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25  復讐鬼と健常者の相互理解

 





 馬車は、夜明けでほの明るく照らされた道を征く。

 乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかったけど、一番良さそうな馬車を見繕っただけあって、お尻が痛くなるほどではなかった。

 僕と百合がディンデがどんな町なのか想像しながら盛り上がる中、エルレアは不機嫌そうにヘの字に口を閉じ、ラビーはひたすら「ボクじゃない、ボクは悪くない」とつぶやきながら馬車を操る。

 あんな精神状態でもしっかり仕事はこなしてくれるあたり、ラビーは中々優秀な商人見習いだったのかもしれない。


「ところでエルレアはさ」

「……なんですか」


 軽蔑しながらも、ちゃんと答えてくれるあたりがさすが聖女だと思う。


「どうしてそんな体になったの? 見たところ、手足に傷跡が残ってる感じでもないけど。もしかして生まれつき?」

「私のスキルは聖女の微笑(リバーサル)。相手の承諾さえあれば、互いの体の部位を交換することができるのです」

「もしかして、それで他人の傷を治して、肩代わりしたとか? さっすが聖女、私には真似できないや」


 百合の言葉にエルレアは反応しなかったけど、この場合の沈黙は肯定と捉えても差し支え無さそうだ。

 良いように使われ、使い物にならなくなったら売り払う。

 僕には彼女の境遇がそうとしか思えない。

 でも、性善説で世界を見ている彼女は未だ、故郷(イングラトゥス)の人たちが自分の帰りを待っていると信じてやまないんだろう。

 馬鹿馬鹿しいと思う。

 だけど一方で、エルレアみたいな人間がうちのクラスに居たら、少しは違う未来が見れたのかなと思わないでもない。

 ”もしも”を考えるにしても、もう手遅れも手遅れなんだけどさ。


 ガラゴロと音を立てながら、舗装されていない道を馬車は進んでいく。

 商人のアニムスを売れば当面の旅の資金になったのかな。

 でも、あんまり目立つことはするなってプラナスに叱られたばかりだしな――と取り留めのないことを考えていると、ふとエルレアの様子がおかしいことに気づいた。


「ラビー、馬車を止めて」

「は、はひっ!」


 裏返った声で返事をするラビー。

 彼の操作によって馬車は動きを止めた。


「どうしたの、岬」

「エルレア、もしかしてトイレに行きたいんじゃないの?」

「う……」

「屈辱的だって思ってるんだろうけど、あんなの見ちゃったんだし今さらだって」

「あんなのって言わないでください、確かにあんなのですが……」


 どうもこの様子じゃ、僕が連れていくと彼女の自尊心をさらに傷つけてしまいそうだ。

 となると、彼女を連れていける女子はもう1人しかいない。


「百合、エルレアをどっか人気のない所に連れてってもらってもいい?」

「いいけど、勝手はわかんないよ?」

「まあ、その辺はエルレアから聞けばなんとかなるんじゃないかな」


 僕の言葉を聞いて、エルレアはこくんと頷いた。


「わかった、じゃあやってみるね」


 あっさりと承諾してくれた百合は、正面からエルレアを抱きかかえると、荷台を降りていった。

 不安はあるものの、まあ、あの様子なら多分大丈夫だと思う。




 ◆◆◆




 抱きかかえられたエルレアは、馬車から離れ、岬に聞こえない程度の距離になったことを確認すると口を開いた。


「ユリ、あなたはどうしてミサキと一緒に行動しているのですか?」

「ん、なんでそんなこと聞くの?」

