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72  理不尽な奇跡 - ZERO the second volume

 





「ユリッ!」


 エルレアが叫ぶ。

 そして倒れたまま動かないイリテュムに、複数設置された光球を避けながら駆け寄ろうとするも、思うように前に進むことが出来ない。

 さらに、テネリタスにターゲットを変えたスペイスがそれを許さなかった。


「次はあなた。名前も知らないあなた。でもオリハルコンの素晴らしさは知って欲しいな」


 スペイスの動きは技もへったくれもない。

 がむしゃらに繰り出される手足を、エルレアはスキュラーで作られた手足を伸縮させながらトリッキーに回避する。


「あっはは、気持ち悪い動きっ!」


 手足によって動くのではなく、手足に動かされているかのようなテネリタスの挙動に、鞍瀬が率直な感想を漏らす。

 しかしエルレアは全く気にしていなかった。

 むしろ醜悪であるほど、自分の本性がさらけ出せているようで気持ちよかった。

 それでも、こんな至近距離での回避を続けていても意味は無い。

 どうやら便利なことに、スペイス自身が発する熱も、融解弾ソールの熱波も、彼女自身には一切影響を及ぼさないらしい。

 つまり、一方的に熱で消耗していくのはエルレアの方だけだ。


「食らえっ、食らえっ、食らええぇっ!」


 一方的にやられてばかりでフラストレーションを溜めたフランサスが、スペイスの上から降ってくる。

 ガギイイィィ――!

 アーケディアの全体重をかけた渾身の一撃は、片手で止められてしまう。

 わかりきった結果だった、それでもやるしかない。

 テネリタスの右腕の触手が変形し、鋭利な剣となる。


「はああぁっ!」


 使い慣れない剣など、単なる付け焼き刃に過ぎない。

 スペイスはその剣を止めようと、もう一方の手を伸ばした。

 が、剣は手に触れる直前にしゅるりと解け通り過ぎると、体の前で今度は槍に形を変える。

 ギュオオオォッ!

 槍はスペイスの目の前で高速で捻れながら、その胸を刺し貫いた。


「器用で便利で羨ましいです」


 鞍瀬は微笑み混じりにそう言った。

 エルレアはドリルを模したつもりで攻撃を放ったが、効果はいまいち薄そうだ。

 上空から仕掛けたアーケディアは投げ飛ばされ、テネリタスは槍を掴み引き寄せられ、腹部にスペイスの膝がめり込む。

 ゴッ!

 鈍い音、鋭い衝撃。

 エルレアは軽い目眩を覚え、足元がふらつく。

 その顔面に、スペイスは拳を叩き込んだ。


「はぐっ……!」

「エルレアッ!」


 百合の声が響く。

 テネリタスは、スペイスのパワーをまともに受け、吹き飛ばされた。


「名前も知らないあなた、よそ見をしたら死ぬよ?」

「死ぬのはそっちだってば!」


 気をそらしたフランサスに、瞬時に近づくスペイス。

 ゴオォッ!

