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年下医者×年上漫画家(フリーター)後編

一応念のためR15です。


夕方近くになり、私の元へ意外な人がお見舞いに来てくれた。

それはあの私が会う予定だったお見合い相手の天童さんだ。

しかもわざわざ好物のみたらし団子を持参で。


「お仕事お疲れ様です。すみません、わざわざ」

「いいえ。それよりお加減如何ですか?」

「順調です。あの、そこにある椅子にどうぞ」

「ありがとうございます。では失礼して……」

と、天童さんは進められた椅子へと腰を落とした。


仕事終わりなのか、ちょっと疲れた雰囲気で心なしかスーツもよれている。

そんな中わざわざ来て頂いて本当に申し訳ないと思った。

電話でも酷く気に病んでいたから。完全にあれは私が悪い。


「お見合いの件すみませんでした。ドタキャンしてしまいまして」

「いいえ! それはやむを得ないですよ。それにこちらこそすみませんでした。お見合いするつもりもないのに、両親が勝手に……」

「いいえ。それよりどうですか? そのお付き合いしている方とは。やはり難しそうですか?」

「えぇ。父から電話があり、貴方の足が治り次第再度見合いをとの事でした。

貴方は父達に気に入られていますから。仕事を辞め地元に戻って来てくれ、同居してくれる。

そして両親の面倒を見て近所や親せきの会合に積極的に参加しながら、子供を育てることに了承してくれていると伺っています」

それはなんと言ったらいいのだろうか。

私は何一つ聞かされていないお話なんですが。

唯一知っているのは、地元に戻る点とだけですよ。仲人の叔母さん。貴方一体何を……


「百合はあの人達の理想の嫁にはなれません。実は百合はこちらで事業を行っているんですよ。

ですからあちらに赴くのは……僕もそんな型にはめるつもりはありませんし」

「そうですか」

「はい。ですから家を出る覚悟で百合の事をもう一度話してみます」

「頑張って下さいという凄くありがちな言葉しか言えませんが……」

「いいえ」

天童さんはほんの少しだけ、苦みを含んだ笑いで答えた。

大人になるにつれ、色々制約が増えていく。それで身動き取れなくなったり、諦めたりしなきゃ

ならない事もある。でも自分としては諦めたくない。その気持ちが痛いほど私にはわかる。

私に取ってはそれは漫画しごとだ。

切っ掛けが持てない。諦めるにしても進むにしても。


「何か必要なものありますか? 飲み物とか、お菓子とか。俺買って来ますので」

「いいえ! 松葉杖で歩けるので、売店とか自分で買いに行っているんです。あぁ、すみません。

飲み物もお出ししないで……。貰い物なんですけど、珈琲あるんです。ちょっと待っていて下さいね」

ベッド脇にかけてあった松葉づえを取ると、私は応接セットの近くにある冷蔵庫まで向かった。

まだたどたどしい歩行だけど、これでも大分マシ。

最初は慣れなくてまともに歩く事すらできなかったぐらいだ。随分進歩したと思う。

今では飲み物を買いに行くのも問題ない。


……はずだったのだが、天童さんが慌ててこちらに駆け寄ってきてしまった。

どうやらたどたどしかったらしく、逆に気を遣わせてしまったらしい。

飲み物買いに行ったりするので、全然歩くのは問題ないのだが。


