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20  人殺し共のランデヴー

 





 入り組んだカプトの路地は、深夜で暗闇に包まれていることも合って、地図を頼りにしなければまともに進むことすらできない。

 続く戦争のせいで舗装に回す予算も無いのか、足元の石畳は至る所が砕けている。

 時折すれ違う呑んだくれた人々の目つきも、どこか荒んでいた。

 アイヴィから治安の悪化を嘆くような言葉は何度か聞いたことがあったけれど、それを肌で感じたのは始めてだ。

 華やかなのは表向きだけ、裕福になったのは一部の人間だけで、戦争に勝っても負けても、この国はすでに沈みつつあるのかもしれない。


 さらに路地を進む。

 できれば脱獄に気づかれる前に外に出てしまいたいんだけど、この調子じゃ意外と手間取ってしまいそうだ。

 大きめの家を右へ、さらにそこから階段を下って左の狭い通路へ。

 その通路を抜けると先には広めの通りがあり――僕はそこで、ナイフを握りしめる彼女と出会った。


「百合……」


 まるで僕を待っていたかのように、通りの真ん中に彼女は立っている。

 僕が名前を呼ぶと、儚げな笑顔を浮かべた。

 地図の存在はプラナスしか知らないはず。

 何が見守るだ、見るどころか思い切り干渉してるじゃないか。


「待ってたよ、岬」


 銀色の刃が街灯に照らされて、冷たく輝いていた。

 今の百合の表情から感情を読み取ることはできない。

 僕は思い切って彼女に尋ねた。


「そのナイフで復讐するために?」


 それを聞いて、百合は一旦目を閉じて言葉を咀嚼すると、ふるふると首を左右に振った。

 彼女は僕に近づき、「はい」と言ってナイフの柄を僕に差し出す。


「違うよ、私を殺して欲しいの」


 まるでキスでもねだるように、百合は言った。

 彼女の行き着く先が、憎悪、もしくは自己の亡失と思っていた僕にとって、それは思ってもいない提案で。

 反射的にナイフを受け取りながらも、その意図を理解できないでいた。


「岬から全てを聞かされて、まずあれが嘘だって可能性を考えた。けど、考えれば考えるほど辻褄が合っていくの。それが、私にとっては一番辛いことだった。そう……一番(・・)辛いことだった」

「広瀬のことは?」

「二番目。その次が、榮倉たちのこと。それに気づいた時、私ってなんて酷い女なんだろうと思った。大事な幼馴染の死よりも、その幼馴染を殺した挙句に私を騙してたやつのことを、今でも一番に考えてるんだから!」


