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御曹司(高校生)×妹ばかり可愛がられたせいでコンプレックス持ち少女(高校生)1

朝起きてリビングへと向かえば、テーブルの上にお金が置かれてあった。一枚のメモと共に。

そこには綺麗な文字で、妹――琴音ことねのピアノ発表会へと行く旨が書かれていた。

そして、三人で食事も摂ってくる事も。

どうやら両親は、このお金は夕食は自分で何か食べてという事らしい。


「またかぁ……」

最初はどうして自分は誘われないのだろうか? なんて思っていたけれども、いつしかそれも麻痺。

私も行きたいと一言いえばいいのかもしれないけれども、告げるのが怖い……

両親が妹の方を愛しているのを知っているから。


私と違い、琴音は有名進学校である六条院付属の音楽科をピアノ推薦。

顔も人形のように可愛い。家でも友人達にも人気者で愛されるお姫様。

そんな風だから、両親に優秀な妹の方へ愛の天秤が傾くのも理解出来る。


ヌイグルミに、玩具……子供の頃から全て私が大切にしていたものは妹に奪われていった。

どうしても嫌だったのは、おばあちゃんが生前買ってくれた『ウサギの冒険』という絵本。

それを琴音がどうしても欲しいと泣きわめき、お母さんの「お姉ちゃんなんだから」といういつもの鎖によって、私から妹へと所有者が変更。

それ以来、私は何も言わずに欲しいと言われたら譲った。ゴネても無駄だと学習したからだ。


「……図書館でもいこうかな?」

私はそうリビングへと呟きを残すと、メモもお金もそのままにし部屋へと戻った。





地元の市立図書館ではなく、少し遠出して電車で五駅先にある私立図書館へ。

広大な敷地の中には人々がゆったりと過ごせるようにと、噴水や広場がある。その一番奥には、煉瓦造りの城のような豪華な角ばった建物が。

ここは五王ごおう財閥のグループが運営していて、入館料は地元や学生ならば無料。

ただし、個室等は別料金なので良心的。

完全に赤字だろうけれども、ここは利益を出すという目的ではなく学生や地元の人々のために役立つようにという信念で運営しているそうだ。それもありあまる資産によって出来るものだろう。


自動ドアを潜りまるでホテルのコンシェルジュのような受付にて学生証を提示する。

榊西高等学校二年・露木朱音つゆきあかねと書かれた文字の隣には、至って平凡な自分の顔写真。

佇む私を一瞥し、それを確認すると受付のお姉さんは穏やかに微笑み先へと促してくれた。

軽く会釈をするとそのまま奥へ。


――今日はここでゆっくり過ごそう。

学校が近いので、いつもは帰りに寄る。なので、休日の人の多さに驚いた。

テーブル席はほどんどが埋め尽くされている。

そのため席を取ってからにしようか迷ったけれども、結局検索機の元へと向かう。


前回訪れた時、読みたかった本があったのだが貸し出し中だったのだ。

予約も考えたけれども、学校の図書館にあるかもしれないと申請せず。


「えっと……」

タッチパネルの画面を操作していき、蔵書検索画面が表示される。

そこへ借りたかった本の名前を入力しようとしたが、ふいにあの絵本が頭を過ぎった。

おばあちゃんに貰ったあの本だ。琴音に奪われるように譲ってからは読んでない。

いや、正確には読めなくなった。何処かで無くしたらしく、家にもないから……


「あるかな?」

元々自費出版で部数が少なめ。それに今は絶版になり、手に入らない。

そのため期待もせずに検索したら、ヒット一と出た。




絵本のある児童スペースには、子供連れが多かった。

椅子ではなく、厚めのカラフルなマットの上に座って読めるようになっていて、月一で読み聞かせをしているそうだ。

その中で母親に本を読んで貰っている姉妹が目に入った。

3・4歳ぐらいだろうか? お母さんの膝に頭を乗せながら、目を輝かせ楽しそうに本の世界へ集中している。


――……本、読んで貰った事。一度も無かったなぁ。


いつも私の読んでほしいものではなく、琴音の読みたい本。

ここでも「お姉ちゃんなんだから」が発動して、私は肩を落とすばかり。

キラキラしたお姫様の出る本ではなく、冒険物が読みたかったのに。


胸がざわりと重くなった。

珈琲のような苦みが広がり、私はあの親子から視線を外した。


どうして、私だけなんだろう? どうしてなのかな?

