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26  綺麗なものほど壊したい

 






 馬車がディンデに到着したのは、正午前ぐらいのことだ。

 町の入口には警備の人間が立っていたが、商会の刻印が刻まれた馬車を疑うことは無かった。

 まんまと中に入った僕たちは、とある家に向かって進んでいた。

 百合の命令の言いなりになり、師匠をナイフで刺し殺したラビーだったけれど、ただ1つだけ僕たちに要求したことがあった。

 それは、ディンデに住む、病に伏せる少女に渡す分の薬だけは運ばせてほしいというもの。

 どうせそのうち女の子も死ぬのにな、と思いながらも、ラビーの勇気を称える意味で僕はそれを許可した。


「それじゃあ、ボクは渡してきますね」

「うん、僕たちはここで待ってるから」


 薬の入った袋を手に、ラビーは馬車を降りた。


 暇を持て余した百合が、こてんと僕の肩に頭を乗せる。

 僕はそんな彼女の手のひらに、優しく手を重ねた。

 百合は「んふふー」と上機嫌に笑う。


「仲がよろしいのですね」


 向かいに座るエルレアが皮肉っぽく言った。

 目は見えていないはずなので、音だけで判断したのか。


「うん。沢山殺したおかげで、以前よりももっと岬との距離が近くなった気がするんだ」


 百合は皮肉など意に介さずに返す。

 言い返す言葉が見つからないのか、エルレアは「う……」と小さく声を出して黙ってしまった。

 敵の居なくなった百合は、さらに僕に体を密着させる。


「ところで、ラビーさんはどこに行かれたのですか?」

「目の前にある家に薬を届けに行ったんだ。元々ディンデに立ち寄ったら運ぶ予定だったらしくてさ、どうしてもここにだけは行かせて欲しいって頼み込まれた」

「……薬、ですか。ラビーさんはまともだと思っていたのですが、彼もそうだったのですね」

「なになに、なんの話?」


 百合が口を挟むのも当然のこと。

 僕にもエルレアが言っていることの意味がさっぱりわからなかった。

 ラビーは、病を治すための薬を配達しただけのはずなんだけど。

 女の子の病を治すために頑張るラビー……って構図はエルレアが好みそうな気がするんだけどな。


「視力を失った分、他の感覚は研ぎ澄まされていますから、嫌でもわかってしまうんです。間違いありません。微かにですが、ジーティリスの香りがしました」

「ジーティリス?」


 僕と百合は同時に聞き返す。

 聞き覚えのない名前だけど、言い方からして花か何かなのかな。


「花は紫色で綺麗なのですが、毒を持っている植物です。すぐさま死に至るほどの強い毒ではありませんが、病気を治すために使われるという話も聞いたことはありません。十中八九、毒薬ということになるのでしょうね」


 それを聞いて、僕は頭をひねった。

 少なくともラビーはそのようなことは言っていなかった、純粋に病気の少女を治すための薬だと言っていたはず。

 いや、しかしこの依頼を受けたのはあくまで彼の師匠であって、ラビー自身ではない。

 彼は知らされていなかった可能性もあるが――まあ、どちらでもいいや。

 何にせよ、楽しそうなことになりそうだから。


「岬、どういうことだと思う?」

「ラビーが帰ってきたみたいだ、彼に聞いてみるといいよ」


 配達を終え、すぐさま御者台に座ったラビーに、百合がすぐさま尋ねた。


「ねえねえラビーくん、さっきの薬って病気の女の子を治すためのものなんだよね?」

「ええ、そうですよ。以前から足が不自由だったのですが、ここ一年ほどで体調も崩してしまったそうで。ボクは師匠と一緒に何度かディンデを訪れていますから、その度に薬を運んでるんです」

