「あ、岬? まさか白詰のことか?」

「助けてよ、岬……っ」

「よくわかんねえけど、こんな所に白詰が来るわけないだろ。第一来たとしても、あんなどうしようもない奴にオリハルコンの力が越えられるわけが――」


 ゴオオォォォオオ……。


「なんだこの音……?」


 聞きなれない音に、グラディアートは東の空を見上げた。

 視線の先に見えたのは、小さな黒い点。

 それは徐々に大きくなり、明らかに帝都に近づいている。


「あ……あぁ……っ」


 百合も東の空を見上げると、その姿を見て歓喜の声をあげる。

 離れていてもわかる、百合になら判別することができる。


「岬ぃっ……!」


 ゴオオォオオオオオオッ――


 その黒は、轟音と共に異様なスピードで帝都に接近していた。


「アニマ、なのか……?」


 ようやくそれがアニマであることを確認した嶺崎。

 グラディアートはイリテュムから意識を外し、近づいてくるアニマを待ち受けるために一対の剣を構えた。

 だが、その速度は――彼が想像していたよりも、遥かに凄まじいものだったのである。

 アニマの概形が見えたかと思うと、次の瞬間にはもう声が聞こえる程の距離にまで詰められている。


「ぉぉぉおおおおおおおおおおオオオオオオオッ!」


 その声が獣じみた咆哮だと認識出来た瞬間。

 ガゴオオォンッ!

 超音速の膝が、グラディアートの胸に突き刺さった。

 ブチブチブチィッ!

 そして、グラディアートの上半身は引きちぎられ、下半身だけがその場に残される。


「――ぁ?」


 嶺崎は、何が起きたのか理解できなかった。

 なぜ自分は空を舞っているのか、なぜ自分は下半身が無いのか。

 そしてその答えを、彼が理解することはなかった。

 ドドドドドドドォッ!

 グラディアートの上半身は膝に突き刺さったまま、そのままの勢いでいくつもの建物の壁をぶち破っていく。

 東区を突き抜け中央区へ。

 中央区の建築物に大きな穴を開け、西区へ。

 そして西区の端、帝都の城壁にぶつかって、ようやくウルティオ(・・・・・)は動きを止めた。

 その頃には、グラディアートの上半身は、もはや人体としての形を保っておらず。

 すでに、嶺崎は絶命していた。


「今の……ウルティオ、だよね」


 東区に、グラディアートの下半身と共に取り残された百合は、呆然と、ウルティオが作り出した道を見ていた。


「なんだ、あれは……」

「キッシシシ、とんでもないのが来たみたいだねェ」


 西区で命の危機に瀕していたキシニアとクリプトも、さすがにあれを見せられては呆けるしか無い。

 そして空からの攻撃を繰り返していた鞍瀬と吉成もまた、西の城壁に突き刺さった黒いアニマを見下ろす。

 本能的に感じるのだろう。

 あれは、危険な存在だと。


「いっつつ……あ、ううぅ……さすがに、きっついなぁこれ」


 機体にまとわりついた瓦礫を払い落とし、岬は大きく息を吐いた。

 体中が軋んでいる。

 やる前から理解していたつもりだが、実際に感じると相当全身が無理をしていることがわかる。

 命の持つスキル、知性を否定する愛(ロマンティクス)を使えば、支配した相手に”無理をさせる”ことにより、本来の性能以上の機動力を引き出すことが出来る。

 鳥型魔物を得たことで新たに得たスキル鷹の目(クレアボヤンス)を用い、帝都の危機を知った岬は、命に再びスキルを自分に適用するように頼んだ。

 その結果、肉体の消耗という代償を支払って、エクロジーから帝都までの道のりを、大幅に短縮することに成功したのだ。

 そして帝都突入のついでに百合を狙っていたグラディアートを膝で吹き飛ばし――今に至る、というわけだ。


「融解弾ソール!」

「……重力弾グラベダド」


 スペイスとストゥーディウムが上空からウルティオを狙い撃つ。

 岬は迫る光と黒の弾丸を見据えると、落ち着いて手甲剣を展開する。


「シヴァージー・マギア」


 手首から伸びる、半透明で紫の魔力剣。

 ブォンッ!

 それを軽く薙ぎ払うと――バヂッ、と弾けるような音を残して、2発の弾丸は姿を消した。


「うそ、オリハルコンの力が……」


 あまりにたやすくかき消され、鞍瀬は困惑する。

 ウルティオは地面を蹴り跳躍すると、一瞬でストゥーディウムの目の前にまで移動した。


「アラクノ・アイアンメイデン」


 そして手のひらを向け、そこから魔力の球体を射出する。

 球体はストゥーディウムの目の前で網状に広がり、その機体を覆い尽くした。

 自分が捕縛されたのだと気づいた吉成は必死にもがいたが、網はびくともしない。

 羽化したヘイロスに勝利するほどなのだ、たかがオリハルコンを身に着けた程度で、今のウルティオに抗えるはずもなかった。

 やがてストゥーディウムを縛る網の内側から、無数の魔力の針がせり出してくる。

 アイアンメイデンを名乗るからには、それだけの理由があるのだ。

 ただ身動きを取れなくするだけではなく、捕えた対象を刺し貫き、確実にダメージを与えていく。

 さらに岬は、空中でもがくストゥーディウムに対し、剣を振るう。

 バヂィッ!