 アーケディアが繰り出された右拳にパニッシャーをぶつけると、衝撃波が周囲の炎を揺らした。

 続けて左拳、掴みかかってくる右手、また伸びてくる左手と、全ての攻撃にパニッシャーをぶつけながら応戦する。

 一見して拮抗しているように見える戦いだったが、しかしアーケディアの足元はじわじわと後退していた。

 パワーの差は如何ともしがたい。

 いくらスペイスの元のスペックがさほど高く無いとしても、オリハルコンにより何倍にも膨れ上がった出力に、生身のアニマで対応できるわけがないのだ。


 そして徐々に追い詰められていくエルレアとフランサスを――百合は、地面に倒れたまま見ていた。

 今はどうにかやりあっているが、そう長くは続かない。

 異様にタフなアーケディアはまだしも、テネリタスのHPはさほど高くない。

 すでに近づくだけでHPが減ってゆくスペイスと戦うには、限界と言ってもいい状態のはず。


 悔しかった。

 わかりきってはいたけれど、何も出来ない自分が。

 ウルティオとの力の差は以前から明らかだった。

 けれど今では、岬どころかエルレアやフランサス――いや、その他大勢にだって届いていない。

 そんな彼らが苦戦するオリハルコンを用いたアニマを相手にするなんてもってのほか。

 無謀としか言いようがなった。

 それでも、何か役に立てるのでは無いかと思い、戦場に立ったが――この有様だ。

 HPは尽き、足は折れ、今や立ち上がることすら出来ない。


「私は……こんなことをするために……っ」


 岬は、こんな百合を見ても怒らないし、以前と変わらず愛してくれるだろう。

 それが余計に惨めだった。

 おそらく、岬は百合に戦力としての役割を期待したわけじゃない。

 純粋に一緒に居たいと思ったからこそ、彼女を旅に同行させた、ただそれだけだ。

 旅の途中も何度も求めてくれた、その度に自分の中の欲求が満たされていくのを感じた。

 最初は依存だけだった。

 もはや彼女には岬しか残されていなかったから、すがるように彼女を頼った。

 だけど今は、純粋に――胸を張って、愛していると言える。

 だからこそ、役に立ちたい。

 望まれる以上の自分でありたい、そうじゃなければ、岬にふさわしい自分とは言えない。


「う、ぐううぅぅぅ……ッ!」


 辛うじて生き残っている建物を支えにしながら、イリテュムは立ち上がった。

 左足に上手く力が入らない、浮かせるとゆらゆらと揺れると同時に、疼くような強烈な痛みが走る。

 人間で言う所の、骨折の状態なんだろう。


「ふうううぅぅ……うぅぅ……っ」


 うめき声を上げていなければ、痛みに耐えることも出来なかった。

 歩くこともままならない状態で、一体何をしようというのか。

 自分に問いかけても、答えは出ない。

 ただ、”何かしなければ”という強い意思だけがそこにはあった。


 ダガーミサイルは届かず、ミセリコルデやスカードブレードは足の使えない今、接近戦闘など不可能なので役に立たない。

 一番有効的なのは、おそらくヴァニタスだ。

 けれど、アーケディアがどうにかスペイスの攻撃を凌いでいる今、分身で割り込むのはフランサスの邪魔になるような気がしてならなかった。


「まだ、他に……っぐ、何か……ある、はず!」


 役立たずだ。

 けれど役立たずなりに、ちょっとでも戦況を有利にできる何かが、きっとどこかにあるはず。

 そう信じて、思考を巡らせる百合。

 しかし――そう簡単に見つかるわけもない。


「まだまだ、行けるんだからぁっ!」


 自らの言葉で自らを発奮するフランサスだったが、その限界は近づいている。

 エルレアは時折、テンタクルス・レイでアーケディアを援護していたが、近づこうとしないということは、もうHPが残されていないのだろう。

 今、八方塞がりのこの状況をどうにかできるのは――


「私だけ、なのに……!」


 何かがあるはずなのだ、どこかに、この魂のどこかに。

 見つからなくても探さなければならない。

 無かったとしたら作らなければならない。

 渇望する。

 強く、強く、今より強い自分を、もっと岬の役に立てる自分を。


 だが――そんな物は、彼女のどこにも存在しない。


 いや、そもそも彼女には、最初から強さなんてものは存在しなかった。

 全てが虚飾だったからだ。

 広瀬団十郎という優秀な幼馴染、桂偉月というさらに優秀な友人、そこに付属する自分。

 立ち位置に相応しい自分になるために、百合は色んな嘘で自分を塗り固めてきたのだ。

 本当は人付き合いだって苦手で、手先も不器用で、勉強も嫌いで、どうしようもない自分だったはずなのに、見栄を張るためだけに、”勝ち組”に残るためだけに、自分を偽ってきた。

