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54  新たな旅立ち

 





 僕たちは一旦アニマを解除すると、結晶化したヘイロス・ブラスの周囲に集まり、淡く光を放つそれを眺めていた。


「不思議なもんだな、なんでこんな石みたいになっちまうんだろうね」

「中で生きてるのかなー?」


 近づいて触れようとするフラン。

 僕は慌てて彼女に近づき、その手を掴んで忠告する。


「触らない方がいいよ」

「え、なんで? ただの石じゃないの?」

「うっかり体の中に入ったら、頭の中がオリハルコンのことでいっぱいになるらしいから」

「うえー、なにそれ。やっぱ不気味だよこれぇ」


 顔をしかめると、フランは結晶から離れてくれた。

 さて、前回は有無を言わさず破壊したけど、今回はどうしたものか。

 光ってるってことは、まだ死んでないってことな気もするけど、かと言ってこの状態からヘイロス・ブラスが復活するとも思えない。

 とは言えオリハルコンって謎が多いし、念のため壊しておいた方がいいのかな――


 そんなことを考えていると、遠くからドスン、ドスンと何者かが歩み寄ってくる音が聞こえた。

 音の方を振り返ると、そこには数体のアニムスを引き連れる、濃青のアニマの姿が。

 腰には大きな剣が刺さっており、レスレクティオとは獲物は違うものの、こちらも正統派の騎士と言った容貌だ。


「クリプト、お前なんでこんなとこにいるんだよ!」


 そして目の前にまでやって来た青いアニマに、キシニアは露骨に悪態をついた。

 フランも同じく頬を膨らましている。

 クリプトってことは――こいつが四将の1人なのか。


「なんで、だと? 貴様が勝手に前線を離れて単独行動を取るから俺が追う羽目になったのだぞ!?」

「あぁん? よく言うよ、そりゃあんたがうちのフランを(たぶら)かして王国に追いやったからなんだけどねェ」

「戦力を有効活用しただけだ」

「苦しい言い訳だねえ」


 一触即発の雰囲気。

 ふと百合とエルレア、ラビーの方を見ると、彼女たちも困った顔をしていた。

 ……いや、エルレアは違うな。僕の方を見てニコニコしてるだけだし。

 ってことは、仲裁に入るなら僕しか居ないか。

 この状況で、四将なんて化物同士に喧嘩されても困るし。


「まあまあ、落ち着いてください2人とも」

「部外者は黙ってな!」

「部外者だからこそわかることもあるんですよ、キシニアさん。今はそれよりも優先すべきことがあるでしょう。あれをどうにかしましょうよ」

「あれって……ああ、そっか。どうにかしなきゃならないんだよねェ」

「ふん……ようやく獣畜生が落ち着いてくれたか、これで理性的な話ができそうだ」

「クリプトさん、でしたっけ? あなたもキニシアさんと同じぐらい大人げありませんよ」

「ぐっ、キシニアと同じぐらい、だと!?」


 比較されるのが相当屈辱的だったのか、青いアニマは拳を握って悔しがる。

 まあ、悔しいってことは多少は自覚もあったんだろうな。


「やーいやーい、クリプト怒られてやーんのー!」

「やーいやーい!」


 と、アニマを解除し生身に戻る彼を見て、煽るキシニアとフラン。

 フランは子供だし見えないだろうからともかくとして、キシニアはやっぱり大人気ないと思う。


「ふん、相変わらず憎たらしい奴だ。それで、貴様らは何者だ?」


 クリプトはこちらを睨みつけながら問うた。

 言うまでもなくごつい体に、堀りが深い顔つき、鋭く細い目に、太めの眉毛。

 そして短めに整えられた濃い茶色の髪。

 年齢は30代初めぐらいだろうか。

 見るからに体育会系な男性だ、凄まれるとそれなりに怖い。


「ミサキ・シロツメと言います。こちらは僕の仲間で、右からユリ・アカバネ、エルレア・フラウクロック、ラビー・ミジャーラ。フランサスの案内で王国からやって来ました」

「……ミサキ・シロツメだと?」

「ありゃ、その名前ってもしかして……」


 クリプトの眉間に皺が寄る。

 キシニアも反応を見せてるし、やっぱり四将の残りの1人って――


「ミコトがしょっちゅう自慢してる弟の名前な気がする」

「だな」


 ……自慢、してたんだ。

 ふいに聞かされた吉報に、胸が締め付けられる。

 てっきり嫌われてると思ってたのに。


「だが目の前に居るミサキ・シロツメは女だ」

「だよねェ、同姓同名の別人?」

「いえ、本人ですよ。この世界に召喚された時に、うっかりミスで性別が変わってしまったんです」

「うっかりミスでそんなことが……ああ、いや、あるのだろうな。魔法は専門外だが、特に召喚魔法とやらは俺の理解を超えていたからな」


 召喚魔法という言葉が出て来るあたり、どうもお姉ちゃんも同じ方法で連れてこられたらしい。

 あの魔法を使える魔法師は、プラナスだけじゃなかったってこと?

