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70  決戦前夜 - MINUS1

 





 帝都に到着してから、ほとんどの時間を百合は与えられた部屋で過ごしていた。

 クリプトは難民の処遇に戦闘の準備にと忙殺されており、ほとんど話せていない。

 一方で、フランサスは暇そうにしながら、常に百合たちと一緒に居るのだから不思議なものだ。


「本当に、こんな場所でだらだらしてていいのかな……」


 一向に戻らない岬を想うたびに、焦る気持ちは強くなる。

 オリハルコンを装着したアニマが3機こちらに向かっているという情報がある以上、身勝手に帝都を出ることは出来ない。

 その時は間違いなく迫っている。

 しかし、今があまりに平和すぎるのだ、不安になってしまうのも仕方がないことだった。


「考えたって仕方ありません、今はクリプトさんに時間が出来るのを待ちましょう」

「うん……」


 エルレアがそう諭すが、百合の反応は芳しくない。

 そんな時だった。

 ノックもせずに何者かが扉を開く。

 向こうから姿を現したのは――


「キッシシシ、元気にしてるみたいだね」


 国境地帯に行っていたはずの、キシニアだった。

 フランサスはがばっとベッドから起き上がると、「キニシアっ!」と彼女の名前を呼びながら胸に飛び込む。

 勢い良く突進してきた幼い少女の体を、どうにかよろめきながら受け止めた。


「おっとと……本当に元気だな。そんなに体力がありあまってるのかい?」

「もう暇で暇で仕方なかった、ユリとエルレアが居なかったら暇で死んでたかも!」

「そりゃあ災難だったねェ。でもこれから忙しくなるだろうね、王国の連中、とんでもないことやらかしやがったから」

「何があったんですか?」


 百合の問いかけに、キニシアは楽しそうに答えた。


「まだクリプトから聞いてないんだね。オリネス王国の王都が陥落したってさ、それもたった3機のアニマによって」

「それって……」


 3機のアニマ、それは間違いなく鞍瀬(くらせ)嶺崎(みねざき)吉成(よしなり)の3人だろう。

 帝都よりも先に、落とすのが容易いオリネス王国の方を狙った。

 しかも、すでに他国に攻め入っていると言うことは、王国民にオリハルコンの粉末を配る任務は完遂したと考えた方がいい。

 状況は、着々と悪化していた。


「次は帝都だろうねェ。一旦休息を挟むにしても、今日の夜か明日の朝にでも攻め込んでくるはずさ。我ながら絶妙なタイミングで帰ってきたもんだ」


 確かに帝都の防衛も重要だ。

 しかし、それ以上に百合が気になっていたのは――オリネス王国がラビーの故郷だということだ。


「ユリ、彼に伝えたほうがいいのでは?」


 エルレアの言葉に頷いた百合は、「ちょっと通ります」とキシニアの脇を通って隣の部屋へ向かう。

 首をかしげるキシニアだったが、しばらくして部屋を飛び出してきたラビーの言葉を聞いてすぐに状況を把握した。


「キニシアさん! オリティアが……オリティアが陥ちたって本当ですか!?」

「ああ、オリネス王国の降伏も時間の問題だろうねェ」

「じゃあクロッシェルは!?」

「クロッシェルって、北東の町だったか。今の所はオリティア以外の被害は聞いてないけど、なんでそんな町の心配を?」

「故郷なんですっ、父と母がそこに住んでいて」

「へぇ、あんたオリネス王国の出身だったのかい。ま、例のアニマ3機の侵入が確認されたのはほんの数時間前って話だし、オリティアを陥とすだけで精一杯だったはずだよ」

「はあぁ……良かったぁ……」


 安心しせいで体から力が抜け、床に崩れ落ちるラビー。

 過去には両親との不仲を匂わせていたが、何だかんだで心配しているらしい。

 百合はそんな彼の姿を見て、つくづく思う。

 戦争とか人殺しとか、本当は向いてないんだろうな、と。

 キシニアはそんなラビーを見て、一瞬だけ、本当に珍しく優しい笑みを浮かべると、百合の方を向いて話を続ける。


「あたしもヘイロス・ブラスとの戦闘には参加してる。あんな化物が3機来たんじゃ、いくら帝都と言えど守りきれるかは微妙な所さ」

「強いやつが来るんだし、実はキニシア嬉しいんじゃないの?」

「まあそれもあるさね、キシシシ。とは言え、四将として帝都や国民は守らないとねェ」


 やけに優等生な返しをするキシニアに、フランサスは首を傾げた。


「んー、今日のキシニア、なんかしおらしくない? 何かあったのー?」


 図星だったのか、キシニアは視線を反らし、影のある笑みを浮かべた。


「あたしの部隊は無法地帯(ローレス)って言うぐらいだ、一筋縄ではいかない連中が集まってる。だからある程度は理解してたつもりだったんだけどねェ」