「私には、あなたが人殺しをするような人に見えなかったからです」

「それって見た目でわかるもんなのかな。まあでも、見えないのは当然かもね、ほんの少し前までは人殺しなんてしたことなかったんだから」


 性格や人生は人の人相を変えると言うが、そんなすぐに変化が現れるものではない。

 傍から見た百合は未だ、何も知らないただの女子高生でしかなかった。


「今ならまだ戻れます、直ちにミサキと離れるべきです」

「そんなの無理だって」

「なぜそう言い切れるのですか?」

「戻りたいとも思ってないから。それに私さ、実は岬に幼馴染と、友達5人殺されてるんだ」

「……そ、そんな」


 エルレアは絶句した。


「なら、なおさらどうしてミサキと一緒に居るのですか? まさか、復讐するために……」

「違うよ、私は岬のことが好きだから。そして岬も私のことが好きだって、必要だって言ってくれた。だから一緒に行動してるの」


 一切の曇りが無い笑みを浮かべる百合。

 陽気な声で話す百合に、エルレアはさらに混乱した。

 大事な人を殺されたのになぜ笑えるのか、全く理解できなかったのだ。


「憎んだりはしないのですか?」

「そういう気持ちが全く無いわけじゃないよ。でもそれを塗りつぶして見えなくなるぐらい、私は岬に染められたの。他人の命よりも尊い恋をした時に、エルレアにもきっとわかるよ」

「わかりたくはありません」


 頑なに心を開かないエルレアに、百合は苦笑いを浮かべた。

 わかりたくなくてもわかってしまう、それが恋なのに、と心の中でつぶやきながら。


「あれ、そういえばユリは女性ですよね?」

「うん、見ての通り」

「ミサキも女性ですよね?」

「そうだね、見ての通り」

「じょ、女性同士で……好き合っているのですか!?」

「そういうことになるのかな」


 百合は、岬が元男であることを、話がややこしくなるので黙っておくことにした。

 男だった頃の岬を知らないエルレアに話しても無意味だろう。


「そういう嗜好があるとは存じていましたが、理解できません。あなたたちは理解できないことばかりです。そう、ミサキがどうしてそこまで王国を憎むのかも」

「ミサキが王国を憎んでるのは、大事な幼馴染を殺されて、その罪が自分に着せられたからだよ」

「王国が、濡れ衣を着せたのですか?」

「自分たちの利益のためにね。騎士団や、色んな権力者の思惑が絡んでたって私は聞いてる」

「それは……確かに、同情すべき境遇です。強い復讐心を抱いてしまうのも仕方のないことでしょう」


 仮に被害者が彩花ではなく、罪を被せられたのが岬で無かったとしても、恨みを抱かない人間は居ないだろう。

 しかし――


「ですが、仮に復讐のためだと、一切の良心の呵責なく、沢山の人を殺せてしまうものなのでしょうか」

「その疑問には私も含まれてる?」

「当然です」


 百合も岬とそう変わらない人数を殺しているのだ。

 そして今、平然とした顔をして、こうしてエルレアと話せている。

 間違いなく、まともではない。


「そっか。じゃあまとめて説明するけど、きっと私たちは、人間として大事な何かが壊れちゃってるんだと思う」

「壊れる?」

「そう、命に対する価値観とか、普通の人だったら制御できるはずの欲望とかが」


 でなければ、まともな人間が後天性のシリアルキラーになどなれるはずがない。

 壊れているのではなく、生まれつき存在していない人間なら話は別だが。


「岬は幼馴染が死んだ時……ううん、ひょっとするとそのずっと前から。そして私は、岬に愛された時に壊されちゃったんじゃないかな。だから、エルレアが理解できないのは当然のことなんだよ」

