昭和の想い出 その2
様々に転戦する記憶。
それからもB公とは何回か出合っているはずだが。
憶えているのは下方から、虚しい機銃弾を吹き上げるだけなのと。
先に上がっての上方待ち伏せが功を奏して、やってきたB公へ急降下しながら機銃を撃ちまくりつつ、その大きな期待の脇側をすり抜けていった。
そのただの二つ。
空襲を受け、燃え盛る帝都の炎は眺めていてとても悔しくて涙が出た。
それよりも、従事していて段々と心が握りつぶされそうになってく作戦もあった。
沖縄に出撃していく若い少年たちを護衛して飛ぶ、それだ。
あまり話すこともなく遠目に見ていたその少年たちは笑っていた。
彼らと一寸話してみれば「済みません。撃墜王になります!」という。
初陣であっても。敵空母に体当たりして見せれば、空母に載っている敵飛行機たちがいっぺんにバラバラになってしまう。そういう事を彼らは皆狙い、想い描いていた。
「しっかりやれ」と言うほか、投げかける言葉はない。
泳ぐような心持で別れた。
自由自在に飛ぶ飛行機の楽しさをもっと知って欲しい。
一機だけでもいい、敵機を落としてやりたい。
そんなどうしようもない思いをいつも持っていた。
その作戦途中だったのだろうか。
細かな事は覚えていないが郷里に帰った風景とやり取りだけは覚えている。
久々の実家に戻って父母兄弟でやり取りしているなか。
親から「特攻か、特攻なのだろう?それだけは止めてくれ」と腕縋られるように言われた。それに対して、軍機密の蓋を破ってはっきりと言った。「皆盛り上がって頑張っているのに何だ!国賊!」
その席を蹴って駅に向かって家を出た。話をしても分からない父母に対して未練はなかった。
ついに私も特別攻撃出撃を受命した。
その時ほど、開放感に満ちた時はなかった。
色々な事から解き放たれるのだ。
出撃時。機体点検の為に周りを回るとき。翼の下に装着された爆弾をコンコン触ったり叩いたりする。
機体に乗り込む前に最後の土の感触を確かめるために、数回地面をドンドンと踏み鳴らした。
発動機の鼓動がやけに胸に染み入る。
周りをみると人形を胸に抱いたり、白い骨箱を大事に操縦席に運ぶ者もいた。
既に特攻機を護衛する戦隊が空に舞いあがっていく。今までの自分はそこに居たのにな、という思いを打ち振る。
いつもの通りの出撃だ。
そう自分に言い聞かせつつ、機体を滑走路に進ませる。
飛んで左側に開聞岳がそびえたつ。
雲海を眺めつつ、色々と頭を巡らせつつ幾度も涙がでる。
余もすればいつの間にが、護衛の戦隊が上空に上がっていく。いよいよ戦域に到着したわけだ。
組んぼ烈の混戦の中、沖縄島が見えてきた。
沖縄島の周りには黒ごま粒をばら撒いたような点々が見えた。
「あれが全部米軍なのだ」
「必中必沈!」精神的な匕首が開いた。
次に覚えているのは「何にでも当たればいい」と思っていたのが結局大物狙いになっていたことだった。
平べったいものに向かって突入していったのだから、やはり敵空母なのだと思う。
熾烈な弾幕がこちらに向かって、容赦なく飛んでくる。
ガンガン!石油缶に籠っている周りをこん棒で叩きつけられているようなものだった。
だけど何故か怖くなかった。黙々と作業を続ける。そんな感じだった。
段々と灰色の壁が飛び込んでくる。
ぽっかりと右顔半分が持っていかれた。
風景も記憶も真っ白になった。
それから先は一切ない。
精いっぱいに飛んで生きた、この青春。
今の時代では理解してもらえない。
隣に座っている老人が従軍経験者として、周りから敬意を払ってもらえようとも。
私にはそれはこないのだ。
逆にニヤニヤされて「はいはい」と片づけられてしまうのだ。
だけども。
この鮮烈な想い出があるのも事実。
性同一性は具体的な物証はなくとも、社会的には認められた。
なら、いつかは。
生まれ変わりの記憶も、いつかは認められる時が来よう。
そう思おう。
でないとやり切れない。
ぐるぐる巡る、昭和の想い出と共に。
あの時代を生き切った、同窓たちに。
全ての物事に。
祈りを持って、キーを叩くことを終わりとする。
そして終には解放される。