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100 異世界の旅は希望と共に

 





「くはははははははっ、はははははははっ!」


 城の前に、リアトリス――いや、”リグリスティス”の笑い声が響いた。


「ビオラよ、今日はめでたい日だな! 思わず笑ってしまったわ!」

「気持ちはわかるけど静かにしてよ、リズ」


 リグリスティスの隣に寄り添うのは、以前よりも髪の長くなったビオラだった。

 メイド服はもう着ておらず、帝都に住む住民と同じような服装をしている。


 ビオラは――結局、リアトリスの死から1人では立ち直れなかった。

 リアトリスの存在は、あまりに彼女にとって大きすぎたのだ。

 そんな中、生前に彼女が進めていた”複製脳”プロジェクトは、プラナスが帝国に来たことで加速度的に進むこととなる。

 元より脳のコピーは完成していたので、あとは人に近い肉体をどう作るかだった。

 最初こそ、プラナスは『アイヴィに関係が無いなら興味はありません』と突っぱねていたが、ノイラ・マルティフォラが煽ったことで状況は一変した。

 2人は一切協力することはなく――ライバルとして切磋琢磨しあい、終いには完全に人間にしか見えないリアトリスの肉体を作り上げたのだ。


 さて、こうしてプラナスが帝都に来て半年ほどで、リアトリスのコピーはこの世に生まれたわけだけど……ビオラがそう簡単に納得するわけがない。

 所詮、コピーはコピーなのだから。

 でも――作られたコピーであるリアトリス自身も、自分をコピーだと理解していた。

 そしてビオラがコピーである自分を受け入れられないことも把握した上で、自らこう名乗る。


『我の名はリグリスティス・スピカータ。リアトリスとは似て非なる者だ』


 リアトリスは死んだ。

 その事実は否定しないし、ビオラの心にはいつまでもリアトリスという存在が生きつづけるだろう。

 それを肯定した上で、さらにこう告げる。


『だが、我の中にあるビオラへの想いは本物だ。だからどうか――リアトリスではなく、我と恋をしてくれぬか?』


 それでもビオラが心を開くまで時間を要したが、今では見ての通り(・・・・・)