 だから、百合のスキルは独り歩きする嘘(アフェクテーション)なのだ。

 あのスキルの存在こそが、彼女の本性を如実に現している。


 ――私が欲しかったものは、何だったんだろう。


 自分を偽り続けた百合は、気づけば本当の自分を見失っていた。

 それを思い出させてくれたのは、他でもない、岬だ。

 甘えて、溺れて、依存して。

 望まぬ努力なんて必要ない、しなだれかかるだけの、甘い甘い泥沼。

 それが、本当は弱い百合が、一番欲しかったもの。

 なのにいつの間にか、岬を好きになりすぎたあまりに、また同じ過ちを繰り返していた。

 自分を変える必要なんて無かったのに。


「ああ、そっか、私……」


 叫んで、熱血して、大逆転、なんて柄じゃない。

 無理に強くなろうとしなくていい。

 出来ないものは最初から出来ない。

 百合が圧倒的な脅威の前で出来ることなんて、せいぜい今まで通り虚勢を張って、嘘をつくことだけ。

 力不足だと思うのなら、変えるべきは自分自身ではなく、自分が纏っている嘘だったのだ。


「無理……しなくて、いいんだ」


 道筋は、ありのままの自分を受け入れれば、自然と見えてくる。

 手をのばすのは、今まで歩んできたルートの延長線上。


「私は、私らしく……嘘を、つこう」


 掴むのは、似て非なる何か。

 魂に浮かび上がるその言葉を、百合は無意識のうちに発していた。


「スキル発動(ブート)……独り歩きする虚(アフェクテーション)


 言葉は変わらない。

 姿も変わらない。

 しかし嘘はさらに色濃く、真実から離れてゆく。


 スキル発動が宣言されると、いつもと変わらぬイリテュムの分身が作り出され、いつもと変わらず敵に近づいてゆく。

 鞍瀬は気にも留めなかった。

 あんな分身程度、どうせ熱で溶かされて勝手に消えていくからだ。


「あれ、消えてない?」


 だが、今回は違った。

 私は太陽になれない(バーンアウト)の熱波の範囲内に入っても分身に変化はなく、まっすぐにスペイスへと近づいていく。


「何かが変わったの……? あっははははは! 今さら何をしたって、オリハルコンの素晴らしさに敵うわけもないのに!」


 アーケディアと打ち合う手を止め、分身を破壊しに向かうスペイス。


「逃げるなぁっ!」


 フランサスは憤るが、鞍瀬は一瞥すらしなかった。

 繰り出した熱を帯びた拳は分身の胸に命中し、貫通し――それでも虚像は、平然とそこに佇んでいた。

 いや、そもそも当たってすらいないのではないか。

 何かに触れた感触は、全く無かった。

 と言うより、新たに生み出された分身には、実体が無かった。


「なんだ、ただのこけおどし――」


 ガンッ!

 しかしながら、背中を見せたスペイスを、分身はミセリコルデで容赦なく切り裂いた。


「……え?」


 大した威力は無い。

 だがその一撃は、鞍瀬を驚愕させるには十分過ぎる物だった。

 確かにさっきは触ることができなかった。

 だが分身の攻撃は、なぜか当たっている。

 短剣だけ実体があるのかもしれない、と素早い動きでミセリコルデに手を伸ばすも、やはりすり抜ける。

 そして分身は再び短剣を振り上げ、スペイスの胴体を切り裂いた。

 ザシュッ!

 先程よりも深く命中する短剣。


「相手からは触れるのに、私からは触れない……?」


 そう、百合が得た新たなスキルは、まさしく存在そのものが嘘でインチキ。

 本体が健在である限り消えない、一方的に攻撃を仕掛ける分身体を生成するというものだった。

 イリテュムの性能は、やはり他の四将やエルレアに比べればあまり強くはない。

 その本体のコピーなのだ、分身とてさほど強烈な武装を持っているわけでは無いのだが、相手からの攻撃を一切受け付け無いとなると、話は別だ。

 そしてもう1つ、新たな分身の特筆すべき特性として――


「ヴァニタス」


 ドオォオオンッ!

