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29  鴨が葱を背負って飛んでくる

 





 ディンデから南に伸びる街道は途中で西側へと曲がっている。

 そのまま直下してしまうと、山にぶち当たってしまうからだ。

 しかし西へ迂回してもなお、山の向こうにある町――”テーム”にたどり着くためにはそれなりの高低差を乗り越えなければならない。

 ディンデを発ったのは夜だったため、現在時刻は日付の変わった深夜。

 百合は僕の肩に頭を載せて眠り、ご機嫌斜めなエルレアも首をこくりこくりとさせている。

 馬を操るラビーも、後ろから見てわかるほど前傾姿勢で、疲れているのは明らかだ。

 この状態で山を越えるのはどう考えても無茶だ。

 そんなわけで、馬車は山に差し掛かる前、川のほど近くで止まり、今夜はここで野宿することとなった。


 僕とラビーで素早くテントを設営し、百合、エルレアと共にその中で睡眠をとる。

 ラビーは「さすがに異性と同じテントで眠るのは気持ちが落ち着きません」と言って荷車で眠るようだ。

 たぶん本音は『あなたのような殺人鬼と一緒なんて不安で眠れません』ってとこだろうけど。


 元から疲れていた百合とエルレアは、寝袋に入るなりすぐに意識を手放した。

 一方で、クニクルスとの戦闘と捕食、そして滅びゆくディンデの町を見て興奮冷めやらない僕は、外でパチパチと弾ける焚き火の音を聞きながら、なかなか眠れないでいた。


『シロツメさん、起きてますか?』


 頭の近くに置いていた袋の中から、プラナスの声が聞こえてくる。

 僕はオラクルストーンを取り出すと、小さな声で返事をした。


「僕は起きてるけど、2人は寝てる」

『2人?』


 そういやエルレアとラビーのことは言ってなかったな。


「仲間って言って良いのかな、2人増えたんだ。そのうちの1人は女の子だから同じテントで寝てるとこ」

『よくついてきましたね』

「無理やり連れてきたようなものだから。で、何の用?」

『旅が順調に進んでいるかという確認と、情報提供のためです。ひとつ確認したいんですが、どうしてテントで寝てるんですか? 予定だとディンデに到着している頃ですよね』

「ああ、ディンデなら潰したから」

『へ?』

「ディンデは数時間前に山賊のアニムスによって滅びました、住人は全員死んでます、ってこと」

『それは、文字通りの意味ですか?』

「他に意味があるなら教えてほしいな」


 プラナスは石の向こうで大きくため息をついた。


『私は、とんでもない人を味方に選んでしまったのかもしれません』


 いまさら何を言ってるんだか。


「皆殺しにするって、脱獄するときに言ってたはずだけど? とは言え僕も鬼じゃないから、プラナスみたいな裏切り者や、将来有望な成長株、あとは生きてるだけで王国に害を成す人まで殺すつもりは無いよ。それと、殺すと旅に支障が出そうな相手は”まだ”殺さない」