 2人は仲睦まじく、手をつなぎ合うまでの関係に発展していた。


「もう皇帝じゃないんだから、静かにしてないとまたつまみ出されるわよ?」

「うむ、今はビオラのためだけの我だからのう。お前を困らせたくは無いので黙っておく」


 そんな2人のやり取りをすぐ近くで眺めていたのは、以前より髭の伸びたクリプトだ。

 彼の右手には義手が付いており、以前と遜色ない感触で動かすことが出来るという。

 そしてもちろん彼の隣には、1年前と比べて女性らしさの増したキシニアが立っていた。


「四将がこうもごっそり抜けると、城も寂しくなるな」

「戦力的にも、だろ? キシシシシ」

「それは否定せんがな。以前に比べれば治安もマシになった、今なら俺とキシニアが残っていれば問題も無いだろう」

「そうだねェ。さすがにもうあたしらを潰して下剋上しようだなんて阿呆も残ってないだろうし」


 以前のキシニアなら、”俺とキシニアが残っていれば”というフレーズを必死になって否定した所だろう。

 だが、今の2人にそんなやり取りは必要ない。

 ……とにかく、色々あって、関係が深まったから。

 2人の関係にまだ名前はついていないらしいけど、帝都住民の間では”婚姻間近”という噂が流れているんだとか。

 もちろん皇帝であるクリプトは噂を知っているはずだし、それでも否定しないってことは――近々、ってことなのかもね。


「王国残党もミサキたちのお陰で全滅、汚染者も大体片付いたし、無限円環エンジンの処理も完了、オリハルコン自体の処理も終わった。旅立つには頃合いだよ」

「できれば残っておいて欲しかったが、仕方ないか」


 それがクリプトの本音なんだろう。

 でも、申し訳ないけど、決めたことだから。


 今日、この日――僕らは帝都を出て、旅に出る。

 王国、そしてエリュシオンとの戦いから1年が経過し、帝国も随分と元通り――いや、以前以上の発展を見せている。

 そんな帝国を見て、”義理を果たした”っていうと冷たいように聞こえるかもしれないけど、これ以上僕の力は必要ないと思ったんだ。

 行き先は、もちろん南の島。

 戦いが終わる前にフランに話していた通り、戦いのない平和な場所でゆっくりと生きていくための旅立ち。

 同乗人は、彩花と、百合と、エルレアと、フランと、お姉ちゃんと――あと、偶然にも行き先が一緒だった、プラナスとアイヴィ。

 それと、何故かオリネス王国から帝都に戻ってきた、ラビーも一緒だった。


『確かに夢はありますけど、まずはミサキさんたちの行く末を見届けたいと思ったんです』


 そう言って僕らの前に再び姿を現した彼は、現在カーゴを引くためのアニムスに搭乗している。

 さすがにこの人数じゃ、馬車での移動は厳しいからね。

 型落ち品をスキャンディー運輸から譲ってもらったってわけだ。

 その時に、初めて社長にあったけど――確かに、すごい人だった。

 僕のことは気に入ってくれたみたいだけど、あんな筋肉隆々の女装家にまた会いたいとは思わない。


「王都から旅立つときとは違って、なんかワクワクしてきちゃった」

「確かに、あの時とは全然違うね。こんなに先が楽しみな旅なんて初めてかも」


 人殺しのない旅は初めてだ――って、それは僕が異常なだけなんだろうけど。

 百合と一緒に過ごす旅路は、純粋に楽しみだ。

 どんな碌でもない場所でも、絶対につまらない旅にはならないって確信できる。


「岬くんはインドア派だったから、旅とかあんまり行かなかったもんね」

「彩花も付き合ってくれてたけど、本心ではアウトドアの方が好きだったり?」

「どっちでもいいよ、岬くんが傍にいてくれるなら」


 この1年で彩花はずいぶんと染まってしまったようで。

 百合たちに負けず劣らず、大胆な発言も増えてきた。

 そのうち手玉に取られそうでちょっと怖いかも、なんてね。


「これはいわゆる旅行、というやつになるのですよね。でしたら、私は初めての体験かもしれません」

「あれ、そうなの?」

「あんな体でしたから、遠出は難しかったのです。ミサキと出会えなかったら、一生経験できなかったかもしれませんね」


 僕をやたら持ち上げるエルレアの言葉にも慣れて、僕は彼女の言葉を安易に否定しないようになった。

 僕が居なければエルレアはあの町で生涯を終えて、外にも出られず、愛も知らず――と、それぐらい傲慢な方がエルレアの好みらしいから。

 支配するって柄じゃないけど、彼女がそれを望むのなら、僕は全力で望まれる自分になろう。


「戦いも、人殺しもない場所かぁ……やっぱり、まだそんな場所で過ごすわたしは想像できないかな」

「実際に行けばわかるよ。それにフランも、ここ1年で随分と変わったじゃないか」

「そうかな? 自分じゃよくわかんないけど……でもお姉さんがそう言うならそうなんだろねっ」


 この1年で一番変わったのは、間違いなくフランだ。

 成長期だということあって、顔も体も大人びてきたし、今のフランに迫られると、僕もちょっと危うい。