 百合がそう呟くと、分身は盛大に、周囲を巻き込んで自爆する。

 ――それでも、分身は一切のダメージを受けていない。

 ヴァニタスという武装の特性上、分身が健在だからといってすぐさま連発できるものではないのだが、それでも自爆しておきながら炎の中を平然と歩く敵の存在は、あまりに厄介極まりない。


「っ……でも、本体さえ倒せば!」


 イリテュムはすでに瀕死の状態、直接触れずとも、近くにソールを打ち込むだけでもトドメを刺せるだろう。

 ぐっと脚部に力を込め、一気に跳躍しようとするスペイス。


「いつまでわたしに背中を向けてるの?」


 だが、その背後にはアーケディアがすでに接近していた。

 ガゴンッ!

 無防備な背中にパニッシャーが炸裂する。


「あぐっ!」


 スペイスは前のめりになって転げそうになったものの、なんとか体勢を立て直す。

 しかし次の瞬間、眼前にはテネリタスが迫っていた。

 両腕の触手を束ね異形の斧へと変形させたそれを、スペイスの腹に叩きつける。

 バギィッ!


「ぐ、ぐぅっ」


 腹部への強い衝撃に、機体はふわりと浮き上がった。

 さらに放物線を描くスペイスの落下点にイリテュムの分身が近づくと、くるりと回転し、スカートブレードで切り裂く。

 ズザザザザザザッ!

 地に足の着かない状態で怒涛の攻めを受けたスペイスは、着地に失敗し地面に倒れ込んだ。

 そこを見逃さないフランサスではない。

 すかさず接近し、敵を叩き潰さんとパニッシャーを振り下ろす。


「ひっ」


 怯えたような声をあげながら、転がって寸前で回避。

 すぐさま起き上がり一安心、かと思いきや。

 ここが攻め時だと確信したエルレアは、まだまだ攻撃の手を緩めない。

 今度はスキュラーをフレイル状に変形させての殴打。

 スペイスが浮き上がった所をアーケディアがさらに高くに打ち上げる。

 そこに、分身によって打ち込まれる多量のダガーミサイルと、テネリタスのテンタクルス・レイ。

 落ちてきた所をパニッシャーで叩き、再びテネリタスが、三度イリテュムの分身が。

 間髪入れず連続で襲い来る3機の連携攻撃に、もはやスペイスは為す術もなく翻弄されるしかない。


「お、オリっ……ハル、コンの……ぎぃっ、ちか……ら……が……!」

「いくらオリハルコンによって性能が引き上げられていようと、あなた方のHPは多く見積もっても10万もありません。つまり、これだけ続けざまに叩けばッ!」

「これで、おしまいだぁっ!」


 テネリタスとアーケディアがスペイスを挟み撃ちにする。

 一方は触手で作られた鈍器を、もう一方は鈍く光るパニッシャーを。

 ほぼ同時に、腹と背中に叩きつけた。

 ドグシャァッ!

 今までとは違う、何かが潰れたような音。

 全身に纏ったオリハルコンが損傷した証拠だった。


「ユリっ、トドメを!」

「さあ、殺しちゃえ!」

「頑張れ、私の嘘……!」


 イリテュムの分身がスカートブレードの端をつまむと、その内側から無数の短剣がバラバラと落ちてくる。

 それらの短剣は意志を持つように満身創痍のスペイスに殺到した。

 ドドドドドッ!

