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年下医者×年上漫画家(フリーター) 前編

一応後編がR15です。

年下医者×売れない漫画家(バイト掛け持ち)



「はい、先輩あーん」

「……あのさ、神崎かんざき。自分で食べられるから」

私が腰を落としているベッドのすぐ傍に座っている男が、こちらに向かってスプーンを差し出している。

白衣姿の見目麗しいそいつは、何が嬉しいのかにこにこと微笑んでいた。


――こっちは慣れない病院と治療費で頭が痛いというのに、なんて暢気な奴……


「ほら、八宝菜だよー。好きでしょ?」

と言われ、スプーンを見ればその上には白菜や人参などが入った八宝菜が。

確かに好きだ。食べ物に罪はない。だが、私はそれを首を振って拒絶した。

いくらここが個室とはいえ、さすがにそれはいい。そもそも自分で食べられるし。


「駄目だよ。先輩怪我人なんだから」

「怪我しているが、私が怪我しているのは足だ。足」

そう言って視線を自分の下半身へと移せば、パジャマのズボンが不自然に膨らんだ左足。


これはつい先日駅の階段で転んで足にヒビが入った。

慣れないヒールに人混み。それらが引きこもりの売れない漫画家には不釣り合いだったらしく、通り過ぎる誰かの肩にぶつかったかなと思った瞬間、そのまま下へとバランスを崩し転落。

落ちた痛みで話せないでいたら、周りにいた人や駅員さんに介抱され数分後救急車で神崎が働く神崎病院へ。


そこに座っているイケメンな青年――神崎樹かんざきいつきと私は元バイト仲間だ。

社会人八年目にしてやっと念願の漫画家になれたけど、それ一本で食べていくには不可能に近かった。

そのため私は今でもバイトを掛け持ちして働いている。


神崎と出会ったのは、私が漫画家になろうと決め、フリーターをやっている時だから何年前だろうか?

