大学院生×女子高校生 後編
あの後、私は六条院さんに連れられ、駐車場へ。
そしてそのまま彼の物と思われる車へと押し込められ現在に至る。
「あの……どちらへ?」
大人しく助手席に乗り、私は左側の席で運転している人へと尋ねた。
車種はわからないけれども、左ハンドルだから外国の車なんだろうという想像しか出来ない。
ただ、座席が座り心地がいい事から、値段が結構するものだろうという事は推測出来た。
「心配しなくてもちゃんと後で家まで送ってやるから。それより、猫は大丈夫か?」
「はい。アレルギー等もありませんし、むしろ好きです」
私はそう言って膝の上に置いている紙袋をいじった。
中身は猫の玩具。
これはさっき立ち寄ったペットショップで六条院さんが購入したもの。
どうやらこれから猫のいる所に行って遊ぶみたい。
車に揺られる事、十五分。辿り着いた先は未知の世界だった。
塀に囲まれた敷地内にひっそりと佇む洋館。
一体何人で住んでいるの? と伺いたくなるぐらいに土地が広大で、建物が人一倍存在感をアピール中だ。
「ここは……?」
「家」
「家ですかっ!?」
六条院さんは、私が手にしている袋を取るとそのまま先へと進んでいく。
それに慌てて着いて行く。このままここに残されても心細い。
「あぁ、家。別名猫屋敷と呼ばれている」
「猫ですか……?」
「来ればわかる」
と言われ玄関に入れば同じ柄の着物を着た人々による、「お帰りなさいませ」という出迎えが待っていた。それにまず驚き、思わず足が竦む。私なんかが来ていいのかと。
こんなに大きいお屋敷になんて足を踏み入れた事なんてない。
廊下の先が見えないし。
「ただいま。このまま猫の間に行くから。母さんがいるなら、何か菓子作っておいてと伝えてくれ。店に行ったけれども、開いてなかった」
「畏まりました。お嬢様への御飲み物は、紅茶でよろしいでしょうか?」
お嬢様!? そのフレーズに心臓が飛び跳ねてしょうがない。
生まれて一度もそんな風に呼ばれた事がないから、当然だ。
「紅茶飲めるか?」
そのため六条院さんへの返事は言葉にできずに、ただ頷くだけ。
失礼かもしれないけれども、体が反応出来ただけでも良しとして欲しい。
緊張感で喉が渇くし、心が忙しなくて仕方ない。
そんな状態のまま、促されながら廊下を進んでいく。
「あのっ、私……っ。やっぱり、帰……」
「着いたぞ」
と、言われ扉の前で立ち止まられたので、私も必然的に止まった。
「ほら、お前達。遊んでくれる奴連れて来たぞ!」
「「「にや~」」」
六条院さんが開けた扉の隙間。そこから見えた光景で、やっと猫屋敷の意味が理解出来た。
「すごい! 猫がいっぱい」
室内には猫タワー等のグッズが置かれ、そこに猫が数匹いる。
中は広々としていて、猫達が自由に走り回っても余裕。
猫達はすぐにこちらにやってきて、私の足元へと顔を摺り寄せたりしていた。
様子を探っている猫もいるけれども、ほとんどが人懐っこい子達だ。
「こんなに飼っているんですか?」
「あぁ。俺じゃなくて母さんがな。元々こいつら捨て猫で、それを保護して飼っているんだ」
「そうなんですか。あの、抱っこしてもいいですか?」
「自由に遊べ。さっき玩具買って来ただろ。それも使って構わないから」
そう言って六条院さんは、窓辺に行きそこにあったソファに座ると目を閉じている。
もしかして寝るつもりなのだろうか。
でもそうはさせないと、猫がよじ登って来ているけれども……
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六条院さんとの出会いからあっという間に月日は流れ、半年が経過。
あの出会いの次の日、真兄さんからは花音さんを紹介された。僕の彼女だと。
勿論、ショックだった。
けれども今は心から祝福できるまでになっている。それは聖さんのお蔭だ。
不思議な事にあの失恋がきっかけで、聖さんと時々二人で遊びに行ったり、食事に行ったりしているうちに傷口がぴたりと塞がったのだ。
いつものように聖さんの家で猫と戯れ、そして聖さんのお母様のお手製のお菓子を食べたりした事で癒されたのかもしれない。
今日も私は六条院邸の猫の間にて、いつもの週末を過ごしていた。
私達は半年という月日のせいか、気がつけば名前で呼び合う様になり、聖さんの家に来るたびに襲ってきていた緊張感も無くなっていた。
「……なぁ、琴乃」
「はい?」
猫じゃらしを止め、私は顔を上げて声のした方向へと視線を向ける。
すると聖さんが、いつもの定位置である窓辺のソファからこちらに向かってやって来ていた。
―― 一体、なんだろう?