「どういうこと、ですか?」


 エルレアが怪訝そうな顔をしている。

 それは僕が聞きたいぐらいだけど、なんとなく筋書きは予想できる。

 医療が発達していない、日本ほど人権の保障もされていない、戦争で景気もよろしくない、そんな世界で生まれつき足の悪い女の子が生まれたらどうなってしまうのか。

 想像に難くはない。


「エルレアはどういうことだと思ってる?」


 僕はあえて彼女に問いかけた。

 人が善の生き物だと信じる彼女は、少女が薬と偽って毒を与えられている事実を知ったらどう思うのか。

 単純に興味があった。


「何かの、手違いではないでしょうか」

「だってさラビー、間違えた薬を渡したんじゃない?」

「何の話をしてるんですか? ボクは師匠の運んでいた薬を、注文通り渡しただけですよ」


 いくら見習いとは言え、渡す薬を間違えるはずがない。

 やはりあれは正しく注文され、正しく配達された薬だったようで。


「それがジーティリスっていう花を使った毒薬だったんだって、エルレアが匂いで気づいたんだ」

「私の……勘違いかもしれません」

「さっきは自信満々に間違いないって言ってたじゃん」

「で、ですが、自分の子供に毒を飲ませる親など居るはずがありません!」

「ああ……あれ、毒だったんですね」


 声を荒げるエルレアとは対称的に、ラビーはやけに冷静だった。


「足の不自由な娘を養う余裕が無くなったんでしょうね、だから気づかれない程度の弱い毒で殺そうとしているんでしょう」

「ラビーさん!?」

「何を驚いているんですかエルレアさん、そう珍しい話ではありませんよ。ディンデのように裕福でない町なら特に。自らの手で我が子を殺す勇気が無かったから、毒に頼ったんでしょうね」

「そんな……」


 唯一の味方だと思っていたラビーから突き放され、エルレアは大いに落ち込んだ。

 人の善性を信じるのと、現実から目を背けるのはまた別の問題。

 エルレアはとても優しい女性だ。

 けれど、だからといって、都合の悪いことから目を背けて生きていけるほどこの世界は彼女に優しくしてくれない。

 ひょっとすると、彼女の故郷(イングラトゥス)や、見世物小屋と言った閉じられた空間ならそれでも生きていけたのかもしれないけれど。


「ボクの師匠がよく言ってました、『商人は人から殺されるほど恨まれてようやく一人前だ』って。需要さえあれば何だって売るし、金さえ稼げれば良心の呵責(かしゃく)も感じない。そういう職業なんですよ、商人って」

「けど、ラビーはそれを受け入れられなかったわけだ」

「どうしてそう思うんです?」

「ラビーくんってさ、嫌がってた割には、師匠さんを殺す時にやけにあっさりと刺してたよね」

「そういうこと。恩師を殺したにしてはやけに落ち着いてるなと思ってたんだ。本当は師匠のことを殺したいほど恨んでたんじゃないの?」


 思えば、彼が取り乱していたのは師匠を自分の手にかけた時だけで、それ以降は落ち着いているように思える。

 初めて人を、それも自分の恩師を殺したにしては立ち直るのが早すぎる、奇妙と言えば奇妙なのだ。


「ラビーさん、そんなことありませんよね? 強制されて、本当は殺したくなんて無かったんですよね?」

「ボクは――」


 ラビーは天を仰ぎ、大きく、ため息めいた吐息を吐き出してから言った。


「そうですね、殺したかったんだと思います。何をしたって褒めないくせに、罵倒だけは一人前で、殴られることも日常茶飯事で。そのくせ客の前では良い顔ばかりしながら平気で嘘をつく、そんなあの人のことが嫌いでたまらなかった。だから……胸にナイフを突き刺した時、たぶん、ボクは嬉しかった」