 でも、一応まだ、手は出していない。

 ……落ち着ける場所に到着したら受け入れる、って約束はしてるんだけどさ。


「岬ちゃんとの旅行かぁ……何年ぶりだろう、あれはまだ岬ちゃんが赤ちゃんの頃だったから……」

「一応、うちも子供連れの旅行とか行ってたんだ」

「私が幼稚園の頃だけどね、ギリギリ物心ついてて覚えてるってぐらいかな」

「じゃ、実質初めての家族旅行だね」

「その家族っていうのは……お姉ちゃんとして? それとも――」

「お嫁さんとして」

「そ、そっか……んふ、ふふふ、んふふふふぅっ……」


 約束通り、戦いの後に帝都に戻った僕は、お姉ちゃんに正式に告白をした。

 晴れて恋人同士になり、契りを結んだわけだ。

 かと言って、僕らの関係が変わったかと言えばそうでもなくて――形は変わらないまま、関係が強固なった、って感じかな。


「騒がしい旅になりそうですね。……私はアイヴィと2人がよかったのに」

「ふふ、まあそう言うなプラナス。どのみち私たちにも足は必要だったんだ」

「でも……」

「他人の目など気にする必要ない、そう言っただろう?」

「アイヴィ……んっ」


 人目をはばからず、口づけを交わすプラナスとアイヴィ。

 そんな2人の様子を、見送る人々は呆れた様子で眺めていた。

 ……プラナスとアイヴィに、僕のことをとやかく言う権利は無いと思う。

 この1年、ノイラと競い合いながら次々と新発明を生み出していた彼女だけれど、僕たちの旅立ちに合わせてアイヴィと旅に出ることに決めたらしい。

 行き先はどこなのか知らないけど、しばらくはついてくるそうだ。


「みなさんの幸せな旅に、ボクなんかが着いていっていいんですかね。今さら不安になってきましたよ」

「自分で戻ってきたくせに何言ってんだか。それに、ラビーだって恋人を探すために旅についてくるんでしょ?」

「そうですけど……色々と目が肥えてしまって困ってるんですよ、みなさん美人ぞろいですからね。ボクを満足させるような女性は果たしてこの世に存在するのか……」

「いっそ男性に走ってしまえばどうですか? たぶんラビーさんだったら、女装とか行けると思いますよ!」

「なんてこと言ってるんですかエルレアさんっ!?」

「確かにエルレアの言うことにも一理あるよね。仮に誰かと出会ったとしても、ラビーよりミサキの方が魅力的だからそっちに流れそうだし……」

「血も涙も無いですねフランサスさんッ!」


 彼も何だかんだで、馴染んでると思う。

 やる時はやる男だし、きっとどこかで、理想かどうかはさておき、相性のいい女性に出会えることだろう。

 出会える……といいなあ。


「じゃ、そろそろ出発しよっか」

「はい、わかりましたっ!」


 僕が声をかけると、アニムスが前進を始める。

 リグリスティス、ビオラ、クリプトにキシニア――他にも帝都でお世話になった人々や兵士たちが手を振る中、僕は群衆の中にとある女性の姿を見かける。

 ソレイユだ。

 彼女は帝都に暮らし、人々の温かい心に触れて、徐々にまた他人を信じられるようになりつつある。

 良い男性にも巡り会えたようだし――きっと、幸せな余生を送ることだろう。

 ソレイユに向けて手を振ると、彼女も笑顔で僕に手を振り返してくれた。

 ああ、良かった。

 これでもう、帝都に心残りは無い――




 ◇◇◇




「それで、最初はどこに向かうのですか?」


 エルレアがプラナスに問いかける。


「南にあるマトゥリーニという町に向かいます」

「あれ、それって華燭(かしょく)都市マトゥリーニですか?」

「かしょく……?」


 ラビーが言った華燭都市という言葉に、フランが首をかしげる。

 それは僕もわかんないな、何で有名な町なんだろう。


「ああ、そこで私とプラナスはけっ――」

「わーわーわー! ダメ、ダメですアイヴィッ、それをこの人達にばらしてしまっては!」

「いいじゃないか、どうせ出席してもらうんだろう?」

「そうですけどぉ! 先に知らせたら……絶対に厄介なことになるじゃないですかぁ」


 けっ……ってプラナスが何か言いかけてたみたいだけど何のことだろう。

 続く言葉が何なのか考えていると、先に百合が答えにたどり着く。


「あ、もしかして結婚?」

「……うっ」


 プラナスが苦しそうな声を出した、正解らしい。

 結婚と聞いて、特に目を輝かせたのは……お姉ちゃんだった。


「プラナスさんっ、その話をぜひ詳しくっ!」

「ぜひと言われても……ただ、アイヴィが指輪を用意してくれて、プロポーズされたからとしか……」

「プロポーズゥッ!」


 何を妄想しているのか、お姉ちゃんは鼻息を荒くしてそう叫んだ。

 そう言えば、プラナスとアイヴィの左手の薬指にはおそろいのリングが嵌められている。

 よく今まで誰も気づかなかったな……。


「わ、私も岬ちゃんにプロポーズを……プロポーズ……って、似たようなことをついさっき言われた気がする……!」