私の興味は、彼が握っている一枚の封筒へと注がれていた。
「それ、なんですか?」
「昨日、花音から送られてきた」
久しぶりに訊いたその名前に心臓が嫌な音を立てた。
別に真兄さんの事を引きずっているからではない。
その理由は――聖さんが彼女を好きだからだ。
「神戸グループがブライダルの方に進出しているのは知っているか?」
「はい。大分前にニュースで」
「それに花音も携わるらしい。それで俺にいろいろ話を訊いて参考にしたいそうだ」
「それ、いつですか?」
「いや、スケジュール合わせるのはこれからだが……」
「なら、聖さんの空いている日。全部私が予約してもいいですか?」
「は?」
ぴたりと動きを止めた聖さんに、私は手を伸ばし彼のシャツの裾を握り締めた。
前の恋は言葉にする前に散らしてしまった。
もう少し早く告白していれば、花音さんと付き合わなかったのだろうかとか、いろいろ考えてしまっていた。
だから今は同じような事はしたくない。どうせ散るならば伝えてから――
「どうした? 琴乃?」
「……花音さんと二人で逢って欲しくないです」
「お前、それは――」
その時だった。無機質な電子音が私達の気まずい空気を震わせたのは。
「すみません、私です」
慌てて鞄からスマホを取り出し、ディスプレイを見れば「真兄さん」の文字が。
どうしたのだろうか? と思いつつ、私はその電話に出た。
「もしもし、真兄さん?」
『琴乃ちゃん? 今、電話大丈夫?』
「はい」
『うちにね、北海道の親戚から蟹が送られてきたんだって。だから、母さんが……――』
「えっ!? ちょっと!?」
真兄さんが話をしている最中だというのに、私はそれを遮り悲鳴に近い非難の声を上げた。
それも当然だろう。聖さんに急に後ろから抱きしめられたのだから。
忙しなく走り回る心臓に、額に浮かぶ冷や汗。
私の体は危険信号を発してしまっている。
『琴乃ちゃん? どうしたの? 大丈夫かい?』
「な、なんでもありません。猫です! 猫!」
そう口から出任せで誤魔化せば、「にゃ~」とタイミング良く猫が鳴いた。
『あ、本当だ。可愛い声だね。いいね。僕も久しぶりに戯れたいな。そうだ、今度一緒に猫カフェ行かない?』
「真兄さんも猫好きですもんね。そうですね、今度一緒に出掛け……って、聖さんっ!?」
頬にちゅっとリップ音と感触が。
かと思いきや、また違う場所へと移っていく。
「ただじゃれているだけだ。俺、猫なんだろ?」
「何をおっしゃって……っ」
たしかに猫と誤魔化しましたけれども……
自分の顔を見ていないからわからないけれども、きっと茹蛸になっているだろう。
『琴乃ちゃん? もしかして誰かと一緒なの?』
「えっ……はい……ゆ…――ああっ!」
友人とですって言おうとしたのに、スマホが取り上げられてしまった。
「はじめまして。琴乃の彼氏で、六条院聖と言います。渡木真さんですよね? 琴乃から話を良く伺っています。兄のような人で良くして貰っていると。……えぇ。……あぁ、花音から聞いていたのですか? ……そうですね、琴乃も多感な時期ですから、恥ずかしくてなかなか言えなかったんだと思います。……勿論、大事にしますよ。……えぇ、そうですね。今度四人で食事でも。はい、では琴乃に替わります。ほら」
と言われ渡されてけれども、事情が全く把握できていない。
彼氏? 私は出来てないですけれども。
頭の上にはハテナマークが幾つも浮かんでいく。
『もしもし? 琴乃ちゃん?』
「はい」
『花音が六条院さんと親しいらしくて、話は聞いていたんだ。仲良くしているってね。でも、琴乃ちゃんから彼氏が出来たという報告を心待ちにしていたんだよ? 兄代わりとしては、他の人からその話を訊かされてちょっと寂しいな』
「ごめんなさい、真兄さん。でも、私……っ!」
『夕食もしかして六条院さんと食べる約束していた?』
「い、いいえ」
『なら、うちにおいで。蟹一緒に食べよう』
「はい、あの……」
『じゃあ、待っているね』
「はっ、はい。では」
と言って電話を切れば、脱力。そのまま重力により、後ろにいる聖さんに凭れ掛かってしまった。
それに反射的に身を起こそうとすれば、そのまま抱え込まれてしまう。
「ちょっと待って下さい! 離して下さい!」
「離して欲しいなら、答えろ。さっき花音と二人っきりで逢うなって言ったよな? あれは嫉妬か?」
「そうですよ! 嫉妬です! 嫌に決まっているじゃないですか。自分の好きな人が、想い人と二人っきりで逢っているなんて! ですからお願いします。離して下さい。恥ずかしくて耐えられません」
そう一気にまくし立てるようにして、私は目を閉じた。
もう、煮るなり焼くなり勝手にして。というぐらいに、やけっぱち。
「そうか」
てっきり否定的な意見が耳に届くと思っていたのに、予想に反して弾んだ聖さんの声。
「でも、一つ訂正あるぞ。それ。俺はもうとっくに花音の事は吹っ切れている」
「え?」
「さっき言ったままだ。俺はお前の事が好きだ。だからさっき彼氏だって言ったんだよ。あいつに嫉妬したから」
「好きって、聖さんが?」
「あぁ。だから俺と付き合え。琴乃。俺の望む返事寄越すまで離さないからな」
その言葉に「よ、よろしくお願いします」と弱々しく返事をするのが限界。
だって、これ以上私に望んでも心臓が持たないから。