 けど、帝国に連れてこられたのが姉だけだとするなら、その規模はかなり小さい。

 プラナスの優秀さが際立つ結果となった。


「だがミコトの弟……いや、妹となれば、彼女に会わせないわけにもいくまい。それとも、王国から来た目的がそのためだったのか?」

「それは違います、僕がおね……姉の存在を知ったのは、ついさっきフランから聞かされた時ですから。僕が帝国へやって来た目的は、軍に入るためです」

「軍に、だと?」


 クリプトが細い目をさらに細めてこちらを睨みつけた。

 ひょっとすると、目つきが悪すぎてそう見えるだけなのかもしれないけど。


「キシシッ、いいじゃんいいじゃん。あたしとしてもこんな逸材を逃す手はない、すぐにでもあたしの部隊に入れてやんよ!」

「待て、王国からやってきた得体の知れないアニマ使いを軍に入れるのか?」

「信用できないって? 身内を騙して王国に追いやるようなやつよりはよっぽど信用できると思うけど、帝都にはミコトだって居るわけだし、裏切る心配も無いだろうさ」

「それとこれとは話が別だ!」

「いや、同じっしょ」


 ちょいちょい仲違いするせいで話がなかなか進まない。

 でも、どうやらキシニアは乗り気みたいだ。

 彼女の部隊の名前、確か通称無法地帯(ローレス)だったっけ。

 そこに入って戦果を上げれば、予定通り帝国軍で成り上がることもできるかもしれない。


「クリプトは相変わらずめんどくさいね、私を騙したのにごめんなさいの一言もないしさー」


 フランがつま先で地面をいじくりながらぼやく。

 そういえば、クリプトの視線は先ほどから彼女に向いていないような気がする。


「ま、見えてないから仕方ないんだけどね」

「同じ四将なのに見えていないのですか?」

「いざって時のために、攻撃はするなってキシニアに止められてるんだ」


 ただの犬猿の仲かと思えば、殺す算段まで立ててるだなんて。

 こりゃキシニアとクリプトの間にある溝は思ってる以上に深そうだ。

 しかし、今はとりあえず、クリプトの信用を得なければならない。

 軍の中で生きていくためには、キシニアやフランだけに気に入られるだけじゃだめだろうから。


「信じてもらえるかはわかりませんが、僕は王国に復讐するために帝国に来ました」

「ほう、復讐か」

「幼馴染を殺され、その罪を僕になすりつけた。そんな彼らを僕は許すことはできません。実際、王都からここに来るまでの間も、いくつもの町を潰してきましたから」

「直近ではモンスも壊滅させてきたんですよっ」


 百合が補足する。

 クリプトは顎に手を当てると、「あのモンスを……」と呟いた。

 まあ、フランの力あってこそ、なんだけどね。


「ま、いざとなりゃフランにぐさっとやってもらえばいいんだ、心配するこたぁないよ。それとも自分が蹴落とされるかもってビビってんのかい、クリプト坊っちゃん?」

「それは無いな、顔を見てわかる。力量の差は歴然としている」

「節穴だねェ」

「いちいち噛み付いてくるな、薄汚れた野良犬が。良かろう、今はひとまず信用してやる。で、信用ついでに聞かせてもらいたいのだが――そこにある結晶は何だ?」


 ようやく本題、と言った感じだろうか。

 クリプトは顎でオリハルコンの結晶を指し、説明を求める。

 信用を得るため、ここは情報を明かすしかない。


「オリハルコン、と言うそうです。最近王国が手に入れた物質で、魔力を増幅させる力を持ちます」

「結晶になる前に、オリハルコンを使ったアニマをやりあったんだけどさ、ありゃ化物だよ。あたし1人じゃ手も足も出なかった」

「アヴァリティアで手も足も出ないだと!?」


 キシニアの人格は認めないが、実力は認めているのか、クリプトは初めて感情を露わにして驚愕した。


「つまり、バシャンテが壊滅しているのも、地形が変わっているのも、そのオリハルコンとやらの力と考えていいのか?」

「素体が優秀なアニマだった、ということもありますが、9割はオリハルコンの力でしょうね」

「ふうむ、調べる必要があるな。レニー、輸送を呼んでもらえるか?」

「ういっす、お安い御用っすよ親方!」


 クリプトの背後に居た、トリコロールカラーの派手なアニマが返事をする。

 男の名前はレニーというらしい。

 派手な見た目通り、チャラそうな雰囲気だ。


「親方と呼ぶなと言っているだろうが!」


 クリプトは堅物だけど、これでなかなか苦労人らしい。

 部下はチャラいし、同僚はキシニアとフラン。

 なかなか手綱は握れないだろう、ちょっと同情するよ。


 さて、レニーは隣りにいたアニムスから銃のようなものを受け取ると、空に向けてそれを放った。

 信号弾みたいだ。

 放たれた弾丸は空高くで爆ぜ、青い光を放つ。


「あれ、なにやってるんだろ」


 百合が首をかしげる。

 僕にも、何かを呼んでいるということしかわからない。


「スキャンディー運輸を呼んでいるんでしょう」

「ラビーくん知ってるんだ」

「有名ですから。帝国全土を網羅する運輸網を持つ巨大な会社で、青い信号弾を撃つとどこからともなく社員の乗ったアニムスが現れて、人や物を運んでくれるんです」