 魔力網と魔力剣がぶつかり合い、火花が散り、敵は網ごと吹き飛ばされた。

 ウルティオは吹き飛ばされた方向へと先回りすると、次は剣を振り下ろし、地面へと叩き落とす。

 しかし地面にぶつかるより前に進行方向へ先回りし、切り上げて再び上空へ。

 縦横無尽、天地無用、ウルティオの連続攻撃は吉成が動かなくなってからも続く。


「シヴァージー・トゥーハンデット!」


 ウルティオが両手を重ねると、一対の手甲剣は1つの巨大な剣へと姿を変える。

 そして、最後は打ち上げられたストゥーディウムに向けてその剣を振り下ろし――網ごと、その機体を両断した。

 真っ二つにされ、地面に落ちていく仲間を見ながら、鞍瀬は声を震わせた。


「おかしい、こんなのおかしいよ。あんたその声、白詰だよね? どうして、オリハルコンの力があるのに、私たちは強いはずなのにっ! どうして、白詰なんかにぃっ!」


 そう言って、スペイスは背中を見せて撤退を開始する。

 無論、岬に逃がすつもりはない。

 せっかくの復讐のチャンス、本人がオリハルコンに汚染されているのは残念だけど、それでもきっちり殺さなければならない。

 一人として逃すつもりはない。

 ウルティオは右手に黒き銃――ブリューナクを生成する。

 そして胸部コアをむき出しにし、それを剥ぎ取って、ブリューナクに弾丸として込めた。


「メルクリウス――行け」


 引き金にかけた指に力を込める。

 チリッ。

 発射音は微か。

 銃口から莫大なエネルギーを秘めたコアが放たれ、スペイスの背中を追った。

 当たれば死ぬ、そう覚悟して必死で逃げていた鞍瀬だったが、意外にもコアはスペイスの横を通り過ぎていった。

 外したのだ。

 そう思って安心していると、鞍瀬の視界の向こうでコアが爆ぜる。

 キィィィィィィィィ――

 耳鳴りにも似た音が響く。

 弾けたエネルギーは白い球形の光となり、空を覆い尽くしていった。


「……あれ?」


 あれだけ遠くで爆ぜたのだ、まさか自分が巻き込まれることはないだろう――と思い込んでいた鞍瀬は、唖然とした。

 気づけば、光はスペイスの目の前にまで迫っていたのだ。


「――熱っ」


 鞍瀬は間の抜けた声をあげる。

 やがて視界は全て光に包まれ、機体の前半分を焼かれながら、衝撃波に吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

 なぜ直接当てなかったのかと言えば、岬曰く「死体が消滅したらもったいないし」とのこと。

 結果、彼女の望みどおり、肉体を残したまま3人を殺すことに成功した。


「さて、とっ」


 筋肉痛をさらに酷くしたような痛みが、岬の全身を苛んでいた。

 本当は3機とも倒したし、早く休みたい所だったが、そうも言っていられない。

 ウルティオはイリテュムの元へと移動する。


「百合、フランサス、大丈夫?」

「体が痛いけど、へーきだよ!」

「私も、なんとか大丈夫。でもエルレアが……」


 足が折れているのに大丈夫なわけないだろう、と岬は叫んでやりたい気分だったが、ぐっと抑えた。

 イリテュムが指差した先に、傷だらけのテネリタスが倒れていたからだ。

 探知スキルに反応はある、つまりまだ死んではいないということだ。

 微かな声も聞き逃さないために顔同士を近づけ、名前を呼ぶ。


「エルレア、聞こえる?」


 ……反応はない。

 しかし諦めずに、繰り返し呼びかける。


「エルレア、僕だよ。岬だよ。聞こえたら返事をしてっ」

「……ぃ」

「エルレアっ!」


 微かに聞こえた声。

 岬はさらに、ウルティオの耳をテネリタスの口に近づけた。


「ご、め……ぁ、たし……もぅ……」

「諦めちゃだめだ、まだどうとでもなる!」

「で、も……」


 薄らいでいく意識の中、エルレアはどうにか言葉を紡ぐ。

 これが最期になるかもしれない、と覚悟しているからこそ必死になって。


「スキルを使って、僕に傷を移せばいい。そうしたらエルレアは助かる!」

「そ、したら……み、さ…き、が……」

「僕は捕食でどうとでもなる! 傷だって治るんだ! ほら、あそこに3機も餌が居る、だから何も心配することはない。って言うかさ、エルレアが死んだら僕、死ぬほど後悔するから。死んだほうがマシだってぐらい後悔して、エルレアのこと恨み続けるから。それでいいの?」