「気をつかわないで下さい」

「天童さんこそ。私は大丈夫で……――」

歩きながらしゃべっているせいか、そちらに気を取られバランスが崩れ、ぐらりと体の重心がズレぐらついた。

「うおっ」

と可愛らしくない私の悲鳴に、松葉杖が音を立て床へと寝転がる音が響く。

咄嗟に目を閉じる。が、固い床に私の体がぶつかることはなかった。

気がつけば天童さんの腕の中に。

やはりずっとスポーツをやっていたらしく、筋肉のバランスがいい。

スーツ越しにでも感じる筋肉を今度デッサンをお願いしたいぐらいだ。


「大丈夫ですか?」

「すみません! ご迷惑を……」

「いいえ。僕も以前骨折した事があるのですが、松葉杖ってなかなか慣れないですよね」

喉で笑っている。

密着しているせいか、なんだか気恥ずかしさが襲う。

その時だった。ガラッと室内の扉が開き、「先輩?」と神崎の声が入って来たのは――


「あぁ、問診ですか? お世話様になっています」

白衣だったからだろう。

神崎が驚きを全面に出しこちらを見ているのに対し、天童さんは崩した表情でそれを見ていた。


「何しているの?」

目を細め威嚇するように唸る神崎に、私は呆気にとられた。

いや、何って抱き留められただけなんだけど……

それ以外にどう見えているわけよ。


「いつまで抱き合っているわけ?」

こちらに来ると、私と天童さんの間に入りなぜか天童さんと引き離された。

すぐに体制を整えようと思ったけど、神崎の乱入に驚いて動けなかっただけなんですが。

しかもそもそも抱き合ってないし。


「ねぇ、その人誰? バイト先の人でも編集者でもないよね。ましてや、元バイト先の人でもない。

俺、先輩の人間関係は全て把握しているはずなのに引っかからないんだけど」

「はぃ?」

いやいやいや待てって。

なぜ把握してるんだ。いや、それよりどうやって把握しているわけ?


「あの。貴方は主治医の方ではないようですね。どちら様ですか?」

という天童さんの疑問は当然だ。

「婚約者です。もうすぐ――7月8日に籍を入れるので、戸籍上はまだですが事実上の夫です」

「はぁ!?」

いつの間にあんたが婚約者になっているの!?

しかも7月8日ってなんでその日!? 7月7日なら七夕だからまだわかるけど。

私の誕生日でもあんたの誕生日でもなんでもない日じゃんか!


「え? 婚約者……?」

天童さんは首を傾げ、神崎の胸に抱かれる私を見た。

すみません、本当にすみません。

この反応でわかると思いますが違います。


「失礼ですが、貴方は先輩の何ですか?」

「あの……」

ちらちらとこちらを伺う天童さんの視線に、私は頭痛がした。

だが、説明から逃げるわけにはいかない状況だし。

私は簡単に説明することに。


「こちらは天童明てんどうあきらさん。私と地元が一緒でお見合い相手」

「へー。見合いね」

ギブギブ!

抱きしめているんでなく、今度は潰しているっ!


「どういう事? 俺がいるのに見合いって。新居用の家具も見に行かなきゃならないんだよ?

見合いしている暇あるわけ? それ以前に夫がいるのに見合いって可笑しいよね」

可笑しいのはお前だーっ!

と言いたいが、なんだか自分の記憶があやふやになってきてしまっている。

あれ? 私ってこいつと婚約してたっけ?

