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5  『捕食』

 





 森を奥へと進むと、人の手が入っていないのか、木々の大きさがアニマのサイズを超えてくる。

 なぎ倒して進めた今までと違い、一歩一歩確実に進むしか無かった。

 ルゾールの背中を追って前に進んでいると、突然動きを止める。


「おっ、あれは結構でかいんじゃねえか?」


 ルゾールの視線の先には、狼のような形をした4足歩行の魔物が歩いていた。

 すでに4体の魔物を撃破し、僕はその死体をウルティオの腰にくくりつける形で運んでいる。

 それに加えてあの大きな魔物もとなると、持ち帰るのも大変そうだ。

 そもそも――今まで戦ってきた魔物とは様子が違うようだけど、本当にルゾールで勝てるんだろうか。

 しかし、完全に調子に乗っていた折鶴は躊躇わず魔物に向かっていった。


「オラオラオラオラァッ!」


 威勢よく頭部ソーサリーガンで牽制しつつ、腕部ソーサリーガンを何発も叩き込み距離を縮めていく。

 突然の奇襲に怯む狼型魔物。


「こっちも、喰らえッ!」


 腕部ソーサリーガンを打ちつつ徐々に距離を縮めたルゾールは、さらにソーサリーサーベルで切りつけた。

 ザシュッ!

 ソーサリーガンに比べてサーベルの方は威力が高い。

 まともに喰らえば今までの(・・・・)魔物ならひとたまりもなく沈んでいた。

 しかし――


「グオオオォォォォォオオオオッ!」


 狼型魔物は倒れるどころか、怒りを露わにしてルゾールに襲いかかる。

 ブオォンッ!

 魔物が軽く爪を振り払う。

 ルゾールは高い機動力を活かしてとっさに後退し、直撃は免れたものの、衝撃波だけで吹き飛ばされた。


「ぬおおぉぉっ!?」


 完全に舐めてかかっていた折鶴は、自分の体が宙を舞っていることに戸惑い、体勢を整えるのが遅れてしまう。

 魔物は地面を蹴ると、吹き飛ばされたルゾールに迫り、再び爪を振るった。

 ガギィッ!

 今度は回避できず、胴体にまともに命中してしまう。


「か、ひっ……」


 折鶴の口から、声にならぬ絶叫が漏れた。

 ドオォォンッ!

 爪はHPを削りきり障壁を貫通、ルゾールの胴体はくの字に曲がった状態で地面に叩きつけられる。

 狼型魔物は、砂埃を巻き上げながら地面に横たわるルゾールを一瞥(いちべつ)すると、「フンッ」と鼻を鳴らしてその場を去っていった。


 僕はそんなやり取りを、かがんで木に身を隠して眺めていた。

 心臓が痛いほどドクンドクンと脈を打っている。

 あれが、もし僕だったら……とっくに死んでいた。

 間抜けな折鶴の敗北を笑う余裕もない。

 最初の一撃も避けられず、HPを全て削られ、そして二度目の攻撃で胴体が真っ二つになってたはずだ。

 肌で感じる、実戦の空気。

 これは、訓練とは違う。

 命のやりとりだ、殺し合いだ。

 魔物であれなんだから、対人間ならもっと恐ろしい戦いになるはず。

 ルゾールは……折鶴は生きてるのか?