結構経つと思う。だってまだ彼は医学生だったから。


バイト先のコンビニに神崎がバイトとして入社。

整った容姿にあの神崎病院の息子ともあって、一躍女子に大人気。

最初はむかついた。

だってこっちは食べるために働いていたから。……まぁ、ただの貧乏人のひがみだけど。


神崎病院って言ったら、ここらじゃかなり規模が大きい病院。

それなのにバイト?と不思議に思い訪ねたら、「バイトしたことなかったので、社会勉強です」という、ありがちな返答。

そのため余計いらつくから極力関わりたくないと思っていたのに、新人担当に指名されお世話係に任命されたのが運の尽き。嫌でも関わらなきゃならなくなった。

他に入った新人君と樹の二人に教えていたんだけど、新人君はどんどん覚えていくのに神崎だけ覚えが悪かった。


レジ打ちはいつまで経っても下手だし、品だしに関してはトロい。

これで医者目指しているわけ!? 絶対にこいつの病院にはいかないと決めるぐらいに神崎は仕事が出来なすぎた。

もちろん、医者とコンビニ店員は仕事が全く違う。

ただ、なんとなく不安だった。


それでも根気強く教えていたら、時間はかかったけどちゃんと覚えてくれたんだ。

……それなのに勉強が忙しくなったと、マスターしたと思えばすぐ辞められた。


これで接点が無くなったと思えば、神崎は時々私のバイトが終わるのを待ち伏せしたり、

人のアパートに押しかけたりと何故か懐かれ慕われてしまった。

いつの間にか夕飯はうちで食べ、実家に帰宅。

または時々宿泊というわけのわからない生活パターンに巻き込まれ、それが今でも続いている。

食費を大目に入れてくれているからありがたいけどね。


その関係が数年間続いた。

その曖昧な名のつけられぬ関係につい一か月ほど前、「私はお前の姉か?」と訪ねれば首を振られ、「家族だよ」とにへらとした笑顔で言われた。

どうやら姉ではなく、母親のような役割になってしまったらしい。

少しだけ好意を期待した自分を殴りたくなった。

その後すぐに「俺と家族で先輩は嬉しい?」と樹に聞かれた。止めだ。

「まあね」と答えたけど。


そもそも売れない漫画家というかフリーターと、大病院のお坊ちゃんでは最初から話にならなかったんだ……

いつからか神崎の傍が楽で心地よくて。ずっと続くものだと思っていた。

でもそれは間違いだ。この関係もそろそろ終わらせないとならない。


それを思い知らされたのは、親から電話。

いい年なんだから相手がいないならこちらに戻り、見合いをしたらどうだという話だ。

定職にも就かずフリーターの売れない漫画家。そんなものはさっさと辞めて、結婚して孫の顔を見せろ。

呪詛のように繰り返されるフレーズ。

それに、私は染められた。


正直限界を感じていたのかもしれない。

念願叶って漫画家としてデビュー出来たあの頃は、私の未来は幸福確定だと思っていたのに。

自分好みの仕事場に、アシスタント、自分が書いた漫画が表紙になった雑誌……

実際はそんな風には行かず、あんなに太陽のように輝いていた夢が、いつからか雲で覆い隠されてしまっていた。


頑張ろうと思う気力がなくなっていき、私は逃げるように見合い相手と会う事にした。

ちょうどこっちに出張で来る予定だったそうだ。

買ったばかりの着慣れないスーツに、ヒールで武装。

そして待ち合わせ場所へ向かうため駅へと向かう。だが、そこで事故にあってしまった。

バランスを崩し転倒。そして入院。

結局見合い相手には事情を話し、動けるようになった数時間後に電話で謝罪。


あちらの方はとても優しくいい方で、さんざん待ちぼうけを食わされたというのにこちらの体調を気に掛けてくれた。

肝心の見合いの件だが、あちらから断られた。

どうやら結婚したい人がいるらしい。私と会って直接事情を説明し断ろうと思っていたそうだ。

その相手の人は以前からお付き合いをしていた女性で、こちらで働いているそう。

両親に反対され、無理矢理私との見合いを組まされたそうだ。

彼のご両親の希望は、地元に戻り同居してくれるお嫁さんだから。


「先輩どうしたの? ぼうっとして……」

「なんでもない。それよりスプーン返しなさいよ」

「いいからほら。お昼時間無くなっちゃうよ?」

と口元まで持って来られたので、仕方なく口を開けてそれを招きいれる。

うっ、旨い。やっぱ、八宝菜旨い。


「ねぇ、それより大部屋まだ開いてない? 私、何度も言っているけど個室じゃなく大部屋に入れて欲しいんだけど。夏紀なつきに聞いたら……――」

「ちょっと待って。なんで夏紀の事呼び捨てなわけ?」

その言葉と共に、今度はひょいっと寒天とフルーツの入ったスプーンが口元から離れてしまう。


「みかんが……!」

「みかんは後。それよりこっちが優先。なんで夏紀の事呼び捨てにしているわけ? 俺の事はずっと神崎で、樹って呼んでくれた事ないじゃんか」

なんだかやけに突っかかるな。

それに声音もなんだがドス黒い。

やっぱりあれかなぁ。さすがに敬称つけなきゃマズイって事か。

夏紀先生に「夏紀って呼び捨てにして下さいね」って言われたんだけど。


「今度から夏紀先生って呼ぶよ」

夏紀先生とは、整形外科の先生で私の主治医。

そして神崎の弟だ。

この病院は神崎の兄と弟、それから妹も医者のため、神崎以外は下の名前で呼んでいた。


「まさか、ああいうの好きなの?」

「は?」

「それとも、芦田や緑川、それとも田口? あとは、前野と菊地それから……――」

「待て。それ見舞いに来てくれたバイト仲間だけど、なんで神崎が知ってるわけ? 知り合い?」

私のバイト先は3つ。

この度の入院でその仲間が見舞いに来てくれのだが、そいつらの名前を樹が口にしている。

面識があったのか?

なんだか面倒な空気なので、話を別の方向へと誘導する事にした。

空気最悪のまま昼食を取りたくない。


「あのさ、それより今は大部屋の話。治療費もかかっているし」

「……治療費の心配ならしないでって言っているでしょ。俺が払うよ。家族だから」

「いいよ。別に自分で払うってば。家族って言っても本当の家族じゃないし」

「たしかに戸籍はまだだよ。でも俺達家族じゃないの? それとも先輩は俺と家族で嬉しいって言ったのあれ嘘?」

まくし立てられるように言葉を一気に吐かれ、私はなんだか責められている気分になった。

だってその表情が辛そうだったから。

だから「ごめん」と謝罪の言葉が自然と口から出た。


「――……仕事終わったらまた来るから。悪いけど食事は一人で食べて」

神崎はそう言うと、私にスプーンを持たせテーブルをこちら側へ移動させる。

そしてそのまま何も言わず室内を出てしまう。

その背中を何も言えず私は見送るだけだった。




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