「ラビーさん……」


 ショックを受けるエルレアに、僕は追い打ちをかけるように告げる。


「人ってそんなもんだよ。誰もが水面下に悪意を抱いてて、それは少し背中を押されるだけで表面に吹き出してしまう」

「違います、そんなことありません」

「本当はエルレアも気づいてるんじゃないの? 自分はさらわれたわけじゃない、故郷(イングラトゥス)の人たちに売られてしまったんだ、って」

「違いますっ! みんなが……イングラトゥスの人たちがそんなことするはずないんです!」

「まあ、まだ信じるっていうんならそれでもいいけどさ」


 どうせ、実際に行けばわかることなんだから。


 話も一段落した所で、馬車は宿へ向かって走り出す。

 食堂が併設してある宿も多く、昼食はそこで食べることとなった。

 僕はもちろんこの世界のパンであるレウィスに、芋を煮込んだキャプシアンと呼ばれる甘辛いソースを注文した。

 百合も同じものを注文し、舌鼓を打つ。

 うん、宿舎で食べたのとは微妙に味付けが違うけどやっぱり美味しい。

 ラビーとエルレアは、食欲が無いと言って何も口にしなかった。

 もったいないなあ、もっと図太い神経持たないと、これから先やっていけないと思うんだけどな。




 ◇◇◇




「そういう気分ではないので」と言って部屋に残ったラビーを置いて、僕と百合とエルレアの3人はディンデの町に繰り出した。

 せっかく新しい町に来たんだし、観光とは言わないまでも町の中の様子ぐらいは見ておきたかったのだ。

 しかし、エルレアが付いてくると言ったのは意外だった、ラビーを1人にしてあげたかったのかな。


「そんなにぶすっとするなら、付いてこない方が良かったんじゃ……」


 隣を歩く百合が、布製バンドを使って背中に背負われているエルレアを見て、苦笑いしながら言った。

 僕からは彼女の顔は見えなけれど、まあ何となく不機嫌そうな顔をしてるような気はしていた。


「理解できません。どうしてそんな簡単に、他人を殺したいと思えるのか」

「僕は無条件に他人を信じたがるエルレアの方が理解できないよ」

「人間関係は鏡です。他人を信じてこそ、初めて他人から信じてもらうことができるのです」

「それでも信じてもらえなかったら?」

「さらに強く信じます、相手が折れてくれるまで」

「はっ」


 僕は思わず鼻で笑ってしまった。


「なぜ笑うのですか?」

「想像力に欠けてるなと思って。エルレアが聖女と呼ばれず、ただの無力な人間だったら、きっと同じような考えにはならなかったはずだよ」

「そんなことはありません、根拠も無しに言わないでください」

「無力で無能な相手に対して優しく出来る人間はそうそう居ない、僕は身をもってそれを経験してきたから言ってるんだ」

「岬……」


 人間は損得勘定で動く生き物だ。

 利用価値の無い人間に対してはとことん、どこまでも冷たくなれる。


「ミサキには不運もあったのでしょう。ですが、どこかに話し合いの余地はあったはずです」

「無いよ、知った風な口利かないで欲しいな」


 エルレア自身が聖女と呼ばれるほど優れていたからこそ、話し合いの余地が生まれるんだろうさ。

 環境の違いじゃない、生まれ持っての才能だ。


「だとしても、意思疎通ができなかったからと言って殺すのは浅はかです」

「どうして? 命は尊いから?」

「わかっているではないですか、命は等しく尊いものですから」

「等しいもんか、そんなの勝手な思い込みだよ」

「思い込みではありません、私は故郷で恩師からそれを学びました。ミサキにも、それを教えてくれた誰かがいるのではないですか?」

「僕は恩師から命の無価値さを学んだよ」

「そんなことを教える恩師など居るはずがありません!」

「居るよ、僕の幼馴染を殺したの、先生だから」

「そ、そんなの……そんなこと……」


 無事エルレアを言い負かしたわけだけど……はぁ、まったくすっきりしないな。

 自分で自分の心の傷を開いたかのような感覚がある。


「岬、こっち向いて」

「ん?」


 百合に言われた通り、横を振り向くと――むぎゅ、と柔らかい感覚が僕の顔を包み込んだ。

 抱きしめられている。

 頭が両手に抱きかかえられて、顔は胸元に沈み込んで。


「なに、してるの?」

「岬が辛そうな顔をしてたから、どうやったら元気づけられるか考えた結果こうなったの」


 辛そうな顔してたかな。

 ……してたんだろうな。


「少しは元気でた?」

「ありがと、かなり元気でた」

「じゃあ良かった、恥を晒してまで抱きしめた甲斐があったってわけだ!」


 顔を赤くしながら、僕の頭を解放する百合。

 少し名残惜しい気もする。

