生徒会長(兄の友人)×女子高生
校門前――ちょうど櫻花学院高等学校と掘られた文字を隠すように私達はそこに居た。
私とお兄ちゃん、それから春都さんと三人で。
制服姿のお兄ちゃんの前に私服姿の私と隼人さんが隣り合うように立っている。
ちょうど私達の周辺にはキャリーバッグやボストンバッグを持った人々が、家族や友人とおぼしき人達に囲まれていた。
みんな抱き合ったり、ハンカチで涙を押さえている人など様々な形で別れを惜しんでいる。
今日は学院内で選ばれた人達が1年間の長期留学へと向かう日。
選ばれたのは英文科や普通科などの科を越えた10人だ。
私のお兄ちゃんもその内の一人。
みんなはこれから少し離れた場所にある学校所有の駐車スペースに、チャーターされたバスにより
空港へと向かう。
現地まではちゃんと引率の先生がいるみたいだから心配はしてない。
でも――
「世里奈。兄ちゃん、本当に行っちゃうぞ? 大丈夫か?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんも留学頑張ってね。せっかく学校代表に選ばれたんだもん」
実はお兄ちゃんが心配性なのが不安なの。
私の事を気にせず安心してあっちで語学に励んでほしい。
ずっと私の面倒を見てきてくれたから……
私の両親は単身赴任中。
なので、私とお兄ちゃんはずっと学生寮に入居していた。
最初は離れた両親に対し私はずっと泣き言を言っていたけど、ずっとお兄ちゃんが付いていてくれていたから大丈夫だったの。
昼休みや放課後に様子を見に来てくれたり、休日には一緒に映画とか行って気晴らしに付き合ってくれんだ。すごく優しいお兄ちゃん。
正直、離れちゃうのは寂しいよ……
本心とは裏腹になんとかお兄ちゃんが居なくても大丈夫だよ心で言い続ける私に、隣からフォローの声が入る。
「世里奈ちゃん、大丈夫だよね?」
「はい」
春都さんの言葉に私は頷くと、彼へと視線を向けた。
本当にいつ見ても綺麗な人。
春都さんはお兄ちゃんとは反対のタイプの人だ。
お兄ちゃんは精悍な顔付きというか、男の人って感じが全面に出ていて格好いい。
でも春都さんは男の人に失礼かもしれないけど、顔立ちが整っていて中性的で見惚れてしまう。
たぶんそれは、私が彼の事を好きだからというフィルターが掛かっているからだけではないはず。
春都さんは『櫻花の王子様』と呼ばれているぐらい。だからきっとみんなそうなんだと思う。
誰に対しても分け隔て無く優しく接し、その優しい微笑みを与えてくれている王子様。
先生にも信頼のある人望。だからお兄ちゃんも留学期間中に私の事をお願いしたのだろう。
「綾川。そんなに心配すると世里奈ちゃんに移るから止めなよ?」
「西野、本当に世里奈を頼むぞ。俺が居ない間に変な男にでも騙されたら俺は両親に顔向けが出来ない」
お兄ちゃんは春都さんの両肩に手を添え、顔をギリギリまで近づけ鬼気迫る迫力にて念を押している。
それを春都さんが、やんわりと手を外しながらいつものように微笑んで受け入れてくれていた。
「お兄ちゃん! 本当に大丈夫だよ。寮母さんやクラスのお友達もいるし、春都さんも居てくれているから! だからお兄ちゃんはちゃんと夢を叶えるための一歩を頑張って!」
「世里奈、大人になったな。だが、兄ちゃんはそれが少し悲しい……ぐすっ」
涙で顔をドロドロにしたお兄ちゃんに、私は鞄からハンカチを出して涙を拭いてあげた。
するとあっという間にハンカチが色を変えズシリと重くなってしまう。
――替えのハンカチ……たしかタオルハンカチが……
私はハンカチは常に二つ持ち歩いている。布状のハンカチとタオルハンカチ。
急に雨に降られた時でもすぐに使用出来るようにと、持参しているのだ。
それを鞄から探そうとしていたら、少し離れた場所で「おい、そろそろ行くぞー」と先生の呼び声が耳に届いたため、慌てて替えのハンカチを取り出しお兄ちゃんへと押しつけた。
