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隊長ディリオン

 ◆ ◆ ◆



 "気高きディリオン王はユニオンの護り手として志願した。名家の生まれであるにも関わらず、民草への慈しみから共に血を流すことを選んだのだ。その誇り高き行いに誰もがひれ伏した。

 護り手としての働きぶりは無論精力に満ち、これ以上無い程に素晴らしい護り手となった。配下にも民にも愛を持って接し、上役に対しては不正を許さず、悪を正したのだった。"



 ――「ロラン朝王本伝」より



 ◆ ◆ ◆


「それで、ヒロン殿。この"件"、どのように対処するべきでしょうかね?」


 ユニオンの一角、衛兵詰所。その中央部にある隊長の執務室には今二人の男がいた。

 一人は衛兵隊長のディリオン、もう一人はロラン家のヒロンという貴族だった。二人ともに豪奢な服を身に付け貴金属の装飾品で着飾っているが、ディリオンは悠然とした表情で言い放ち、対してヒロンは歯を食いしばり冷や汗を流している。


 路地の闇中での事件の後、ディリオンは衛兵隊へ潜り込んだ。衛兵の入れ替わり自体は珍しくはなかったし、一々相手の顔など覚えていない指揮官からは特に疑われること無かった。

 衛兵としての生活は寧ろ精力的に働いていた。生来の知恵を活かし、貧民として街の暗部を知る経験も手伝って功績を上げ続けてきたのだった。後々の為に文字の読み書きも必死に覚えた。そして、ディリオンはその功績や威信を無駄遣いしなかった。つまり、衛兵隊の中で積み上げた立場を十全につかって汚職に手を出したのだ。

 貧民窟の屑どもも使って街中のあらゆる情報を手に入れたディリオンは恐喝や買収を繰り返し、一財産を築いた。今度はその財産を用いてより多くのより貴重な情報を手に入れ、より手酷い汚職を繰り広げたのだった。

 その甲斐あって十五年の月日が経つとディリオンは衛兵隊長へと成り上がり、こうして貴族さえも呼びつける事さえ出来るようになっていた。


 ディリオンは机上に広げた粗葦の紙を見た。目の前に座る男に関して彼が調べあげた汚職が書き連ねられている。


「市の財物や土地を私的に流用して勝手に売り払い、その利益を懐に収めるとはね。ましてや仇敵のフィステルス人相手にだ。これは立派な犯罪、それも市への反逆罪に問われても仕方ありませんね。法に従えば処刑か、良くて追放でしょうか」

「……」


 ヒロンと呼ばれた貴族は顔を真っ青にして押し黙っている。もっとも実を言えばディリオンもこの類の汚職には手を染めている。故郷を売ることにも何の衒いも無かったからだ。今の地位を築く為に利用し尽くしてきた。


 ――やるなら上手くやらなくてはな。下手を打てばこうやって露呈して弱みとなってしまうのだ。馬鹿な奴め――


 ディリオンは衛兵隊長と言えど所詮は生まれも定かならない平民だったが、ヒロンはユニオン市の設立から居る列記とした名家の生まれだ。その社会的な立場は比べ物にならない。今回の一件が表沙汰になれば命取りどころの話ではないだろう。

 だからこそ、ディリオンは表沙汰にせず、わざわざ彼を呼び出したのだった。事件を隠してやる代わりに代償を寄越せ、と言外に言っているのだ。


「……ディリオン隊長、その"件"は一旦置いておくとして、私達は少々話し合う事があると考えます。お耳に入れて貰えますか?」

「ほう、この大事よりも重要な案件があると仰るの出るか。お聞きしましょうか」


 ヒロンは額の汗を拭いながら口を開いた。


 ――そら来た。一体どんな魅力的な提案をしてくれるのかな――

 

「私には娘がおります。是非貴方に貰って頂きたいと考えています」


 ヒロンはそう言った。

 ディリオンは表情には出さないまでも内心では驚いていた。いくら追い詰められたとしても貴重な政略結婚の駒を差し出すとは考えてもいなかった。だが娘と言っても貴族ならば妾の子の可能性が十分にある。もしそうなら何時でも買える娼婦と大差など無い。そんなものを貢がれても意味は無い。


「……御妾の子ですか。娘子の将来を心配なさるのは分かりますが、自分の運命ぐらいは切り開けるでしょう」

「いや、妾の子ならば一々未来を案じは致しません。正妻の産んだ末の娘です。今年で十四になります」


 妾の子は兎も角、正嫡の子の情報ならばディリオンも把握している。ヒロンに若い末娘が居ることは知っていた。


 ――ふうむ。どうやら本気の様だな――


 貢物としては悪くなかった。正式に結婚を認めさせれば生まれ卑しい平民から一躍貴族の仲間入りできるのだ。

 だが暫く考えるふりをして黙っていた。気を持たせて相手を焦らせ、判断力を削ぐのだ。


 ――ロラン家のディリオン、か。悪くない響きだ――


 ヒロンには息子や弟が居る。ロラン家の痛手としてはまだ耐えられると考えたのだろう。寧ろディリオンを抱き込むことで動きやすくなるとすら計算しているかもしれない。別に非難するつもりはないが貴族とはそういう連中だ。


 ――これもまた救いを掴みとる機会だ。乗っ取れるぞ。貴族になるんだ――


「……」

「……」


 ヒロンは不安と希望が入り混じった情けない目で此方を見ている。緊張を孕んだ静けさが部屋を満たしている。


 ――ヒロンの一族何ぞどうにでも出来る。殺してもいいし、嫌疑を掛けて追放で済ませてもいい。ヒロンは今の俺の力を見誤っているようだ。尤も、それは俺にとって有難いことだがな――


 暫くしてディリオンは口を開いた。


「いいでしょう。その提案を受け入れましょう。婚儀の日取りは追って相談の場を設けさせて頂きますよ」

「それは良かった。大事な娘と我がロラン家の未来が一層明るくなりました。安心しております。それでは、例の"件"についての話に戻りましょう」

「例の"件"? はて、何の話だったか全く覚えておりません。ヒロン殿はご存知なのですか?」


 ディリオンは態とらしく肩を竦めて言った。そして、先程まで広げられていた粗葦の紙を握りつぶした。

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ディリオン群雄伝~王国の興亡~
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