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御曹司(高校生)×妹ばかり可愛がられたせいでコンプレックス持ち少女(高校生)完

――……そろそろかな?


スマホの画面を見れば時刻は九時二十五分。約束の時間が九時半。

私は確認すると鞄へと仕舞うと、家の前で待つことにした。

玄関でスリッパから履き替えようと、シューズクローゼットを開けて、手を彷徨わせる。


――何を履いたらいいかな?


今の私の格好はレースブラウスの上にパーカーを羽織り下はデニム。これならミュールじゃなくても、スニーカーでも大丈夫だろうか?

これから行く先は図書館ではなく遊園地。

美智さんに誘われ、約束したのだ。勿論、匠君も一緒に行く予定。


「いいよね……ラフな格好だし……」

私は一人で納得すると、スニーカーへと手を伸ばした。


匠くんを通じて五王のご家族には良くして貰っている。

特に美智さんには時々買い物や食事に誘われて距離が縮まり、友人のような間柄に。

「お姉ちゃんと一緒じゃつまらない」とずっと妹に言われていたから、私といても面白くないんじゃないかって不安で仕方がなかったけれども、「すごく楽しい! 私とお兄ちゃんだと煩くて、お爺様に怒鳴られちゃうの。だから、朱音さんぐらいがちょうどいいのよ!」と微笑みながら言って貰えてほっとした。


「あれ? 珍しいじゃん。まだ家にいるなんて。いつもならとっくに出かけているのに~」

ふと背にかけられたその台詞。それに、私の体が大きくびくつく。

飛び跳ねている心臓を押さえながら、振り返らずに唇を動かした。視界に入れてしまうと、心が弱ってしまうのでこれが精一杯の抵抗だ。


「遊園地に行く予定なの。だから今日は家まで迎えに来てくれるから、この時間なんだ」

いつもは図書館集合で帰りだけ近くのコンビニまで送ってもらう。家まで送ると言ってくれているのだけれども、琴音の事が頭に過ぎって不安になるので、途中までにしてもらっている。

でも、今日の行き先遊園地のため、家まで迎えに来てくれることになっていた。


「なら、挨拶しないとね」

「え?」

耳に届いたそれに対して反射的に振り返ると、口角を上げた琴音と視線が絡んだ。


「だって気になるじゃない。お姉ちゃんの友達なんて。しかも、そいつお姉ちゃんに好意あるんじゃない? わざわざ根暗のお姉ちゃんを遊園地なんて誘うんだもん。二人して浮いてそうだよね。場違い過ぎて」

「……いいよ、別に」

「だーめ! 私が見るって言うんだから絶対なのっ!」

まるで決定事項のようなそれに、眉間に皺が寄るのを抑えられない。

どうしていつもこう強引なのだろうか。


このままここにいたら、琴音に匠くんを見られてしまう。

そうなったら、きっと琴音は絶対に狙いを匠くんへと変えるはずだ。

いつも私が欲しいものや、愛着のあるものを頂戴と言って奪っていくから。


――……駅か何処かに待ち合わせ場所を変えてもらおう。


私がそう決断すると、ちょうどタイミング良くチャイムがなった。

どうやら、匠くんがもう来てしまったようだ。

それには、さーっと血の気が引き足元がぐらつく。まるで泥濘に嵌ってしまったかのようにおぼつかない。


「あっ! 来たんじゃない? 例のダサい男」

琴音はスキップするように靴を履きかえると、玄関の扉へと向かった。

ほんの数秒の出来事なのに、酷く長く感じ処刑台に立たされているかのようにじわりと私を苦しめていく。

ガチャという鍵を外す音がし、明るい光と新鮮な空気が体に触れると共に、琴音が息を呑んだのがわかった。


「え、匠先輩っ!?」

同じ六条院の生徒同士のためか、知っているようだ。

五王の名は学校でも大きいのだろう。


「あぁ、そう言えば朱音の妹だったな。朱音いるか?」

「お姉ちゃん……? え、匠くんって、まさか……」

二人の視線が私へと絡んでいく。


「朱音。準備大丈夫か?」

「……うん」

私は首を縦に動かす。傍から見ればブリキのように、固くぎこちない動作だろう。


「どうしてですか!? どうしてお姉ちゃんなんかと先輩が!?」

「なんか?」

その言葉に匠くんの端正な顔が歪み、ぴくりと片眉が動いた。


「私は告白しても断られたのに、どうして平凡でいつも本ばっかり読んでいる、地味で真面目なだけが取り柄のお姉ちゃんと……っ!」

え? 告白していたの!?