「元気でね、お兄ちゃん」
「あぁ。世里奈もな」
ぎゅっとハグされ、私もちょっとだけ視界が歪んでしまった。
でもここで泣いちゃうとお兄ちゃんが引きずってしまうのでぐっと堪える。
「じゃあな、世里奈、春都」
「うん。いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「世里奈ちゃんの事は僕に任せて。安心していってらっしゃいお兄さん」
兄さんは手を振りながらキャリーバッグを引こうとしたが、それがぴたりと止まった。
「――待て。西野! お前、なんでお兄さんって言ったんだ!?」
「だって君が僕にお願いしたんじゃないか。忘れたのかい? 『世里奈の事をよろしく頼む』って。
ようやく君のお墨付きを貰ったんだ。だから二人が死を分かつ時まで、ずっとずっと僕は世里奈ちゃんと一緒にいるよ」
「アホか!! 俺が言ったのはそういう意味じゃない! お前がうちの妹の事を好きなら近づけなかったっつうの! 大体、お前を好きな女どもに嫉妬され、世里奈の身に何かあったらどうするんだ!?」
「大丈夫。綾川もモテるから。色恋に鈍感だから知らないと思うけど、『桜蘭の騎士』って呼ばれる君に守って欲しい子いっぱいいるんだよ。その子達が綾川に気に入られようと、影ながらいつも世里奈ちゃんの事を守っていてくれているんだ。それに君が顔を利かせている空手部の連中も、君の言いつけ通り世里奈ちゃんの害になるのを退けるだろう。僕以外が大切な世里奈ちゃんを見られると思うとそれは癪にさわるけど目を瞑るよ」
「……――お前そこまで計算づくだったのか!? 中止だ! 留学は中止だ!……って、は!?」
がしっとお兄ちゃんの腕を何かが掴み、お兄ちゃんの視線はそちらに向かう。
そのため、言葉が途中で止まっちゃった。
「綾川。早くしろ。飛行機に間に合わなくなっちゃうだろうが」
それは引率の先生だった。
「先生待って! 俺やっぱり行かない! 妹が! 妹が毒牙に!」
「何を言っているんだ。会長の西野がいるんだ、大丈夫だろ」
「いや、あいつ腹黒かったんだよ! 俺はずっとあいつに騙されていたんだってば!
西野の奴、裏で俺の妹を狙ってたんだ!だからあいつやたら世里奈の件で迷っていた留学の夢押してたんだよ!」
「いい話じゃないか。ほらもう行くぞ? じゃあな、お前ら気をつけて帰れよ~」
先生はお兄ちゃんと荷物を持つと、そのまま引きずるようにして連れていく。
遠くなっていくお兄ちゃんが何か叫んでいるみたいだけど、私達には聞き取れない。
ただ、ジェスチャーで行きたくないという事は理解できる。
よくわからないけど、体に気を付けて語学留学のお勉強して来て欲しい。
そして元気で戻って来て欲しい。
「世里奈ちゃん」
「はっ、はい!」
一瞬飛び跳ねた心臓を落ち着かせるようとしていたけど、春都さんが私の手に指を絡ませてきたため、
ますます落ち着かなくなった。
「この後、時間ある?」
「あの、春都さん。待って下さい。さっき、死が二人を分かつ時までと……?」
私は首を傾げながら先ほどの言葉の意味を伺った。
だってそれってなんだか……――
すると空いていた反対側の手が伸ばされ、それが頬に触れると彼は屈んだ。
春都さんはバレー部のため身長が大きく、いつも私を見下ろしている。
身長の低めな私は、彼の首が痛くならないかが気がかりでしょうがない。
「うん。僕はずっと世里奈ちゃんの事が好きだったんだ。でも綾川が中々ガードが厳しくてね。
綾川の留学で世里奈ちゃんの事を頼まれた時にこれはチャンスだって」
「わ、私も春都さんの事好きです! でも……春都さんは誰にでも優しいですし、お兄ちゃんの妹だから
私の事を気にかけてくれてくれているだけなんだって思ってました……」
私の顔はきっと真っ赤だろう。
手の先まで熱が走り、私の体温が上昇させている事を告げている。
私の余裕のなさが、きっと春都さんまで伝わっているかもしれない。
これは夢……?