ちゃんと子供に愛情を注いでくれる親もいるのに、うちの両親はどうして?

私が駄目なの……?


深く底の見えない世界へと引きずり込まれ始めた時だった。


「おい、大丈夫か?」

と、すぐ傍で声をかけられたのは。


「え……?」

弾かれたようにそちらへと顔を向ければ、そこには見ず知らずの少年が佇んでいた。目を見張るような容姿を持つ彼は、六条院の校章が入ったブレザーを纏っている。

名門の進学校という先入観のためか、無造作にセットされた明るめの髪から覗く耳に輝くシルバーピアスや、着崩した制服が胡散臭い。

友人に制服を借りて着ましたと言われても納得できる。

彼は、アーモンドのような瞳を細めこちらを怪訝そうに見ていた。


「ぼけっとしていたようだったから。勉強スペースはあっちだぞ」

「いえ……絵本探しにきたので、こっちであっているよ。ぼうっとしていたのは、考え事していたせいで……」

「そうか。なら、いい」

「気をつかってもらってごめんなさ……あっ!」

腰を折りかければ、彼の右手が視界に入り、私は声を上げた。

それは私が探していた本・ウサギの冒険だったから。


「あぁ、この本か? なんか急に読みたくなったんだ。もしかして、お前も読みたかったのか?」

そう言って彼は本を掲げるように上げてみせた。

「うん。それ、子供の頃おばあちゃんに買って貰った事があって」

「なら、読み終わるまで待っているか? 十分もあれば余裕で読み終わるだろうし」

「でも……」

「時間ないのか?」

「あるけど……」

「なら、お茶飲んでいればすぐだろ。来い」

「え?」

がしっと腕を掴まれ、私はそのまま引きずるように連れて行かれてしまう。

見ず知らずの人に対して警戒心を剥き出しにするべきだけれども、頭の中が真っ白になってしまっているため、抵抗する事が出来なかった。




「あの! ここって……」

連れて行かれた先は、エレベーターを降りた図書館の三階。


――ここって、関係者以外入ってもいいの?