私は声を呑み込んだ。

初耳だったのだ。そもそもあまり姉妹関係が良くないため、あまり会話しないから当然と言えばそうだけれども……でも、匠くんにも聞いた事がなかったし……


「ありえないわ。一緒にいても楽しくない暗い女ないのにっ! それなら、私の方が遥かに――」

「遥かになにかしら?」

冴え冴えとした声が琴音の叫びを押しとめるように場を支配する。

まるで歌うような声音なのに、身を縮みこませるには十分。


「美智様……」

揺らめく琴音の視線が映し出している人物。それは、美智さんだ。

いつもの着物姿とは違い、今日は夏らしいレモンイエローのワンピースと白い帽子姿。

漆黒の髪は二つに結われ、彼女は砥がれた日本刀のように、見る人を魅了するような微笑みを浮かべていた。その背景と化している車の前では、執事である国枝さんが頭を抱えている。


「おい。ここは俺が……」

「お兄様はお黙りになって」

そう言って美智さんは、全開になっている扉の間にいる匠くんを押す様にして退かすと、琴音と対峙するように佇んだ。女神のように神々しく、太陽の光を背負っている。


「美智様……」

唇を噛み一歩後ろへ下がった琴音のせいで扉が閉まりかけたが、それをすかさず美智さんが、がしっと手で抑え込み間に足を滑り込ませる。

それには琴音が豹に追い込まれた兎のように戦慄いている。


「あら? 私の事をご存じなの?」

「……私も六条院の生徒ですから。1-A露木琴音です」

「貴方も六条院なの。ちっとも気づかなかったわ。きっと貴方が気にも止めない平凡で地味で暗い存在なのかもしれないわね」

「私が地味で平凡ですって!? ピアノの特待生で学年でも成績は十位以内に入っているわ。この間は八位よ」

「ピアノ……? まぁ、奇遇ね。私も幼き頃から趣味で嗜んでいますの。この間、桜木先生からお褒めの言葉を頂きましたのよ。勿論、ご存じよね。日本でも屈指のピアニストですもの」

「まさか……だって、ピアノ一度も弾いているのを見たことが……」

「だって私、音楽科ではありませんもの。ふふっ」

にっこりとほほ笑んでいる美智さんだけれども、その笑顔はいつもと違う。完全に作っているのがわかる。しかも、目が笑ってない。


――琴音で平凡……どちらも私には、凄いと思うけど。


「成績、十位以内なんて素晴らしいですわ。私、いつも首席ですから興味ないのよ。順位表見に行かずとも、結果はわかっていますし」

「美智、もう嫌味はそれぐらいにしてやれ。国枝が胃を押さえてぶっ倒れそうだ」

「まぁ! お兄様。嫌味だなんて……ただ、お話していただけですわ。それよりも、先ほど私の方が遥かになんておっしゃろうとしていたのかしら? とても気になりますわ」

「――っ」

「ねぇ、どんな気分? 人に馬鹿にされるって。少しは他人の痛みがわかったかしら?」

「……」

「因果応報って四字熟語ご存じでしょ。朱音さんに対しての侮辱行為これ以上続けるのなら、私を敵に回すと覚悟しなさい。朱音さんは貴方が見下すような人ではないわ。だって、あの空気の様に軽いお兄様を情熱的なポエマーにさせるぐらいなのですから」

そう言うと美智さんは、にやにやとした笑みを浮かべ、匠くんへと顔を向けた。それを受け、匠君は怪訝そう。

どうやらさっきまで顔面蒼白だった国枝さんは、事情を知っているらしく吹き出している。


――ポエマーって、詩でも書き始めたのかな?


「はぁ? ポエマー……? って、まさかお前ら見たのかっ!? 最低だな!」

「人聞きの悪い。辞書を借りようと思って、お兄様の部屋へ伺ったら時に偶然目に触れただけですのに。見て下さいと言わんばかりに机の上に置いておいた人が悪いですわよ。なんでしたら、兄妹合作で曲でも作りますか?」

「忘れろ!」

「それよりも、朱音さん。そろそろ参りましょう。きっとチケット売り場は混雑していますわよ。貸しきりにするなり、あらかじめチケット購入するなりすればよいものを。お兄様ったら気が利かないのだから……本当に」

「え? は、はいっ」

今までの張りつめていた空気に完全に呑まれ、第三者のように呆然と見ていたけれども、美智さんの言葉でやっと我にかえった。

そして、慌ててもう片方のスニーカーを履く。


「露木。美智が悪かった。ただ、自分に自信があるのは素晴らしい事だ。ピアノも頑張っていると思う。けどな、だからって人を貶したりして良い事にはならないだろ?」

匠くんの言葉に、今まで唇を噛みしめていた琴音が深く俯いてしまう。

そんな琴音の傍をすり抜ける時、何か声を掛けようかと思ったけれども、どう言葉を交わして良いかわからず、ただ「いってきます」とだけ告げ外へと出た。






車内は一触即発の空気だった。

リムジンのため横に長いシートには、匠くん、私、美智さん。そして国枝さんの順で腰を落としている。

匠くんは不機嫌そうな表情のままひたすら美智さんを睨んでいた。

そのため、間に挟まれた私はちょっとだけ困惑。


「……お兄様。そんなに見られると、顔に穴が空いてしまいそうですわ」

「なら、ポエムは忘れろ。それから、やり過ぎた。朱音がますます家にいにくくなったらどうするんだ。俺だって感情的にならずに堪えていたのに」

「暫くは大人しいでしょう。彼女も馬鹿ではありませんし。一応、虎の威を借りておくために、先ほどメールしておきました」

「誰に?」

「お父様ですわ。朱音さんのご両親にも牽制して置かなければ。ご挨拶に伺ってもらいます。ちなみに、事情を話したらのりに乗っていました。なんなら、『遅かれ早かれ家族になるんだから、頼ってくれ! 今すぐでもうちにおいで!』と」