 立ち上がり、恐る恐る地面に横たわるルゾールへと近づいていく。


「……しろ、つめ……」


 か細い声が聴こえ。

 どうやら、辛うじて生きてるみたいだ。


「たす、けろ。動け……ねえんだ、よ」


 今なら……僕でも、こいつを殺せるかもしれない。

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。

 ウルティオの非力な拳でも、何度も何度も殴れば、HPを失ったルゾールぐらいは破壊できるはず。

 こいつを殺せば、殺せば……何か、変わるだろうか。

 いや、むしろ死体が出てくれば僕が疑われて、今までよりもいじめが激化するだけじゃないだろうか。

 完全に証拠を消せるならまだしも、そんなこと無能の僕には出来ない。


「おい、しろつめぇ……ッ! 手ェ、かせ、つってんだ……ろ。なん、の、価値も……ねーんだから……せめて、俺の命ぐらい、たすけ、ろ……よ」


 何の価値もない。

 僕は折鶴や水木先生、磯干や広瀬、生徒指導の教師、時には両親にもそう言われてきた。

 確かに彼らの言う通りだ。

 僕には何もない。

 異世界に来ても、元の世界でも、存在するだけでマイナスになるような人間だ。

 悔しいとも思わない。

 それが、当たり前だったから。


 けど――僕の目の前に”それ”表示された瞬間、全ては反転する。


「スキル『捕食』、発動可能……?」


 視界の右下あたりに、そんなメッセージが表示されていた。

 フォントはステータス表示の時と似ていて、気になった僕は改めてステータスを表示させる。




 ----------------------------------------


 名称  ウルティオ

 武装  なし

 スキル 捕食(プレデーション)

 能力  Lv.4

     HP   2300

     MP   2400

     出力  115

     機動性 120


 ----------------------------------------




 確かにそこには、捕食のスキルが追加されていた。

 さらにスキルに意識を集中させると、その説明が表示される。


「『範囲内にHPが0になったアニマが存在する時に発動可能。スキル対象を腹部捕食口から取り込むことで、兵装・技能・能力の一部を吸収する』」

「何、ぶつぶつ、言ってんだ、よ……!」


 折鶴の言葉も耳に入らなかった。

 先ほどとは違う理由で心臓が高鳴っている。

 初めての経験だった。

 興奮している、僕は自分自身の可能性を知ってひどく興奮している。

 このスキルが本当に存在するのなら――僕は、無価値でも無力でもない。

 捕食なんてできる? 本当に?

 腹部捕食口なんて、こののっぺりとしたウルティオには存在しない。

 スキルを使えば、生成されるんだろうか。

 まあいいや、考えるまでもないか。

 やればわかることだ。


「く、そ……人が、うごけな、いから、って……舐め、やがって……! あと、で、殺して、やるからな! そ、だ。ひ、ひひっ……彩花ちゃ、んを犯し、ながら……殺して、やる、よ。なあ、いやだったら……たすけ、ろ。はや……くぅ!」

「スキル発動(ブート)

「おい、無視……すんなよ、白、詰エェッ!」


 ルゾールが苛立たしげに僕に手をのばすけれど、指先すら届かない。

 折鶴の無様な姿を見てにやりと頬を引きつらせながら、スキルを発動させた。


捕食(プレデーション)


 冷たく言い放った瞬間、ウルティオの胴体に変化が生じる。

 グパァ……。

 胴体が縦に裂け、おぞましいほどに真紅の()が姿を現した。


「な――」


 折鶴が絶句する。


「なんだよ……なんなんだよ、それはッ!」


 自らの身体を両腕で庇いながら、声を震わす折鶴。

 捕食口には鋭い牙が不規則にならんでおり、赤い粘膜は”獲物はまだか”と催促するように不気味にうねった。


「あはあぁ……」


 胴体が開くという感じたことのない前人未到の快楽に、思わず声を漏らした。

 そして気付く。

 ああ、そうか、これは――はは、男じゃダメだ。

 だから、僕は女にされたのか。

 捕食とはつまり、そういうことだったのか――と。


「お前、まさか……」


 折鶴は僕がしようとしていることに勘付いてしまったみたいだ。

 逃げられても厄介だから、さっさと喰って(・・・)しまおう。

 僕は横たわるルゾールに覆いかぶさった。

 すると意識せずとも勝手に口が閉じ、牙が装甲に食い込み、咀嚼(そしゃく)を開始する。

 ガチャ、ガギッ、グ、ガガガッ――捕食口が開閉するたびに、折鶴の体(ルゾール)は変形していった。

 その痛みがダイレクトに折鶴自身に襲いかかる。


「や、やめろっ……が、ひっ……こんな、嘘だ、このまま食う……つもりなのか!? あ、ああぁぁぁ、がっアアァァァァァァッ! いや、いやだっ、やめて、やめてくれえええぇぇぇぇぇッ!」