 短剣の形をした追尾型小型爆弾は。敵機に触れるたびに爆発する。

 一つ一つは小さな爆炎だが、それが無数に集まることによって――スペイスは、大きな炎に包まれ、オリハルコンの破片をぶちまけながら宙を舞った。

 そして――地面に叩きつけられたスペイスは、ぴたりと動きを止める。

 まだ鞍瀬に息はあったが、外部からの強い衝撃で意識を失ってしまったのだろう。


「勝った……の……?」


 ヘイロスという化物を見てきたからか、相手が動かなくなっても安心はできなかった。

 だが、周囲に設置されていた融解弾ソールが消え、スペイス自身が放っていた熱も無くなったことが確認出来ると、ようやく実感が湧いてくる。


「はい、どうやら私たちの勝ちのようですね」

「ふっふっふーん、帝国……じゃなくてわたしたちの強さ、思い知ったか!」


 アーケディアが腕を天に突き上げ、勝利に酔いしれる。

 その姿を見て、百合は自分の体からふっと力が抜けるのを感じていた。




 ◇◇◇




「なぜだっ、なぜっ、なぜっ、どうしてっ!」


 一方、グラディアートとアヴァリティア(キシニア)イーラ(クリプト)の戦いも佳境に差し掛かっていた。

 途中までは防戦一方だった2人だったが、気づけば戦況は逆転している。

 がむしゃらにモラルタとベガルタを振り回すグラディアート。

 だが、その太刀は2人にかすりもしない。


「アニマの性能は、俺の方が圧倒的に上のはずなのに!」


 グラディアートは瞬時にアヴァリティアの背後に潜り込み、斬りかかる。

 だがキシニアは最初からその動きを読んでいたようで、まるで背中に目でもついているように、軽く回避してみせた。

 さっきからずっとこの調子だ。

 いつからか、グラディアートの攻撃は一切2人に当たらなくなった。

 そしてやがて、一方的にダメージを受けるようになり、今では敗北の二文字が近づいていることすら感じる。


「オリハルコンの力はこんなに素晴らしいのにっ! 違うッ、違う違う何かの間違いだ! 俺がただのアニマに負けることなんて、ありえないはずなんだッ! だってオリハルコンだぞ!? 俺はオリハルコンなんだぞ!?」


 もはや余裕が無くなりすぎて、発する言葉すら支離滅裂である。

 キシニアとクリプトはそれを聞いて、ほぼ同時に「はっ」と失笑した。


「オリハルコンだか何だか知らないけどさァ、あんたは剣に関してはズブのシロートだ」

「素人なわけがない、俺は訓練だって受けてきたんだ!」

「ならばそれが原因だな、少年」


 グラディアートの剣を軽くいなしながら、クリプトが言った。


「半端に訓練など受けるから、読みやすい太刀筋になるのだ。今のお前より、がむしゃらに剣を振り回す素人の方がよほどやりにくいな」

「く――馬鹿にするなァッ!」

「馬鹿になんてしてないんだけどねェ。あーあー、感情的になるからそうやって振りが単調になる」


 素早く繰り出される連続攻撃を、アヴァリティアはダンスでも踊るように軽やかに回避した。

 再び背後を取られようとも、側面や頭上からの奇襲ですらも、読まれて全くあたらない。


「こんなことがっ、あってたまるかよぉっ!」

「少し落ち着け、()が丸見えだぞ」


 間合いに呼吸、剣先の辿る軌跡、微かな体の動き。

 それら全てが、キシニアとクリプトに嶺崎の次の行動を教えていた。

 だから彼の攻撃は当たらないし、2人の攻撃は的確にグラディアートに命中する。

 キシニアはベガルタによる斬撃をギリギリで回避すると、次の瞬間に一歩踏み込み、パラシュラーマでその手首を狙い打つ。

 ガンッ!

