御曹司(高校生)×妹ばかり可愛がられたせいでコンプレックス持ち少女(高校生)2
図書館でチーズケーキと珈琲を御馳走になりながら、夕刻まで本を沢山読むことが出来た。
読み終わらなかった本と読みたい本を数冊借りた後、匠くんが呼んだ車に乗せて貰って五王のお屋敷へ。
車内で「家にいっぱいあるなら、どうしてお家で読まないの?」と尋ねたけれども、「恥ずかしいだろうが!」と何故か逆切れされてしまう始末。
最初は作者が匠くんかな? と思ったけれども、私と同じ年のためその推測は却下。
なので、消去法で残された彼の家族という可能性。それが妥当だろう。
そんな事をぼんやりと頭の片隅で考えていると十分もかからずに到着した。
塀に囲まれた大きな屋敷。建物は日本家屋風の平屋で時代を感じる。流石は歴史ある家柄。
「何か嫌いな食べ物とかアレルギーとかあるか?」
「大丈夫」
「そうか」
匠くんが頷き玄関の戸を横に引けば、ちょうど人と鉢合わせしてしまった。
椿の着物が鮮やかな、漆黒の長い髪を持つ少女の後ろ姿。背筋も伸び、凛とした佇まいの彼女はそれだけでも美しい。
正面ではないけれども、漂う気品が伝わってくる。
その人はゆっくりとこちらを振り返ると、驚愕の表情を浮かべた。
まるで幽霊でも見るかのように、紅色の唇を薄く開き戦慄かせている。
極限まで開かれた黒曜石の瞳は私を捉えたまま。
モデルのように綺麗な顔の少女は、私の隣に佇んでいる人と似ている気がした。
――もしかして、妹さんかな?
とにかくお邪魔する身だ。ご挨拶をした方が良い事には変わらない。
そのため、私が会釈をしかけると、
「お、お、おおおお兄さま、じょせ……」
と言葉にならない台詞を発しながら、後退る。
そして下駄を投げ捨てるように脱ぎ、磨き上げられた艶々の廊下へと飛ぶとそのまま全速力で疾走。
玄関のたたきには、下駄が靴飛ばしでもしたかのように無残に取り残されている。
それを使用人達、それから彼女の傍に控えていた執事服を纏った青年がただ茫然と見送った。
「おい、国枝。美智が行儀悪く激走して行ったがいいのか? きっとあの勢いのまま、御爺様――当主の部屋ブチ破る勢いで障子開くぞ」
「それ困ります! 俺、減給じゃないですかっ!」
そう言って国枝さんは慌てて靴を脱ぎ捨てるようにして、廊下へと駆けていく。
無論、残されたのは下駄同じような有様の残骸。
「主が主なら、従者も同じだな。靴ぐらいちゃんと脱げ。揃えろ」
嘆息を零す匠くんの隣で、私は不安で仕方なくなった。
もしかしたら、お邪魔だったんじゃないかって。
「あの……私…やっぱり……」
「悪い。煩いだろ。うち、こんななんだ。さぁ、どうぞ?」
なかなか足を踏み出さない私に業を煮やしたのか、肩に手を添え匠くんが促してくれた。
案内されたのは、立派な掛け軸のかけられた和室。開け放たれた障子からは、庭園のような池付きの庭が窺える。
室内の上座には、着物姿の初老の男性が座っていた。
その左右には、先ほどの少女・美智さん……匠くんの妹さんと和風美人の女性が。この方も匠君と似ているので、もしかしたらお母さんなのかもしれない。
落ち着いた渋めの着物を纏い、視線が絡むと春の陽だまりのように微笑んでくれた。
「お爺様。友人を夕食にお誘いいたしました」
「ほぅ」
匠くんのお祖父さんは顎に手を添え、私へと視線を向けている。
頭の先からなぞるようなそれに、私は失礼にも顔を俯かせてしまう。
治したい私の癖。妹を紹介するといつもじろじろ見られて比べられてしまうから。だからこういう視線が苦手なのだ。
「朱音の事、あまりじろじろ見ないでくれませんか?」
それに気づいたのか、匠くんがやんわりと断ってくれた。
「すまないな。匠が女性を家に招くなんて初めてだから、つい。朱音さん。ゆっくりと寛いでいってくれ」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
このような場所に、私がいてもいいのだろうか。そう頭のどこかで今も思っている。
服装も図書館にいくつもりだから、Tシャツにデニムとラフ過ぎる恰好。
こうなるのがわかっているなら、もう少し服装を気をつけたのに……
「それで、早速だけれども二人の馴れ初めは?」
「母さん!」
「あら、いいじゃないの。気になるわ。何処で出会ったの?」
妖艶な笑みを浮かべている匠くんのお母さん。意味深な瞳で匠くんを一瞥。
……かと思えば、にやにやと口元を綻ばせている。それは、美智さんも同じ。
二人共なんだか面白がって匠君をいじっているように窺えるけれども、気のせいだろう。
五王という雲の上のような身分の方達なのだから。そんな事するはずがない。
「今日、図書館でお会いしたばかりですので、知り合ってまだ数時間です。偶然借りようとしていた絵本を匠さんが持っていたのが切っ掛けです……」
「まぁ、絵本」
「はい。ウサギの冒険という本です」
そう告げれば、何故か辺りを静寂が辺りを包んだ。