 掠れた声で懇願する。

 最初の頃は僕も似たような声で折鶴に助けを求めていた記憶がある。


「僕がやめろって言った時、やめてくれたっけ?」

「謝るっ、謝るぅぅぅっ! い、いひゃっ、だから、もう、頼むよぉおぉっ、二度とやらねえからっ! 奪ったものも、金も、返す!」

「もう一声欲しいかな」


 命乞いする彼が面白くて、僕は口の動きを止めた。


「ど……土下座、するっ、全校生徒の前で、全部、懺悔しながら! あと、なんでも、欲しいものはなんでもやる! 何でもするからぁっ、だからあぁぁっ!」

「そっか、なんでもするんだ」


 全力の命乞いがあまりに滑稽で、僕はにこりと笑う。

 もちろんアニマに表情は出ないけど、彼も許してもらえると思ったのか「はぁ」と安堵の吐息を漏らした。

 そんな彼に向けて、僕は笑顔のままで一言。


「じゃあ死ねよ」


 バキィッ!

 破砕音と共に右肩を食いちぎり、丁寧に噛み砕いて飲み込む。

 あぁ……体に、力が湧いてくる。


「あ、あああぁぁぁぁああっ! 俺の、俺の腕がっ……!」


 茫然自失の折鶴。

 でも安心して欲しい、すぐに文字通り自失する(死ぬ)ことになるんだから。


 ガリッ、ゴリッ、グググ……バキッ。

 ルゾールの機体は次々と牙に噛み砕かれ、細切れにされて捕食口に飲み込まれていく。

 折鶴の声は、オルティオがルゾールの右足を食いちぎった時、「あ……ぁ……」と小さく断末魔の叫びをあげたきり、聞こえなくなった。

 体ももう動かない、息絶えたんだろう。

 つまり、僕は人を殺したんだ。

 罪悪感は無かった。

 復讐を成し遂げた。

 虐げられてきた僕が生まれて初めて勝利した。

 憎き折鶴の命を蹂躙した!

 その達成感で胸がいっぱいだった。


 ルゾールの全てを飲み込み、死体はどこにも残っていない。

 全身に、力と快感が満ちている。

 捕食、か。

 なんて……素晴らしいスキルなんだろう。

 この力さえあれば、クラス全員を殺すのは難しいにしても、あと2,3人ぐらいは――

 無価値な僕が、誰からも愛されず、見下されてきた僕が、あいつらを殺す。

 きっと折鶴と同じように、戸惑いと悔しさと憎しみに満ちた素敵で無様な死に様を見せてくれるんだろうな。

 ああ、見たい。早く見たい。

 特に水木とか磯干とか広瀬とかさ、あのあたりの死に顔を早く早く見たくてたまらない!

 何も感じないなんて嘘だった、僕だって人間だ、嫌なことは嫌に決まってる。

 憎い、憎い、殺したい。

 そんなどす黒い気持ちをずっと胸の奥に強引に押し込めてきた。

 それが解放されて、吹き出している。

 もう無理して押し込める必要はないんだ、なんて開放感!

 そっか、この感覚か。

 みんながアニマを手に入れて酔っていた全能感、山岳地帯へと足を踏み入れた連中が乗っていた”調子”ってやつ。

 そっか、そっか、こんな素晴らしい気分だったんだ!


 天を仰ぎ歓喜していた僕の目に、念じてもいないのにステータスが表示された。

 アニマの不具合かと思いながらもステータスを眺め、僕はにやりと笑う。




 ----------------------------------------


 名称  ウルティオ

 武装  非実体剣:ソーサリーサーベル

 スキル 親愛なる友(スウィンドラー)

 能力  Lv.12

     HP   7100

     MP   6450

     出力  545

     機動性 640


 ----------------------------------------




 体に溢れる力は気の所為なんかじゃない。

 僕のアニマは、確かにルゾールの力を吸収していた。

 自分の腕を見る限りじゃ、どうも見た目も変わってるみたいだ。

 武装の追加と能力の向上はもちろん、スキルの取得、これが大きい。

 親愛なる(スウィンドラー)……変装能力、か。

 こんなの使わない手がない。

 この力さえあれば――ははは、いくらでも復讐できる気がする!


「く、くく、くひひひひ、あっははははははははァッ!」


 我慢できなくなり、僕は大声を出して笑った。

 どうせ誰も見ちゃいないんだ、ここにはもう折鶴も居ないんだから。

 だから思う存分笑ってやれ。

 今まで笑えなかった分、今まで虐げられてきた分、存分に復讐してやれ!

 それだけの力が、僕にはあるんだから――






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