『ディンデを滅ぼしておいてよくいいますね、気づかれるのは時間の問題でしょうに』

「誰も気づきやしないよ、僕は誘導しただけで、実際に手を下したのは山賊のアニムスだし。それに――生存者が一人もいなければ、目撃者だって居ないんだから」

『はぁ……滅茶苦茶ですが、数時間経った今でもディンデが滅びたという一大事が王都カプトにまで届いていないことを考えると、実は理にかなっているのかもしれませんね』


 正直に言うと、今適当にでっちあげただけの理由なんだけど、プラナスが納得してくれたならそれでいい。


「で、情報提供ってのは何?」

『悪いお知らせと、とても悪いお知らせ、どちらから聞きたいですか?』

「聞きたくない。寝たい」

『ではとても悪いお知らせの方から』


 どうせそんなことだろうと思ったよ。


『ミズキは一命を取り留めました、後遺症は残ると思われますが本人の意志が固いのでじき前線に参加するでしょう』


 とても悪いお知らせって言うから、よっぽどプラナスがアイヴィに振られたとかそういう話題だと思ってたら。


「ふ、ふふふ、くははっ、はははははははっ!」


 2人を起こさないように音量を抑えめに、肩を震わせて笑う。

 なんだ、それはむしろいいお知らせじゃないか。

 これはもう一個の”悪いお知らせ”にも期待できそうだ。


『なんで笑ってるんですか?』

「そりゃ笑うよ。もっと水木には苦しんでもらう予定だから、この程度でくたばらなくて良かった。心の底からそう思ってる」

『……そういう考え方もあるんですね。では大丈夫そうなので、もう一個のお知らせも早々に済ませましょう』

「お願いするよ」

『王国の開発している新兵器の概要がわかりました。カプトから北にあるフォディーナの鉱山で新たに発掘された鉱石”オリハルコン"を利用した兵器のようです』


 ミスリルといいオリハルコンといい、どこかで聞いたことある名前ばっかだな。

 ミスリルが魔力を帯びた鉱石だったはずだけど、さてオリハルコンはどんな魔力絡みの力を秘めているのか。


『オリハルコンには魔力を増幅させる力があります。軍部はこれをアニマ用強化外殻の素材として利用するつもりのようですね』

「アニマ用強化外殻?」

『そのままの意味ですよ、アニマの出力や機能を向上させるための外殻です。アニマが乗り込むアニムスという意味で、通称アニマ・アニムスとも呼ばれているようですが』

「アニマ・アニムスね……」


 人がいきなり巨大兵器と化すってのがアニマの利点のひとつだと思うんだけど、そこを捨てて性能を追い求める、か。

 アニマ同士、アニムス同士がぶつかり合う戦場なら十分に使い物になるとは思う。


『燃費の問題があり開発は難航しているようですが、全身ではなく一部なら燃費の問題もある程度(・・・・)はクリア出来るらしく、さっそくテスト運用が行われようとしています』

「一部って?」

『背部ブースター、要は魔力を使った推進装置です。装着するだけでどのアニマでも空を飛べるようになります』


 さらっと言ってるけど――


「それって、かなり革新的な技術なんじゃないの?」

『ええ、軍部が帝国に追い詰められてもなお余裕をかましていた理由がようやくわかりました』


 プラナスの口ぶりからして、今のところオリハルコンなる物質はレグナトリクス王国しか持っていないみたいだ。

 地を這うアニムスがスタンダードな兵器であるこの世界で、地対空の武装が充実しているとは思えない。

 一方的な制空権の掌握。

 それには確かに、王国劣勢の状況を一気にひっくり返すだけの力とインパクトがある。


「その情報をわざわざ僕に伝えたってことは、もしかして試験運用の範囲にディンデ周辺が含まれてるってこと?」

『ご明察です。しかもメンバーには、あなたに強い憎しみを抱いているらしいミタライと、アカバネさんとの繋がりの深いカツラも含まれています』

三洗(みたらい)と桂か。三洗はともかくとして、桂のアニマは厄介だな……」


 桂のアニマは"ヘイロス"。

 各部の金色に、マントを羽織った外見がいかにも勇者的なアニマだ。

 見掛け倒しではなく、能力も召喚されたクラスメイトの中じゃずば抜けて高く、武装の数も威力もこれまたずば抜けて高い。

 そして何より厄介なのは、ヘイロスの持つスキル栄光(グロリア)だった。

 常時発動型のスキルで、効果は自身の周囲に存在する友軍の出力と機動性を無条件で引き上げるというもの。

 はっきり言って、破格の性能を持つスキルだ。

 本人の天才のくせに努力を怠らない性格もあって、最後に見た時以上にレベルも上がっているはずだし――しかもそれが空から襲ってくるとなれば、相手をするのはさらに困難なはず。


『テストに参加するのは、その2名を含む計6名です。ただし、彼らの目的は戦闘ではなく、あくまでブースターの試験ですから、積極的に交戦しようとはしないでしょう』

「とは言え、三洗とかは僕の姿を見たらすぐに襲い掛かってくると思うんだけど、アイヴィがよく許可したね」

『他に希望者が居なかったんです。みんな命が惜しいんですよ』


 さすがに半数も死んだとなると、引きこもりたくもなるか。

 どうにかしてそいつらも引きずり出さないと、復讐がいつまでたっても終わらないんだけどな。


「でもさ、空対地なら圧倒的に空の方が有利だと思うんだけど、何か他に戦えない理由でもあるの?」


 ましてや、ヘイロスまで使うというのなら、戦わない理由がない。

 ただのテスト飛行なら他のアニマだって十分なはずだ。


『まだ未完成品ですから。まずブースター自体にアニマの障壁……HPが適応されないため、耐久性に問題があリます。それと燃費も飛んでいるだけなら問題ないのですが、戦闘するとなるとそう長持ちはしないはずです』

「衝撃と長期戦に弱いってことか、ならやりようはありそうだね」


 そうなると、ますます桂が出て来る理由がわからない。

 三洗も入ってるってことは、この2人は立候補したってことなのかな?