「また何かやっちゃったんだ」

「前線に戻ったら、シーラがボロボロにされてた。王国から流れてきた薬やら何やらを使われたらしくてね、まともに喋れない状態だよ」


 シーラはキシニアの側近で、彼女が不在の間は前線での指揮を任されていた女性だ。

 気弱で温和な性格をしているが、仕事は出来るので、キニシアは大層かわいがっていた。

 部隊での人気も高く、軽いセクハラは日常茶飯事ではあったのだが――


「あー……シーラのこと、キニシア気に入ってたもんね。もちろん、やった連中はもう殺したんだよね?」

「当然だろう? 関わった男ら全員殺して、死体は獣に食わせてきたさ!」


 キシニアは鳥肌が立つほどに殺気をむき出しにしながら、怒りを露わにした。

 その怒りは、自分にも向けられている。

 まさか連中がシーラに手を出すわけはあるまいと、高をくくっていたからだ。


「もしかして、帝都に戻ってきたのはシーラの治療のためだったりして?」

「はぁ……それもあるし、今の部隊の状況じゃ前線に居たって迷惑をかけるだけだからねェ。亡命した連中の護衛ついでに、戻ってきたってわけさ」

「という事は、王国から亡命された方々はすでに帝都に到着しているのですか?」


 エルレアの問いに、キシニアは首を縦に振った。


「そういやユリの知り合いなんだっけ?」

「はい、同じ学校の生徒です」

「じゃあ、再会は作戦会議でってことになるのかねェ。クリプトが呼んでたよ、戦いの前に話さなければならないことがあるって」




 ◇◇◇




 百合、エルレア、フランサス、キシニアの4人は会議室へと向かう。

 ラビーは「気持ちを落ち着けたい」と言って自室に残った、故郷の町ではないとはいえ、自分の生まれ育った国が攻撃されたという事実がショックだったのだろう。

 亡命してきた6名と百合はさほど親しくは無かったが、会議室が近づくに連れて徐々に緊張が高まる。

 彼らはおそらく百合が帝国に亡命していることは知らない。

 果たしてどのようなリアクションをされるのか、それが気になって仕方なかった。


「じゃ、開けるよ」


 キニシアが扉を開くと――中に居たクリプトと6名の視線が扉の方に集中する。

 そして百合の姿を見た瞬間、彼らはざわついた。


「赤羽……どうしてここに!?」


 最初に驚きの声を上げたのは、リーダー各である男子、木暮だった。


「白詰に殺されたんじゃなかったんだ……」


 続いて咲崎が呟く。

 どうやら王都カプトで岬を追っていた時点で殺されたという事になっていたらしい。

 いや、なっていたと言うか、説の1つだったのだろう。

 脱走したという明確な証拠がある岬とは違い、百合はいつの間にか居なくなっていたのだから。


「久しぶり、みんな。王国じゃ色々大変だったらしいね」

「ああ、オリハルコンのことは赤羽も知ってるのか?」

「うん、偉月とも直接やりあったしね」

「よく生き残ったな」

「うん、まあ、とある人に助けられちゃってね」


 彼らの様子を見る限り、百合が岬と行動を共にしていたことは知らないようだ。

 だからあえて、百合は言葉を濁した。


「木暮くんたちも汚染されてないみたいで良かった」

「おかげさまでね」


 会話は、あまり弾まない。

 積もる話があるような相手でもないので仕方のないことではあるのだが。


「再会を喜ぶのもほどほどにしよう、あまり時間がない」


 クリプトに促され、部屋に入った4人は適当な椅子に腰掛けた。


「さて、ここに呼び出された理由は察しがついていると思うが……オリネス王国の王都オリティアが陥落した。それもたった3機のアニマによってな」

「鞍瀬さん、嶺崎くん、吉成くんのアニマですね」


 姶良が緊張した面持ちで3人の名前をあげた。


「それだ、その3人のアニマの特徴を聞いておきたいのだ。オリハルコンを纏っているとは言え、能力までが変わるわけではないのだろう?」


 あらかじめ対処法を知っておけば、例え相手が圧倒的な性能を誇るアニマだったとしても勝てるかもしれない。

 クリプトはそれに一縷の望みを賭けていた。


「どうか、知っている限りの事を話して欲しい。それが君たちの生死にも関わってくる」


 彼はいつもよりも優しい口調で6人に語りかける。

 そこで最初に口を開いたのは、意外にも喋るのがあまり得意ではない梅野だった。


「く、鞍瀬のアニマは、スペイスって言うんだ。熱を利用する武装を持ってて、スキルもそんなの……だった、よね? 長穂くん」

「うん……梅野くんの、言う通りだったはず。スキルも……全身が熱を持つ、とか……そういうのじゃなかったかな」

「なるほど、スペイスというアニマ相手に接近戦を仕掛けるのは好ましくないようだな。他には?」