 強い衝撃に耐えきれず、その手からモラルタが弾き飛ばされ、離れた場所に突き刺さった。


「ほぉら、見たことか」

「オリハルコンの力が、こんなことで――」

「逆だな、異物の力に頼るからそういうことになる」


 クリプトはそう言いながら、側方からグラディアートに近づく。

 大剣を残ったベガルタで受け止めようと防御の構えを見せる嶺崎だったが、イーラの大剣(フロス)は、途中でその軌道を変化させた。

 そして先程のキシニア同様に、手首を狙い剣を叩き落とす。


「剣士が丸腰だなんて、哀れだねェ」

「あ……あ……」

「結局、力で埋められる差では無かったな、少年よ」

「ああぁ……くそおぉぉっ……!」


 獲物を失い、呻くことしか出来ない嶺崎に、イーラがゆっくりと近づく。


「キシニア、いいのか?」

「キシシシ、今回は譲ってやるよ。あたしにはあんたみたいに決め技ってやつが無いからねェ」

「ならば遠慮せずに頂こう」


 フロスの柄を両手でしっかりと握りしめ、グラディアートから少し離れた場所で足を止める。

 切っ先をグラディアートに向け、軽く息を吐くと――もはや身動きすら出来ない敵に向かって、一直線に突き進んだ。


「アペルティオー・フローリスッ!」


 すれ違いざまに剣を振るうイーラ。

 繰り出された斬撃は、命中する瞬間に花が開くように4つに分裂する。

 ザシュウッ!

 それらは全て敵を深く切り刻み、グラディアートはその場で膝をつく。


「オリハル、コンが……なぜ……」


 最後まで汚染者らしい台詞を吐きながら、彼はうつ伏せに倒れた。

 剣を構えたまま、余韻を噛みしめるクリプト。

 彼はキシニアほどの戦闘狂では無かったが、強敵との戦いを楽しむ程度には武人である。


「お見事」


 半ばふざけながら、賞賛の拍手を送るキシニア。

 ただし、アニマで拍手をしても、無骨な金属同士のぶつかる音しかしないのだが。


「ふん、まだまだ若造に負けるわけにはいかんな」

「おっさんっぽい発言だねェ。ちなみに、どれぐらい|障壁値(HP)は残ってるんだい?」

「490だ」

「よっしゃ、あたしは530!」


 言いながら、アヴァリティアはガッツポーズをした。

 微々たる差で勝ち誇るキシニアに、呆れ返るクリプト。


「些細な差だ、興味はないな」

「とか言いながら、実は悔しかったりしてねェ」

「ぐ……」


 図星だった。

 常々キシニアだけには負けたくないと思っていたクリプトにとっては、屈辱的な結果である。


「ま、でもさ。こいつらも想像してたほどの強さじゃなかったよねェ。あたし、絶対に誰かが死ぬと思ってたよ。特にクリプトとか」

「俺もキシニアが死ぬと思っていたぞ。やはり元のアニマのスペックが重要なのだろう」

「あのヘイロスってやつがよっぽどだったってことか。アニマ使いってだけで将来が約束されたようなもんだってのに、得体の知れない物に飲まれちまうだなんて、もったいないったらありゃしない」