 呪縛から解放するつもりで明かした真実は、さらに彼女を追い詰めてしまったらしい。

 百合はナイフを握る僕の手を両手で包み込み、そして刃の先端を首筋に当てた。


「もう、手遅れなの。後戻りできないぐらい、例え団十郎が殺されても忘れられないぐらい、私は岬にのめり込んでた。だから……責任とって、私を殺してよ」


 百合はたぶん、広瀬の死を悲しみたかった。

 嘆いて、絶望の淵に突き落とされて、二度と立ち上がれないぐらい傷つきたかった。

 けど僕は、彼女からそんな権利さえ奪ってしまったんだ。

 確かに彼女の言う通り、責任を取る必要がある。

 もっとも、僕は責任を取る方法が百合を殺すことだとは思わないけれど――


 僕は手から力を抜いて、ナイフを地面へと落とした。

 カラン、という音に反応して百合の体がびくっと震え、至近距離で目と目が合う。


「どうして?」

「百合を騙すような僕が、どうして言うことを聞くと思ったの?」

「や、やめてよ、ちゃんと殺し……あっ」


 ぬるりと絡みつくように百合の背中に腕を回す。

 体をピタリと密着させて抱きしめると、百合もすぐに抱き返してきた。


「殺して欲しいって言うんなら、もう少し躊躇うべきだと思うよ」

「ダメなの、我慢できないの。でも、こんなことしてたら、きっと私、すぐに団十郎のこと忘れちゃう」

「忘れてしまえばいい、あんなやつのこと」


 百合を傷つけたことを後悔しても、広瀬を殺したことを後悔することはない。

 もし僕が彼女を抱きしめることで、彼女が広瀬のことを忘れてくれるのなら、僕は喜んで何度でもやってみせる。


「簡単に言わないでよ! それって、今よりもっと酷い女になるってことだよ?」

「そっちの百合の方が、僕は好きだな」

「うそだ……私のことなんて好きでもなんでも無いって言ってたくせに」

「ああでも言わないと、百合が僕から離れてくれないと思ったから。好きなのは本当だよ、嫌いなやつと裸で抱き合えるほど僕は器用じゃないから」


 僕の言葉を聞いて、百合の手のひらが、背中でぎゅっと握られる。

 その言葉はある意味で、僕が始めて本心から百合に伝えた好意だったのかもしれない。

 まあ、もちろん彼女は信じてくれないんだけど。

 けれど信じる信じないとは別に、それは彼女が待ち望んだ言葉でもあった。


「絶対に間違ってる。わかりきってるのに……なんで、こんなに嬉しいんだろ」


 理性と欲望とのせめぎあい。

 勝負は見えていた。

 まともに拮抗してしまった時点で、理性に最初から勝ち目は無かったのだから。

 僕はそれを理解した上で、百合に囁いた。


「百合、お願いがあるんだ」

「やめて……」

「どうか僕と――」

「聞きたくない!」


 主導権はとっくに、僕の方にある。


「一緒に、付いてきてくれないかな」


 ゆえに、百合に拒否権なんてなかった。


「ひどいよ。拒めないのわかってて、そういうこと言うんだ」

「当然」

「は、はは……私は……っ」


 表情は見えないけれど、百合は少しだけ泣いていたのかもしれない。

 もう二度と”普通”に戻ることは出来ないのだと嘆いていたのだろう。

 常識との決別に彼女が要した時間は、ほんの10秒ほど。

 別れを終え、吹っ切った彼女は少し体を離すと、僕と真正面から見つめ合って言った。


「……私、頑張ってたくさん人を殺すから。だから、今度は見捨てたりしないでね?」


 言葉とは裏腹に、彼女の顔には純粋な笑顔が浮かんでいて――


「大丈夫、死んだって捨ててやらないから」


 ――僕は彼女の純粋さに、僕なりの誠意で応えた。

 文字通り、死んだって一緒に居るつもりだと決心を固めながら。

 そして手を取って走り出す。

 カプトの出口は、もうすぐそこにある。






 …………………………






 水木仙一郎は苛立っていた。


 全ての発端は折鶴の死から始まったように思える。

 その後、クラスの生徒たちが次々と死んでいった。

 別にそれ自体はどうでもよかったのだ。

 だが彼らの死によって、口説く予定だったアイヴィが多忙になり、露骨に避けられるようになっていった。

 予定では、今頃とっくに抱けているはずだったのに。

 それが、彼を最も苛立たせていたのだ。


 その鬱憤を晴らすように、かねてから躾けてきた(・・・・・)(くすのき)を毎晩のように呼び出すようになった。

 楠も楠で中々強情な女で、ここまで繰り返せばほとんどの女は諦めるものなのだが、中々心が折れない、抵抗をやめようとしない。

 時に友人と共に嬲ってみたり、写真をネットにばらまくと脅したり、胡散臭いハーブも使ってみたりしたが、彼女の心が揺らぐことはなかった。

 それもまた水木を苛立たせる一因だったが、今のこの世界には他に抱ける女も居ないので、とにかく楠を使う(・・)しかなかった。


 そんなある日のこと、楠が水木の誘いを拒んだ。

 写真で脅しても、「別に構わない」と強がりでも何でも無く跳ね除ける。

 どうやら白詰と関係を持ったことで、自信をつけてしまったようだ。


『岬くんは、写真を見たって私のこと嫌いになったりしないって言ってくれたから』


 楠の生意気な態度に、水木のストレスは一気に膨らんでいく。

 そして彼が3度目に誘いを断られた夜。

 フラストレーションを限界まで溜め込んだ彼は、感情に任せて楠を殺した。

 2人で話がしたいと言ってルームメイトを追い出し、警戒する楠の首を締めて、何度も何度も机の角に頭を打ち付けて殺した。


 その時、水木は久しく忘れていた”爽快感”という感覚を思い出していた。

 性欲処理が出来なくなったのは痛いが、アニマ使いの減少を恐れた王国がなぜか水木を守ってくれたし、以前から目障りだと思っていた白詰が身代わりに処刑されることになったからだ。

 それに、楠の代わりはどうとでもなる。

 高校生のガキなんてちょろいものだ、加えてこの世界にも異性慣れしていない女は沢山いる。

 ――ああ、もっと早くに殺しておけばよかった、なんていい気分なんだろう。

 もう彼を邪魔する者はいない、こんな気分がずっと続くはずだ――白詰の脱獄は、そう思った矢先の出来事だった。


「くそっ、こんな夜遅くに起こしやがって!」


 宿舎で気分良く寝ていた水木は、宿舎全体に鳴り響くアラームで目を覚ました。

 すぐさま全員が玄関に集まり、アイヴィから脱獄した白詰の追跡命令が下される。


「40分も看守は何してたんだよ……使えねえな」


 アイヴィから聞かされた話によると、白詰の脱走からはすでにそれぐらいの時間が経過しているのだという。

 つまり、とっくに王都カプトから離れているということだ。

 果たして追跡した所で発見できるのか。

 しかし、水木はできれば自分で白詰を発見したいと思っていた。

 ギロチンでの処刑もいいが、このイライラを収めるためには、自分の手で白詰を殺すことが一番なのだから。


 南門に到着した生徒たちは、順番にアニマを発現させ、3~4人のチームを編成して出撃していく。

 順番を待ちきれない水木は列を無視して前へと進み――


「マリティアッ!」


 悪意(マリス)の名を冠するアニマを発現させた。

 紫色の刺々しい、臀部に付いたサソリのような尻尾が特徴的なそのアニマは、相手のHPをじわじわと減らす毒を使っての戦法を得意とする。

 俺を苛立たせる白詰は、毒で苦しめて苦しめて殺してやる――と意気込んで夜の平原に繰り出すマリティア。

 だが、次の瞬間。


 ドウゥンッ!


