ディリオン王国前史7
新暦439年、戦争の最中に死んだサラールの跡を継ぎ王となったのは弟のヘイスティングであった。サラールには嫡子シュリメアスがいたが、未だ幼年で王土存亡の危機には到底擁立出来なかった。貴族や有力者達も生き残りの為に続いた。
先代の奮戦でライトリム・バレッタ勢は一時後退しており、体勢を立て直す時間を得られたのは幸運だった。それでも前線の戦火は遠退く事はなく、小競り合いや小規模な攻防戦は続いていた。
ヘイスティング王にとって更に幸運であったのは、彼を支える両輪として才気溢れる弟ガディリウス、王家重臣カスティオ家のバグレイがいた事であった。両名共に文武に秀で、サラール時代から気心の知れた馴染である。時に単独で、時に王と共に、戦場で、宮廷で、と雄略の数々を展開させた。これ程に有能な人材が忠実であり続けた事はこの上無くヘイスティングと王土を救い得た。殊にバグレイには数々の特権と"王家直臣"の栄誉を与え、その忠勤に報いたのであった。
しかし、団結と協力は何も一方の側にだけ許された訳ではない。対峙する諸勢力は予想以上のディリオン王国の善戦を前に手を組むことを選んだ。これまで個別に戦っていた諸国は同盟を結成し、組織的に攻め立てる事にしたのだった。何も手に入らないよりは分け前が多少ある方が良いと考えたのだろう。元々はドリアス・バイロンの王位継承を大義としていたのに、最早今の目的の中には影も見えなかった。
同盟の立役者はクラウリム王子リルタスである。眉目秀麗で知勇兼備、仁義に篤く勇敢な戦士でもあるとくれば人気が無い筈がない。若き貴公子の評判はクラウリム国内に留まらず、他国にも響き渡っていた。
ディリオン王国の属国に甘んじている祖国の醜態を見るに耐えず、王を動かして戦争へ突入させたのも彼であった。そしてリルタスはディリオンのクラウリム駐留軍を追い出すと、無血でのクラウリムの主権回復を多いに喧伝した。現実にはディリオン軍の撤退は自発的な要素が大きかったのだが、宣伝戦略の前にはそんな事は無視されるのが常だ。
敗北を喫した他国に対しクラウリム勢は勢力を保ち、先の喧伝も影響して相対した優位と発言力を得た。リルタスは既に手を結んでいるアイセンの海軍衆に加え、ライトリム王国、バレッタ王国、更には隣接するコーア人のジンカイ家までも味方に引き入れた。
ジンカイ家は山間の城塞都市ヴァロナを首府とする大豪族で、コーア地方第二の勢力を誇る。かつては蛮族として略奪行を続けていたが現在では文明国の一つとして――昔よりは――穏当な存在へと変わっていた。彼らもまた勢力を増し圧迫を強めるばかりのディリオン王国を脅威に感じ、同盟と手を組んだのだ。
リルタスの同盟はディリオン王国にとって明確に外交的敗北であった。王の死による混乱があり多くの対応は困難であったとは言え、同時に軍事的勝利での傲り、油断があった点は否めなかった。クラウリム駐留によってリルタスの為人を知る先王サラールなら或いは先手を取られずに対処出来たかもしれない。しかし最早過去の話であり、今ある手段で立ち向かうしかないのだった。