だってお兄ちゃんと違って、私には何もない。顔も中身もすべてに置いて平均的。
櫻花の騎士の妹だから入学した時も騒がれた。
あからさまに聞こえる、失笑、そして耳を塞ぎたくなる会話――
そんな中で声をかけてくれたのが、お兄ちゃんを介して以前より交流のあった春都さんだった。
高校受験の時も「一緒の学校に通おうね」と、お兄ちゃんと一緒にお勉強を教えてくれたり、
誕生日やクリスマスも御祝いしてくれた。一緒にいる時間が増えるにつれ、私は段々彼に
惹かれていったんだ。
叶わない恋だと思っていたのに――
「春都さんはすごく素敵で綺麗な人ですから私の事なんてって、諦めてたんです……嬉しい…」
「僕も嬉しいよ。ずっと世里奈ちゃんの事は特別だったんだよ? 綾川にバレると大変な事になるからずっと我慢しているの大変だったんだから。いつも触れたくてしょうがなかった。でも、嬉しい事に世里奈ちゃんも俺と同じ気持ちでいてくれてよかったよ。いろいろいっぱいしたい事出来るね」
「いろいろですか……? よくわかりませんが、春都さんにお任せします」
「いいよ、全部任せてね。あぁ、そうだ。お願いがあったんだ」
「なんですか?」
「綾川が居なくなって生徒会も人数足りなくなっちゃったんだ。世里奈ちゃん手伝ってくれないかな?」
「はい。私でお役に立てるなら」
お兄ちゃんは生徒会の副会長だった。
その縁で春都さんと友人関係になったと聞いている。
お兄ちゃんと同じぐらいまでは出来ないけど、可能な限りお手伝いしたい。
そうだ! まだお兄ちゃん日本だよね?
電話だと恥ずかしいから、メールでちゃんとお兄ちゃんに報告しようっと。
*
*
*
「あの、春都さん。ち、近いです……」
「ごめんね、世里奈ちゃんがあまり可愛いから」
私は分厚いバインダーを顔の前で隠し、赤く染め上げられた頬を隠している。
それを挟んで春都さんの顔があるはず。というのは、恥ずかしくて見れない。
そんな接近戦を誰かに見られたら悲鳴物だけど、幸いここにあるのは生徒会の資料ばかり。
資料室には誰もいないし、二人っきりだ。
生徒会のお仕事で資料を整理整頓していると、つい先ほど春都さんがやって来てなぜかこうなっちゃった。
お付き合いしてまだ一か月なんだけど、私の想像と違って春都さんはスキンシップをいっぱい行っているタイプの人だったみたい。
今のように時々近づいてきては、触ったり、キスしたり……
「ねぇ、それ退けて? 可愛い顔が見れないよ」
「駄目です……」
「僕は見たいよ。世里奈ちゃんのいろんな顔」
「あっ」
バインダーを取られ、私は熱に浮かされた顔を彼の前にさらしてしまった。
「見ちゃ駄目ですっ」
「たしかに見たら駄目だね。これは僕のだから、他の奴らは絶対に見せれないよ。ずっと閉じ込めてしまいたい」
春都さんは手に持っていたバインダーを棚の開いているスペースに無造作に挟むと、
今度は私へと腕を伸ばしそのまま抱きしめた。
触れ合うたびに私の心臓は乱暴になるけど、体と心は安定しその感覚に依存してしまうというアンバランスな様。
恥ずかしいくせに、次にされる甘いことに気持ちが向いてしまっている。
「春都さん、キスして下さい……」
いつの間にか口にしてしまっていた言葉に、自分で自分が信じられない。
私ってば、なんて事を。願わくば聞こえてない事を――と思っていたけど、それは無理なお話だった。
体を離した春都さんは目を大きく見開き、こちらを凝視していたのだから。
「ごめんなさい、わっ、忘れて下さい」
「忘れない。ねぇ、もっと僕を欲しがって。我が儘言って? 君に全てを捧げるから――」
「キスして欲しいです」
「いいよ、何回?」
「……い、いっぱいして下さい」
私の返事に対し春都さんは喉で笑うと、私へと口づけを落としていく。
優しいそれは、自分から乞うほどに強く望んでしまう。
幾度と落ちるキスに、私の心は満たされていった。
だから気づかなかった。
この時、遠くの地にいるお兄ちゃんいよりメールで発令された指示により、空手部全員が私の事を血眼になり探している事を――