 でも、道のど真ん中で抱き合ってたんだ、もちろん周囲の人々の視線は痛い。

 あと後頭部あたりにも冷たい視線が突き刺さっている気がする。


「不思議でなりません」


 エルレアが呟く。


「2人はそんなに通じ合っていて、それはつまり他人と分かり合えると言うことなのに、なぜ平気で人を殺せてしまうのか。ますますわからなくなりました」

「一緒に行動してればそのうちわかるよ」

「理解したいとは思いません」

「そーですか」

「でも……理解しなければ私の言葉が届くことも無いでしょうから、努力はしてみようと思います」


 彼女の言葉には、決意が込められているような気がした。

 簡単に人を殺すような人間を否定しながらも、それでも向き合って相手を変えようとする。

 ああ、なんて優しいんだ。

 だからこそ――僕は彼女を生かしておきたくなったんだ。


「エルレア」


 百合が背中のエルレアに顔を寄せて、小さな声で言った。


「私は忠告したからね」

「わかっています、それでも逃げるわけにはいきません。私が私であるために」

「どうなっても知らないよ」


 エルレアの返事を聞いてあきれ気味の百合。

 そんな2人の会話に僕が入る余地はない、完全に置いてけぼりだ。


「何の話をしてるの?」

「女同士のひ、み、つ」

「僕も今は女なんだけどなあ……」

「中身は男じゃない」

「中身は、男? どういうことですか?」

「そういやエルレアは知らないんだったね、岬は召喚魔法の失敗とやらで、この世界に来る時に男から女に変えられちゃったの」

「召喚魔法……?」

「そっから説明が必要なんだ」


 その後、百合は僕たちがこの世界に来た経緯から、僕がなぜ女になってしまったのかまで、懇切丁寧に解説してくれた。

 新事実が飛び出る度にエルレアはオーバーなリアクションを見せる。

 僕は後頭部を震わす彼女の声にうんざりしながら歩き続けた。

 そんな時、ふと1人の男と目が合った。

 大柄で細身、髪は赤色で嫌でも目立つ、つい目が向いてしまうのも仕方ないと思ってしまうほどの存在感を放っていた。

 その男は品定めをするように僕と百合、そしてエルレアを見ると、隣に居る小太りのおじさんに告げる。


「今夜はアレがいいかなぁ」


 どうやら”アレ”とは僕たちを指しているようだ。


「あの2人……いや、3人組ですか?」

「うん、あとで屋敷に連れてきておいてよ」

「いえ、ですが彼女たちは町の住民では……」

「オレがやれって言ったんだから、やってくれるよねぇ? じゃないと――」

「わ、わかりました、話をしますっ」

「よしよし、いい子だ。ならオレは先に戻ってるから、よろしく頼むよ町長さん」


 おじさんの頭をぽんぽん、と叩くと赤髪の男は去っていった。

 ひとり残されたおじさん、もとい町長は、両拳を握りしめながら男の背中を睨みつける。

 しかし、しばらくすると、諦めたように大きく息を吐き、僕たちの方へと近寄ってきた。

 ――厄介ごとの香りがした。

 けど、距離が距離なだけに逃げられそうにも無いんだよね。


「そこの女の子、少し話を聞いてもらえないかな?」


 そして案の定、町長は僕たちに話しかけてくる。

 百合が眉をひそめながら彼の方を見た、エルレアはこんなおっさんにも笑顔で対応してるのかな。


「頼みがあるんだ」

「どうしたのですか、困ったことがあったら何でも言ってください」


 ほんとエルレアはいい子だ。

 まったく、そうやって安請負いするから手足や目を無くすんだろうに。


「報酬は弾む、可能な限りそちらの要求を飲もう。だから今晩、3人でとある男の相手をしてもら――」


 ボゴッ。

 全てを言い終わる前に、鈍い音と共に彼の頬に百合の拳がめり込んだ。


「ゆ、百合さんっ!? いきなり何をしてるんですか!」

「岬、こいつ殺しちゃおうよ」


 トーンからしても表情からしても本気だ。

 本音を言えば僕も殺してしまいたいんだけども、こんな目立つ場所で、エルレアというハンデを背負って周囲の人間まで殺し切る自信がない。

 ここじゃアニマも出せないし。


「百合、逃げるよ」

「えぇー、放っておくの?」

今は(・・)ね」

「……わかった、岬がそう言うなら従う」


 と言いつつも不満顔だったけど、宿に戻って甘やかしてやれば機嫌も戻るだろう。

 僕たちはその場を走り去る。

 ちらっと後ろを振り向くと、「待ってください、お願いですっ!」と町長が必死の形相でこちらに手を伸ばしていた。

 あの赤髪の男――町の長がそこまでして従わなきゃいけないような相手って、一体何者なんだか。






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