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46  殺人鬼は善悪の彼岸で笑う

遅くなって申し訳ありません。

 





 ソレイユに連れられて、彼女行きつけの飲食店やパン屋、服飾店なんかを回る間も、ずっとラビーは難しい顔をしていた。

 思えば、一つ前に立ち寄った町、アルウェウスあたりから彼のため息の頻度が増したような気がする。

 心当たりはあまり無い。

 と言うのも、イングラトゥスを出たあとは常にエルレアが僕にひっついていたから、中々ラビーと話す機会が無かったんだよね。


「百合、少しだけエルレアを抱えててもらってもいいかな?」

「いいよー」


 百合は快く引き受けてくれた。

 エルレア、ソレイユに彼女を加えた3人は、町を歩きながらガールズトークで盛り上がっていた。

 何となく輪には入れてもらっているものの、正直全く話題にはついていけていないし、会話にも参加出来ていない。

 離れても問題ないと判断した僕は、エルレアを百合にまかせてラビーと話をすることにしたというわけだ。


「ラビー、ちょっといいかな」

「どうしたんですか?」


 3人から少し距離を取って歩いていたラビーに近づく。

 彼は笑顔で対応したものの、話しかける前は難しい表情をしていたのをばっちり目撃している。


「何か悩みがあるんじゃないかと思って」

「えっ!? い、いや、悩みなんてそんな」


 そのリアクションで悩みが無かったら逆に感心するよ。

 商人志望のくせに嘘が下手だなんて致命的じゃないかな。

 僕が無言のまま目を細めてラビーを見ていると、彼は観念したようで自ら口を割った。


「ミサキさんって、本当に中身は男性なんですよね?」

「心まで女になったつもりは無いね」

「その言葉を信じて相談しますけど、引かないでくださいね」


 ラビーほどの常識人が”引かないでください”なんて。

 むしろ僕の方がよっぽど引かれるようなことしてきたんだし、心配しなくたっていいのに。


「アルウェウスに宿泊した時から、宿の部屋割りが変わったじゃないですか」

「うん、エルレアが僕たちと同じ部屋に寝るようになったね」


 つまり、僕と百合とエルレアが同じ部屋、もっと言うと同じベッドで”寝て”、ラビーは1人で別の部屋に泊まっている。

 それと彼の悩みとにどんな関係があるんだろう。

 1人きりになって寂しくなったとか?

 まさか、19歳で家を飛び出すような男が、そんな女々しい感傷に囚われたりするだろうか。


「こう、なんといいますか、想像してしまうんです」

「想像?」

「実際はどうなのか知りませんよ? けど、ミサキさんとユリさんってそういう関係、なわけじゃないですか」


 そういう関係というのは、つまり肉体関係のことだろう。

 否定するようなものでもない。

 僕と百合が先日、アルウェウスでエルレアを抱いたのは事実だ。


「まあ、そうだね」

「つまりエルレアさんもそこに混ざったと」

「そういうことに、なるね」

「……わかりません?」

「うん、わかった」


 同じ男だからこそ、嫌というほど理解できてしまう。

 我ながら、浅はかだったかもしれない。

 19歳と言えば、思春期ほどでは無いにしても、色々とお盛んなお年頃。

 そんな男性が宿泊する隣の部屋に、怪しい関係の女性3人が泊まっている。

 この状況下において、あれやこれやを想像しない男性が居るだろうか?

