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67  私たちは交わらない - MINUS4

 





 昨晩、夜遅くに王都カプトにたどり着いたソレイユは、真っ先に城へと向かった。

 モンスで岬に敗北し、恩人たちを全員殺されてからと言うのもの、彼女の頭には血が上りっぱなしだ。

 立ち直り、王都へと歩きだすまでに時間を使ってしまったが、今は後先のことなど考えず、ひたすらに突き進むだけ。

 それは今日の彼女とて例外ではなく、許可も取らずに勝手に城に侵入した結果――もちろん、捕らえられてしまった。


 というわけで、ソレイユは現在、王都カプトにある収容所に居た。

 牢の中は、じめじめとしている上に床が固く、非常に過ごしにくい。

 だが、彼女にとってそんなことはどうでもいいことだった。

 一刻も早くここから出て、どうにかして軍に合流しなければならない。

 そうしなければ帝国には行けない、シロツメミサキを殺せない。

 ソレイユの脳内はそれだけを考え続けている。


 そんな彼女の前に、1人の女性が姿を現す。

 眼鏡をかけた、長髪の――あまり背は高くない、ローブを纏った女性。

 プラナスだった。

 彼女はソレイユの姿を見ると大きくため息をつく。

 まさか探していた人物が、いきなり城に侵入しようとして捕まり、挙げ句の果てには牢に入れられているとは、想像もしていなかったからだ。


「……誰だ?」


 ソレイユは突然現れたプラナスを睨みつける。

 ソレイユは岬を強く恨んでいるのだと言う。

 プラナスは、岬と繋がっている事がバレてはならないと、言葉を選びながら慎重に返した。


「王国魔法師のプラナスと言います」

「王国魔法師……ちょうどよかった、あたしをここから出してくれ! そして軍に入れろ!」


 こちらの話も聞かずに一方的に主張するソレイユを見て、プラナスはさらにため息を重ねる。


「お断りします」

「どうしてだ!? 軍は戦力に困っているんだろう? アニマ使いが1人でも欲しいはずだ!」

「別に戦力には困っていないからですよ。とりあえず牢から出しますね、お願いだから大人しくしておいてください」


 プラナスはあらかじめ手に入れておいた鍵を使い、ソレイユを解放した。

 王国魔法師の地位があれば、これぐらい簡単なことなのだ。

 それに、仮に地位が無かったとしても、プラナスほどの魔法の使い手なら容易く鍵は盗むし、鍵など無くても牢を開けてしまうだろう。

 未だ目の前で自分を助け出した女の目的が解せないソレイユは、プラナスを睨みつけている。


「とりあえず……騎士団の宿舎にでも行きましょうか、諸々の説明はそこでします」

「あたしは付いていくとは言ってないんだけど?」

「だったらもう一度牢屋に押し込んでもいいんですよ」

「王国魔法師だか何だか知らないけど、アニマ使いに生身で勝てるとでも――」


 プラナスはどこかで聞いたことのある台詞に頭を抱えながら、右の人差し指を向ける。


「何だソレ」

「ペイン」


 そして、落ち着いた様子で魔法を発動した。

 ただ痛みを与える、それだけの効果。

 しかし随一の魔法の使い手であるプラナスにかかれば、痛みは耐え難いものとなる。


「いたっ……あ、あれ? あ、ぐ、がああああっァァァああっ!」


 頭を抑えながら倒れ込み、悶絶するソレイユ。

 10秒ほどその様子を観察した所で、そろそろ身の程をわきまえてくれただろう、と魔法を解除した。

 痛みが消えたあとも、彼女はしばらく床に倒れ込んだまま、荒い呼吸を繰り返し呆然としていた。


「これでわかったでしょう? それでは宿舎に行きましょう」


 背中を向けて収容所を出て行くプラナス。

 ソレイユは「くそっ」と悪態をつくと、這いずるように立ち上がり、その背中を追った。




 ◇◇◇




「はいどうぞ」


 宿舎の空き部屋に案内されたソレイユは、不貞腐(ふてくさ)れながらも、差し出されたお茶を口に含んだ。

 エリート集団である騎士団の宿舎だけあって、使われているお茶っ葉はそうとう良い物らしい。

 ソレイユは、飲んだことの無いような上品な香りに面食らった。

 しかしすぐに慣れ、意外と美味しかったのか、ぐびぐびとカップの中身を飲み干す。

 そして、おかわりと言わんばかりに、空の容器を突きつけてきた。

 プラナスは図太い神経に頬を引きつらせながら、おかわりを注ぐ。


「はぁ……今からお話するのは、王都の現状です。聞けば私がアニマ使いを保護したがる理由がわかるでしょう。ひとまずお茶でも飲みながら、気持ちを落ち着かせて聞いてください」