『そう言うと思ってました。ですが今回の相手は6人、しかもカツラも混じっています。ゆめゆめ油断しないようにお願いしますよ』

「わかってるって」


 その後、僕はプラナスからテストチーム全員の名前と、出撃する時刻を確認してから、会話を終えた。

 シルヴァ森林を燃やしちゃったせいで、しばらくはクラスの奴らと戦えないと思ってたけど、まさかこんな早く機会が訪れるなんて。

 もし三洗が立候補して今回のテストに参加していたのだとすれば、”あえて三洗だけを逃がす”という僕の作戦が、早速成功したと言うことになる。

 こうも簡単に引っかかってくれるとなれば、あと2、3回ぐらいは利用できるかもしれない。

 余裕があれば、明日の交戦時にもあえて捕食せずに逃してみるか。

 まあ、ヘイロスの相手をしながらそこまでの余裕があるかは怪しいのだけど。


 それにしても、困ったな。

 ただでさえ眠れなかったのに、あんな話を聞いちゃったんじゃ、明日が楽しみすぎて余計に眠れないじゃないか。

 かと言って、寝不足の状態で6機ものアニマを相手するわけにもいかない。

 僕は寝袋に入り、目を閉じ、無理矢理にでも寝ようとした。

 覚醒しきった脳が完全に眠りにつくまで、かなり時間がかかってしまったことは言うまでも無い。




 ◇◇◇




 翌朝、僕は朝食の時に昨日プラナスから聞いた内容をみんなに話した。

 そもそもプラナスとは誰なのか、どうやって話したのか、というところから説明しなければならないので時間はかかったけれど、全員事情は理解してくれたみたいだ。


「言っても無駄でしょうから”なぜ戦う必要があるのか”とは聞きませんが、その間、私とラビーさんはどうしたら良いのですか?」


 エルレアが呆れながら言った。

 さすがに僕も、無力なエルレアとラビーに戦闘に参加して欲しいとは思っていない。

 いや、そういえばエルレアもアニマ使いなんだっけ。

 戦闘に参加してくれって言っても聞いてくれないだろうけど、ラビーを守ることぐらいは出来るんじゃないだろうか。


「エルレアのアニマで馬車を守ったりはできないの?」

「見ての通り、この手足と目ですから。私のアニマ”テネリタス”も似たような状態です。四つん這いでどうにか動きが取れる程度では、ただの的にしかならないと思います」

「やっぱそこも反映されるんだ。だとすると、やっぱり離れた場所で待機してもらうしかないかな」

「ってことは、私と岬で相手をするわけだね」

「桂も居るけど大丈夫?」

「団十郎と偉月が友達ってだけで、私と偉月はさほど仲が良いわけじゃないから。大丈夫、今の私なら偉月のことだってちゃんと殺せるよ」


 笑顔で言い切る百合。

 そんな彼女が無性に可愛らしく見えて、僕はつい手近にあった彼女の手を握った。


「えへへー……」


 百合がさらに幸せそうに頬をほころばせる。


「おふたりは朝から相変わらずですね」

「見えなくとも、声を聞くだけで何をしているのかわかってしまうのだから不思議なものです……」


 呆れるラビーとエルレアの言葉は、僕と百合の世界に届くことは無かった。




 ◇◇◇





 エルレアとラビーの乗った馬車は先に山を越えている。

 ウルティオとイリテュムは山を少し登った場所で、屈んだ状態で鬱蒼と茂る木々に身を潜めて彼らが来るのを待った。


 予定通りに作戦が進んでいるのなら、そろそろ6機のアニマが卑劣なる俯瞰者(ライフトーチャー)に引っかかるはず。

 すでに魔弾の射手(イリーガルスナイパー)を発動し、可変ソーサリーガンを狙撃形態(モードアンサラー)に変えいつでも発射できる状態になっている。


 今日のブースターのテストに参加する6人には、築城(つきぎ)という女子が混ざっている。

 成績は優秀だけど、常に周囲の目を気にするタイプで、プライドが高く面倒な女子だった。

 彼女が僕に心無い言葉を浴びせ、時に足で何度も踏みつけてきたのは、あるいは周囲の目を気にして、周囲に合わせるためだったのかもしれない。

 だとしても、僕は彼女を許すつもりはなかった。

 そんな築城のアニマは”ソーンシア”、卑劣なる俯瞰者(ライフトーチャー)と似て非なる探知スキルを持っている。


 だから彼らは油断していた。

 探知スキルさえあれば先手を取られることは無いはずだと、勝手に決めつけていた。

 なぜなら彼らは、僕が(あたり)のスキルを手に入れていることを知らないからだ。

 同じ探知スキルでも、ソーンシアの持つスキルは周囲の詳細な情報を得られる代わりに、範囲が狭い。

 そして魔弾の射手(イリーガルスナイパー)狙撃形態(モードアンサラー)を組み合わせれば、その範囲の外からの攻撃が可能。

 6対2での戦闘は、いくらウルティオとイリテュムの能力が優れていようと圧倒的にこちらが不利だ。

 しかも相手は空を飛んでいる、対してこちらは地面を這うしかない。

 戦況をひっくり返すにはまず――先手を取り、不意をつくことが重要だった。


 ウルティオの視界に6機のアニマの姿が映る。

 僕はそのうち、築城のソーンシア、その背中に装着されたブースターに照準を合わせた。

 さて……今日のあのうち、何体喰えるのかな。


 舌なめずりをしながら、僕はカチリと、開戦の引き金を引いた。






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