出てくる事柄が具体的すぎだし、なんだか自信がある言い方のため、なんだか自分の記憶が可笑しい

のかと思い始めてしまった。

まるで外出時に鍵を閉めたか閉めなかったのか、疑ってしまうように。


「どうやら行き違いがあったようですね。妻がご迷惑をかけました」

「いいえ。こちらこそ見合いの件、申し訳ありませんでした」

いえ、天童さん。貴方が誤る事はないのですって。

むしろ、こちらがわざわざ見舞いに来て頂いてすみませんと。


「あの、天童さん……」

「見合い相手が貴方でで良かったです。百合の件もあったので……」

かなり誤解をなさっているようですが、私は未婚のはずです。

でもご迷惑かけたのは事実ですが……


「では、今日はそろそろ帰ります。旦那さんもいらっしゃったようですので」

「わざわざ妻の見舞いに来て頂きありがとうございます。エレベーターまでお送りします」

「いいえ。どうぞ奥さんとの時間に使って下さい。では、また」

天童さんは深くお辞儀をするとそのまま部屋を出て行ってしまった。

これは完全に誤解されたな。後で電話しておかないと。

その閉まった扉を見送っていたら、ふわりと体が宙に浮かんだ。


「は!?」

気が付けば神崎にお姫様だっこされ、そのままベッドへと降ろされてしまう。

自分で歩けるのにと思っていたら、今度はギシリと大きなスプリングの軋む音が耳に届く。


「え? ちょっと待って! なんで乗っているの!?」

なぜか彼は横たわっている私の体を跨ぐように馬乗りになっている。

膝は付いてるため体重は直接かからず、ベッドがその重さを引き受けてくれていた。


「しかも白衣脱ぐし!」

なんかこの先の予想が当たりそうで怖いなどと思っていたら、予想通り屈んだ神崎に唇を塞がれてしまう。

そのためますます混乱し、私の体も心も相手に持っていかれそうだ。


どんどんと深くなっていく口づけ。

最初は一方的なそれだったけど、気がつけば私もそれを受けていた。

夢中でキスを繰り返していると、衣服に侵入していく体温を感じる。

服も脱がされ掛かっているのか、肌に直に空気が当たり少しだけ冷たい。

でも体はそれらの行為により熱を帯びていた。


「――って! ちょっと待って!」

我に返り、私は衣服類がはだけ、露わになった胸元に口づけている男の頭を両手で止める。

本当にギリギリの理性だった。さすがにこのまま流されるのは駄目だ。

ここは病院だし、私は足にヒビが入っている。ヒビが骨折につながったら責任とれよ。


「何?」

と神崎は、起き上がると前髪をかき上げた。

色気を前面に出し、少し苦しそうな表情で私を見つめている。


「何じゃない! 私、怪我人! ホネ、ヒビ」

「ちゃんと気をつけながらヤる」

「するな! ここ家じゃなく病院だっつうの!」

「……家ならいいの?」

「家ならいいだろうが! 考えるまでもない。そもそも誰かが入ってきたらどうするんだ!」

夏樹先生とかもたまに身に来てくれるし。

それになぜか神崎のお父さんとお母さん――医院長と奥様、それから外科の神崎先生(兄)や、小児科の神崎先生(姉)まで怪我の様子を見に来てくれるのに。

そんな場面に遭遇したら気まずいだろうが。


「わかった。お許し出たから家でヤる。先輩退院するまで我慢するよ。その時が覚悟してね。年単位全部受け止めて。どうしよう、俺。先輩が気を失っても止めれないかも。だってずっと我慢してたんだよ?

しかもさっきちょっと手出しちゃったし」

「むしろこちらがどうしようだ……――ちょっと待て!」

違う。そういう意味じゃない。

なぜそっちの方向に行く!?


「あぁ、そうだ。取りあえず先輩の荷物は俺のマンションに移動させたから。

新居に運んでも良かったんだけどね。でもやっぱりそういうのは、家具とか先輩と選んでからの方がいいかなと」

「はぁ!?」

「だって契約再来月で切れるでしょ? ちゃんと新居には先輩の仕事部屋も作ったんだ。

もちろんアシスタントの子達の部屋も」

「仕事部屋……」

いいな、憧れの仕事部屋。

夢にまで見た自分の城。


「……な、流されるか。だからなんで話が進んでいるわけ?」

「俺が先輩にプロポーズしたら受けてくれたじゃん。家族のように思っているって。先輩も嬉しいって言ってくれたよね。それに新居の件、間取りから何から何まで先輩了承住みだよ。良いって原稿書きながら言ってたじゃんか」

「あれプロポーズなのか!? ……待て。それ以前に原稿が修羅場の時に大事な話をするのはやめろ」

「やっぱり気づいてなかったんだ。昼間の時に思い知らされたけど。俺、先輩との結婚のためにいろいろ準備したんだから。ご両親への挨拶いつにしようかと先輩に聞こうと思ったら、先輩怪我しちゃってそれどころじゃなくなったけど」

「もしかして神崎のご家族がやたら様子を見に来てくれるのは……」

「そう。もうすぐ家族になる人って言ってあるから。数年前から」

だからか。だからなのか。

可笑しいと思ったんだよなー。そんな他人行儀にしないでとか言われたし。


「先輩。俺と結婚して下さい。俺が幸せになるのは確実なので」

そこは俺が貴方を絶対に幸せにしますとかじゃないのか?