 続いて木暮と咲崎が語る。


「嶺崎のアニマはグラディアートと言います。2本の剣を持った近接戦闘型のアニマです」

「でも、確か遠距離武装を逸らすスキルがあるんだよね。だから結局、嶺崎の得意な間合いで戦うしか無かった気がする」

「遠距離武装が使い物にならない、ねェ。キッシシシ、あたしらの出番な気がするねェ」

「そうだな、俺とキシニアあたりで対処すべきだろう」


 名前があがらなかったせいか、フランサスは不機嫌そうに口をとがらせた。

 もっとも、クリプトには見えないので仕方ないのだが。

 そんな彼女を見て、キシニアは苦笑いをしながらその頭をぽんぽんと軽く撫でる。


「最後の1人はヨシナリだったか。そいつのアニマにはどういった特徴がある?」


 促されて、姶良が話を始める。

 六平はうつむいたまま、一切喋ろうとはしなかった。

 親友である鞍瀬(くーちゃん)が汚染されてしまった、そのショックからまだ立ち直れていないらしい。


「吉成くんのアニマは、ストゥーディウムって言います。遠距離で、相手を足止めするような武装が多いんです。持っているスキルも、自分の周囲のアニマの動きを鈍くするようなものでした」

「苦手とする近接戦闘を、スキルでカバーしているというわけか。合理的な能力を持つアニマが多いな、さすが召喚者と言った所か」


 全てのアニマの特徴を聞き終えたクリプトは、顎に手を当て考える。

 相手は3機、それらを同時に相手にするのは愚の骨頂だ。

 出来るだけ連携を断ち切り、それぞれ相手にしたい。

 ならば、誰と誰をぶつけるか、それが問題だ。

 帝国側の戦力は、帝都に元から常駐しているアニムスとアニマ使い、そして会議室に集まった10名のアニマ使い。

 あの様子では皇帝の援護は期待できそうに無いし、ビオラも協力するとは思えない。

 亡命してきた彼らの戦力は未知数だが、こちらの連携を考えるのなら6人セットで運用するのが無難だ。


「とりあえず、グラディアートってアニマはあたしとクリプトで相手するとしてさ、残り2機をどうするか、だねェ」

「スペイスの武装は、攻撃が広範囲に及ぶ……だから、あまり多い数で相手すべきでは無いと思います」


 長穂の言葉を信じるのなら、スペイスの相手は自ずと決まってくる。


「ならば、アカバネ、エルレアと、そこに居るであろうフランサスの3名に相手してもらうことになるな」


 名前を上げられた百合とエルレアは、その目に強い意志を宿してはっきりと頷いた。

 フランサスもようやく名前が出てきて機嫌が良くなったらしく、「にっひひ」と笑顔を浮かべている。


「そしてストゥーディウムは、亡命してすぐで申し訳ないが君らに相手してもらうことになる。仲間と戦うことになるが、出来るか?」


 クリプトの言葉を――六平を除く5名が承諾した。

 六平の精神状態は見るからに正常ではない。

 彼女の顔を見た時からクリプトはそれに気づいていたし、最初から戦力としてカウントはしていなかった。


「何も君たちだけに戦わせるわけではない、あくまでメインで戦うのは帝国軍の兵たちだ」

「それでも、生き残るためには戦わないといけないんですよね。俺たちだってやりますよ」

「ふっ、そうか」


 木暮の言葉に、クリプトは思わず笑顔を浮かべた。

 そもそもこの5名も戦力としてさほど当てにはしていなかったのだが、どうしてなかなか、肝が据わっているようではないか。

 これなら厳しい言葉で発破をかけても問題はないだろう。

 ならば言おう。

 あえてここまで使ってこなかった、普段のクリプトらしい言い回しで。


「オリネス王国も敵の手に陥ち、状況は圧倒的に不利だ。だが負けるわけには行かない。帝国の栄光のために、そして我々自身が生き残るために、各自が死力を尽くせ。その先に必ず勝利があるはずだ!」

「はいっ!」


 5名からの力強い返事に、再び満足げに笑みを浮かべるクリプト。

 そこまでの覚悟があるのなら、後方支援と言わずに直接ストゥーディウムとぶつけても良いかもしれない。

 クリプトはそんなことを考えていた。


 それからほどなくして会議は終わり、その場は解散となった。

 クリプトは亡命者たちと共にすぐさま会議室を出ると、彼らを部屋に案内し、その後別の話し合いへと向かうらしい。

 キニシアも「あいつばっかに任せておくのもねェ」と彼についていくようだ。


 残された百合、エルレア、フランサスの3名は、与えられた部屋へと戻った。

 城内は心なしか昨日よりも慌ただしく、兵たちの顔つきも険しい。

 戦いが近づいているという感覚を、百合たちは肌で感じていた。






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