「わかった」


 そう言いながら、ソレイユは皿の上に乗せられた菓子に手を伸ばし、口に運んだ。


「現在、王都――いや、王国ではオリハルコンという謎の物質による”汚染”が進んでいます」

「汚染?」

「オリハルコンは、一見してただの鉱石にしか見えません。しかしそれを体内に摂取したり、体外に身に着けてしまうと、精神に異常をきたしてしまうのです。それを私たちは汚染と呼んでいます」


 ソレイユはよくわかっていない様子だ。

 まあ、いきなりオリハルコンだなんて聞き覚えのない名前や汚染だなんてワードを並べられても、理解できないのも仕方がない。


「すでに王を含めて王国の上層部はほとんど汚染されており、とにかく危機的な状況なんです」

「王まで……って、一大事じゃないか!」

「だから危機的状況と言っているでしょう。もはや、城にまともな人間は数えるほどしか残っていません。これで私があなたを連れてきた理由はわかったはずです」

「つまり、味方が欲しかったってことか」


 プラナスはこくりと首を縦に振る。


「わかったけどさ、あたしにはオリハルコンとかわけの分からない騒動に首を突っ込む義理は無い。あたしが望むのは復讐だ、モンスの町を滅茶苦茶にしたあいつを殺せればそれでいい!」