「壊れたものを理解することはできない、と言うことですか」


 エルレアは理解しながらも、納得はできていなかった。

 彼女は善性の塊のような人間だ。

 だから、理解さえできれば岬を説得して、罪を認めさせることが出来ると信じている。


「私がこんなこと言うのも何だけどさ、エルレアが少しでも自分を大事にしたいと思ってるんなら、あんまり岬とまともに話をしない方が良いと思うよ」

「なぜですか?」

「岬って抱いてくれる時は優しいんだけど、精神面ではサディスティックな部分があるから。たぶん……エルレアのこと、壊して、同じ此岸に引き寄せようとしてるんだと思う」

「なっ……」


 エルレア、二度目の絶句。

 王国出身であるにも関わらず、なぜ自分一人だけが生き残ったのか疑問には思っていたのだが。

 彼女はてっきり、岬の中に残るほんの少しの良心がそうさせたのではないかと考えていた。

 そして、その良心こそが岬の心を開かせるための突破口になるはずだと。

 まさかそのような邪悪極まりない目的のために生かされていたとは、露ほども思っていなかったのである。


「言っても無駄かもしれないけど。それぐらいの魔性が岬にはあるから」

「サディストだろうと魔性だろうと、私は私です。これまでも、そしてこれからも、絶対に変わることはありません」

「自信があるなら止めない。一応、警告はしたからね」


 そう言って、百合は大きめの木の前で立ち止まった。


「さて、じゃあこのあたりでしーしーしよっか」

「し、しーしーって……私を弄んで遊ばないでください! まったく、あなたも大概サディストではないですか」


 エルレアは目を細めて百合を睨みつける。


「あっはは、岬のが感染っちゃったのかもねー」


 そんな視線もものともせず、百合はけらけらと笑っていた。




 ◆◆◆




 2人はなかなか帰ってこない。

 女同士で無駄話でもしているのかな。

 ラビーと2人きりの空間というのはそこそこ気まずくて、全くこちらを見ようとしない彼の背中を眺めながら、僕は居心地の悪さを感じていた。

 状況を打破しようと、試しに彼に話しかけてみる。


「ラビーってさ、なんでオリネス王国の出身なのにレグナトリクス王国で商人なんてやってたの?」


 話しかけると、「ひっ」と彼の背中がびくっと震えた。

 そんなにビビらなくても、オリネスの人間なら殺すつもりなんて無いのに。


「りょ、両親には実家を継げと言われていて。それがつまらなかったので……刺激が欲しいと思って、商人になりました」

「じゃあ良かったね、刺激的なシチュエーションに出会えて」


 返事はない。

 場を和ませようと思ったんだけど、我ながらブラックジョークが過ぎたか。


「ごめん、冗談だよ」


 殺させておいて”ごめん”と言うのも変な話だ。

 これが染み付いた負け犬根性ってやつだろうか、つい口から出てしまった。


「ボクは、この先どうなるんでしょう」

「さあ? 僕にもわからないよ。ひょっとすると途中で下ろすかもしれないし、面白いと思えばそのまま帝国まで連れて行くかもしれない」

「……帝国まで?」

「ああ、言ってなかったっけ。僕と百合の目的地は帝国なんだ、王国に復讐するには一番の場所だから」

「嫌な予感しかしません」

「まあ、少なくとも僕はレグナトリクスの人間じゃないラビーを殺すつもりはないから、その点は安心してくれていいよ」


 ラビーからやはり返事はない。

 ”お前と一緒で安心など出来るものか”と彼の背中から責められているようだ。

 今はこれ以上話しても無駄だと判断した僕は、片膝を腕で抱えて、虚空を見上げながら2人の帰りを待つ。


 普段は常に隣に百合が居てくれるからあまり気にならないのだけれど、実は僕の心は彩花の死から全く立ち直れていないらしくて。

 こうして誰とも会話せず1人になると、必ず彼女との思い出が記憶の奥底から溢れてくる。

 幼少期の温かい記憶。

 小学生から中学生あたりの、甘酸っぱい記憶。

 高校生の冷たい記憶。

 そして彼女の冷たい体。

 最後は必ず彩花の死で締めくくられ、僕は首を掻っ切りたくなる衝動に苛まれる。


 ああ……百合たち、早く帰ってこないかな。


 思い出という名の苦痛の中で、僕はひたすらに彼女たちの帰りを待ち続けた。






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