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来訪者のブレザーの上着の襟に差されたピンの色――青色から判断するに、最上級生である第三学年、つまり神無先輩と同学年のようだ。
先輩とは顔見知りなのか、特段居づらい雰囲気は感じられない。
「急にどうしたんだ、明子。いつにも増しておかしくなことを言うじゃないか」
「あら、失礼ね。私がいつおかしなことを言ったっていうの?」
憤慨だ、とばかりに頬を小さく膨らましてみせる明子と呼ばれた人物。それを見た先輩はやれやれと首を横に振る。
「そんなことを言ってると昨日のことをうっかり話してしまうかもしれないぞ……?」
と先輩がいうなり慌ててわざとらしく大きな咳払いをする明子先輩(仮)。事情はよくわからないが、よっぽど他人に聞かれたくないことのようだ。何だろう。気になる。
「そっ、それはともかく。この話は割と真剣な話なの。もう一回訊くわ。あなたたち、合宿に行くつもりはない?」
「ないことはないが……。私だけでは判断しかねる。というか君はさっきから後輩くんのことを無視しすぎだ。この部活は私だけのものではないのだぞ」
「あら、ごめんなさい。無視してたつもりはないのだけどね。私は落葉松明子。明子、と呼んでもらって構わないわ。あなたのお名前は?」
僕には無視されていると感じられなかったのと同様、明子先輩(公認)には悪気などなかったようで、僕も軽く会釈をしてから名乗る。
「へえ……。そういう読み方をするのね。では親しみを込めてあっちゃんと呼ばせてもらうわね。よろしくね」
僕の名前は漢字自体は珍しくないものの、呼び方が少々、というよりもむしろかなり、特殊なため、大抵の人は驚く。それは明子先輩も同様だったようだ。
「僕は合宿については全て先輩に任せます」
年下の僕が強気に出られるはずもない。僕たちの消極的な賛成に明子先輩は不満気だったけれど、そんなこんなで合宿に行くことが決まった。
過去に戻れるなら、少しでも楽しみにしてしまった自分を殴ってやりたい。
こんなことになってしまうなら、行くべきではなかったのに。