「ょく……ぁ、ぃ」

「だったら早く!」


 エルレアの命の灯火が少しずつ薄れていくのを、岬は肌で感じ取っていた。

 もう長くはない、一秒ですら惜しい。

 岬の情熱に負けたエルレアは、ついにスキルを発動する決意を固める。


「スキ…ル、ブ……ト……天使の(リバー)……微笑み(サル)


 小さく掠れた声で、スキルの発動が宣言される。

 テネリタスとウルティオの体が光に包まれると、傷の移植が始まった。

 光が傷口に集まり、じわじわと修復していく。

 一方でウルティオにも、テネリタスの傷と全く同じ部分に光が集まり、逆に傷口を開いていった。

 エルレアの痛みが収まっていく。

 対象的に、岬の脳には麻酔もなしに開腹手術でもされているような、吐き気がするほどの痛みが襲いかかっていた。


「う、あ……ひっぐううゥゥゥゥゥゥううッ!」


 目の前に剣があり、切られると脳が理解した上で傷を負ったわけじゃない。

 いつ、どのタイミングで腹が開かれるのかわからない、そんな状況で与えられた痛みは、前者に比べて遥かに強烈だった。

 立ち上がることも出来ず、無傷となったテネリタスに覆いかぶさったまま、苦しみ悶えるウルティオ。


「あ、あぁ……ミサキ、ごめんなさい、私が不甲斐ないばかりに……」


 傷を移植したからといって、失われた生命力までは戻らない。

 岬の身を案じるエルレアの声には、力が篭っていなかった。


「いい……僕が、やりたい……うっく、ぅぅ……こと、だか、らっ! っぁぁあああああああっ!」


 咆哮をあげながら立ち上がると、両手をぶらんとさせながら荒い呼吸を繰り返す。

 実を言えば、捕食して傷が治るかどうかは未知数なのだ。

 エルレアを納得するために、その場で考えた方便にすぎない。

 確かに、捕食してHPが増えればその分だけ障壁は回復する。

 しかし、捕食とは魂を食らい、そこから力だけを吸い上げるという行為。

 肉体そのものを取り込んでいるわけではない。

 だからこそ、オリハルコンで汚染された個体を捕食しても汚染されなかったわけだが、HPが増える理屈は理解出来ても、それが肉体の修復に繋がるとは思えなかった。

 まあ何にせよ、どうせ捕食はするつもりだったのだから、やってみるしかない。


「スキル発動(ブート)ォ……はああぁぁ……暴食(グラトニィ)ッ!」


 意識を集中させ、対象を限定する。

 食らうのはもちろん――鞍瀬、嶺崎、吉成の3人だ。

 それぞれ上下左右に分解されたグラディアートとストゥーディウムは、抵抗もなしに、空間に現れた捕食口に咀嚼されていく。

 しかし鞍瀬――スペイスは、表面は焼けただれていたものの、まだ辛うじて生存していた。


「あ、いた、い……や、あつ、いたい、ぐ、げぇっ……っ」


 もっとも、断末魔というには元気の無さ過ぎる悲鳴だったが。

 ガリッ、ゴリュッ、ガチッ、グチュ、ゴリッゴリッ……。

 すっかり静かになった戦場に、咀嚼音だけが響く。

 さて、3機のアニマを取り込んだ結果、エルレアから移植された傷は――


「あぁ……やっぱ……ぜんぜん、治って……な……」


 全く治っていなかった。

 ボフッ。

 岬は命のスキルによる疲労も相まって、その場で意識を失う。

 その寸前、治療のことも考えて、アニマを解除しておいた。

 これでなんとか、おそらく、生き残れるはず、である。


「ミサキ、そんなっ!?」

「岬ぃーっ! 誰かっ、誰か治療をぉっ!」


 エルレアは半ば錯乱しつつ、イリテュムは足を引きずりながら必死に助けを求めた。

 それからほどなくして救護が到着し、岬の体は、辛うじて無事だった城の医務室へと運ばれることとなった。

 右腕を失ったクリプトも救助され、彼が処置室に入るまでの間は、常にキシニアが付き添っていたのだという。




 ◇◇◇




 こうして、帝国は未曾有の危機を乗り越えることに成功した。

 しかし、これはまだ王国と帝国の戦いの序章に過ぎない。

 王国では数万のアニマ使いが生まれており、それら全てが帝国に攻め込んでくるのも時間の問題なのだから。


 だが、そんな物は岬にとってはさしたる問題ではない。

 国同士が争おうが、世界が滅びようが、物事の優先順位は揺るがない。

 彼女にとって重要なことは――自ら懐に入り込んでくれた6人の哀れな生贄たちを、どんな方法を使って、楽しく可笑しく殺すか。

 ただ、それだけである。


 岬は医務室で意識を取り戻すまでの間、夢の中で幾度となく6人を殺し尽くし――ベッドの上で、幸せそうに微笑んでいたのだという。






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