 お嫁さんとか言ってたね、確か。


「岬ちゃんっ!」


 お姉ちゃんは素早い動きで僕に近づくと、僕の膝の上で横になるフランの頭を撫でていた手を、強く握りしめた。


「私たちも結婚しよ?」


 言うと思ったよ。


「だ、ダメですよお姉ちゃんっ、私だって岬くんと結婚したいんですから!」


 そして対抗するために左手を握る彩花。

 僕との血縁関係を明らかにしてからは、いつの間にか僕と同じように”お姉ちゃん”と呼ぶようになっていた。


「じゃあわたしもミサキと結婚するー」

「どうせならみんなでやればいいんじゃない。ね、岬?」


 帝国から受け取ったお金はたっぷりあるし、教会の都合さえ付けば、別にやってもいいけど――

 そういや、一番食いつきそうなエルレアは、珍しく黙ってるな。


「エルレアは、実はこういうの興味なかったりする?」

「婚姻など結ばずとも、私はとっくにミサキのものですから」


 そういうスタンスか。

 でも、せっかくやるならエルレアも一緒がいいかな。


 わいわいがやがやと、結婚式について騒ぐ僕らを見て、プラナスは大きくため息をついた。


「だから言いたくなかったんですよ……」

「賑やかになっていいじゃないか。私たちの式が邪魔されるわけでもあるまいし」

「そうですけどぉー」


 まあ、プラナスの気持ちはわからないでもない。

 彼女にとって、それだけ結婚式は特別な儀式なんだろう。

 そして、完全に蚊帳の外になってしまったラビーは、1人「彼女欲しいなぁ」と愚痴る。


 旅はまだ始まったばかりだと言うのに、カーゴの中はやけに騒がしく。

 僕がこの旅に抱く希望は、膨らむばかりだ――




 ◇◇◇




 捕食に目覚め、復讐が始まり。

 彩花が殺され、旅が始まった。


 何もかもを奪われた僕は、復讐の過程で沢山の人との繋がりを手に入れて、それら全てを失い。

 そして旅の終わりにまた――全てを手に入れた。


 力もある、知恵もある。

 そして喪失の痛みまでもを知る僕たちは、もう二度と同じ過ちを繰り返さないだろう。


 後の歴史書によると、帝国と他国の戦争が起こりそうになる度に、”謎の黒いアニマ”が颯爽と現れ戦いを台無しにしていったらしいけど、それが白詰岬の仕業だったかどうかは、あえて伏せておこう。

 そういうのって、正体不明の方がかっこいいからね。


 帝国より始まった新たな旅を終え、安住の地にたどり着いた僕らを待っているのは、変わらない、誰一人として欠けない、平穏な日々。

 求めあい、満たしあい、常に暖かな日差しだけが降り注ぐような、物語と呼ぶにはあまりに平坦な毎日。




 愛しい誰かの声が聞こえる。


「岬、寝てるの?」


 ゆっくりと目を開くと、優しく微笑む彼女の姿がそこにあった。


「良かった、起きてくれた。お昼ごはん出来たよ」


 いい匂いが鼻をくすぐる。

 今日の昼食は――そういや、僕の好物を作るって言ってたっけ。


「みんな岬のことを待ってるから、早く来てね」


 ああ――食いしん坊の誰かは、僕が遅れると怒ってしまうから。

 少し気だるさの残る体を起こし、部屋を出てリビングへと向かう。




 ……そう、こんな感じで。

 語られるべき逸話はもう残されていない。

 ドラマチックな展開なんてあまりに縁遠い。

 惚気以外の目的で、他人に話すようなものじゃない。

 だから、ここで物語は終わる。




 僕らは残りの生涯を、ただただ幸せに過ごしました。

 めでたし、めでたし。

 ――そんな、お伽噺のようなわかりきった未来だけを残して。






ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。

これにて完結となります。

最後の展開については色々と思われる方もいるかもしれませんが、これが私の書きたかった結末でした。

今日までハイペースで話を進めることが出来たのは、いつも読んでくださるみなさんのお陰です。

本当に、重ね重ねありがとうございました!


あと最後にこんな事を言うのも何ですが、感想、レビュー、評価、その他諸々お待ちしています!


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― 新着の感想 ―
良かった!途中で、あ、これはもしかして……と思いましたが良い展開でした。 ただ、フリーシャ……とは思いました。
[一言] いつかプラナスが男の象徴を生やすお薬作ってアイヴィと子供作る光景が脳内に浮かんでしまった.. そしてこの作品のおかげでグロ耐性が爆上がりしました! もうほとんどの作品でグロ系で気持ち悪くなる…
[良い点] 頭から終わりまで本当に素晴らしかったです しばらく作品世界から帰って来られない
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