せっかくしてくれたプロポーズに文句つけるわけではないが。


「もし先輩が断っても、これ出すから」

そう言ってあいつが白衣から取り出したのは、何かうっすい紙。

それを開き私の前へと差し出してきたので、それを見て私は「はぃ?」と変な声が漏れた。

いや、だってこれって――


「婚姻契約書!? しかも全て記載済みじゃない!」

それは全て必要事項が記載されている。

ちゃんと私の記載箇所も、もれなくだ。

しかも私の字だし……なんか荒ぶっているけど。


「どうして驚いているわけ? これ先輩が書いてくれたんだよ」

「まさかまた原稿修羅場中じゃないでしょうね?」

「お互いの時間が合うのが少ないからしょうがないよ」

「……おい」

修羅場中はやめろよ、戦場と化しているんだから。


「7月8日に出してくるから」

「なんで7月8日なのよ?」

「もしかして忘れた? 二人の記念日なのに」

「記念日?」

「そう。俺が初めて先輩と出会った運命の日」

「……あぁ」

あの使えないバイトが入社した日か。

しかし本当に夢を叶えて医者になったのはすごいって尊敬する。

あの頃から思い描いていた事を全て実現しているし。

医者として大丈夫かと不安がよぎったけど、今は内科の若先生として評判もいい。


「俺ね、先輩のおかげで医者になれたんだ。あの時、初めて先輩と会った時、大学辞めようと思ってたから。医者になって沢山の患者を救おうって夢が、挫折寸前だったわけ。勉強かなり難しくてね」

「バイトした事ないからコンビニバイトっていうのは嘘?」

「うん。医大辞めてバイト生活しようって思ってた。その人生初のバイトしてみれば、凄く使えない人間だった」

自覚あったのか。という言葉を呑みこんだ。

本当に苦労した。あそこまで使えるようにさせるのは。

その労力が実った瞬間すぐ辞められたけど。


「バイトも出来ない。勉強も出来ない。なんて俺って無意味なんだろうって。でも先輩はそんな俺に

ひたすら教えてくれたよね。体で覚えろって。スパルタだったけど、絶対に愚痴も零さず

嫌な顔せずに教えてくれた。その代わり笑顔もなかったけど」

あの状況で笑顔つくれる人間なかなか居ないぞ。

同じ失敗何回も繰り返しているし、レジ打ちトロいのレベルじゃなかったしな。

バーコード読み取りするのが出来なかったんだよね、こいつ……

あとお釣りの受け渡しのぎこちなさ。


「励まされて少しずつ早くなっていくし、ミスも少なくなっていった。それが嬉しかった。

なんかさ、たかがコンビニバイトで大げさかもしれないけどやれば出来るって。

だからバイト辞めて大学で勉強だけ頑張ることにしたんだ。睡眠時間削って可能な限り勉強に費やした。でも、やっぱり疲れるしエネルギー切れるから先輩の家で充電しつつね」

神崎はまた屈みこむと、私の額へとキスを落とす。

かと思えば、手を伸ばし頬をひと撫でしてきた。


「こうして先輩といると、不思議と強くなれる」

人とはわからないものだ。

あんなにふざけた奴だと思っていたら、あの頃そんな風に考えていたなんて。


「――ねぇ、先輩。俺、絶対に逃がさないよ。既成事実でもすぐに作るから。取りあえず退院してからだね」

そう告げられたのは、愛の告白なのか。

どうやらいつの間にか私はこの男に包囲されてしまっていたらしい。

結局この男から逃れるすべはないようだ。





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