 いや、居ない。

 もっと早くに気づいておくべきだった、つまり彼は――


「ラビー、溜まってるんだ」

「言い方が直接的すぎませんか!?」


 大音量の突っ込みに、前を進む女性陣が一斉にラビーの方を向いた。


「あ、いや、なんでもないです」


 彼の顔は真っ赤になっている。

 ラビーからは何も情報を得られないことに気づいたのか、続いて女性陣の視線は僕の方に向いた。


「こっちの話だから、気にしないで」


 苦笑いをしながらそう言うと、彼女たちは再びガールズトークを再開した。


「こっちの話だからこそ気になるのですが……」


 エルレアだけは、あんまり納得してない様子だったけど。


「すいません、大きな声を出してしまって」

「いいよ、僕もデリカシーに欠けてたから。というわけで、はいこれ」


 僕は財布から紙幣を取り出すと、ラビーの手に握らせた。


「これは?」

「つまりそういうことじゃないの? ここ鉱山町だからさ、鉱夫向けのお店も結構あるみたいなんだよね」

「はい、さっき見ましたからだいたい知ってます。ソレイユはあえて触れなかったみたいですが」

「だから、そのお金でさ」

「……行ってこいと」

「嫌って言うなら別にかまわないけど」

「いえいえいえ、嫌なんかじゃありません!」


 めんどくさいな。

 行きたいなら素直に受け取ればいいのに。


「あの、ミサキさん」

「んー?」


 ラビーは差し出された紙幣を、鼻息を荒くしながら強く握りしめている。


「今から行ってきてもいいでしょうか」


 ……そこまで余裕無かったんだ。

 まあ、どうせこの後も女の子が興味のあるお店を回るんだろうし、ラビーが一緒に居ても退屈なだけ、か。

 正直、僕も退屈だけど、百合とエルレアが居たらそれなりに楽しめるしね。


「いいよ。宿の場所はわかってる?」

「大丈夫です」

「変なお店に入らないように」

「見極め方は師匠に以前聞いたことがありますので」


 何の師匠なんだか。


「それではっ」

「うん、行ってらっしゃい」


 テンションの上がったラビーを手を振って見送ると、僕はかしましい3人組に再び合流した。


「あれ、ラビーくんどこ行っちゃったの?」

「途中で気になるお店があったんだってさ」


 僕たちは足を止め、進行方向とは逆の向きに走り去っていくラビーの後ろ姿を見送る。


「ったく、男はどいつもこいつも」


 ソレイユは彼の背中を見てそうぼやいた。

 向ける視線もやけに冷たい。

 どうやら彼女だけは”気になるお店”が何なのか察しが付いているみたいだ。

 一応フォローはしておいてあげよう。


「男は1人だけだからさ、色々大変なんだよラビーも」

「わかってるけど、あんなお店に必死になって走ってくほどの価値があるとは思えないね」


 そこは擁護できない。

 せめてもう少し落ち着いた姿で、歩いて向かってくれればとは僕も思っていた所だった。


 よほど店が楽しみなのか、あっという間に離れていくラビーの後ろ姿。

 曲がり角の直前で、地面の石に足をひっかけて転びそうになる。

 前のめりになった彼の上半身が切断され、地面に落ちた。

 切り離された上半身は、僕と別れたときと変わらない、嬉しそうな表情のままで、紙幣を握りしめ、血を撒き散らしながら地面を転がる。

 残された下半身は、全くスピードを落とさずにそのまま走り去ろうとして――


「……?」


 あまりに現実感の無い光景に、僕は直感的にそれを幻覚だと確信した。

 すぐさま目をこする。

 すると、視界から切断された上半身も、汚らしい血液も全て消え去っていた。

 視線の先には、確かに五体満足の状態で駆けるラビーの姿がある。


「どうしたんですか、ミサキ」


 エルレアが心配そうに、百合の腕の中からこちらを覗き込む。


「いや、何でもない」


 死体をあまりに見慣れたせいで、幻覚を見てしまったんだろう。

 僕はそう決めつけて、百合の腕に抱えられたエルレアの体を抱き上げた。


「私のせいで、疲れさせてしまったのでしょうか?」

「岬はあれぐらいでへばったりしないよ、宿舎の時はもっとすごかったんだから」

「ユリもエルレアも、なんの話をしてるんだ?」


 首を傾げるソレイユをよそに、百合とエルレアは意味深な会話を続ける。

 そんな2人を前に、僕は苦笑いすることしかできなかった。


 その後も、僕たちはソレイユに案内されながらモンスの町を練り歩いた。

 時に3人の会話に置いてけぼりにされつつも、逆に百合とエルレアと惚気けて見せてソレイユを置いてけぼりにしてみたり、服屋で着せ替え人形にされながら遊ばれたりと、楽しい時間を過ごす中――僕は散発的に発生する幻覚に悩まされ続けていた。