「おや、モンスの町の生き残りなのですね」


 プラナスは白々しく、手を叩きながら言った。

 岬の仕業であることはとっくに知っていたが、それをソレイユから言わせることが重要だったのだ。


「もしや、あなたの復讐相手とはミサキ・シロツメではないですか?」

「っ!? どうして、なんであんたがそれを知ってるんだ!?」


 よし、食いついてきた――プラナスは内心でガッツポーズをした。

 自然な形で岬の名前を出すことが出来た。

 これで、以降その名前を出しても、よっぽどうかつな言動を繰り返さない限りは、ソレイユはプラナスと岬の繋がりを疑ったりはしないだろう。


「王都から脱走したアニマ使いの1人だからです。王国も彼女を追っていました」

「だったら話は早い、あたしも追跡に参加させてもらおう!」

「それは無理です」

「どうして!?」

「すでに彼女は帝国に亡命したと考えられていますし、軍に入って彼女を追うにしても、オリハルコンの汚染は避けられません」

「あたしは別に汚染されたって構わない!」


 プラナスは「はっ」と鼻で笑った。

 汚染の恐ろしさを知らないからそんなことを言えるのだ。


「復讐心すら忘れてしまう可能性があっても、ですか?」

「なっ……そんなことが、あり得るのか?」


 ソレイユの言葉に、プラナスは神妙な表情で頷く。

 半分嘘だ、汚染されても強く岬を憎んでいるのなら、すぐさまそれが失われることはないだろう。

 万が一、羽化でもしない限りは。

 それでも、優先順位は復讐心よりオリハルコンの方が上になってしまう可能性はあるが。


「じゃあどうしたらいい? どうやったらあたしはミサキに復讐できる?」

「実は、この宿舎にも彼女に復讐したがっている人物がいます」

「何だって!?」

「私はその人物と組んで、王国とは別の方法で帝国に攻撃を仕掛けようとしているのです」

「個人で、帝国に攻撃を、ってことか? そんなことが可能なのか?」

「ええ、力さえ手に入れば。あなたにはその力を手に入れる手助けをして頂きたいのです。まずはその人物を呼んできます、少し待っていてください」


 プラナスは席を立ち、部屋を後にした。

 1人残されたソレイユは、そわそわと周囲を見回したり、忙しなくお茶や菓子を口に運び、どこか落ち着かない様子だ。

 しかし、プラナスの言葉を疑っている様子は一切無い。

 すっかり彼女の事を信じ込んでいるようだ。


 それからしばらくして、プラナスが水木を連れて戻ってきた。

 水木は相変わらず気だるそうに部屋に入ると、品定めするようにソレイユを眺める。


「あれが白詰に恨みを持ってるって言う、アニマ使いの女か」


 ソレイユは水木の不快な視線に眉をひそめた。

 彼はそんな表情の変化に気づいたらしく、印象を変えようと口元をほころばせながらソレイユに近づいた。


「俺の名前はセンイチロウ・ミズキ、よろしくな」

「あたしはソレイユ・ヘリアンサスだ」


 ソレイユが躊躇い気味に手を差し出すと、水木は半ば強引にその手を握った。

 一見して警戒しているようだが、ボディタッチは嫌いではない――水木は一瞬でソレイユの思考を読み取る。

 そして同時に確信した。

 女としては悪くない、白詰の復讐っていう目的も一致してる、落とすのも楽そうだし、割と上玉かもな――と。


 その後、プラナスは水木と共に、ソレイユに対して岬の現状や、エリュシオンについての説明をした。

 ソレイユの水木に対する態度も少しずつ軟化していき、話を終える頃には笑顔もすら見せるようになっていた。


「俺が面倒見るってことでいいんだな?」

「ソレイユさんが構わなければ、ですが」

「私はいいよ、センイチロウも悪い人ではなさそうだからな」


 笑いながら言うソレイユを見て、プラナスは百合の言葉を思い出していた。

 ”良い人ですよ”。

 確かに良い人なんだろう、だからこそ騙されやすくもある。

 あの水木を”悪い人ではない”などと、仮に初対面だったとしても、よく言えたものだ。

 本性を知った時どんな反応を見せるのか。

 いや、水木の場合、うまい具合に彼女の前でだけは本性を隠すのだろうが。

 楽しそうに会話をしながら宿舎の廊下を歩く2人を見て、プラナスは今日2度目のため息をついた。


「まあ、私の思い通りに動いてくれるのなら、何だって良いのですが」




 ◇◇◇




 ソレイユと水木と別れたプラナスは、アイヴィの部屋へと向かう。

 しかし、部屋には鍵がかかっていた。

 ノックをしても返事は無い、どうやら不在のようだ。

 水木で害した気分をアイヴィで浄化したかったのだが、居ないのなら仕方ない。


 一旦城にある部屋に戻ろうと踵を返すと、廊下の向こうから近づいてくるアイヴィの姿が見えた。

 とっさに声をかけようとしたが、隣にレイナが居ることに気づき、プラナスは足を止める。

 そして2人の様子に違和感を覚えた彼女は、気づかれる前にアイヴィの部屋より奥の物陰に身を潜めた。

 自分でもどうしてそんなことをしたのかはわからない、レイナがアイヴィに話しかける光景など何度も見てきたはずなのに。

 直感という他なかった。

 アイヴィの部屋でオリハルコンの粉末を見つけた一件が、今もまだ糸を引いているのだろうか。

 何も不安になることはない、とプラナス自身が結論づけたはずだったのだが。


「団長が元気みたいで安心しました。やっぱりオリハルコンのおかげですか? そうですよね、召喚された人たちがほとんどみんな居なくなって、また宿舎も静かになってしまいましたけど、オリハルコンは素晴らしい物質だから平気だったんですよね」