自習室や個室があるのは、二階。だから、一般の人はここには足を踏み込まないはずだ。

少なくても私は初めて。

それなのに彼はそのまま慣れた足取りで先へと進んでいく。

そして、廊下の一番奥にある部屋を開けると私を促した。


「入れ」

「お邪魔します」

室内へと入ればそこはL字型にソファとガラステーブルが配置されているのが目に飛び込んできた。

角部屋のためか、右手と奥が窓。そこからは新鮮な風が白いレースのカーテンを躍らせている。

十五畳から二十畳ほどだろうか。真紅の絨毯が敷かれ、いかにも値段が張りそうなアンティーク家類も飾られていた。

まるでどこかの屋敷の一室。そう言われても違和感がない。


「ここは?」

「五王のプライベート室。屋敷にも書庫があるけど、ここよりは遥かに少ないからな。時々、家族が本を読みに来るのに使っている」

「五王……え……?」

私は目を大きく見開きながら彼を見た。


「あぁ、言ってなかったか。五王匠ごおうたくみだ。高二」

「嘘……ここを作った五王財閥の?」

「嘘言ってどうするんだよ? 俺だって、本ぐらい読むさ。むしろ、好きなんだが」

「え」

見えない。そう喉まで出たけれども、呑み込んだ。

明らかにコンビニ前でたむろしている高校生タイプなのに。

どうやらそれが顔に出ていたらしく、彼は肩を竦めて見せた。


「この見た目だしな。それより、座れよ。何か飲むか? 下の喫茶店から配達もしてくれるんだ」

「なんだか、家みたいだね」

私はそう唇に言葉をのせると、彼が促してくれたソファへと腰を下ろした。


「あぁ、だからよく来るんだ。珈琲うまいし」

「珈琲、好きなの?」

炭酸とかのイメージなのに、意外。

見た目が完全に軽そうだけれども、中身はもしかしたらちゃんとしているのかもしれない。

人は見た目じゃないっていうけど、どうしても先入観を持ってしまう。


「今、炭酸とか飲んでそうとか思っただろ? 意外と顔に出やすいな、お前」

「そうかな? 結構喜怒哀楽出にくいって言われるけど……」

「出ているとおもうけど。それより、名前は? 俺と年近そうだけど?」

露木朱音つゆきあかね。榊西高の二年」

「榊西って、すぐそこだな」

「うん。だから帰りに立ち寄るんだ。五王さんは、六条院だから遠いよね」

「さんづけやめろ。呼び捨てで構わない。同じ年なんだし」

「でも……」

「匠でいい」

「なら、匠くん」

「あー、まぁいいか。それより、飲み物頼むけど何がいい? 珈琲大丈夫か?」

「うん。お砂糖とミルク入れれば」

「よし、なら頼むか」

匠くんは立ち上がると、端にあった電話へ。受話器を上げたかと思えば、ピッという音が三回程聞こえた。

繋がったらしく、何か話している。どうやら注文してくれているようだ。


「しかし、珍しいな。この絵本持っていたなんて」

匠くんはこちらにやってくると、私の隣へと腰を落とながら尋ねてきた。

「え?」

「それ、自費出版なんだよ。しかも、冒険もの。どっちかと言えば、女の子ってお姫様とかそういうの読みそうだけどな」

「これ、好きなの」

そう口にすれば、匠くんが目を大きく見開いた。

そしてゆっくりと顔を綻ばせていく。

まるで自分が褒められているかのように、瞳には照れが窺える。


「絵、変じゃないか? 下手で」

「確かにそうだけど、それがまた味わいがあると思うよ」

絵は児童向けにしては可愛さが皆無。線も歪んでいるし、色塗りも微妙な箇所もある。

それでも、作者の作品に対する愛情が伝わってくる。


「作者が楽しんで書いているのが伝わってくるから好き。それに、琴音と違って元々冒険物の方が好きだから、こういうの読みたいの」

「琴音?」

「妹。私と違ってなんでも出来て……匠くんと同じ六条院に通っているの。露木琴音」

「あぁ! ピアノのか。たしか、六条院の講堂でピアノ発表会があったはず」

やはり知っているようだ。

琴音はどこに行っても目立つし、人気者だから不思議ではない。

また卑屈になり、私の手に力が入り勝手に拳を握ってしまう。


「お前、いかなくていいのか?」

「誘われてないから。それに、知ったのが今朝だし。両親が応援に行っているから大丈夫よ。夕食も食べてくるみたいだから、今日はゆっくりできるの」

お母さんの言いつけで家事を手伝ったりとしているけれども、琴音は手伝わない。

「手伝わなくてもいい」と言われているから。

ピアノをやる綺麗な手が荒れてしまったり、傷ついてしまうと大変だ。それが、両親の言葉。

だから琴音は自分の部屋すらも掃除しない。私の仕事になっている。

「お姉ちゃんなんだから、琴音を――妹を助けてあげなければ駄目よ」と言われているし。


「……なら、夕食うちで摂るか?」

「どうして?」

私が疑問の声を出したのは失礼でもないはず。

だって逢って間もなく、お互い知らない者同士に等しい。

それなのに、何故? もしかして、可哀想な人と同情されたのだろうか。


「絵本、好きだって言ってくれたからだ。その礼。作者、俺の知り合いなんだよ。それにその本ならいつぱいあるぞ。それでよければ一冊やるよ」







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