「へー、便利だね。王国にもそういうのあったらいいのに」


 王国は、運輸と言えば馬車がメイン。

 アニムスはコストがかさむものの、スピードは馬車よりも遥かに早い上に、馬力もある。

 設備投資できる金さえあれば、こっちの方がよっぽど効率的だ。


「レグナトリクス王国の場合は利権が絡んでくるからな、そう簡単にはいかんのだよ」

「あの国は堅苦しい割には権力に弱いからね、無駄なしがらみが多すぎるのさ」


 クリプトとキシニアが僕の疑問に答えてくれた。

 確かに、カプトのスラムやモンスの格差だったり、権力者に優しい構造になっているのは肌で感じてきた。

 帝国にスキャンディー運輸が生まれたのは、この国が自由を重んじるからこそだろう。

 その代償として、どうも治安はあまり良くないらしいけど。


 信号弾に呼び出されたスキャンディー運輸のアニムスが現れたのは、それから5分ほど経ってからだった。

 全身真っピンクに染められたアニムスに、胸元にでかでかと刻まれたスキャンディー運輸のロゴ。

 ひと目で分かる、もはや確認する必要すらない。

 しかし目の前にやってくるなり、彼は大声で名乗りを上げた。


「毎度ありがとうございます、みなさまに愛されて30年、現在30周年記念キャンペーン実施中のスキャンディー運輸でございまーす!」


 それはもう、周囲に響き渡るほどの元気な声で。


「あの悪趣味な色さえなけりゃ、100点満点なんだけどねェ」

「社長の趣味だ、とやかく言ってやるな」

「少しユリのイリテュムに色合いが似てるような……」

「なに言ってるのよエルレア! 似てないから、絶対に!」


 各々が好き勝手に感想を言い合う中、ピンクのアニムスから男が降りてくる。

 アニムスの種類はアルジェント、それを運送用にカスタムしているらしく、背中の後ろには荷台ががっつりと装着されている。

 このアニムスが信号弾の見える範囲にびっしりと配置されているのだと考えると、恐ろしい規模の会社だ。


「おっと、クリプト様じゃあないですか、しかもこっちはキシニア様まで! こりゃあ棚ぼたで大型案件だ」

「例のごとく、請求は帝国の方に頼む。それと、出来るだけ情報が外に漏れないよう頼む」

「漏らしたらあっしの方が社長から殺されちまいますって」

「ふっ、それもそうだな。スキャンディーには俺も喧嘩は売りたくない」


 クリプトが苦笑いを浮かべる。


「さて、それでは早速、この結晶を帝都まで運んで欲しいのだが」

「ひゅー、こりゃ大物だ。ちと仲間を呼んでもいいですかい? 1人じゃ無理そうなんでね」

「仲間を呼ぶのなら、ついでに我々も帝都まで運んでくれないか?」

「お安い御用ですよ旦那」


 そう言って、スキャンディー運輸の男はアニムスに乗り込むと、腰にぶら下げてある信号弾を構える。

 空高く上がっていた弾丸の色は赤。

 どうやら、それを見た仲間たちが援軍に来るという仕組みらしい。


 さらにそれから10分ほどして。

 同じくピンク色のアニムスが2機も集合してきた。

 目のチカチカする蛍光色にめまいを覚えながらも、僕たちはアニムスの後ろに付いているカーゴに乗り込む。

 中はそれなりに広く、電車のように長い椅子が設置してあり、各々好きな位置に腰掛けた。

 無論、百合は僕の隣で、エレルアは僕の膝の上なわけだけど。

 そしてフランもまた百合とは逆の隣に座り――そして最後に乗り込もうとしたキシニアを、入り口に仁王立ちになったクリプトが止めた。


「なんだ、まさか喧嘩の続きでもやるつもりかい?」

「お前は戦場に帰るんだ、俺には見えないが、フランサスの無事は確認できたのだろう」

「また姑息な策で相棒が王国に追いやられたらと思うと不安でねェ」

「それは彼らに任せろ、フランサスも懐いているのだろう?」

「……まあ、そりゃそうだけど」

「それに、キシニアの部隊――ローレスどもを野放しにされると困るんだ、お前のところの従卒じゃ連中を統率はできまい」

「シーラじゃやっぱ無理かな」

「無理だな、俺が出た時にはすでに限界を超えていたぞ」


 キシニアは頭を抱えて悩んだ挙句――ため息を付いて、結論を出した。


「わーったよ、あたしは前線に戻る。なあミサキ、フランのこと見といてやって欲しいんだけど、頼めるかい?」

「出来る限りのことはやりますよ」

「それで十分さね。そういうわけでフラン、行ってくるよ」

「また生きてあおーね!」

「お互いにね」


 彼女は軽く手を上げると、カーゴの入り口から離れていった。

 窓から外を覗くと、少し離れた場所にキシニアが立っている。

 どうやら僕たちを見送ってくれるらしい。


 スキャンディー運輸のアニムスが動き出し、帝都へと進み始めると、少しずつキシニアの姿が離れていく。

 フランは彼女が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。






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