「おいっ! そういうのは俺が言う! 外野が言うな! 朱音、これはその……」

匠くんは鼻に汗をかき、顔を染めながら私を見つめた。


「朱音様。匠様とお嬢様がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

どうしたのだろう? と小首を傾げている中、割って入った国枝さんの言葉。

それに、私は首を左右に振る。

本当は自分で琴音の悪意に対して、嫌だったと気持ちをぶつけなければならなかったのだ。

でも、私はそれが出来ない。ずっと堪えてきてしまったせいか、なかなか他人に対して意思表示が出来なくなってしまっていた。

自分の事より妹優先に。そんな日々だったせいで……

さっきは美智さんが庇ってくれて、心が温かくなった。


「私、ずっとどこかで諦めていたの。大好きな絵本も玩具も。お姉ちゃんだからって言葉のせいで押し殺しながら自分を犠牲にしていた。でも、匠くんの事は嫌だったんだ。絶対に譲れないって思ったの」

「朱音っ!」

「え?」

がばっとなんの前触れもなく抱きしめられ、私は言葉を失った。

まるでゴミでも入ったかのように瞬きの回数が多くなり、口もまるで金魚のようにパクパクとしてしまっている。

一体、何が起こったというのだろうか? 状況が全く理解出来ない。

頭の中が白いヴェールで覆い隠されたかのようだ。


ただ感じるのは自分の早くなった脈と、お風呂にでも入ったかのように血の流れが良くなっているのだけ。やたらと存在を誇示している心臓の音が、匠くんに聞こえないかと心配になる。


「俺の事、そんなに……っ」

あぁ、そうか。

感極まった匠くんの言葉に、彼がさっきの言葉に反応したんだと瞬時に理解。

これでやっと腑に落ちた。


「うん。だって、大事な友達だもの」

「「「え」」」

そう告げれば、何故か三人の声が耳に届く。それは綺麗に重なり音を奏でた。


「ごめん……私じゃ、やっぱり……」

「違う! そっちかよ!? と思っただけだ」

「ほんと? なら、良かった……」

強張った体だったけれども、少しずつ力だが抜けていく。

ただ、そっちかよ!? が、どいう意味なのか気になるけれども。


「まぁ、友達……うん。友達じゃなくて、友達以上の方だと思わないか?」

「お兄様。それ誘導」

「少し静かにしていろ。俺の今後がかかっているんだ」

「私、今まで友達が出来たことがなくて……だから友達以上と言われても……親友とか?」

「それも違うんだが……一瞬天然かと思ったけど、朱音はずっとそういう生活だったんだもんな。わかった。俺が格上げして貰えるように頑張るからいい」

「格上げ?」

「あぁ。俺もお前の隣は譲れないからな」

「うん。ありがとう」

「俺は何があっても朱音の味方だ。今まで妹ばかりだったかもしれないけれども、少しずつでいいから朱音は朱音で自分を持て」

その言葉に私は視界が滲んでいく。


――……だって、ずっと味方なんていなかったから。


両親もずっと妹の事ばかりで、私なんて信じてくれない。

子供の頃、二人で留守番中に琴音がお母さんの大事にしていた食器を割ってしまった事があったが、あの時も話も聞かず全て私のせいだった。

しかも琴音が触れて指を怪我してしまったから、余計に叱られてしまったし。


数年とそんな日々を過ごしてきたから、ずっと一人だと思っていた。

そこに匠くん達が現れ、味方だって言ってくれたのが嬉しくて涙が止まらない。


「朱音っ!?」

「朱音さんっ!?」

急に泣き出してしまった私に、二人から慌てた声が聞こえた。


「味方って言ってくれてありがとう」

「朱音……」

抱きしめている匠君の腕に力が込められたかと思えば、今度は背中に温もりを感じた。それは美智さんが私の事を抱きしめてくれたから。

そのため、私は二人の間に挟まれるような形になっている。


「私も味方ですわ」

「はい」

「みんな仲良さそうですね。でしたら、僕もまぜ……――ヒッ!」

という国枝さんの声が聞こえてきたが、最後は悲鳴に。

彼に何が起こったのか、がっちり二人に抱きしめられているためわからない。


「俺や美智だけじゃない。お爺様達も皆、朱音の事を大切に思っている」

「えぇ。遅かれ早かれ家族になるのですから、是非頼って下さいね」

そう言えばさっきも聞いたなぁ。その話。

遅かれ早かれ家族になるって。どういう意味なんだろう……?


その意味がわかったのは、六年後。

匠くん達のお蔭でやっと妹の呪縛から逃れられ、ちゃんと人に流されず自分で意志表示が出来るようになった時。

匠くんに結婚前提でお付き合いを申し込まれた言葉により、それを知ることになった。






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