 左肩に何者かが放った銃弾が直撃、仰け反りながら3歩ほど後退し、地面に手をついた。


「ぐぁ……んだよ、いきなりっ!」


 マリティアは悪態をつきながら立ち上がる。

 水木がHPに目をやると、890/7920という表示が見えた。


「うそだろ、今のでそんなに削られたのか? じゃあもう一発食らっ――」

「仙一郎、危ないッ!」


 レスレクティオがマリティアを庇おうと駆け寄るも、弾速の方が遥かに速い。

 ドォンッ!

 続けて放たれた2発目は腹部に命中。

 HPは0になり、障壁は消滅し、彼の横腹は半円形にえぐり取られていた。


「あ……?」


 状況も理解できなければ、痛みも感じられない。

 脳が何もかもを理解するよりも早く、マリティアはガシャンと地面に倒れ込み、水木は意識を失った。

 周囲に居たアニマが慌てて倒れた彼に駆け寄る。


「狙撃かっ? 馬鹿な、ウルティオに武装は無かったはず。それとも誰か協力者でもいるのか!?」


 レスレクティオは盾を構え、次の攻撃に備えるべくマリティアの前に立ちはだかった。






 …………………………






 僕は水木が倒れたのを見届けると、立ち上がった。

 役目を終えた黒い長銃は、光の粒となって消えていく。


「これで少しは気が晴れたかな……彩花」


 ここはカプトから離れた場所にある小高い丘の上。

 ちょうど南門を見下ろすような位置にあり、狙撃するにはうってつけの場所だった。


 射程、威力ともに優秀な可変ソーサリーガン狙撃形態(モードアンサラー)

 加えて、魔弾の射手(イリーガルスナイパー)の発動。

 一時的にHPを0にすることによって、射撃武装の射程、威力が増幅するスキルだ。

 この2つの組み合わせによって、探知不可能な超長距離からの狙撃を可能とする。

 これが――彩花を捕食したことによって、僕が手に入れた力だった。


「そろそろ逃げた方がいいかもね、何体かアニマが近づいてきてる」


 百合が先んじて出撃した3体ほどのアニマを見て言った。

 彼女は薄い桃色の、腰周りのスカートブレードが特徴的なアニマ”イリテュム”を纏っている。

 確かに追っ手が近づいていることを考えると、さっさと逃げるのが正しい選択なんだろう。

 だけど僕は、どうしても水木に一矢報いておきたかった。

 仮に命は奪えなかったとしても、カプトを離れる一つのけじめとして。

 そして、あえて逃げなかった理由はもう一つあった。


「いや、もう少し引きつけよう。これはチャンスなんだ、ウルティオの力が知られてないうちに出来るだけ多く仕留めておきたい」


 彩花の件で捕食スキルの存在は知られてしまったけれど、それが能力を取り込む物であると知っているのはプラナスだけだ。

 つまり僕を追うクラスメイトたちは、どいつもこいつも僕のことをただの雑魚としか思っていない。

 追いつきさえすれば、簡単に倒せるはずだと油断しきってるんだ。

 こんな絶好のエサを逃す手は無い。


「そっか、私が岬に味方してることもまだ気づかれてないしね」

「そういうこと。森で3体とも仕留めるつもりだけど、付き合ってくれる?」

「わざわざ聞かないでよ、私は岬の言葉にならなんだって従うよ。命だって賭けられるんだから」


 そんなやり取りをしながら、僕たちは迫りくる3体のアニマを十分にひきつけ、王都カプトの南、シルヴァ森林へ向かって進んでいく。


 プラナスから受け取ったバックパックには、王都カプトの地図とは別に、王国全体の地図も入っていた。

 さらに別のメモには、向かうべき場所と、そこで帝国に入るための手引をしてくれる人物の名前も記されている。

 帝国の使者を呼び出した時に出来た繋がりを利用して、準備してくれたんだろう。

 目的地はここから遙か南――帝国との国境付近にある町、シノロだ。

 さて、帝国に入るまでに何人減らせるのかな。






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― 新着の感想 ―
いやほんとすげぇよ 俺許されるクソビッチとか地雷中の地雷なんだけど百合は普通に受け入れられている 百合を選んでくれてありがとう
[一言] 百合ドロドロ依存最高や・・・
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