全員視線をそっと逸らし始める。
「え」という呟きが三つ重なった。
「……あの絵本をどうして読もうと思ったの?」
「はい。好きな絵本なんです。昔持っていたんですが今は……」
「そう」
匠くんのお母さんは、ふふっと口元に手を添え、笑い声を漏らし始めてしまう。
お祖父さんに至っては「ほぅ、あの絵本が好きなのかぁ」と感嘆の声を上げ、美智さんは背を逸らし肩を震わせている。
「あの……私、何か……?」
「いいえ。あの人が聞いたらどう思うのかしらってね。ふふっ。あの絵本を好んでくれてありがとう。あの作者は、匠の父親よ」
「えっ!?」
視線を匠くんへと移せば、苦笑いされた。
「元々は匠と美智に手作りの絵本をプレゼントしたんだけれども、気に入られなくて……無理もないわ。あの絵ですもの。うちの子達は気に入らなかったけれども、きっと他の子供達には大人気だって言い張って自費出版。その結果として返品の山が家にあるわ。あっても困るので、一部は図書館に寄贈しているの。だから、夫が帰ってきたら、伝えてあげて。きっと泣いて喜ぶわ」
「はい」
だから匠君は恥かしいって言っていたのか。お父さんに絵本を見せてというのが。
なんだか微笑ましくなって、私は匠くんへと視線を向けて微笑んだ。
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あの匠くんとの出会いから、三か月。
なんだかんだで、毎日電話したり、休日には一緒に図書館で本を読んだりと、良い友人関係を築けていると思う。
よくよく考えてみれば、初めての友達。
その居場所が心地よいせいか、私は自然と顔つきも変わったらしく、クラスメイトからは、「最近何かいいことあったの?」と聞かれた。
ずっと妹ばかりの生活だったためか、自分の殻に閉じこもり学校でもあまり会話をせず、ただ本の世界へと逃げているばかりの生活。
けれども今では、話しかけてくれたり、お昼を一緒に摂る人達も出来始めている。
これも匠くんのお蔭。そう彼に告げたら、複雑な顔をされてしまった。
「その中に、男もいるんだろう?」って。
でも、それはいい面ばかりではない――
「お姉ちゃん。最近変だよ?」
「……琴音」
自室であの絵本を読んでいると、琴音がやってきた。
上下ふわふわの素材のドッド柄で、上がパーカー下はショートパンツ。すらりとした手足が、寝間着から伸びている。
お風呂上りなのか頬が桃色で、少し湿り気を帯びた肩下までの髪を、今日は軽く纏めて嘴クリップで止めていた。
どの角度から見ても可愛らしい。そう同性でも思えてしまうぐらいに完璧だ。
匠くんの妹――美智さんも可愛いが、あちらは凛としたお姫様。
琴音は着ている寝間着みたいに、ふわふわで甘めなお姫様。
「休日の度に出かけるし、服も気を使い始めたもん。今までTシャツとかだったのに。なんか雰囲気変わっちゃったよ~」
「そうかな?」
「そうだよ。前の方が断然いい! ねぇ、戻って」
「そう言われても……」
確かに匠くんと逢うようになってから、服装とかにも気をつけている。
それは時々匠くんのご家族に夕食を招かれる事もあるので、ちゃんとご迷惑にならないように。
初対面ではTシャツにデニムというラフ過ぎる恰好で訪れてしまったので、それを後悔しているからだ。着物は無理でも、それなりにはしたい。
「もしかして彼氏でも出来たわけぇ?」
「違うよ。友達が出来たの」
「え? 嘘」
琴音は大きな目を更に開くと、私の傍へとしゃがみ込んできた。
そして前のめりになりながら、ゆっくりと唇を開く。
「お姉ちゃんに友達なんていたのっ!?」
「最近出来たの。その人と、休日は図書館で本を読んでいるよ」
「はぁ!? 図書館。うわっ。暗っ。お姉ちゃんに友達いたのに驚きだけど、同じ穴の貉なんだね。ありえない。毎週休日に図書館なんて! もっと違う所に遊びに行けばいいのに~。あっ、でもお姉ちゃんっぽい。じめっとしてそうで。はしゃぐとかしないもん。だからお姉ちゃんなんかの友達やっているんだね」
それには胃がむかむかとした。
私の事はいい。いつも通りだから。でも、匠くんを悪く言っているみたいで嫌だ。
全く知らないのに、どうして勝手な事ばかり言うのだろうか。
いつも通りの琴音。それは今までスルーすることが出来ていたのに、今日は感情が揺れ動いてしまう。
だから、つい口から出てしまったのは否めない。
「匠くんの事、馬鹿にしないで」
我に返り口元を手で覆った時には遅かった。
「えっ!? 男なのっ!?」
琴音に突っ込まれてしまったのだ。
「……あぁ、でもどうせお姉ちゃんと一緒で根暗で野暮ったいんでしょ。うわ~、眼鏡かけてチェック柄の服着てそう。今度の日曜も逢うの? 私も着いて行こうかなぁ~」
笑うように告げた琴音の言葉に、私は背筋が寒くなった。
きっと匠君と顔を合わせたら、取られてしまう。
絵本や玩具は諦めがつくけれども、匠君は嫌だ……