「そうだな、何の問題もないよ」


 プラナスが聞いたのは、いつも通りの頭のネジが飛んだかのような支離滅裂な会話。

 あれでもレイナは会話が成立しているつもりなのだから恐ろしい。

 それに平然と対処するアイヴィも大したものだ、少し前までは怯えたような表情を見せていたはずなのだが、慣れてきたのだろうか。


「オリハルコンが素晴らしい物質で本当に良かった。団長もやっとそれをわかってくれたんですね」

「ああ、オリハルコンは素晴らしい物質だからな」

「はい、オリハルコンほど素晴らしい物質は他にありません。おかげで私も力を手に入れる事が出来まし。団長も以前よりもっと強くなるんですね、オリハルコンの力で」

「ああ、オリハルコンは素晴らしい物質だからな」


 そう、きっとそうだ、とプラナスは自分に言い聞かせる。

 アイヴィはレイナの会話に合わせているだけなのだ。

 慣れた結果、そういう受け流し方を習得した、そういうことにしていこう、と。


「団長、早くあの方にもオリハルコンは素晴らしい物質だということを伝えないといけませんね」

「そうだな、プラナスもきっとわかってくれるはずだ、オリハルコンは素晴らしい物質だと」

「……あ、もう部屋の前に来ちゃったんだ。もっとオリハルコンの素晴らしさについて話したかったんですが仕方ありませんね、私は戻ります。団長、またお話しましょうねっ」


 部屋の前で2人は別れ、アイヴィだけが部屋に入っていく。

 そしてレイナが廊下の向こうで曲がり、視界から消えると、プラナスは全身から力を抜いて、床にへたりこんだ。

 じっとりと、背中が汗で濡れている。


「気のせい、気のせい、気のせい、全部、私が考えすぎているだけ……」


 ここ最近で、何度自分に気のせいだと言い聞かせてきただろう。

 だが、自己解決を試みようにも、現実がそれを許してくれない。

 不安を取り除くには、やはりアイヴィの笑顔を見るしか無いのだ。

 プラナスは立ち上がり、アイヴィの部屋の扉の前に立った。

 ドアノブに伸ばす手が震えている。

 それでも覚悟を決めて、手に力を込めようとすると――


「あああああぁぁぁぁぁぁああああッ!」


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!

 叫び声と共に、複数回の、何かを殴る音が聞こえてきた。

 プラナスはびくっと体を跳ねさせる。

 何事かと思ってドアをまじまじと見ていると、再び似たような音が聞こえてきた。


「私は、私はあぁぁっ! オリハルコンは、素晴らしいぶっ……し……ち、違うっ、違うっ、違うッ、違う……のにィッ!」


 ガンッ、ガンッ!

 音は何度も何度も響いてくる。

 声の主はアイヴィだ。

 彼女は部屋の中で、額や拳を、繰り返し壁や机に叩きつけていたのだ。

 青あざができようが、血が滲もうが関係無い。

 ただひたすらに、何度も、何度も、痛みが自分の正気を取り戻してくれると信じて。


「プラナスをっ、守るのは、私だッ! 私なんだよおぉおおおおっ! なのに、何をしてるんだ、何を言っているんだ私は――くそっ、くそおおぉおおおおっ!!」


 声を、音を聞いて、プラナスの瞳からは自然と涙が溢れていた。

 認めるのが怖かった。

 失えば、全てが終わりだと思った。

 だから今まで見てみぬふりをしてきたのに――

 ”やっぱり”、”案の定”。

 事実に直面して、プラナスの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。


 わかっていたのだ。

 アイヴィの部屋で粉末を見てから、プラナスは彼女の行動を今まで以上に注視するようになった。

 たった1日だったけれど、明らかに彼女が”何かに耐える素振り”を見せることがあった。

 何かを言いかけて、わざとらしく誤魔化すこともあった。

 それがオリハルコンによる汚染の影響であることは、明らかだったのに。

 普通の人間なら汚染には抗えない。

 それでも彼女が、プラナスのことを考えている間だけは正気を保っていられるのは、強靭な精神力と、プラナスに向ける強い想いがあるからこそ。

 しかしそれも、もはや限界を迎えようとしていた。

 アイヴィが完全にオリハルコンに飲み込まれるまで、あと何日の猶予があるだろうか。


「は、はは……ほんの数日程度じゃ、旅には行けませんよ……アイヴィの、嘘つき」


 ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、震える声で呟く。

 そして、再び床に崩れ落ちた。

 顔を両手で覆っても、涙は抑えきれない。

 幾多の雫が、指と指の間から手の甲を伝ってゆく。


「プラナスはっ、プラナスはぁっ、私が、絶対にいぃッ! うっ、うわああああぁぁぁぁあああッ!」


 その間にも、部屋の中からは、アイヴィの絞り出すような嘆きと、痛々しい音が響いていた。






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