 オリハルコンは、アニマの能力を数倍にまで引き上げる。

 つまり、元の力の差がさらなる差となって顕著に現れるのだ。

 ヘイロスは、素の状態でも才能に満ち溢れた素晴らしいアニマだった。

 それと比べれば、スペイスも、グラディアートも、ストゥーディウムも、まだ常識的な範囲内の能力しか持たない。

 とは言え、あらかじめそのアニマの特性を理解していなければ、善戦することすら難しかっただろう。


「大体さァ、皇帝が帝都のゾウブをそんままにしといてくれれば、こんなことにはならなかったんじゃないのかねェ」

「その時は外での戦闘になっただけだ。まあ、町は今ほど被害は受けなかったかもしれんがな」


 クリプトは倒れたグラディアートを眺めながら言った。

 その時、帝都の一角が急に騒がしくなる。

 キシニアが音のする方を見ると、そこには地面に倒れる緑色のアニマと、手を上げながら勝利を喜ぶ亡命者たちの姿があった。


「お、あっちも終わったみたいだ」

「ストゥーディウムか。数の暴力には勝てなかったようだな」

「スペイスにも勝てたみたいだし、これで一件落着だねェ」


 あちらの部隊には突出した能力を持つアニマは居なかったが、その分だけかなりの数を割いてある。

 見る限り、犠牲者は多数だが、奇跡的に亡命してきた5名は生き残っているらしい。


「こちらもトドメを刺して終わりにしよう」

「生かして尋問とかしないのかい?」

「話が通じる相手とは思えんな。それに、ヘイロスのように羽化されたらたまったものではないからな」


 そう言いながらグラディアートに近づくイーラ。

 しかし、彼は途中で足を止めた。

 視界に、見慣れぬアニマが映り込んだからだ。


「あれは誰だ?」


 どこからともなく現れ、東区の方へと駆けてゆく正体不明のアニマ。

 その姿に、キシニアは心当たりがあった。


「ああ、亡命してきた連中の最後の1人。確か……ムツヒラだったかな、あいつのアニマ”ファッツ”だよ」

「ムツヒラ? 確か精神的に不安定な状態で、住民と共に避難していたはずではなかったか?」

「だねェ、今さら何のために出てきたんだか」




 ◇◇◇




「くーちゃんっ、くーちゃあんっ!」


 そんな声を聞いて、百合、エルレア、フランサスは一斉に声の主の方を向いた。

 百合だけは、その正体を声から見抜いたようだ。


「……六平さん?」

「ムツヒラというと、一緒に召喚された方ですよね」

「うん、あと鞍瀬さんの親友でもあるんだけど……」


 ファッツは倒れたまま動かないスペイスへと駆け寄ると、その体を抱き上げた。


「感動の別れってやつ? 嫌な予感するから早く殺したいんだけどー」

「こ、殺さないでっ! くーちゃんは悪くないの!」

「うえ、めんどくさ……ユリに任せるね」


 六平はフランサスの苦手なタイプだった。

 相手をするのも面倒になったのか、露骨に顔を逸らす。


「くーちゃん、私だよ。奏だよ?」

「お……はる……こ……」

「良かった、私がわかるんだね?」


 明らかにオリハルコンのことしか考えていないのだが、六平の脳は都合よくその声を自分の名前を呼んだのだと解釈したらしい。


「私にはくーちゃんしか居ないの、くーちゃんが居なくなったら、こんな世界で生きていけないよぉ……!」

「すば、らし……」

「くーちゃんも同じ気持ちなんだね? 私に……私に何か、出来ることがあれば……」


 呆れ気味で、そのやり取りを見ていた百合とエルレアだったが、さすがに我慢の限界だった。

 まだ鞍瀬は死んでいないのだ、トドメを刺すまでは安心できない。


「六平さん、もう手遅れだよ。例え生き残ったとしても、鞍瀬さんは元に戻らない」

「戻らなくたっていいの、生きててくれれば!」

「じき、生きているとも呼べない状態になりますよ」

「それでもいい!」


 全く話が通じない。

 百合は大きくため息をついた。

 元からあまり好きなタイプの女子では無かったけれど、まさかここまでとは、と。


「ユリ、実力行使に出るしかなさそうです」

「そうだね、まあ大した武装は無かったはずだし。任せても良い?」

「もちろんです」


 イリテュムは、テネリタスの肩を借りてどうにか立つことが出来ている。

 こんな状態で戦闘など出来るわけもなく、エルレアに任せるしかないのだった。


「……!」


 そんな2人のやり取りを聞いて、警戒心を露わにする六平。

 ファッツは拳銃のような形をシた小型のソーサリーガンを握ると、イリテュムとテネリタスに向けた。


「やらせない……私が、くーちゃんを守るんだから……!」

「六平さん、いい加減にしてよ。私たちは命をかけて戦ってるの、そんなわがままを聞いてる余裕は無いんだって」

「わがままはあなたたちじゃないっ! 人が、人が死のうとしてるんだよ!? そんなの見過ごせないのは当然だよ!」


 突然の正論による理論武装。

 もはや言葉での解決は不可能だと判断し、テネリタスはテンタクルス・レイを放つ準備を始めた。

 六平とて、自分のアニマが貧弱なことぐらい知っている。

 今回の戦いに参加させてもらえなかったのも、もちろん精神的に不安定だったとか、鞍瀬の存在だとか、そういう理由もあったのだろうが、一番の原因はファッツが弱かったからだ。

