007
今日も真性魔法の練習を始める。あの物置部屋じゃ"フラッシュ"以外は使えないから、いつもの大樹にいる。ミリーが書いた魔道書も一緒だ。
ぺら
まず開いたのは風属性のページだ。一縷の可能性にかけて、杖を構え、唱えるのは風属性第1級魔法。
「魔力よ、集まり吹き荒れて、刃とかせ。我に仇なすものを切り裂け!"スライス"!」
杖に集まった魔力が風に変わり、放たれる。
やった!真性魔法なら風属性が使えるぞ!
風属性が使えたことで、調子にのってスライスを操ろうとする。
《"スライス"は制御不能に陥りました》
残念。真性魔法でも風属性は使えないか。
ふと、放った風の刃を見る。操る時に一瞬の抵抗があった魔法は、ゆっくりとしたスピードであらぬ方向ーーミリーが大切に育てている畑へと向かって行った。
ど、どうしよう。第1級魔法でも下手をすると十分人を殺せるくらいの威力がある。追加で操ってまた制御不能で家の方に行ったら、目も当てられない。
魔力の塊を当てて強引に消そうとも、僕の魔力が少な過ぎて消せやしない。と、そこで閃いた。否、閃いてしまった。
別の風を当てて相殺すればうまく消せるんじゃないかと。
急いでスライスの斜め前に移動して、魔法を放つ
「魔力よ、集まり吹き荒れて、刃とかせ。我に仇なすものを切り裂け。"スライス"!」
発動自体は問題ない。だからさっきと同じ威力で、うまく当たるような軌道を狙って放った。
新たに出現した風の刃は、狙い通りの軌道を描き、相殺する寸前に少しずれた。
え?何で?
その結果、暴走した風に吸収されて更に大きな風の刃となった。速度も上がったようだ。
「なんでー!!」
そんな僕の叫びとは裏腹に、どんどん畑に近づいていく。
こうなったら。と更に移動しながら軌道を読み、魔法を放つ。
「風よ我が命に従い、全てを切り裂け。"ウィンドカッター"!」
《属性"風"の親和性が不足しています。ウィンドカッターは制御不能に陥りました》
システムメッセージが聞こえるけど、発動出来れば問題ない。風の波刃は相変わらずゆっくりと放物線を描いて、スライスに向かう。
よし、今度こそ相殺できーーーは?
刃と波刃が当たる瞬間、刃のほうがまるで生きているかのようによけて、波刃と混ざり合う。
その結果、3個分の威力を持った風は、目の前にあった畑に直撃。3分の1ほどの野菜を細切れする。それでも止まらないで、畑の隅にあった小屋を破壊してやっと消えた。
ガラガラドガッシャン
小屋と農具が音を立てて崩れる。
やばい、本当にやばい。畑はミリーが「絶対に傷つけたらだめよ~」って言っていたし、小屋もロエルが慣れない日曜大工で一日かけて作ったものだ。どうにかしないと!いっそ一か八か再生魔法でも試してみるか。でも失敗する可能性が高いし……。
とオロオロしていると、「セルトちゃ〜ん。何か大きな音がしたけれど、畑で何かあったのかしら~?」
ミリーが心配して畑に近づいてくる音が聞こえる。いつもは間延びして優しく聞こえる声も、今は魔王の囁きのように聞こえた。
よ、よし。こうなったら野菜も小屋の残骸も一旦埋めよう。そうすれば後からなんとかなるし。そうと決まれば!
「土よ我が命に従い、全てを落として覆え!"アースカバー"!ぐっ」
魔力の使いすぎで気絶一歩前の痛みが走る。既に魔法を3回も使っていたし、もう今日は魔法を使えなさそうだ。だけど証拠は隠せたし、安心だ。
しかしそんなものを打ち砕くものを聞いた。
《魔力が不足しています。魔法範囲の一部が事象改変できませんでした》
嘘だ!だけど畑の一部を見てみると無残に切り刻まれた野菜が残っていた。隠そうにも、もう時間はない。
「セルトちゃ〜ん。何もなかった?大丈夫~?」
「う、うん。大丈夫、何も無かったよ」
ミリーが心配そうに聞く。罪悪感からか、僕は目を合わせられない。
「本当?ならわかったわ~。私は戻るわね~って、あら~?セルトちゃん、小屋がどこにも見当たらないんだけど、何故かわかるかしら」
ギクッ
「それにさっきちらっと畑を見たら、私が大切に育てていたハーブが切り刻まれていたんだけど、本当に何もなかったの?」
ギクギクッ
恐る恐るミリーを見る。ひっ!
ニコニコと笑顔なのに、目は笑っいないし、有無を言わせない雰囲気を纏っている。
「ごめんなさい」
俯いて謝る。するとミリーは目線を合わせて、僕に言い聞かせた。
「いい?セルトちゃん。自分が悪い時には嘘はついちゃだめよ。ついた嘘によっては友達を傷つけてしまうこともあるの。だから次からは、もし悪い事をしてしまったらまず、謝るの。いいわね」
「うん」
「よし。それじゃあ、何でこうなったのかしら~?」
「えっとー。それはーーー」
ミリーに大樹の所で真性魔法の練習をしていたことから話す。ああ、また異端児と言われて捨てられる。
すると、ミリーは驚いた様子で
「それは本当なの?」
「うん。物置部屋にあった本を見てフラッシュが出来たから、今度は属性魔法をやってみようって」
「じゃあもしかして、昨日の光も?」
「うん。あれはフラッシュの練習で魔力を込めすぎたのが原因だよ」
実際は根源魔法のライトニングだけど、いいだろう。どうせ同じ魔法だし。
でもミリーは驚いても蔑む様子もなく、僕を抱き寄せた。
「凄いわ!セルトちゃ〜ん、天才よ~!本を読んだたけで魔法が使えるなんて~! 」
「僕が怖くないの?」
ちらりとミリーの様子を伺う。
「そんなことあるわけないじゃない~。私だって5歳で魔法を使えたし~。貴族だと3歳でも珍しく無いのよ~。もう~、変な心配して」
ほっとしていると、更にぎゅぅうと抱きしめられる。って息ができない!
「お母さん、苦しいよ!」
「あら、ごめんなさい~」
そしてしばらく考えたのち、ミリーはこう言った。
「セルトちゃ〜ん。これからは一人で魔法の練習をするのは、禁止ね~」
「えっ!」
…まあでも冷静に考えるとそうか。普通3歳児が魔法を扱うのは危険過ぎるし。
「その代わり、これからは私が魔法を教えてあげるわ~」
「本当?」
「ええ、私はこれでも昔、名の知れた冒険者だったし、セルトちゃんが見た本以外にも、沢山本を書いているんだから~」
それは願ったり叶ったりだ。本だけじゃあどうしても限界が出てくる。それにミリーなら知りたいこともすぐに答えてくれるだろう。
「そうと決まれば、早速属性の適正検査を~って、そういえばセルトちゃ〜ん。パパが作った小屋はどこに行ったの?」
「えーっと、それなら………」
と埋めた小屋と野菜のことを言ったら、めちゃくちゃ怒られた。理不尽だ。