 通りすがりの女性、昼間から酒場に入り浸る鉱夫らしき男、立ち寄った甘味店の店主、そして百合、エルレア、ソレイユ。

 見る幻覚は、決まって上半身と下半身が分離しているものばかりだった。

 確かに死体は沢山見てきたけれど、死因は様々だ。

 体を真っ二つにすることにこだわったつもりもない。

 なら――僕が見ているこの幻覚には、一体何の意味があるというのか。


 得体の知れない気味の悪さを感じつつ、一通り居住区を見て回った僕たちは、一旦労働者ギルドのアジトに戻った。

 扉をくぐって、元々礼拝堂として使われていた広間に足を踏み入れると、フォードキンとラクサが難しい顔をして部下らしき男性から話を聞いている。


「帰ったぞ!」


 空気を読まずか、それともあえて明るく振る舞ったのか、ソレイユが手を上げて彼らに近づいていく。

 一旦話を中断すると、フォードキンとラクサはこちらを見た。

 ソレイユの明るさを見てもその表情は変わらない、よほど深刻な事態が起きたのか。


「どうしたんですか、フォードキンさん」


 僕が尋ねると、彼は少し悩んでから口を開いた。


「……タヴェルナさんが、殺された」


 低い声で告げられる。

 予想だにしていなかった事態に、僕は困惑することしかできなかった。


「そんな、まさか!?」


 帝国の工作員がそう簡単に死ぬわけがない。

 何かの冗談だ、そう思いたい。

 彼が居なければ帝国に渡ることも出来ないのだから、身勝手に死んでもらっても困る。


「彼に聞きたいことがあったので部下を向かわせたんだが……そこで、死体を見つけたそうだ」

「間違いなく死んでいたんですか? 顔が焼かれていたりはしませんでしたか?」


 帝国の工作員なんだ、自らの死を偽装工作することだって出来るかもしれない。

 けど、僕のそんな淡い望みはすぐさま打ち砕かれることとなる。


「間違いなく本人だ、顔もしっかり確認出来る状態だったそうだ」

「死因は――」

「切れ味の鈍い刃物で強引に、上半身と下半身が切り離されていた、と聞いている」


 フォードキンは気持ち悪そうに口に手を当てながら、そう教えてくれた。

 まるで答え合わせをされたような気分だ。

 じゃあ、僕が今日見ていた幻覚は――ただの幻なんかじゃなかったってこと?

 上半身と下半身が切り離されるなんてまともじゃない、ただの人間にできるはずがない。

 つまり、アニマ使いの仕業である可能性が高い。


「商人ギルドの仕業ですか?」

「あちらのアニマ使いの素性は全員割れているのよ、少なくとも5人のうちにそんな能力を持っているアニマ使いは居なかったわ」

「新たなアニマ使いが彼らの戦力に加わった可能性は?」

「無い、と言いきれるわ」


 ラクサの返答が一つ一つ可能性を潰していく。

 この自信、おそらく商人ギルド内部から流れてきてる情報なんだろう。

 労働者ギルドのサブリーダーが言い切ったんだ、ここを疑っていたんじゃ話は進まない。

 彼女の言葉が事実だと仮定するのなら、つまりタヴェルナを殺したのは、労働者ギルドでも無く、商人ギルドでもない、第三者ということになる。

 一体、誰がそんなことを――

 考える暇もなく、広間にバァンッ! と扉を開く音が響き渡った。

 奥の部屋から額に汗を浮かべ、青ざめた顔で飛び出してきたのは、労働者ギルドの構成員らしき女性。

 フォードキンに駆け寄る彼女の手は、べっとりと赤い血で濡れていた。


「どうしたんだいソフィア、それにその手は?」

「し、死んでっ……本部の中で、リーンが死んで……体が、2つに分けられ……!」


 ソフィアと呼ばれた女性は、体と声を震わせながら話した。

 体が2つに分けられて……間違いなく、タヴェルナを殺したのと同じ人間の仕業だ。


「犯人がこの中に侵入してるってこと?」

「どうやって入ったんでしょう……」

「考えられない! 入り口は限られているし、勝手に入ることはできないはずだし!」


 ソレイユの言いたいこともわかるけど、相手がアニマ使いなら常識が通用する相手じゃない。

 あるいは――労働者ギルド内部に、すでに犯人が居る可能性だってあるわけだし。


 ソフィアに案内され、全員で死体の場所へと向かうと、そこには扉が何らかの工具でこじ開けられたような形跡と、タヴェルナ同様に切れ味の鈍い刃物で、強引に切断された死体があった。

 ひょっとすると、扉をこじあけた何かと、リーンを殺した凶器は同じものなのかもしれない。

 獲物が何にせよ、この町には、正体不明の姿の見えない殺人鬼が迷い込んでいる。


 景色が歪む。

 また幻覚だ。

 フォードキンが死に、ラクサが死に、ソレイユが死に、百合が死ぬ。

 背中のエルレアもたぶん無事じゃない。

 皆殺しだ。

 上半身と下半身を切り離され、内臓を晒し、無残に殺される。

 そして同時に――


『お兄さん、面白い人だね』


 そんな幼い少女の声を聞いたような気がした。






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― 新着の感想 ―
アニマ、屋内に入れるくらいに小さくないよね スキルの事言ってるのか?
認識させて何かしらの力を働かせていたのだろうか・・・謎が謎を謎で・・・うんt・・・
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