 武装も少なく、スキルも無い。

 その歯がゆさが、六平にさらに意地を張らせていた。


 そんな時、彼女の目にとある文字が映り込む。

 見慣れない言葉、今まで表示されなかったそれは――ファッツに秘められた、スキルだった。


 発動条件1、周囲にHP0の味方アニマが存在すること。

 発動条件2、自分自身のHPMPが最大値の状態であること。


 普通に戦闘に参加していれば、絶対に満たし得ない条件。

 今まで一度も表示されず、六平がその存在に気づかなかったのも仕方のないことだった。

 今だって、彼女自身が鞍瀬のことを自分の味方だと認識している、という歪んだ状況だからこそ条件を満たすことが出来たのだ。


「そっか、これでくーちゃんを助ければ……」


 六平は迷わなかった。

 このスキルさえあれば、”くーちゃん”を救うことが出来る。

 もはや彼女の頭には、それしか残っていなかった。

 他人の命など、今の彼女にとって塵以下の存在でしかない。


「くーちゃん、すぐに助けるからね! スキル発動(ブート)無責任な自己犠牲(サクリファイス)!」


 宣言と同時に、ファッツから全ての魔力が解き放たれる。

 六平の視界に映るHPとMPの値は瞬時にして0になり、エネルギーは光の粒子となって帝都に散らばった。

 まるで雪のように空から降り注ぐ光の粒。

 それらは地面に積もることはなく、特定のアニマにゆっくりと集っていく。


「ファッツにはスキルなんて無かったはずじゃ!?」

「光が……スペイスを包み込んでいます」


 そして機体を覆った光は、ひび割れたオリハルコンを埋め合わせるように傷口に入り込み、治癒(・・)していく。

 その恩恵を受けたのはスペイスだけではない。

 グラディアートも、ストゥーディウムも、同様に光に包み込まれていた。


 無責任な自己犠牲(サクリファイス)

 その効果は、HPMPを全て消費し、周囲の味方アニマを全回復させること。


 沢山の人が死んだ。

 生存者も傷だらけだ、もう戦える状態じゃない。

 そこまでして、多大な犠牲を払い、ようやく倒すことができた3機のアニマは、今――無傷の状態で、再び立ち上がろうとしていた。


「嘘……だ」


 夢だと思いたかった。

 しかし、立ち上がったスペイス、そこから聞こえてきた鞍瀬の声を聞いて、嫌でも現実だということを認識させられる。


「ありがとう、むーちゃん。負けたと思ったのにまた立ち上がれるなんて、やっぱりオリハルコンは素晴らしい物質だね」

「よかったぁ、くーちゃんが無事で。くーちゃんが居なかったら、私、私……!」

「うん、うん、オリハルコンが無いと悲しいもんね、わかるよむーちゃん。でもね、今は戦わないといけないから、少し離れた場所で待っててね。すぐにオリハルコンを教えてあげるから」

「わかった!」


 理解を脳が拒むような会話を聞かされ、百合は目眩がするような気分だった。

 肩を貸すエルレアも同様に、悪夢としか言いようのない状況に、言葉を失ってしまう。


「みんな頑張ったのに、こんな、こんな理不尽なことって――!」


 百合が絶望している間にも、3機のアニマは動き出す。

 それぞれ相性の悪い相手と戦っていたことに気づいたのか、スペイスは亡命者たちの方へ、グラディアートは百合たちの方へ、そしてストゥーディウムはクリプトとキシニアの方へと飛び立った。


 クリプトは確信する。

 これは負け戦だ、と。


 しかし、百合の目から戦意は消えていなかった。

 どんなに理不尽が相手でも、岬と再び会うまでは死ねない。

 例え相手が誰であっても、すでに死にかけた体であっても、諦めるわけにはいかない。

 嘘に嘘を重ね、何があっても生き残ってみせる。


 そして、万が一にも勝ち目など無い、絶望の2ラウンド目が幕を開けたのであった。






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